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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章57話 白い覚悟と御手

青海夜海です。

ようやく第二章前編、中編?の終わりです。

 

 白愛の大樹に眠る少女――名はソフィア。


 花舞い人(フローラス)という種族である、花と世を慈しむ儚き女性。

 彼女は黄金の根に囚われていた。


「なんで……?」


 唐突なことに頭が追いつかないルナにルリアは恍惚(こうこつ)とした眼差しで花舞い人(ソフィア)を見上げながら。


花舞い人(フローラス)の生殖系は単為生殖さ。けれど、植物学的な単為生殖じゃない。彼女はれっきとした生物さ」


 まるで呼応するように、幹に咲く成人の大きさほどの星蘭の蕾が開花した。するとそこからルリアとまったく同じ人間が生み出され、その者はすぐさまに立ち上がってはルナに告げる。


「だから彼女には魂があり、その彼女が生み出すフローラスにももちろん魂が必要なのさ」


 そして、一人ではない。次から次へと星蘭の蕾は開花しては、ルリアと瓜二つの生物を産み落とす。

 星蘭の香りに包まれた裸体の彼らは、まるで記憶を受け継いでるかのように。


「輪廻転生の儀式を行わず、自分の遺伝子と全く同じ存在を子どもとして産み出す彼女がどうのように魂を肉体に宿しているのか」


 また一人、また一人。言の葉を紡ぎだす。


「ボクらはそこに着目した」


 ルリアと瓜二つ、いや同質同義のルリアが恍惚に瞳を輝かせて。


「その結果が『記憶』だったのさ!」

「フローラスは()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()

「つまり、フローラスの能力で『記憶の欠片』に含まれる情報そのものを魂へと変換できる力があったのさ!」

「ボクらはフローラスの特別な力を用い、維持留めた魂から記憶の欠片を新たな肉体へと宿らせる。それは魂と昇華して生命を刻み生物となる」

「よって、人類は死滅を得て不滅と成す」

複製体(ホムンクルス)として死んだとしてもそれは記録の欠片でしかないさ。記憶は常に(うつわ)へと継承され魂は蓄積を行える」

「魂がある限りボクらは生き返る」

「ホムンクルスと生きている限り、常に記憶は蓄積されていくさ。そう、まさに現実と夢幻の二つある実態のようにさ」

「よって、ボクらは死に怯えることのない永遠の楽園を享受できるのさ」



 だから——



 ルナを囲い込むように集った無数のルリアは告げるのだ。




「「「「「ボクらと一緒に真なる幸せな世界を築かないかい」」」」」




 ————光が落ちた。そんな気がした。



 ルナの望む世界。在りたい自分。成したいこと。

 まるで彼の言の葉はルナの尊厳をぐちゃぐちゃに抉るように。

 その意味のわからない(おぞ)ましさに光は闇に喰われる。にへらな恍惚な愉悦な嘲るような純粋な切願するような。瞳と唇と存在が酷くルナを(おとし)めた。

 違ったのだ。根本的に違ったのだ。

 ルナが真に抱く理想と、ルリアが真に目指す理想は、根本的に異なっていた。

 その結末が酷くルナを穢すのだ。淀みに溺れさせ理想で首を絞め、犠牲で塗りつぶす。


「…………だめ」


 俯いた。逃げた。それでも声が貫いた。たった一音。それだけで静謐な秘境を残酷に否定する。

 白花が吹き抜ける。その風が桃色の髪を攫い、恍惚と眺めるルリアを、覗く淡い瞳が見据えた。


「――――」


 呼吸が止まり、時間が止まり、言の葉の吹雪が止まり。

 そうして止まったすべては瞬間にて一斉に動き出す。

 ルナの一言と共に——



「――ソフィアを解放してっ!」



 激情が炸裂する。



「ソフィアの命を利用してることも! 死ぬことが前提なことも! そんなのは私は認めない! 許せない! 私の大切な友達を今すぐ返して!」


 ああ、そうだ。もうルナにとってソフィアは大切な友達だ。たった数時間の付き合いだったとしても、彼女は友達だ。だから許せない。そして、死ぬことを前提として不滅を、死ぬという前提がある限りルナは認められない。

 頬を伝う一筋の涙が物語る。


「ハアーーボクの見当違いだったのかな?」


 けれど、ルナの情動に突き動かされることなく、ルリアはただただ失望の息を吐いた。冷めた眼が三百六十度から見下し、憐れな短絡者を嘆く。


「一人の命で多くの人々が救えるのさ。逡巡する余地がどこにある? キミはみんなを救いたいのだろう? 誰にも死んでほしくないのだろ? 今のキミは矛盾だと思わないかい」

「矛盾じゃない。確かに、私は誰にも死んで欲しくないと思ってるよ。大切な人には生きててほしいし、みんなが幸せだといいなーって思う」

「なら、その願いをボクらは叶えることができるさ。本当の意味で誰も死なない世界の実現をボクだけが成し遂げられる! きっと争いはなくなり死に恐怖することなく、人々は本来の生殖本能を取り戻すさ! 人類の文化は更なる発展を迎え終焉にさえ抗ってみせられる! キミの望む世界だ!」

「違う! それは私が望む世界じゃない! だって――ソフィアがいないんだもん!」


 ああそうだ。ソフィア一人が犠牲となりそれで円骨に回る世界のどこに幸せがあるだろうか。いや、きっとみんなはルリアに頷くのかもしれない。たった一人の犠牲で多くの人を救い平和を築いて幸せを享受できるのだから。でも、それはこの世界で生きている人間の思想だ。エリドゥ・アプスという【エリア】と大地一つで面した武力が許される世界だからこその思想だ。

 リヴがならず者を殺したように。アディルがそれを認めたように。


 だけど——ルナは違う。


 ルナには記憶がない。この世界で生きた記憶も、自分が何者だったのかも。何より、本能的に残る倫理観や道徳心が誰かのための犠牲を(いと)うのだ。善悪に関わらず、ルナの中では明確な在り方がある。

 失望するルリアを睨みつけ、その向こうで眠るように大樹に囚われたソフィアを見つめて。そうしてルナは光を取り戻す。ぎゅっと握りしめ意志を強く立ち上がる。

 もう、迷いはない。今度こそ迷わない。


「私が欲しいのは永遠の人生じゃない。死ぬまでみんなで笑っていられる、そんなささやかな幸せなの」


「…………」


「アディルさん、リヴ、セルリアさんにノアルくんやマリネットさん、ヘリオくん。それに、ネルファちゃんとアンギアさん。これから出会って好きになるみんな。そして——ソフィア。私はみんなと一緒にいたい。笑っていたい」


「…………」


「だから、私は強くなる。目の前で傷ついている人がいたら手を差し伸ばして、大切な人を守りたい!」


 仇桜が震えるように揺れた。吹き抜ける花吹雪がルナとルリアを別ち、通り抜けた花びらの合間を縫って、二人の瞳は互いを見つめた。

 決して交わらない、けれど同じくらいに尊く純情は意志の強い瞳が交わる。

 己の瞳にあなたの瞳を映して。

 ルナは言った。


「ルリアさん……私はあなたと一緒にはいけない」


 ルリアは皮肉だと(わら)う。


「キミは愚かさ。瞬間(いま)を求めて何になるというのさ」


 ルナは少し口元を緩め。


「きっと何かになるよ。ううん、何かにするために今を全力で生きてるんだから」


 ルリアは眼を(つむ)った。


「………ボクはキミを認めない。ボクはカバラ(ボクら)を信じ、必ず終焉から人類を救ってみせる」



 だから——

 だから——



「ソフィアを救い出す」

「キミを排除する」



 分水嶺は決した。


 ルナは強い意志で歌を紡ぎ出す。

 ルリアは二十近いホムンクルスで魔術を放つ。

 放たれた炎や水砲撃、風刀や石礫は心歌術(エルリート)による根の絶壁によって阻む。一際強く歌うと根は意志を持った刃のように二十のルリア目掛けて走り出した。しかし、放たれる魔術によって相殺され、煙を裂いて突貫してくる。

 ルナは攻撃を仕掛けて来る背後目掛けて〈歌を守る剣(ディヴァマーテル)〉を振るう。瞬時に大地から強根が飛び掛かり迎撃。その隙を狙った三方からの魔術。ルナは咄嗟にしゃがみ込み〈歌を守る剣(ディヴァマーテル)〉を地面に突き刺した。

 そして歌いながら心の中で唱える。


 ——【命楔と豊穣の息吹(アマルティア)


 大地からルナを囲い込むように伸びた根壁がすべての魔術からルナを守護にする。魔術の着弾を終え根壁は大蛇となりてルリアを襲撃した。更に樹根を形成し背後から挟撃(きょうげき)

 しかし、ルリアがパチンと指を鳴らすと生み出された黒雲より雷撃が到来し大蛇の根を焼き殺す。氷雪が吹雪、樹根を凍らせ、嵐がすべてを切り払い、爆撃が一切の防御を無視して粉砕。


「――くぅぅっ」


 全身全霊の一斉攻撃は呆気なく無力化され、佇むルリアは「これで終わりか?」とでも言わんばかりにルナを見つめる。その余裕の表情に負けられないと歯を食いしばって更に強く歌を紡いだ。


 ——~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっっっ!


 太く頑丈な樹根を三十以上生成し、ルナの号令に従って一斉に駆け出す。

 獅子のように速く、亀のように硬く、竜のように強く。容赦や情けの無い樹根の一斉攻撃は確かにルリアを翻弄した。限界のない伸縮は執拗にルリアを追い込んだ。切り裂かれても持前の治癒能力で復活し、果敢に攻め立てた。

 限界を超える心歌術(エルリート)の行使が激しく胸を上下させ息を荒くさせていく。それでも歌い続ける。願い続ける。頑張り続ける。

 二十のルリアを一人、また一人と倒していく。絡めとり気絶させ、あるいは身体の一部を破壊し。

 それでも——


「今のキミじゃボクの信念には遠く届かないさ」


 闇が落ちた。頭上に大きく生み出された闇の塊りがルナを覆い尽くすように墜落し、すべての樹根を闇にくべた。

闇の炎がぼうぼうと燃え上がる秘境の大地にルナは横たわっていた。歌は排除させ、脆弱な身は間一髪で守ったようだがそれでも再び戦えそうにはない。


「ぅっぁぅ……うっ」


 羽織る風懐の聖衣(シルフード)は防御の役割を終え灰となり、それでもルナの肌には微かな黒い痣が焼き付いていた。痛む身体を無理矢理起こそうとして。


「げほげほっ⁉」


 吐血する。短時間とは言え心歌術(エルリート)の全力行使はルナの身を焼き切っていた。精神への負荷を越え身体への負荷を及ぼしたルナにもう一度戦える力も気力もない。憐れに思えてくるほどに、ルリアとルナの力量は計り知れなかった。


「げほげほっ……はぁはあ、まだぁ」


 それでも立ち上がろうとするルナだが膝を立てた瞬間によろめき四つん這いに倒れる。そんな娘をルリアは哀れむ。


「キミの絶対の敗因は一つ。誰も殺そうとしない甘ささ」

「…………っ」

「もしも、キミがボクを殺すために歌っていれば、少しくらいはチャンスがあったかもしれないさ。ま、それがキミの限界さ。犠牲を厭うキミの、さ」


 容赦はなく慈悲もなく。ただ己が成す理想のために力を振るう。

 四つん這いのまま顔をあげるルナに、ルリアは掌をかざし。


「もう、キミはいらないさ。サヨウナラ帰還者」


 ルナを囲い込むルリアたちの掌から一斉に砲撃が放たれた。なに、物質を破壊するだけの攻撃だ。人を殺すためのだけのエネルギー砲だ。

 ルナに成す術はなく、逃げる時間もなく。ただ迫る極光に眼を奪われ——


「死なせないから」


 直撃する瞬間、誰かがルナの肩に手を置き——極光がすべてを吹き飛ばした。

 光が膨れ上がり収縮しては消えていく。

 やがて消え去った光の痕跡地には何もの残されず死地が影を伸ばしていた。もちろん人は灰となって消え去った。その痕跡を消し去るように白愛の大樹が秘境を基の情景へと再生していく。

 ……だが、ルリアは眼を細め大樹に囚われるフローラスを睨みつけた。


「まさか、今更キミがでしゃばるとはね。まーいいさ。なら、キミ共々すべての因果へと導いてあげるさ」


 ルリアが指を鳴らすと。


「はいはーい」

「お父様」


 銀髪と金髪の少女がどこからか現れルリアを見上げる。その二人の頭を撫で。


「彼女たちを導いてあげなさい」

「どこにー?」


 愉し気な銀髪の少女と真面目な金髪の少女に、ルリアはにやりと口角を上げて告げる。


「――星と姫の故郷に、さ」







「うっ…………」


 花の微かな香りを感じて眼を覚ます。

 ゆっくりと眼を開きぼやけた思考のままなんとか身体を起こし周囲を見渡してようやく頭が動き出す。


「ここは……どこ?」


 いや、実際には見たことがある。第二層の旧庭園と同じ景色だが花吹雪(フィンブルム)が存在していない。遠く遠くまで花々が広がるのどかで広大な大地。

 目をパチクリさせるルナに。


「約千三百年前の花園」


 そんな懐かしい声が隣から聴こえ、振り返る。

 混じりけのない白髪に首元などから花を咲かせた、淡い木漏れ日の瞳の女性。

 見上げるルナを見下ろした女性が手を差し伸べる。


「……ソフィア」

「ごめんね。巻き込んじゃって」


 そう切なげな顔をしたソフィアに困惑しながらも、その手を掴んでルナは立ち上がる。


「あれ? 傷が治ってる。ソフィアが治してくれたの?」

「大したことじゃ——わぁっ⁉」


 傷を治してくれた。それが無償に嬉しくてルナはソフィアに抱き着いた。


「ソフィア! ソフィアっ!」

「…………うんうん。もう大丈夫だから」


 抱き留められ背中を撫でてくれる。その温もりに目じりが潤みそうになり必死に耐えた。言葉もなしに互いに身体を離し、ルナは羞恥で少し頬を赤らめ、そんなルナをソフィアが微笑んだ。


「ところでここは? 私はどうなったの?」


 その問いに難しい顔をしたソフィアは背後へと振り返る。彼女の視線を追うようにルナも振り返り。


「ここは千三百年前の花園。わたしがまだあの人たちに囚われる前の世界」

「…………」


 二人の視線が向く先。

 そこで聳え立つは悠久の狭間に顕在した花園唯一の王国。

 幻想譚に出て来るティアナ王国が屹立していた。


ありがとうございました。

次話からは正しく後編。ようやく壮絶な戦いが始まります。

次の更新は来週の月曜日を予定しています。

それではまた。

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