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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章55話 不滅の瞳孔

青海夜海です。

遅くなってすみません。不調続きでヤバいです。

 

 同時刻、神聖都市ヌファルにて。


 大聖堂にはとある儀式が行われる準備が完了されていた。炎の楔を刻まれた聖女たちは術者のマザランに逆らうことなどできず、いや、逆らえた所でマーナが見せしめとして殺された現実を受け入れ反意できるは強さもなかった。聖女と言え彼女たちは元はただの小娘に過ぎない。仲間や家族の死一つで心を酷く動揺させ絶望し聖女の役目を放棄するくらいには、ただの小娘でしかなかった。

 されど、それでも彼女たちは聖女。その身は神の寵愛を授かった神の使い。

 故にあらゆる眼は彼女たちを逃さない。


 ただ、不運だったのが時代だった。

 神を敬う習慣があった古代でも、聖女の『神託』によって救われた数百年前でもない。聖女の威光がほとんど消えかけている現代に聖女として産まれたこと、それが最もな不幸であろう。

 数多の因子が共鳴し合ってこの時代に引き合わせた。偶然であれ必然であれ、因果の不変律から逃れる術はない。誕生したならばそれまで。生きる意義を見つけるも生まれたことを呪うも勝手。ただ、そんな悠長を他者は許してくれない。もちろん世界もだ。


「…………」


 誰も言葉を発せなかった。自分たちをいつだって導き慰め優しくしてくれた、母のようなマーナ・アンナの処刑が目から離れないのだ。瞼を開けば炎に喰われる彼女が。眼を瞑れば彼女の死を讃える悪声が。今なお大聖堂の外からドンドンと壁を扉を叩き悪語や罵声を放ってくる。


 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね————、一律して死ねの二言のなき始末。


 善悪は既に決し、真実は境界の彼方へ。言霊は悪魔のより強く悍ましく(なげ)かわしく。

 呪いの死は深く聖女たちを突き刺した。

 意気消沈。憔悴(しょうすい)していく様は(むご)たらしく、人の死を観察しているようでもあった。

 民人たちには希望があった。どういうルールか知りえないが、聖女マーナの死を引き換えのように数多の死人が生き返った。真なる悪性を捧げたことで神より祝福をもたらされたのだ。ならば、他の聖女も同義。

 聖女が死ねば死者が蘇る。なら次は都市が元通りになり、その次は怪我が治り、その次はパンテオンがいなくなり、その次は——

 民人は強欲にねだる。妄想の域を超え凶行を引き起きし聖域の門を無鉄砲にどつく。

 死を願われ、死を望まれ、死を愛され、死を授けられ、死を定義され。


「……何が、悪かったのかな……」


 ポツリと零れた呟きがすべてだ。

 エスタは眼を覚ましていても悪夢を見る。子どもたちに悪魔と石を投げられた悪夢を。ベリーナは己を呪った。マーナと一緒にいたのに助けることができなかった不甲斐ない己を。セミレットはただただに悲しんだ。これが己の世の終わりなのだと遠く見えない夜空の星を想起しながら。

 それぞれが闇に囚われ焼かれここにいる。


「悲壮も懺悔も憎しみも結構。いくらでも私を呪え。私に怒れ。それもすべてオマエたちの虚しさとなり私に従う他ないと知るだろうからな」

「……マザラン」


 大聖堂の奥から現れた男、マザラン・ダク・テリバン……否、既にその人物の姿ではない。

 左目が金眼、右目が赤眼のオッドアイ。優雅な金髪は緋色を混ぜて背丈以上に伸び、緋色の鱗と尾を身体の一部とした。身を纏うは黒炎。聖女を成す術なく叩きのめした灰燼の業炎。黒い者(アテェルセ)という竜人のパンテオンに酷似した姿でありながら、その魂はマザランを表現する。

 禁忌とされし存在——合成獣(キマエラ)

 合成獣(キマエラ)化の施術を受けた上で本来の意志を明確に持ち合わせた合成獣(キマエラ)の理想形態にして完成体。

 それが目の前の男、カバラ教徒のマザランだ。


 彼は雄弁に右手を突き出す。すると聖女たちの首に刻まれた炎の楔が顕名し己の所有が誰にあるのか見せしめられる。ほんの少しの(ふる)いはこれにて消滅した。


「オマエたちは私の炎縛(しはい)にある。下手な真似をしてみろ。あの聖女の二の前になることを忘れるな」

「――っ」


 フェンネルが奥歯を噛み締め鋭く睨みつけるも、ああ、その身は震えるばかり。虚勢も虚遍も通じない。

 そんな聖女たちを一瞥したマザランは儀式の中央へと歩み、複雑怪奇な方陣の上に立つ、そして告げた。


「儀式を始める」




 大聖堂……エアンナ神殿の内部で神アヌンナキと女神イアンナの偶像を祀る拝礼と祈祷を行う聖堂を表す。ここで聖女は偶像、神の擬神像へと魔力を注ぎそれが神聖力となって守護結界の起動維持が作動される。

 このように、大聖堂は神に祈る場であると共に、神聖なる儀式を行う場として製造されている。


 大聖堂の偶像以外のすべてを撤去した大広場にて、地面一面に描かれたのは幾何学的な魔術方陣。特大の一つの方陣に内部に無数の大小異なる方陣が入り組んだ形で描かれ、柱となる聖女八名とルヴィアとマーナの代替えとして他の聖女が数人で二人の役を担う。それ以外の聖女は中央より下側に位置する中くらいの方陣に、まるで生贄のように眠らされて供えられていた。

 頚木(くびき)となる方陣にて待機する聖女たち。黒炎の格子(こうし)が聖女たちを閉じ込め洗脳するかのように周囲を回り続ける。

 すべての方陣は隣接し、溝が途切れることなくマザランが居座った中心の方陣まで接続状態にある。

 皆が身構える中、最後にマザランは漆黒赤の十字剣を己の胸に突き刺した。


「キャァァァ!」


 大量の出血と奇行に聖女が悲鳴を上げる。だが、マザランはまるで痛覚を感じていない風に平然と聖女たちを見渡し突き出した右腕より王の命令を下す。


「【黒炎の(よすが)より命じる・新生なる頚木(くびき)をなぞり・クリフォトの(さかずき)より命捧げよ・その歌を持って我が因果を歌い為せ】」


 命令が降る。黒炎の王より従僕へと楔が発動する。

 聖女たちは王の命に従い、知りもしないただ事実として存在する不条理な儀式を歌い為す。




 ——~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ




 歌が聴こえた。

 そう、誰かが呟いた。

 子どもが言う。

 綺麗な歌が聴こえるよ、と。


 聖女にのみ与えられた神聖魔術の中で特質して命題を(へだ)てる神秘の術。それは心歌術(エルリート)と似て非なる抽象現象の故実。

 彼の神秘の名は聖歌術(アンリート)

 大人数による儀式として発動する現在において最強最高の魔術。

 言霊と魔力、神の御業と十の因果を持って幻想神秘を織り成す。




 ——~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ




 聖女たちの歌に魔術方陣が共鳴した。

 緋色の血脈——魔力が己らの方陣を染め上げ赫々と光を上げた。十の方陣の起動に反応し大聖堂いっぱいに描かれた大方陣が青い微光に染まりだし、それは水面の波紋のようにポツンポツンと数多の波紋を形勢。歌が第二章へと入ると同時に緋色の魔力が接続する方陣や線を通り中央へと流れて逝く。途中ある無数の方陣に魔力が通り赤く発光して起動。その起動を行う度に青の波紋はやがて大きくなり大聖堂を飛び越えてエアンナ神殿の外まで広がり始めた。


「なんだこれは?」

「水か?」

「聖水よきっと。私たちを清めてくださるのだわ」

「聖女の謝罪というやつか。ふん、今更なんだ」


 困惑を示した民人も勝手な解釈をして美しい青の波紋に恐れもしない。


 歌は続く。歌声もまたはっきりと世界中に響き渡り耳立てる者を魅了する。

 その歌は清らかであった。清く凛々しく美麗な歌。けれど、その中に勇気のように灯る力強いなにか。まるで激情のひと灯しは民人の胸を打ち激しく鼓動させた。


 ドクドクドクドク。


 まるで何かが始まろうとする物語に期待と興奮、そして恐怖に激しく駆り立てられたかのように。全身の血流は激しく奔走し、息は獲物を定める獣のように荒々しく、制御できない情動が高笑いを上げた。

 異例を除きほぼすべての人間の身体に刻まれた『逆さの樹木の痣』が赤緋石のように輝きを放ち始めたのだ。




 *





「やられたわ。どうやら間に合わなかったようね」


 マリネットは天空に広がる緋色の大方陣を見上げ、目じりを細めた。


「――っ! はあああ! ……何が起こってるわけ?」


 セルリアは己らの道を阻むパンテオンを切り裂きながら訊ねる。前線ではヘリオが「あちょちょちょちょ!」と槍の連続突き刺し攻撃を繰り出しパンテオンを食い止めてくれている。マリネットは下唇を噛み「とにかく急ぐわよ!」とヘリオを置いて走りだす。


「ちょっと説明くらい簡単にしなさいよ」


 慌てて背を追うセルリアを一瞥した彼女は「じゃあ簡単に」と前置きを置いて天を指差す。


「カバラ教の手に堕ちたわ」

「……マジのホントのめんたいこ?」

「マジのホントよ。あと、めんたいこって悪口じゃなかったかしら?」

「最近聞いてないなーっと思ってね。可愛いわよね」

「そうね、可愛いくないわ」


 一端息を吐いて落ち着きを取り戻したマリネットは改めて告げた。


「人類再生のための破壊が始まるわ」




 *




「なに、あれ……?」


 ふと、視界が薄暗く、いや薄黒赤くと言うのか。とにかく色彩の変化にヒマリは顔を上げそれを目にした。

 月空を覆い尽くす幾何学的な大方陣を。まるで終焉の兆候のような禍々しい赤に矮小な自分は押しつぶされそうになった。


「大丈夫か?」

「…………ぁ……」


 左手が少し強く握られはっと我に帰る。こちらを覗く心配気な顔をしたイリュジアン。普段であれば美形イケメンの彼に見つめられれば反射的に赤面してあたふたしそうなヒマリだが、いやアディル一筋なので動揺しても赤面はしないかもしれないが、とにもかくにも彼の碧眼がヒマリに一度呼吸の機会を与える。


「ふぅーはぁーふぅーはぁー……」

「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫です」


 平静を取り戻したヒマリに「そっか」とイリュジアンは安堵の息を吐き、改めて空を見上げる。


「これは、魔術方陣か?」

「ええそうね。それに歌声が聴こえるわ」


 改めて言われ耳を澄ませると、美麗で情熱的な歌声ははっきりと耳朶を撫でた。

 否、そんな美しいものではない。暗澹たる苛烈が痛烈に空間を揺るがす、そんな歌だ。


心歌術(エルリート)……いえ、聖歌術(アンリート)ね」

「聖女の儀式か」


 イリュジアンと同僚のカトレアの指摘にイリュジアンは思考を馳せる。


「聖女は恐らく軍に捕らえられているはずよ。軍が聖女を使って起動させたと思う?」

「…………聖女単独はまずありえない。その一択しかないわけだけど……」

「果たしてそれが軍であるのかないのか、ね」

「ああ」


 イリュジアンたちにはあまりにも情報が少なくこれといった判断材料はない。確認しようにも彼らがいる都市ウルクは『炎食人』の炎壁によって出ることが叶わない。

 イリュジアンとカトレアはヒマリと合流してから再び安全な場所へと移り変わり状況の対策をしていた矢先のこれだ。

 そして、どうにも状況というのはこちらを待ってくれないようだ。


『ウゥゥググっ』


「なに?」


 瓦礫の向こう側から突然呻き声が耳朶を打った。今までになかった反応に警戒を高める一同。恐る恐る瓦礫の間からパンテオンたちの状況を覗き見て——


「どうなってる?」


 瞬間の出来事だった。


 すべてのパンテオンが一瞬にして黒炎に焼き殺されたのだ。獣の絶叫が炎に妨げられ音とならず、奴らは悶え苦しみながら一方向へと走り去っていく。


「何が起こったの? 黒炎は炎人の技ではないわよね」

「おそらく、この聖歌術(アンリート)が関係しているはずだが……」


 追いかけるかどうするか悩む。パンテオンたちが黒炎に焼かれ逃走したとしても炎壁は解かれることはない。

 閉鎖された状況で一番危険なことは情報の不足だ。閉鎖空間はイリュジアンたちにとって一方的に不利である。外部からの支援も受け取れず、この空間にある物資や武具だけで対策を立て立ち向かわなければいけない。一瞬の過ちが命取りとなる戦場で、目測も算段も立てられない状況ほど困窮(こんきゅう)した絶望はない。


「…………」


 だが二人の懸念はヒマリにあった。彼女は〈魔除けの加護〉で運よく生き延びた只人だ。戦うことができず、逃げる手段も自衛手段も持たない。ただ、二人にとって運が良かったのはヒマリは屈強な精神の持ち主であったことだ。

 お陰で一日経った今でも極限戦闘を控え生き延びられた。

 だが、冷戦状態も終わりを迎える。

 それは狼煙となり苦悩する彼らの思考を破いた。




『ラキィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ———』




 凄まじい刃物のように咆哮が劈く。

 もう迷っている時間はない。


「私が偵察にいくわ」

「俺らはいつでも動ける準備をしとく」

「よろしく」


 言うが速く、カトレアは咆哮の方へと駆けだした。

 灰燼と化した都市を駆け抜け、喉を殺すような灼熱と鼻を潰す異臭に顔を(しか)めながらぞろぞろと集うパンテオンたちを追い越し。そして――


「…………さすがに、調教できそうにないわね」


 眼前、黒炎の繭を破り蠢く黒く大きな人の腕。燃えるパンテオンたちは繭の下へと歩いていき、その巨腕がパンテオンどもを掴み取っては繭の中に戻りバシャグシャと気持ちの悪い咀嚼音が。

 その腕、その咀嚼、この炎と異臭だけですべては理解を得る。


「犬ならよかったのに」


 頬を引き()るカトレアは見る。

 剥がれ落ちた繭。

 その隙間より漆黒の眼差しがカトレアを捉えたのだった。





 *





 ——~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ




 聖なる歌は法外な事象を顕現させる。

『逆さの樹木の痣』は赤く輝き出し、鼓動を爆速的に速めその魂を駆り立てる。

 とある炎食人は黒炎の加護を受け取り成熟を始めた。共食いを得てアルゴリズムの巨神となりて顕現する。

 とある氷の獣は静かな美声に耳を澄ませ、とある男の願いを叶えんと戦場に舞い戻った。その牙は再戦による復讐を果たすため極寒を築く。


 そして――


 すべての魔術方陣に魔力が行き渡り、最後、マザランが佇む中心の方陣も緋色で染まった。

 歌は最終章へと入り、天地がひっくり返ったかのような一音が響き渡った。

 ティアマト海の凪は荒れ、黒雲を呼び寄せ、あらゆる都市で突発的な火災と豪雨が巻き起こる。

 まるで神の激昂の如く、世界は最高潮の混沌を生じ今ここに運命の頚木は解き放たれる。


「さあ! 今こそ人類の再生だ!」


 マザランが激情に吠える。


「さあ! 今こそ人類の終焉だ!」


 ルリアが溌剌と(のたま)う。



 遠く離れた二人は声を揃えて真言した。



「「新人類の誕生を今ここに救済を執行する!」」



 世界の革命が始まった。


 都市ヌファルを覆い尽くす波紋はエリドゥ・アプス全域へと広がり、天空を覆い尽くす緋色の大方陣を見上げ、二つは融合する。

 緋色と青は混ざり合い紫紺の大方陣が天と地を結びエリドゥ・アプスを監獄のように閉じ込めた。

 紫紺の毒が『逆さの樹木の痣』を持つ人間たちを呪い微笑み手を伸ばし、曖昧な意識はその手を取った。

 例外を除き、生きている人間も複製体(ホムンクルス)も己の身体から魂が抜けていく。あの日のような純白ではなく汚色と化した卑劣な魂が。

 紫紺の監獄に囚われた魂は歌に乗ってただ一か所へと導かれた。

 カバラ教の力によって、決して死しても還らぬ魂たちを。

 マザランは見上げながら喜々と口角を上げる。


「不滅の時代がやって来る! すべてを炎海と化しすべてを再生する! 私たち人類の死滅を持って不滅を始めるのだッ!」


 何百万の魂は一斉にマザランへと降り注ぎ、世界は激しい鼓動に襲われた。


 深紅の陽光がマザランを包み込み、遺物を持ってその身を果てなき過去へと進化する。

 黒炎が燃え上がる。まるで噴火のように打ちあがり大聖堂を吹き飛ばした。空へと突き刺す十の黒き炎の柱。膨れ上がる巨大な炎球。

 それはやがて腕となり足となり首となり胴となり頭部となり剣となり尾となり。



 ————————————————————ッッッッッ!



 凄まじい産声と共に巨人は誕生した。


 纏わりつく火の衣を破き火の雨を降らせる。『時計塔』に及ぶほどの、全長五十メルほどの巨体は全身を黒い炎に覆われながら流れ堕ちる炎の合間より二つの眼光を覗かせる。

 太陽と呼ばれる世界に赤い光をもたらす神話の現象、それを想起させる右目の緋色。凄まじい魔力を内包する数千年に一度の黄金月、まるでその奇跡のような左目の黄金。

 黒赤の鱗に、大蛇のような尾。人型の巨躯に万物を切り裂く爪。黒海でできた十字架の剣を右手に。眼以外の顔面を真紅で覆った獣は宣戦布告する。



「――我ガ名ハ【スルト】。カバラノ意志ニ倣イ全テヲ破壊シ、全テを再生スル者ダァ‼」



 黒赤の雲雲が犇めき合い紫紺を黒く燃やし赤雷光を走らせる。遠く豪雨は吹雪となり大地を凍てつかせ、西は炎獄と化してはあらゆる捕食が始動する。

 (きた)る終焉。しかしそれは救済の名。不滅を謳う【大炎者スルト】は黒炎海の剣——〈黒十字剣(レーヴァテイン)〉を横に一振り。

 刹那、大地は大きく爆ぜすべては黒炎に呑み込まれ仇花を咲かせた。




 そんな惨劇の始まり、まるで神話の一節のような一瞬の蹂躙。

 生きとし生ける者は焼き尽くされ、囚われの魂は死滅を希いスルトの一部と化した。

 リセット……ノアルが言った通り、それは正しく終わりにして始まりのお告げだ。

 しかし、真に事はリセットではない。なぜなら彼らは不滅を掲げるからだ。


「…………はっ」


 意識を取り戻したノアルは周囲を見渡しカバラ教の教会内だと気づく。


「夢か…………」


 否、見せられた現象が夢ではないと直観がノアルに恐怖を押し付けた。


「ノアルさん……さっきのは」


 意識を取り戻したルヴィアの眼は不安気に揺れ動く。

 縋るような想いは、されどカバラ教徒によって容易く破壊された。


頚木(くびき)は解き放たれ、炎は移ろい、ここにボクらの悲願を掲げるさ」

「これより人類の救済を始める。真なる終焉に備え、人類の存続を願い、名もなきの神により新生の誕生を許されるのさ」

「時は来た! さあ! 人類の悲願の始まりだ!」


 宗教者慄然としたルリアの宣誓に、リリアとアリスたちが一斉に立ち上がり万来の拍手を送る。まるで魂を叩き叩き割るような喝采が(みじ)めノアルとルヴィアを追い込んだ。

 そうだ、ここは敵陣。奴らカバラ教は今よりノアルたちの敵と為り定まった。そのことを一瞬でも忘れそうになった己を叱責し、ルヴィアが毅然と踏み出す。


「今すぐ止めなさい! こんなものを救済とは言わないです!」

「お前……」

「世界の摂理に背く在り方は、怪物と同義です。不滅だからと言って、利用するのは間違ってます!」


 確かな信念がルヴィアを強くする。それでも、ただ一人の小娘の戯言に万の信条を改変させるだけの言霊はなかった。

 比べて、眼前のルリアの方が数倍も強く逞しく揺らぎない。


「知っているさ。キミたちがボクらのやり方に賛同できないことくらい。ボクがキミたちをここに呼んだのはボクらの行く末をしかと見せしめるためさ」

「行く末ですか……?」

「そうさ。ボクらの真なる救済の心とキミたちの愚直な正当、そのどちらが世界に認められるかどうかね」


 パチンっ。ルリアが指を鳴らす合図がリリアとアリスを動かす。ルリアの命令に従った少女たちはノアルとルヴィアを囲い込み手を繋ぎ大きな輪となり進路を閉ざす。


「何をする気だ?」

「ルリアさん!」


 訝しむノアルにルリアは背を向けて告げた。


()くとその眼に焼き付けることさ。ささやかながらキミたちの破滅を願っているさ」


 刹那、リリアとアリスは言霊を紡いだ。



「【ロストフィニス・ラ・リコリス】――【ザ・アイン・クリフォト】」



 そして、少女たちを円環に見立て運命の法則が動き出す。

 すべてここに。定められた宿命として彼らに邂逅(かいこう)をさせる。

 光輪が何重にもノアルとルヴィアを囲い込み、瞬きの刹那にて運命は書き換えられ新たなる導きによって二人は教会から姿を消した。


「「頑張ってね、お姉ーちゃん、おにーちゃん」」





「うっ……ここは?」


 眩い光に包まれ目を覚ましたルヴィアは辺りを見渡すより先に少し前で佇むノアルを発見する。


「よかった。ノアルさんも無事でしたか」


 近寄るルヴィアに、しかしノアルは返事一つしてくれない。


「どうしましたか?」


 覗き込むルヴィアの眼には、ノアルは唖然と空を見上げる表情であり、何事かと同じように空を仰いで気づく。

 彼らの前方、それは雄々しく禍々しく直立した大炎の巨人。その緋眼と金眼が二人を見下ろしていた。


 大炎者【スルト】は迎え入れる。


『ヨウコソ、聖女、ソシテ異邦人。ソノ矮小デ何ガ救エルカ、私ニ証明シテミセロ!』


 振るわれた剣が二人の合間を阻む建物を吹き飛ばし黒炎で灰燼と成す。すべては灰へ。そこは焦土の荒地。残骸の死地。鼻を突く火臭と喉を抉る硝煙、だがそれ以上に巨神が二人を芯から絶望色の恐怖に染め上げた。

 だとしても、ノアルはふざけてるなと失笑した。

 この身が脆弱で惰弱で無力だとして。天地がひっくり返っても敵わないとして。それでも——


「終わるわけにはいかないからな」


 言葉を失ったルヴィアの前で、その男は一歩前に出た。

 その矮躯な愚者を見下ろす大炎者へ、かの異邦人は戦意と殺意を掲げ旗錫杖を構えた。

 まるで決死に向かう英雄のような背中、虚勢と臆病の中で光灯を掲げる。


「上等だ。お前を倒してやる」


『フッ。来イ! 叛旗ノ愚者ドモ!』


 それを宣戦に、導かれた舞台は破滅の運命の下——ここに、天場最高の決戦の幕を上げた。






ありがとうございました。

次の更新は土曜日に頑張ります。

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