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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章49話 辿り着いた都市ハッバーフ

青海夜海です。

遅くなりました。

 

 紅月の刻 十八日。


 時は停滞を帯び始め、微かな静穏が流れていた。

 どこか安堵の息が立ち込め、撫でる風が昨日までの激情の溜飲を下げていく。その風に混ざる火の粉の懺悔(ざんげ)を誰も知らないまま。手に入れた『祝福』を抱きしめ胸の痛みを癒しながら清涼な月明けを迎える。

 聖女マーナの火刑は正義の裁定と見なされた。神なる神により正しさは証明された。よって人々の信仰はマザラン総司令官にあり、外部からの異論には一切の耳を貸さないだろう。それほどまでに狂信が侵略を果たし、既に恐怖はなく、『祝福』による蘇生が希望となり歓喜が今も胸の中に平和を灯す。それは確かに秩序の形成であった。


 故に強欲で傲慢な人間は正義に酔いしめる。


 今日も昇月から誰かが叫ぶ。


 ——次の聖女を処刑しろ! 


 味を占めた詐欺師然り、正義を名乗ることを許された人間は正義執行を求める。

 罪人は聖女。罪状はエリドゥ・アプスの破壊及び聖女と偽っていたこと。処罰内容は火刑。

 十字架に貼り付けられ焼き殺される。十字架による死は神罰を意味し、つまり神の怒りと裁定だ。(とが)められないことを良い事に、信じてもいなかった神の裁きを謳い文句に高らかと正義を吠える。

 都市の破壊を怒り、記憶の消滅を嘆き、生活困難を(うった)え、パンテオンの召喚に不文律を唱える。

 一度静まった火は火種など加えずとも再発火した。

 死者の蘇生のお陰で死んだように眠った全民衆はトマト総司令官殺害の疑いにある容疑者三名など忘れ、聖女の火刑遊戯を一目見んと集まり、許される数多の罵詈雑言を用を足すように吐きつける。

 ——偽りの聖女は全員死ぬべきだ!

 ——悪魔の死を神様は褒めてくださったのよ!

 ——みんなの安寧のために偽りでも聖女としての役目を果たせ!

 ——お前たちが死ぬとみんな元気になるんだから!

 ——ほら、あの女のように燃えて消えろ。懺悔しろ反逆者!

 もはや、彼らが狂っているのか、それとも正常なのか判断がつかなかった。

 猛る願いはどこか正しさを孕み、けれど事実として無罪であるので正しいとは口が裂けても言えない。それでも『祝福』が与えられ、パンテオンの襲撃は収まり、平和に近い穏やかな風が吹いている。

 きっと平和なのだろう。秩序は破綻し善悪の裁定はマザラン総司令官に(ゆだ)ねられた。彼の手腕によって手繰り寄せられた奇跡と宴と眠り。神は信じない。だが、神のような存在がここにいる。故に神を信じる。

 ()()()()()()を持つ腕を掲げ、目覚ましい昇月に新しい自分が生まれたような清々しさを感じながら。

 新鮮な気持ちで、民衆は聖女の死を謳い始めた。






 そのような事が起こっているとはいざ知らず、ノアルとルヴィアは目的地へと遂に到着した。


「「…………」」


 待ちかまえる荘厳たる城壁を見上げる。純然たる白で統一された城壁はおかしなことに、側防塔や胸壁が一切ない。よく観察すれば狭間窓、射撃の窓も一つも見当たらない異様さだ。

 城壁の高さは他の都市より十数メルほど高く、迎撃の体勢が一つも取られていない。どこかに外界を観察するスペースでもあるのだろうか。ただ、外への干渉場所は眼前視界端の門一つのみのようだ。


「これでは内部の状況が一切わからないですね」

「…………」


 鉄壁の構えは東部を守護する都市ハッバーフとしては当たり前の構えだろう。しかし、事見方を変えれば周囲との繋がりを遮断しているようにも捉えられる。情報漏洩の保護、外部干渉の簡略化、外からの監視等の阻害工作。疑えば疑うほど裏目を見ようとするのは性悪だろうか。確証が持てないノアルを責めるように鉄壁の砦はビクとも反応してくれない。


「この壁で全部覆われてたら侵入はできないか」

「え? 侵入する気だったのですか⁉」


 ルヴィアが大袈裟に驚くがノアルは当たり前だろと頷く。


「役不足でも犯罪者だ。そう簡単に入国させてもらえるはずないだろ」

「だからと、侵入行為はダメです! 不法侵入です! 犯罪は許せません」


 聖女の前で堂々と不法侵入をしようとするノアルをぷんすかと説教を始めるルヴィア。彼女は癖なのか二十セルチくらいの身長差をなくすようにノアルと距離を詰め、その差は同身長なら鼻先が触れんばかりだ。なまじ身長差がルヴィアを上目遣いにさせ、距離との近さも相まって強烈な一撃となりノアルの理性を揺るがす。

 ルヴィアの相貌は贔屓目でも性別問わずに視線を集める。可憐な花より純白な可愛らしさという表現がしっくり。異性にいちいちドギマギするヘタレ勘違い童貞のへの字も持ち合わせないノアルですら、落ち着かなくなる。なるべく動揺を出さないように視線を逸らし一歩足を引いて距離を取る。すぐに詰めてこようとする前に首を横に。


「だからいちいち近づくな」


 言われてはたと気づくルヴィアは頬を赤らめあわわわと今度は大袈裟に距離を取る。


「す、すみません! わ、わたしったらまた」

「だからってそんなに距離取らなくても……」


 鼻先数セルチの距離が今では十メルほど離れている。それだけ距離を離されると離れろと言った手前であるが若干悲しくなる。汗臭かっただろうか。

 パタパタとミミロルのように戻って来るルヴィアにため息を吐き、改めて荘厳な城壁を見上げる。

 侵入を視野に入れていたが城壁の天辺(てっぺん)まで高さ目測五十メル。超人なアディルならまだしも身体能力に関しても平々凡々なノアルには巨人や番人に見えて仕方がない。他の侵入可能な隙間はないか壁沿いに少し歩いてみるが傷の一つも見当たらない。修繕してペイントでもしているのだろうか。真新しいほどに白光だ。


「まってください! 謝りますから置いておかないでください」


 目を鳥脚みたいにせっせと走ってくるルヴィアに振り返る。


「悪い忘れてた」

「ひどい⁉ それはあまりにも薄情です!」

「冗談だ」

「え……~~っか、からかわないでください!」


 ぷんすか怒るルヴィアだが正直まったく怖くない。もしここにリヴがいれば「怒った顔も百点満点! 純真な子が一生懸命怒ってる姿って萌えだね! すごく萌える! うん、その聖女の怒り(笑)でみんなをラブリーにしちゃおー」などと意味のわからない事を抜かすのだろう。考えただけで頭が痛くなってくる。そう考えるとルヴィアがあまりにも可哀そうに思えてきて、ぽんと頭に手を置いて。


「頑張って怒れるようになれよ」

「なんか励まされました⁉」


 茶番は置いておいて、改めて告げる。


「侵入不可能だな」

「だから不法侵入はダメです! って諦めてなかったんですか?」

「冗談だよ」

「か、からかわないでください! 本当に本気で起りますよ!」


 腰に手を置いてぷんすかするがやはりキレが足らずギャップ萌えの押し売りにしかなっていない。ノアルは今度こそ憐みの笑みを浮かべ。


「頑張って怒れよ」

「やっぱりからかってますよね! 面白がってません!」


 という一通りの茶番を終えて、ようやく本題に入る。


「侵入が無理ならどうするんだ? 真正面から突撃なんて無謀すぎる。まさか聖女なら許してもらえるって思ってるわけじゃないよな?」

「それさすがに思ってません。けど、犯罪はダメです。それじゃあ本当の犯罪者になってしまいます」


 なにを今更、などとは口が裂けても言わないが。戦えないノアルのためにルヴィアは必要だ。ならば聖女の憂いを解くのは非力な己の役目だろう。それくらいしかできない矮小さを忘れてはならない。ノアルの命の価値より、ルヴィアの命の価値の方がずっと重く高く稀少だ。


「わたしたちはカバラ教の方に事の真実を窺いに来たのです。決して戦いに来たわけでも殺しに来たわけでもありません。人が声帯を持ち言葉を知るのは会話をするためであり、誰かを貶めるためではありません。こそこそする必要なんてないのです」


 彼女の眩さに自分の浅はかさを思い知る。戦える力を持ち聖女という特別な存在となり聖歌術(アンリート)の資格を許されたルヴィア。それでも力に(おご)らず立場に支配されず信じる意志で大地に立つ。


「もしも、カバラ教がパンテオンに関わる何かをしているのならわたしが止めます。今回の悲劇を招いたのが彼らだとしたら、わたしは聖女として必ず公平な裁きを執行します。きっと、それが今のわたしが聖女として胸を張れる唯一の抵抗ですから」


 そう、彼女は一等星のように毅然と胸を張った。

 誓った聖女の祈りをここに、揺るぎない使命を義務ではなく意志で執行すると、ルヴィア・アンナは正義を証明した。

 その姿のなんと美しいことか。力強く揺らぎなく月のようであった。


「…………」


 劣等感に苛まれ、無力を呪い、過去に引っ張られてばかりの自分とは全く違う。気高い彼女が羨ましく輝かしく、やっぱりあの人に似ていた。


 ノアルは認識を改める。この物語の主人公は自分ではない。何かを成し遂げて改変するも維持するもそれは真にこの世界で生きる意志の強い人間であるべきなのだ。余所者で意志が弱く足手纏いでしかないノアルという人間は総じて主人公の資格を持たない。

 改めよう。ノアル・ダルクは案内人という進行役だ。

 本当の輝きを前にしかと刻み込む。

 ノアル・ダルクに居場所などないと。光などなく、標もなく、酔いしれど命に価値はないと。よって、ノアルは諦めるのだ。目標を達成することを? 否、己が何かを成すことを。

 ノアルはルヴィアにバレないようにしっかりと胸のしこりを息として吐き出し、すべてを受け入れ思い出し気を入れ直す。


「はあー…………お前がそういうならそうすればいい。俺は俺のできることで背中くらいは守るから」


 相も変わらず表情が動かないノアルにルヴィアは口端を緩めて少し目を細めた。


「――背中ががら空きだけどいいのかい?」


 その声はそっと耳朶を舐めるように言の葉を紡ぎ落した。


 反応はコンマ単位。左鞘から無意識的に細剣(レイピア)を抜き刃を横凪に背後へと振り抜く。首を刎ねる的確な反撃は……しかし。


「聖女とはやはり悪道を訓えにしているみたいさ」

「ぐっ……あなたから殺気を感じました。わたしたちを殺すつもりでしたね」


 振り抜かれたレイピアの一閃は、声の主が背後に避けられたことで空振りに終わる。男のようで女のような声音の者は得体の知れない笑みを浮かべ薄く微笑んだ。


「とんでもない。僕はキミたちを殺すつもりなんて毛頭もないさ。そう、キミたちを迎えに来ただけなのさ」

「迎えに?」


 反応示すノアルを一瞥した灰色の髪の恐らく男と思われる存在は眼を細め。


「聖女ルヴィア・アンナ。異邦人ノアル・ダルク。僕はキミたちを待っていたさ。キミたちが真相の証人となるこの時を」


 どこか芝居かかった言い回しの中で観察されていることが窺え、ノアルは口を閉ざす。いつでもルヴィアを守れるように首元の十字架のペンダントに意識を削いでおく。

 レイピアを降ろさないルヴィアも慎重に口を開き訊ねた。


「真相の証明? ではあなたは今起こっている様々な事件の全貌を知っているということですか?」

「……キミは正義感が強すぎるさ。愚直は美徳さ。謙虚もまた美徳さ。そんなキミに足りないのはなんだと思う?」

「わたしの質問に答えてください。あなたがカバラ教徒だとするなら、わたしたちも推測を持っています」


 唐突な話しに振り回されないと話しを戻すが、彼は答えてくれる気はないようで嘲笑するように瞼を伏せ頭を横に振った。


「言いたいことがあるならはっきりと言ってください。それともわたしたちが子どもだと侮っているのですか?」


 小馬鹿にされ噛みつくルヴィアだがそれでも冷静さは保っている。その上で相手の余裕に警戒心を引き上げたのだ。

 そんなルヴィアを幼いと言わざるを得なかった。


「キミは聖女さ。それはかけがえのない長所だろうさ」

「はい。聖女であることに誇りをもっています」

「そう、キミは聖女だ。だからこそ人の心が足りないのさ」


 不明瞭な回答に訝しむルヴィア。そんな彼女に彼は教鞭(きょうべん)をとる。


「キミに問おう。聖女とは何を差す?」

「清く正しい心を持つ神の使いです。神の下で世界を守護するために存在する人治の平和を築く存在です」


 間髪入れず答えて見せたルヴィアに彼は頷く。


「では問おう。人治の平和を築くと言ったが具体的に何をするのかな?」

「秩序を乱す悪を裁き平和を脅かす悪質を浄化して人々が住みやすい世界にする。それが聖女の役目です」


 やはりルヴィアは間髪入れずに答える。その解に聖女としての意義と宿業が灯されていた。一度も疑ったことがない。その在り方を尊重し憧憬を抱き平和を築く一員として誇負を刻んでいる。その力強さに感銘は受けるが、けれど憐れだと信仰者は嘆く。


「そうさ。聖女とは常に善を()き悪を滅する秩序の権化(ごんげ)さ。ひと昔前は執行猶予なんてものはなかったし、キミたち聖女の善悪によって法定すら覆っていたさ。確執的なんだよね、キミたち聖女の正義とは」

「何が言いたいのですか? 善を敷くは皆さんです。わたしたちは皆さんの善悪に乗っ取ってその上で裁定を降します。確執はありません。これは——」

「――善心とでも言うのは烏滸(おこ)がましいさ」


 言い放ち定めようとした言葉を奪われ心の足場が少し削れる。

 信仰者はレイピアを構えるルヴィアへと腕を伸ばし刃先にそっと指先で触れた。


「キミの聖女への忠誠心も使命への依存も否定する気はないさ。けれど、キミは聖女であって人ではないのさ」

「――――わたしは人間です。聖女という役割を与えられた人間です」


 歯を食いしばって言い返すが、レイピアを持つ右手が力み動揺のように微かに震えた。

 しかし、彼は止めない。止まることはない。


「キミに足らないのは人の心さ。なぜなら、人というのは矮小で臆病だからだよ。キミのように殺意を感じて首をいきなり狙ったりはしないさ」

「そ、それは——あなたがっ」

「僕がカバラ教だからかい? なら、後ろの異邦人に訊いてみるといいさ。きっと僕よりも僕の言いたいことはわかっているはずさ」


 ルヴィアは恐る恐る振り返える。背後で十字架のペンダントに触れる黒髪黒目のなんの変哲のない少年を見る。彼はどこか鎮痛に瞳を強張らせルヴィアを見返した。

 彼は息を吸って吐いて。


「確かに俺たちは矮小で臆病で脆弱だ。人を殺すなんてそう簡単にできないし、本能的に罪を怖がってる。だから正義を得られない限り人殺しなんてできないんだよ」


 そうだ。矮小な我々には抗う力がないのだ。確たる意志もなければ漠然(ばくぜん)とした未来への不安と期待ばかりを抱える不安定な生き物。感情がなまじ多層的な分、殺意が湧き実行に移す場合もある。けれど、大抵の人間は己に理性の枷(リミッター)をかけている。罪人、つまり聖女に悪と判断されるのが怖いのだ。悪だと判断された瞬間、巻き起こるのは聖女マーナの悲劇。


「弱い俺らは善悪じゃなくて、生きる確率とか利益とかそんな欲望に忠実な醜い骸だ」


 そもそもの問題。聖女と只人は善悪に対する考え方が異なるのだ。

 聖女にとって善悪が主位にあるとしても、只人にとって善悪とは副産物的なものでしかない。言ってしまえば問題が解決すれば善悪の議論などどうでもいいのだ。なのに正義を得ると悪を懲らしめようとするのはきっと愉悦や享楽、鬱憤を晴らす八つ当たりの類であって、やはり人とは醜い生き物だと言えよう。


 だからノアルは言えてしまう。

 ルヴィアが聖女に執拗的であり、只人に盲目的であるということを。


 愕然と口を開き「じょう、だん……だよ、ね?」と縋る彼女の表情は(ひび)割れ歪んでいく。(さか)しいルヴィアは言葉の裏に隠れた善悪の宗教的な有様に押しつぶされたのだ。けれど、なまじ聖女とし十七年生きて来た彼女は簡単に聖女の性質から逃れることはできない。残響のように残る人魂が聖女としての在り方を否定しだす。ただ一つ、勝手に判断するのはよくないよ、そんな幼子の一言がルヴィアの胸をガラスのように散りばめた。だからと言って今までの生き方を否定するなどできるはずないから、散らばった破片を集めて調律していく。そんな欠片を——パリッ——誰かが踏み砕き。

 顔を上げるルヴィアに、そんな彼女にノアルが慌てて口にしようとして——


「キミの正義が誰かを殺す理由になる——それって悪意なき罪ってやつじゃないのかい」


 灰混じる海の瞳が克明に知らす。


「人間じゃないキミは悪を裁くことしか考えていない、殺戮者さ」


 ドボンーー。


 海へと突き落とされた。鮮やかな水面に昇る泡沫が汚れた雪のように灰色へと(くら)くしていく。月光を遮り、言葉を潰し、憧憬を汚す。沈む身体は身動き取れず、突き放された現実が水圧となって押しかかる。だというのに月光の瞳は何かを探していた。

 息ができない、溺れていく、水圧に押しつぶされ、鮮明な世界が汚れていき、信じていたものが迷夢に隠れてしまう。

 それでも、ルヴィアは探していた。灰海の中、一縷の正しさを。

 藻掻いて足掻いて抗って叫んで噛みついて睨んでバタついて手を伸ばして。

 嗚呼、そうだ。ルヴィアは気づく。

 聖女を語るルヴィア・アンナはその程度で挫け砕け諦めるような(やわ)ではない。だってルヴィアは誇負(こふ)しているのだ。

 その源こそ、誰かの笑みで誰かの感謝で誰かの幸せと平和なのだから。


『お前は聖女で只人だ。自分の正しさを信じてもいいんじゃないか』


 うん、そうしよう。

 ルヴィアはその手に持つレイピアで灰積もる水面を切り裂いた。


「――――っ!」

「――――っ⁉」


 レイピアを振り下ろしたルヴィアはゆっくりと顔を上げて瞼を開き瞳を覗く。


「…………」


 信仰者は絶句と感嘆を吐息として零した。

 その眼を見ろ。その天に輝く唯一の光源と同じ月の瞳を見てみろ。最早憂いも迷いもない純然なる蒼月光が信仰者を射抜く。

 ルヴィアはゆっくりと剣を鞘に仕舞い、彼を見つめる。


「急に切りかかったことはよくなかったです。でも、謝ることはしません」


 目元をピクリと動かした信仰者が「どうして?」と問う。

 ルヴィアは告げる。


「これがわたしの正義です」


 ルヴィアは掲げた。今、己だけの正義を示した。

 聖女としての正義ではなく、聖女の性質と只人の性質、それぞれで抱く印象や思考、そして得て来た知識を持って導き出した。

 その解が剣を仕舞い、けれど敵対にある、その意だったのだ。

 彼は笑った。素晴らしいと。想像以上だと。


「キミは一つ殻を破った。これで僕はルヴィアというキミと心から会話することができるさ」


 彼は喜ぶ。期待以上の成果を示したルヴィアに尊敬と歓声を上げた。


「歓迎しよう! 何にも囚われない世界を正しく見れるキミたちを」








ありがとうございました。

次の更新は水曜日を予定しています。

それでは。


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