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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章54話 救世主の名

青海夜海です。

今回はちょっと長いです。

 

 昔、マーナ・アンナはルヴィアに諭した。


『いいルヴィア。私たちは自然の摂理の輪廻(りんね)に沿って歩んでいるの。その摂理から外れることは決して許されないことよ。その過ちは雷が狂い、氷雪が押し寄せ、劫火が焦土に変える——その時、きっと人類は罪に対する罰として消滅を余儀なくされるわ。だから、どんな誘惑にも負けないで。清く正しく生きなさい』


 当然、十七になったルヴィアはエリドゥ・アプスの歴史や自然や生命の法則や規律も学び終え、あの日、幼いルヴィアにマーナが告げた言葉は正しく解釈することができている。

 それでもふと思い出したのだ。果たして、今の自分は聖女の訓えを守るだけの矜持を持ち合わせているだろうか。それを正義だと呼べるのだろうか。

 裏切り者の可能がある聖女マーナを信じることができるだろうか。


「…………」


 黙るルヴィアを無視してリリアは歩き出す。蒼のカーペットの上を綱渡りするみたいに両腕を広げて一本の閃の上を。


「リリアはね、別にどうだっていいの。人が死ぬのは当たり前だし、生き返らないのも当たり前。特に会いたい人もいないし、正直どうでもいいんだ」


 それは何に対して? 死者の復活? それとも異なること?


「みんなはね。生きるとか死ぬとか難しく考えすぎなんだと思うの。生きる時間が決まってるからみんな自分勝手になるんでしょ。死ぬのが怖いから醜くなるんでしょ。当たり前の事なのに、みんな理不尽とか誰かのせいとか言うよね。だからリリアは思ったの。そもそも生きるとか死ぬとか、それがあるからみんな苦しむんだって」

「でも、それはどうしようもないことです。リリアさんが言った通り、生まれて死んでいくのは生命の定めです。当たり前のことで覆すことはできません」


 ようやく歩み出す。コツコツ、二人分の足音がやけに甲高く反響し、左窓からの月光がやけに眩しく感じて、余計に廊下が暗く視界を(よど)ませる。


「だよねー。でもそれじゃあ争いはなくならないよ。人間は滅んじゃうし、記憶だって残らない。それでいいとお姉ちゃんは思う?」


 くるりとその場で回転したリリアが背後のルヴィアに訊ねる。後ろ向きに歩く小さな足跡が綴る軌跡をルヴィアは辿り。


 今、同じ景色を見た。


 思い起こすのは神聖都市ヌファルに押し寄せ不満や悪語を刃物のようにぶつける人々の姿。

 己の無力を顧みず、悪にすべての責任を押し付け八つ当たりを起こす。理不尽な死を嘆き、その瞬間に生きることのすばらしさを悟って死者の復活を希いながら元凶には口悪く死ねと吐き捨てる。

 その姿が正しいと言えるだろうか。それが人類のあるべき姿と誇れるだろうか。

 否だ。

 ルヴィアには、そんな世界の在り方、人類の生き方が正しいものとは思えなかった。聖女という立場や仲間たち抜きにしても、目に焼き付けられた醜悪な癇癪(かんしゃく)を認めることはできない。


「いいとは思いません。嘆くのも悲しむのも自由です。けれど、それで誰かを傷つけることは正しくありません」

「うんうん! やっぱりリリアの視込んだ通り。お姉ちゃんはちゃんと現実を見てるんだね」


 まるで特定の誰かと比較したような言い回しで気になるも、訊ねる前にリリアはくるりと前に向き直りスキップを始める。


「リリアもお姉ちゃんにさんせーい!」

「だからね、どうしたらいいのかなってすっごく考えたの」


 踊るように歌うように軽やかな蝶のように。ルヴィアの脇を誰かが追い越していく。


「そしてね気づいたの!」

「ううん、案はねリリアじゃないんだけど」

「でもそれを叶えたら争いはなくなってね」

「みんな生きるとか死ぬとかいちいち怯えなくなるなーってね」


 同じ声音が八方から語り掛けるように木霊する。ルヴィアの胸元に頭を位置して追い越していく。月光を浴びる白銀月(アルバ)の長い髪が無数の柳川のように流れだし。


「きっとね、それは幸せだと思うんだ」

「生きることは幸せだって思えるはず」

「死ぬことが辛くて悲しいなんてもう思わないよ」

「未来の心配もいらないし」

「好きな人とはずっと一緒にいられるんだもん」

「それってさ」

「うんうん。それって」

「とっても」

「とっても!」



「「「「「幸せだと思うんだ」」」」」




 くるりと回り、風に乗った花のように、爪先が向く、トンっ、と軽やかな音を一音。

 少女は廊下の果てへと辿り着き、立ち止まったルヴィアを見つめた。

 彼我の距離は二十メルほど。無垢なる闇と目覚める月光りの中で。

 紅月の瞳が凛然と笑みを描いて聖女を見つめた。

 まるで四面楚歌か。でなければ悪い夢にも限界がある。

 白い衣の少女。同じ特徴を持つ同じ声音に同じ意志の。

 ()()()()()()()()()()()()()がルヴィアを見つめて告げた。


「だからね」

「決めたんだ」

「みんなのために」

「幸せのために」

「生きるために」

「苦しまないために」


 風が吹いた——


「「「「「永遠に生き続けたらきっとみんな幸せになるんだ」」」」」


 だから——


「リリアがたくさんいたらいいんだよ」





 *





 彷徨い歩く。

 永遠の闇の中を彷徨い歩く。

 渦巻くは人類の絶滅と救済。

 掲げられた存護の(はた)と停滞に甘える恐怖の叫喚(きょうかん)

 あらゆる禍根と変化を水底に、消えることない光で照らし終焉の闇より救い出す。

 御手(みて)はただ一つ、人類の本能の帰還を望み、途絶えぬ血脈の果てに救済を成す。

 人類を救うために多くを失う——それを彼は許容できるか。

 数多の救いがその時ばかりの損失で未来は救済させる。

 死に恐怖することのない、記憶が引き継がれる存続の世界が。

 彼は考え続けた。

 どうすることが正しく、自分はどうしたくて、何をすべきか。

 渦巻く闇の中、差しこまれた一縷の光に縋ることができず、無能な身で場違いな思慮で誰にも見向きされないとしても、それでも彷徨い続けた。

 彷徨って途方に暮れて一度立ち止まりまたすぐに歩き出す。

 それを何度も何度も繰り返し、彼はようやく見つける。

 簡単なことだった。彼にとってこの世界の物事よりもずっと大切で愛おしくて忘れられないこと。ただ、その光を思い出せばいいだけだ。

 よって、彼は決意する。

 人の死と生の巡りに、一つの解を持って新たな扉を開いた。





 彷徨い駆ける。

 後から真横から前から囁きかけられる無数の声を振り切って、彼女は彼女だけの答えを探し続けた。

 幸せとはなんだ。

 争いのない、生に怒らず死に恐れず隣人を愛することができれば、きっとその世は幸せだ。この論にははっきりと頷くことができる。そんな世の中になればいいなと思う。

 だから、少女の動機に反対する気持ちは湧かなかった。そして、確かにそれは救いだと思う。もしも、救世主(メシア)が争わない人々のことを差すのなら、彼女の心はずっと揺らいだことだろう。

 けれど、少女は異なる形で救済を物語った。

 ——永遠の生命。

 死ぬこともなく、生まれ変わることもない。

 不可能だ。人は死ぬ。生命体はいずれ死ぬ。そう世界が定めているから。

 生命が死ぬと魂が生命の樹(セフィロト)へと還り輪廻転生を得て新たな肉体に宿り新たな生を始める。それを繰り返すのが生命の循環であり自然摂理だ。

 ——永遠の生命。

 それは事摂理から逸脱した盲傀(もうかい)だ。

 確かに生きていることに怒らなくなり、死ぬことに恐れなくなり、心の余裕は愛を育むことができる。きっとその先に人類の存続が待ち受ける。

 もしもだ。もしも、今彼女を追い立てる不可解な現象が救済の真実だとして。人間のパンテオン化がその計略に翻弄されたものだとした時。

 ——彼女はそれを救済とは呼べなかった。

 もしも、争いのない、生に怒らず死に恐怖せず隣人に優しくあれる世の中をもっと違った形で、それこそ人の意志や魂を捻じ曲げるような非人道的な行動でなければ。

 ——彼女は手を貸したかもしれない。

 彼女にとって一番は穏やかで普遍的な平和の存続なのだから。

 理解ができて納得ができて心は揺らいでも。

 ——永遠の生命にだけは心から拒んだ。

 彼女は無数の囁きを振り切り、同じ声音を払いのけ、訴える救済を拒絶し、己の思う正しさで新たな扉へと飛び込んだ。






 そうして二人の愚者はそれぞれの答えを得る。


 議題としては互いに違う局面に向き合わされたが、本質は同じ。

 正義とは言い難い彼らなりの正しさは。

 何かの犠牲の上に成り立つことを許さない。

 それが答えだった。


 そんな凡人の解に、されど二人を迎え入れた存在は拍手喝采を送る。

 それでいい。そうでいい。そうであれと。




 *





 招かれたのは最後の審判を行うに最もふさわしい場所。

 広さは壮大で、エアンナ神殿の大聖堂と同等と思われるが豪華絢爛というより閑古素朴。最低限の装飾品と拝礼者用の長椅子が少し。

 前方奥、一人の者が祈りを捧げる正体は偶像などの神の擬人類ではなく、大樹を逆さにしてそれを擬人化した聖像。

 聖女でいう十字架を表す『逆さの大樹』は、それが神格化されているだけですべては戦慄となってノアルを襲った。と、同時にすべては明らかとなる。


 片膝をつき腕を組んで祈っていた信仰者はゆっくりと立ちあがり来客を迎え入れる。

 振り返った信仰者は抱擁を交わすように言の葉でもてなした。


「ようこそ、愚直なる者たち。すべての答え合わせをする時が来たさ」


 灰色の髪の性別不明の信仰者は両腕を大きく広げ歓迎の意を示す。信仰者の声に答えるように、ノアルとルヴィアの背後の扉が開きぞろぞろと見覚えがある同質な存在が同じ形を持って入室して来た。


「なんだこれ⁉ なんでお前がこんなにっ」


 異常事態に激しく動揺を見せるノアルに一人のアリスが立ち止まって囁いた。


「これが、私たちの救済です」

「まてっ!」


 そんな言葉だけ置いてアリスは他のアリス、そしてアリスと髪色と長さ、瞳の色が異なるが相貌も体躯も同じ少女が一つウインク。


「リリアさん…………」

「受け入れなかったお姉ちゃんが悪いんだからね。リリアはちゃんと時間をあげたんだから、そんな顔しないでよ。そういうものだったでしょ」

「…………」


 一方的に言い放った二人は同質の大勢へと紛れ込んでいった。

 総勢五十近くの少女たちは数少ない拝礼席に着席。訪れる静寂がノアルとルヴィア、そして信仰者を明確に敵対表示した。

 信仰者は礼儀正しく頭を下げるとその名を名乗る。


「ボクの名はルリア・ムーナ。カバラ教大司教、それがボクさ」


 この日この時この場所で。初めてカバラ教は真の姿を露わにした。

 それは軽々爛々と言葉(ほぐ)しに笑みを浮かべ腕を広げ、胸の高鳴りと異質な寒気を放ち、ノアルとルヴィアは眩い斜光に掴まる。

 名を呼ぶのと同じように、悲嘆な暮れも勇壮な目覚めも軽やかな宵も物静かな月頂もここでは白光と同質となりそれは事構えて固有となる。

 多々ある思考は集いとなって数多の思想集団を形勢するが、それでもカバラ教だけは名として一つの、そう人種を表現していた。其の名だけで、人々は戦慄を成す。

 かつて聖女を神のように敬い崇めたように、邪なる者もその真髄を知れば同等となり星と名もなき神に祈り信念を育む。

 すべては斜光だ。普遍的に見る角度からではなく、多面化された一縷な空から差し込む雄弁な斜光。

 その光を今、ノアルとルヴィアは初めて目にした。

 完璧な形で。完成された光で。その真なる思考で。親愛なる純美の下、生死の下落に(あざむ)き嘆く愚者の孔明を。


 ルリア・ムーナは語る。


「すべては人類の喪失と大罪による負債にあり」


 真なる赤が目を覚まし、言霊に為りて顕在する。


「ボクら人間は神より与えられた三大感覚を受け取ってしまった。それはあまりに完璧すぎたさ。故に人の世は衰退と停滞を余儀なくされた。異なる思想、違う感性、才能の優劣、制御できない激情。人はあまりにも完璧すぎた。種としてではなく個として進化を得てしまったのさ」


 優美なる蒼が唇を引き結んだ。それを海の蒼と賛美すれど、それは空の蒼と崇めようと、それを静穏の蒼と宣おうと。灯る一光の赤はたちまちすべてを覆い尽くし迷夢のような紫紺を作り出してしまった。寂れた毒の色、海でさえ紫紺を一色にすることは叶わなかった。


「そうして引き起こったのが戦いさ。種と種による種族間の戦争ではなく、個が一つの思考を集いて群と成し、勃発する人類内戦。苛烈は毒となり、銀音は瞼裂(けんれつ)させる。戦争が悪いわけではないさ。争いとは必然により統制を取るために必要な措置さ。種の繁栄も消滅も血脈の継承に従った本能的な動き。それであれば許されただろうさ。しかし、人類は違った。彼らは種の継承に真の重きを置かず、善悪の主張……醜く言えば欲望の獣と化して渇望を満たすために剣を振り抜き槍を突き出し血吹(ちぶ)きで平穏を穢した。これを悪徳と言わずして何というか」


 紫紺の海はやがて油が溶けだしたように(けが)れ、淀みに淀んだ汚色は呼吸をするように沫を吹いては異臭を放つ。浮遊する異臭は次第に塊り一つの思念となって悍ましいほどに赤く膨れ上がり——汚色の海に落ちる。瀑布のように打ちあがった劫火は万人を焼き尽くし沁みつく慟哭、痛哭、叫喚、怒号、絶鳴が境界という境界を引き裂き尊厳までもを荒らしまわる。その地も人の意志も世の正しさも、等しく灰燼となりそれでなおその灰を集め拾い上げて一つの愛を作り出した。


「改心することもなく、学ぶこともなく、悟ることもなく。変わらぬ灰を愛したのはただ一つの愛を得たからさ。それこそが人類の失点」


 その愛の名は——


「自己愛——独裁と享楽が狂信して獲得した人類の生きる意味。それが自己愛さ」


 その愛の名は自己愛。

 自分を愛する究極の愛の形。


 ルリアは強く言霊として顕現させる。否定も拒絶も受け付けない。

 トンっと鳴らす足音がノアルとルヴィアの心臓を痺れさせ、鐘の音色のようにルリアの言葉が真実響いていた。まるで名もなきカバラの神が拝聴しているかのように。


「記憶の記録も生きた意味なんてものも、すべては自己愛の美化さ。みすぼらしく惨めに終わる人生なんて誰も求めない。ましてや血の継承をやらなくなった人類にとって生きるとは自分をどれだけ特別に名を功績を残せるか。それを誇りに死を許す。そこに献身の欠片も愛の粒も優しさの破片もあると思うかい?」


 その愛は灰だ。醜く欠落しては受け入れられず焼き殺した人間らしさの骸だ。

 清い蒼は苛烈な赤と混同し集合体となった紫紺に変貌し、それも束の間に汚れ穢され最後には灰に堕ちた。その灰が何層に連なった今、人類が踏みしめる地盤がある。かつての海は遠く深く、清い心は星の中枢に眠り、何十層の歴史がすべてを腐敗破壊する。

 そうして今がある、その今をどうして美しいなどと言えようか。

 そのどこに愛があると妄言できようか。

 沈黙は肯定。

 それがルリアにはたまらなく嬉しく、同時に苛立たしいほど愚かしく感じた。


「自己愛に満ちた世界は醜悪さ。ボクらはそれを許せない。その自己愛が未来の破滅を願うからさ。停滞を望み現状を悼み、それでも現状維持を横行する。すぐそこにボクらを皆殺しにできる化け物たちが迫ってきているというのに、誰も人類の未来を想像しない。懸念(けねん)しない。心配しない。浅ましいことこの上ないさ」

「だから……人類を再構築(リセット)するのか?」


 ようやく発した声には緊張感が滲み少し震えていた。それでもこの空間で声を出せたことには拍手を送りたい。ぐっと零れそうな息を呑み込むノアルに、隣で眺めていたルヴィアの意識も徐々に目覚めていく。

 ルリアは満面な笑みを浮かべてから、そっとはにこむように首を横に振った。


「リセット。それもまた一つの正しささ。けれど、リセットにはあまりにも時間が掛ってしまう。きっと世界はそこまでボクらに優しくないさ」

「ならなんだ?」

「…………」


 問いかけるノアルの横でルヴィアは唇を引き結ぶ。そんな彼女に目ざとく気づいたルリアがルヴィアを無理矢理引きずり込んだ。


「キミはもうわかっているんじゃないのかい?」

「――――」

「お前、わかったのか? 奴らが何をしようとしてるのか?」

「…………」


 沈黙は肯定だ。そして、ルリアはその口で決して答えを言わない。その眼はルヴィアを差し、その空気は彼女の言葉を待つ。誰も急かさず、誰もが見守る中、一人のリリアが呟いた。


「お姉ちゃん、もしかして怖気づいたの? それとも今になって迷ってるの?」


「――っ」


「アハハハハ! お姉ちゃんってホントわかりやすいよねー」

「リリアを拒絶した時のお姉ちゃんはどこにいったの?」

「リリア悲しかったんだよ。でもね、お姉ちゃんがすごく真剣だったから諦めてあげたのに」

「そんなんじゃリリア怒っちゃうんだからね!」

「ほら早く言いなよ。じゃないとお姉ちゃんの正義だっけ? それもなくなっちゃうよ?」

「あ、もしかしてリリアの味方になる気になったの!」

「えへへ! 嬉しいなー。でもね」

「うん、それでもね」

「――――」


 複数のリリアが次から次へと後を振り返りルヴィアを見つめて。


「「「「「ちゃんと言わないとだめだよ、お姉ちゃん」」」」」


 その眼は逃がしてくれないのだ。


 ルヴィアは言霊の力を強く理解している。言霊としての能力だけでなく、ただ理解を示すことや真実を語るその言葉にも魂は宿り、それは己に抗えない力となって刻み込まれる。

 今、ここでルヴィアが辿り着いた答えを言葉にして放ってしまうと、それが真実真相だった場合、逃げることは絶対にできなくなる。見て見ぬ振りも、誤魔化すことも、忘れることもできない。

 無数の奇怪な眼差しが笑い声のようにルヴィアを急かし。


「リリア、黙りなさい」


 リリアと瓜二つの少女、アリスが叱咤を一つ入れた。


「今はルリア様とお兄さんたちの話し合いよ」

「私たちが口を挟む権利はないわ」

「それに、あなたは事態をややしこしくするだけだし」

「もう少し大人しくしておきなさい」


 まるで全員が本物だ。誰一人として違いはなく、同じ魂でも宿っているかのようにリリアたちアリスたちの言動に含む雰囲気から口調や感じ方まですべてが異様なほど同質。


 嗚呼、もう認めざるを得ない。


 少し口答えしたリリアは次第に黙りだし、アリスはどうぞ続けてと席を譲る。そうしてルヴィアは舞台に再び立つ権利を得て己の出番に(さきばし)を登る。

 深呼吸を繰り返してしかとルリアを見やり喉から真言を解き放つ。


「――複製体の制作」


 時が止まり時が嗤う。


「死んだ魂を『複製体』に宿らせます。それを繰り返すことで人類の絶滅を防ぐ……」


 見つめる先。ルリアは獣のように満面の笑みで歯を見せ。


「合格だ」


 最悪は真実として世界の名を刻んだ。ルヴィアの予想の敵中に青ざめる。その意味する事象に頭を巡らせ、それでも困惑するノアルが訊ねる。


「どういう意味だ? あいつらのが『複製体』だとして、それがどうして人類の存続に繋がるんだ?」


 ノアルは正しく無意識の代弁者の役を演じる。追いつかない思考の中で複製体なるものが未来に、人類の存続に影響し得る事はなんだ?

 ポツリ、それは懺悔のようにルヴィアの口から零れ落ちた。


「……みんな、一緒なんです」

「は?」


 困惑を極めるノアルに振り返り。青ざめた相貌で訴え縋るように。


「みんな! あの子たちの魂が一緒なんです!」

「――――は?」


 絶句する。言葉は正しく伝わり、言霊の力が有無言わせずノアルに無数の理解を強制した。犇めく理解不能。ありえない事象に、されど、もしもそれが本当だとしたら。(さか)しいとは言い難いノアルでも辿り着いてしまう。その、決して有り得てはならない結末に。

 理解不能に理解を示し、それでも困窮する口が意識を破って漏れ出てしまう。


「ありえない……同じ魂だと? そんなの不可能だ!」

「…………」


 ルヴィアは数秒の沈黙を置いて確かに首を横に振った。


「わたしも信じられません。ですが——どう見ても『同質の魂』を持っています」


 聖女としての言の葉は認めざるを得ない。聖女の瞳は魂の形を捉えることができる神秘が宿っている。その瞳が告げるに、リリアはリリアたちの、アリスはアリスたちの、それぞれの魂の形が同質であると。それ即ち、まごうことなき()()()()の意。


「嘘だ。同質の魂が複数あるはずがない! 魂は生きている限りその世に一つ。これは自然の法則で命の法定で決まってる。摂理が運命の(くびき)を巻いているはずだ!」


 激昂に近い青い衝動で反抗する。世の摂理や法則の理不尽をよく知るノアルにはそうでなくてはならない。しかし、ルリア・ムーナは斜光を浴びて告げる。


「間違いはないさ。この子たちは皆、『同質の魂』を持った『同質の存在』。皆がアリスであり、皆がリリア。そう、この子たちの在り方こそ人類救済の鍵となるのさ!」


 高らかにルリアは語る。


「このままではいつか人類は滅亡してしまうさ。繁殖と繁栄を怠った負債を背負い、世界から追放されるだろうさ。そんな未来にボクらは抗わなければいけない。永遠の命など存在せず、また完全な蘇生も無きにしも(あら)ずだが、本質的な因果を(いじ)るのは不可能だった。そこでボクらが辿り着いて答えがこの子たち——複製生命体(ホムンクルス)。これがボクらの人類存続の答えさ!」


 『複製生命体(ホムンクルス)』——それが彼女たちの正体であり、カバラ教が数千の研究の果てに得た血と涙の結晶だった。


「とある媒体を持って魂の依り代となる肉体を限りなく本物に近づけて生み出し、とある神秘によって魂の永久維持を遂げた」

「まさか、『死命の樹(クリフォト)の痣』は」


 死命の樹(クリフォト)の意義は魂の停滞だ。クリフォトをシンボルとしるカバラ教が成した昏睡事件からのパンテオン化。その実態を問うノアルにルリアは嗤う。


「キミたちの予想通り。彼らは既にカバラ教の一員であり、皆が複製生命体(ホムンクルス)と成り果てた、まさに新時代の新人類! 何度死んでも生き返るのさ。もちろん、パンテオンになってもそれは変わらないさ。なぜなら、彼らの魂は死ぬことはなく停滞を続け、肉体がある限り魂を宿し生き返らせることができる——生きる意味を履き違えたボクらの人類への真なる救済である!」

「それじゃあ、都市を襲った本当の目的は…………」


 ルリアは答えるわけでもなく、くるりと踵を返しそっと聖像に手で触れた。


「さあ、始まるさ。新時代の到来——全人類の進化を。それを成す最大の炎華なる儀式を」


 瞬間、『逆さの大樹の聖像』は紫紺に輝きだし、天に向ける根っこが教会の屋根目掛けて伸び出した。雲雲のように天井を覆い尽くした樹根は高密な魔術陣を構成し。

 世界を殺す一手を繰り出した。


ありがとうございました。

ホムンクルスゆえにパンテオンになることに厭いがなくなります。予備の肉体がある限りその魂は死なずに宿り生を受けられますので。


次の更新は水曜日を予定しています。

それでは。

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