第二章58話 星の縫い目、死滅の炎奏
青海夜海です。
第二章後半戦です。
五つの戦場で奮闘します。
——生きるとはなんだ?
神は問うた。人類に己らが人間という種として存続する、生きる意味、意義、意志はなんであるかと。
幾重に到る回答の末、人類は遂に一つの解へと辿り着いた。
——生きるとはなんだ?
——それは死ぬことであると。
生死は循環にある。輪廻転生の儀式によって死は生へと転生し、新たな命として再び存続を許される。
人の死は変わらない。人の生も変わらない。
あらゆる生命体の意義と同じである。種の存続を願い魂の浄化と肉体の蘇生を繰り返し、それが種にとっての共通意志であった。
しかし、今世に於いて人類のみ異なった道へと歩み始めていた。
『感性』『理性』『知性』の三大感覚を有する唯一無二の人類は、いつしか死に抗うようになり生を望まなくなってきた。
死に恐怖し、生に愛を求め、種の繁殖でも存続でもなく、記録や意志の継承に履き違え、未来に憂いることはなく、今という瞬間ばかりを見つめている。
よって、人類は失墜した。失楽した。
平等に理不尽な世界は怠惰と傲慢の罪を許さない。
故に人類の破滅は約束された。この上なく理不尽に、この上なく摂理に沿って、人類は排除される。
これは約束された終焉で。覆ることのない調停の意義だ。
義勇は果たされず真偽は隔たれ、我ら人類に救世はやってこない。
神の問いに我らは背いた。生命の認識に我らは浅慮だった。我らの進化と発展に、我らは進化を拒み停滞を望んだ。今、目に見るこの幸せと平和の謳歌を謳った。
剰え欲望で他者を呪い、正当の悪意で他者を貶め傷つけ、信頼と信用の裏に利益を求める簒奪者と成り果てた。愚者であり蛮族であり欲望の化身でもある。
とある者が人類を俯瞰して見つめた時、その者の結末は神と同じ嘆息を吐いた。
憐れ一つ、ただただに醜い。人類を生かす余地はどこにもなかったのだ。
しかし、ある者は人類の醜さを俯瞰してなお存続を望んだ。
その愚かなこと。この痴態を見渡してどうして人類の価値を提唱できるか。奴らの自己中心的な人生になんの意味があるか。生態系すら狂わし生命の循環にすら背く、停滞の亡者に存続する価値がどこにあるか。
その者は答えなかった。けれど、その者は『鍵』を拝借した。
神の代行者として人類に終焉の鉄槌を降す『執行者』としての役割を。
その者は宣った。
——人類の粛清を行います。どうか、ボクに人類をやり直す一度の機会をください。
神は寛大であり、その者の戯言に了承した。
ただ一度きり。その『鍵』は終焉の運命をもたらすと。
その者は『鍵』を拝借し、『執行者』として人類の分水嶺の中点に立つ。
「…………」
鍵は真空を開き真の月より終焉の運命を呼び寄せた。
粛々と人類の足掻きは虚しく地に叩き落され、何人もの英雄が運命の前に命を絶えた。誰も定められた運命を変えることはできず、終焉に抗えど覆すことは叶わない。
よって、『執行者』は人類の終焉を執行する。
「終焉の運命の下に——滅びを謳え」
降る終焉の運命。大火が燃え盛り、氷雪が沈黙を降し、駆逐の爛れが産声を上げる。
運命の元に三つの終焉が誕生し——
嗚呼、その裏で『執行者』はとある『仮面』を被り口角に弧を描いて見せた。
そうだ、これは終焉の物語ではない。
これは救世の物語だ。
救世の運命を降すは『再生者』。
世界の摂理に背き人治を越え倫理を砕き運命の裏からその手は『死滅の運命』を掌握する。
それは世界が神が怯え禁じた救世と新生の禁術。
神を欺き世界に抗い理不尽すらも利用した策士——『再生者』は告げる。
「さあ——救世を始めよう」
三つの鬨声が再生の下に天地を貫いた。
*
紅月の刻 天場 十八日 昇月一時八九分。
時間観測の利器が止まった世界で、されど人々の呼気と鼓動が一秒を数えていた。
ドクドクドク。
その真に恐ろしい所は、眼前の怪物もまた同じ速度で心臓を動かし時を待っていることだ。
終焉の定められた運命の中、一縷な一分という隙は——されど、怪物を前にして誰も動けなかった。奇襲を仕掛けることも、逃げることも、策を練ることも。
矮小な人間には、少しばかり酷なことであった。だからといって終焉の運命は人類の逃走を待っていてはくれない。
よって、刻まれた鼓動は百を数え一分を刻む。
昇月二時へと到り最後の人類史が動き出す。
名は終焉聖戦。
三つの戦場が同時に動き出した。




