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死贈りの歌姫(旧タイトル:死に急ぐ冒険者は踊り歌って愛叫ぶ)  作者: 青海夜海
第二章 星蘭と存続の足跡
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第二章48話 悪笑の旋律

青海夜海です。

喉完全にやっちゃいました。声が出ません。

皆さんも気を付けてください。

 

 死者の蘇生に歓喜が打ちあがったエリドゥ・アプス。不可能な事象であるはずの生命体の蘇生。ありえるはずがない。それは夢だ。……そう一蹴する者も光輪の奇跡を目にすれば開いた口が塞がらない。

 パンテオンの襲撃で死んだ人間が全員蘇生され、都市ヌファルを占拠し、神の御業に祈祷して祭事を催した。後先考えずに食べたいものを食べ、飲みたい酒を交わし、黄色い声を咲かせ花のように笑みを浮かべる。

 その日の夜、後からやって来た軍人たちも加え英葬祭のような盛り上がりを見せた。今なお燃える聖女マーナの十字架を明かりに、聖女たちのあらぬ噂もあたかも真実のように酒の(さかな)にして豪快に笑い飛ばす。

 悪罵向上。侮辱上等。猥談結構。そらそら騒げや騒げ。死者の帰還に乾杯! 聖女の死に乾杯! 我らは正義! 我らが真なる聖女! 奴らは悪女。姦悪な醜女! よって聖火が燃えている。聖女を燃やして燃えている。その火は我らを照らすのだ。

 踊り歌って愛叫び、吠えずらかかせてやったぞと高笑い。

 女も男も子どもも親も、今宵限りの賛美喝采! 喜色満面! 踊躍歓喜! 狂喜乱舞!

 誰も彼もが喜々と高笑いをした。

 愛する人の手を握って。友と肩を組み。父の背に飛び乗って。母の胸に甘え。皺だらけの手で晩酌交わし。聖女の死にありがとう。あなたの死は忘れません。

 彼等はエリドゥ・アプス中に響き渡るほどの高笑いを上げたのだ。



 ————。



 その祭り騒ぎは冷たい地下牢獄まで聴こえることはないが、振動や空気感としてその場所まで伝わっていた。


「天変地異にも程があるでしょ。喜怒哀楽どうなってるの?」


 冷たい石畳みの地下牢獄。

 ぼやいた彼女以外には誰もおらず、鉄格子(てっこうし)の外に申し分程度の燈火台(カンテラ)が唯一の光源。腐蝕したにおいが充満しており、空気を吸うだけで吐き気を催す。カサカサと壁を這う虫。地上から沁みる水滴がぽつりぽつり。血糊と残骸。杜撰(ずさん)な手入れの割りには鉄格子はしっかりとしており、その牢屋に閉じ込められている少女の両腕もまた後ろで手錠をかけられていた。

 聖女に装着させた手錠は、壊しやすいマザラン特性の手錠ではなく、軍が極悪人や暴走車に施す不可魔術手錠だ。効果は心歌術(エルリート)にも及び兵士の蹴りですら揺らがない鉄格子。その二つに阻まれれば最強の歌姫であれ逃亡は不可能だった。


「丸一日は経ったかな? せめて時計くらいは欲しいんだけど……あ、でも『時計塔』が壊れたんじゃ意味ないか」


『時計塔』は別名『世界時計』とも呼ばれ、昇月、深月の月巡りの正しい時間を刻む。三十六時間の一時間を十刻み、つまり百分で一時間の動針が目印だ。時を正確に刻む『時計塔』と接続した時計という聖遺物(オーパーツ)が稼働する仕組みだ。『時計塔』が起動しなければ時計はただの数字群でしかない。


「あー。今なにが起こってるのかくらい知りたいんだけど……ま、昨日から誰も来てないくらいわけだし。喉もカラカラよ」


 喉乾いたーお腹空いたーと不満たらたらの歌姫は気丈に振舞っているがその胸、疲労が蓄積されていた。

 まず、こんな汚いところで眠れるはずもなく、というか眠りたくないので一睡もせず微々たる魔力で己をコーティングして病魔や虫を阻んでいた。という無駄な出費が疲労に直通しているが、主な原因は十六日――マザランが声明した日にある。

 トマト総司令官の殺害容疑者はマリネット、ヘリオ、ノアル、聖女たちだったが、聖女を除く三人の共通点が異端者の双子にあることから最強の歌姫も無理矢理牢屋へぶち込まれた。そのぶち込まれたのが東部戦線で侵攻してきたパンテオンの討伐を終えたすぐの事であり、休憩もなく、食料も与えられず、物資も武器も奪われ、シャワーも浴びる暇もなくぶち込まれ現在にいたる。

 さてはて、あまりにも酷い仕打ちを受けた歌姫は誰か。


「私の名前はセルリア・メモル。初代歌姫ディヴァ―ラ・メリナに匹敵する現代最強の歌姫よ」


 カサカサと虫が離れていく。


「…………ひま」


 一人遊びに興じて満足する年でもなければ、無意味に自己紹介をしても闇に隠れているかもしれない誰かが返答してくれるわけもなく。腹が鳴り、喉は乾き、汗で肌は気持ち悪く、においも最悪、環境も最低、お肌も髪の毛も荒れてしまう。

 不快極まりない牢獄生活はとにかくやることがなくセルリアは飽き飽きしていた。(さと)いセルリアはマザランが仕掛けた大体の目論見を推測できている。確信があるわけではないが、軍主主義の欠片も持ち合わせていない彼女故にマザランの奇行は目に余った。


「ま、民衆を味方につけたのは流石よね。計画が杜撰なのは異端者の二人が逃げたから計画を早めたってところかしら」


 元々はアディルとリヴをマリネットたちの位置に置くつもりだったのかもしれない。軍内部だけではなく外部からも犯罪者として責め立てられ捕縛を駆り立てられれば、あの二人でも逃げ切るのは容易ではなかっただろう。十中八九取り押さえられていたはずだ。


「つまり、異分子が乱入したわけね。で、その異分子と私は関わりがある。……それが私を牢獄する本当の理由のはず」


 今まで【エリア】に行っては帰ってくるのを繰り返していただけの双子を何が駆り立て冒険に向かわせたか。軍が、いや、その裏の存在が想定していなかった未知なる存在の介入。その未知は、セルリアがあずかり知らぬところだが、裏の存在の画策を(ことごと)く打ち滅ぼした。

 セルリアは思い馳せる。たった七日間の付き合いだったが、それなり楽しいひと時だったと。


「元気かしらルナ」


 その時だった。セルリアの独り言しか反響しない悲しい独房の入り口の扉が開き、コツコツと足音を聴覚が捕らえた。咄嗟に息を潜め近づいてくれる存在を待ち伏せる。足元がカンテラに照らされ全貌が明らかに——


「わあ!」

「ひぉえええっっ⁉」


 セルリアの遊びに一人の男子が身体を思いっきり跳ねさせ驚きを迸った。


「あはははは!」

「楽しそうで何よりね」

「お陰様で」


 カンテラの明かりに照らし出され鉄格子越しに呆れ顔を見せたのは見飽きた顔のマリネットだ。軍服から着替え外套で姿を隠してここまで来た様子。数日ぶりだがやけに(ひさ)しく感じた。


「ってなんで驚かすんだよ! 普通逆だろ逆!」

「期待通りの反応でよかったわ。きっとアディルも大喜びよ」

「褒めてないよなそれ⁉ てか喜ぶどころか冷めた目で見られる想像しかできないっつーの!」


 鉄格子をガンッと掴んだ男、ヘリオは「ま、お前を楽しませるための逆サプライズってやつだしー。ビビってねーからな!」と言い訳を始めたので、マリネットが脇腹を肘で殴った。


「いっでぇえええええ!」


 横腹押さえて悶えるヘリオは放って置き、マリネットは牢獄の鍵穴をピッキングし始めた。


「案外に遅かったわね。暇すぎて死にそうだったわ」

「ごめんなさい、少し手間取ってしまって」

「ま、いいけど。食べ物と飲み物ある? 昨日から何にも飲んでないし食べてないからホントに死んじゃいそう」

「この環境で食べ物の話しができる貴方の精神を疑うわ。準備してあるわよ」

「死には変えられないでしょ」

「それもそうね。あ、開いた」


 キューっと鉄が擦れる音を響かせ牢獄の扉が開く。後ろ手に手錠をかけられ座り込んでいるセルリアに聖水の入った瓶を逆さにぶっかける。


「うぷっちょっ⁉ ちょっと虐め⁉」

「清めよ」

「私が汚いみたいじゃない」

「汚くないとでも思うわけ?」

「うぐっ」


 乙女の沽券(こけん)にかかわるが、今の状態で自分は清廉純潔綺麗な美人とは言い難い。いや、美人は胸を張って言える。

 聖水で清められたセルリアの手錠をマリネットが破壊。両腕が自由になり直ぐに火魔術と風魔術で濡れた髪と服を乾かす。


「ふぅー聖水って便利ね。それでもお風呂には入りたいわ」

「まったくよ。こんな所一秒たりともいたくないわ」

「と言いながらもセルリアを助けに来たマリネットはやはりツンデレだぜ!」


 瞬間、再びの肘打ちがヘリオの溝内(みぞうち)にクリティカルヒット。潰れたカエル見たいな声を出し腹を抑えて蹲る。

 そんなバカは置いておいて、ため息を吐いたマリネットは一端外に出るわよと歩き出した。


「事態は最悪よ。聖女は世界の悪で私たちは犯罪者。都市には野犬みたいな人たちが血眼で私たちという餌を探してる。更に聖女が一人処刑されたわ」

「罰当たりこの上ないんだけど」

「まったくよ……ただ、どういう理屈か知らないけど、聖女の死と控えに死者が生き返ったらしいわ」

「マリネットも冗談を言うようになったのね。センスとしてはイマイチだけど」

「冗談じゃないわよ」

「またまた。どうひっくり返したら死んだ人が生き返るのよ。大地でもひっくり返して私たちが死者の世界に落っこちた方が理解できるわ」

「ごめん、まったく理解できない」


 えーとふくれっ面になるセルリアは無視して、地下牢獄を出た三人は地上への階段を上る。一歩先を行くマリネットを見てからセルリアが振り返るとヘリオがまだ脇腹を抑えていた。


「痛そうね」

「痛いぜ。マジで。ちょーいてぇー!」


 などと言いながらサムズアップするヘリオからマリネットに視線を戻す。


「まあ、本物かどうかの議論の余地くらいはあるでしょうけど」

「ホントってこと。はー信じられないわ」

「聞いといて無視すんなよ! 余計に痛いだろ!」

「「…………」」


 話しを戻そう。生死の輪廻(りんね)と自然の摂理に反する死者の蘇りは正しく外法。どのような代償や問題が付きまとうか、考えただけでも実に恐ろしい。


「死んだ人に逢いたい気持ちはわかるけど、聖女を殺しちゃだめでしょ。神様の所有物をぶっ壊しちゃったわけだし」


 最強の歌姫の名は伊達(だて)ではない。セルリアは聖女がこの世界の平和の維持のためにどれだけ貢献しているか、守護結界を起動維持する神聖魔術や儀式を用いることで神の力の一端を顕現できる超絶技巧の聖歌術(アンリート)の凄さを理解している。少し性質は異なるが心歌術(エルリート)の上位互換である視点から見てもだ。

 そういった、聖女にしか成すことのできない事象というものは確かにあり、それは聖女の性質が掲げる献身と平和と秩序の守護を言霊のように大地と大空に刻み込み微風がエリドゥ・アプス全域へと浸透させてくれる。

 エリドゥ・アプスが平和なのは、『時計塔』が自然形態を管理し、『聖女』が守護結界を起動させ、『軍』がパンテオンを掃討しているから。

 大袈裟ではなく、この三つの起点要塞が平和の創造と秩序の構築を成し遂げているのだ。

 しかし、現在、『時計塔』は破壊し、『聖女』は火刑され、『軍』は本来の意味を見失った。

 その事実をマリネットが淡泊にセルリアに告げた。そうしてあらゆる要因や原因から思考を回して浮かんだのは一言。


「世界の終わりじゃない」


 正しくその一言に尽きるだろう。


「『時計塔』が破壊されたんでしょ? で、『聖女』は火刑されて悪者扱い。パンテオンの出現理由もわかってなくて死者が復活……滅茶苦茶なんだけど」

「だなー。俺もビビったぜ。ついでに軍もマザラン(あっち)側だろ? アディルとリヴがマシに見えてくんのよな」

「あれもあれでどうかと思うけれど……」


 双子を引き合いに出すのはやめてくれ。セルリアはただただに頭が痛くなった。すごく頭が痛いしついでに身体が何倍にも重くなった気もしてきたし、いっそ地上に出たくない気すらしてきた。頭が痛くて身体が怠くて地上が意味わかんないので地下に引きこもっていていいですか? などと宣えばマリネットの凍てつく眼差しでヘリオのようにされてしまう。溝内に肘をぶち込まれて無理矢理引っ張り出される。


「暴力反対!」

「そうだ! そうだ!」

「まだ、何もしてないわよ……」


 呆れるマリネットが「こんな時だけ息が合うのね」と揶揄(やゆ)してきてセルリアは口笛を吹いて誤魔化す。


「ま、俺とセルリアはマブダチだからな! お前みたいに殴ったりしないしな」

「そう、手癖が悪くてごめんなさいーーふっ」

「ぐほぉっ⁉ 顔面ッ⁉ なんで、蹴りなんだよって、おわぁああああああああ⁉」


 数段上から放たれたマリネットの蹴りは見事にヘリオの顔面に爪先が刺さるように決まり、体勢を崩したヘリオは背中から地下牢獄へと階段を落ちて行った。


「冥府の魂が穏やかでありますよう」


 敬弔(けいちょう)を残し二人は先を進む。残り二十段ほどで地上への出口だ。

 出口へ繋がる床扉(ハッチ)を眺めながら奪われる空気の中で残る皮肉を呑み込み、夜に溶けた藍の帳をそっと手探り降ろす。

 周り続ける思考を追い払って調律した奏歌(うた)に耳を澄ます。聴こえる音楽は喧噪と血潮と暗澹たる叫喚。聖なる光は月のように沈み、戦士の覇気は黒い炎となって行列を築き、民草の約定は戒律で慙愧(ざんき)となり迷夢に享楽を得て微笑む。

 歓喜と奔走の狭間に血肉と慟哭(どうこく)が歌を歌い、そうして紡がれた一小節は一つの真理を見つけ出した。あまりにも皮肉的でバカっぽい笑みが零れる。


「世界の終わりね…………カバラ教の言った通りね」

「…………」


 その沈黙が解であり肯定の意であるなど愚門もいいところ。

 旋律(せんりつ)は知らず知らず血赤に染まっていく海を見た。

 調律(ちょうりつ)は天の闇を(あお)ぎ聖の火の絶える所を焼きつけた。

 自然律(しぜんりつ)は火の粉のように()った宵の欠片が顔を張り付けるのを見過ごさなかった。

 戒律(かいりつ)はそこにはもうなく、音律(おんりつ)は汚れ、禅律(ぜんりつ)のように純生律は(さだめ)を砕く。

 マリネットは床扉(ハッチ)のとってを掴み地上への扉を開け放つ。

 約一日半ぶりの夜風は侘しく、戦火と愚火の香りが髪の毛を焼いた。


「…………」


 風に感じる。月夜に歌う未開人(バーバリアン)のように、人々の祭囃子は地中で感じた旋律を戦慄へと改変し(おとしい)れられた十字架で突き刺した。

 都市アカリブの訓練場の端の方に目立たず存在する地下牢獄への片道切符の乗車口。地獄より盟友の助けによって可憐に舞い戻ってきた歌姫は問うた。


「それで——私は何をしたらいいわけ?」


 振り向くマリネットの紺色の瞳が蒼色の瞳に収まる。誰もいない、けれど侵略された懲戒の空の下、たなびく祈りの隙間に息を吹きかけて。


「再戦——そして、聖戦よ」


 セルリアはふふっと口元を緩めて夜を仰ぐ。

 永遠の夜の世界で、今夜だけはやけにうるさく見えた。

 セルリアは鼻歌を歌うように。


「世界を救うってことね。上等よ」


 こうして、セルリアは始まる聖戦の参加を決意した。


 やがて夜が終わり月が昇る頃、月光に照らされた世界で始まる運命の旋律に意志の旋律で立ちむかわんと。

 平穏最後の夜を二人は見上げていた。


「…………」


 床扉から這いつくばって少女二人を見上げるヘリオは息を呑み。

 そんな彼に振り返ったマリネットが容赦なく距離を詰めて足を振り下ろした。


「あ、みえ——ぎゃぁぁぁあああああああああああ⁉」


 性犯罪の罪でヘリオは再び地下牢獄へと突き落とされたのだった。



 そして、すべては一度眠りに着いた。


ありがとうございました。

死者復活の祭りにはほとんどの人間が参加したので、規模は都市ヌファルの城壁を取り払って平野まで及ぶ規模です。もちろん、軍人もマザランが都市ヌファルで指揮しているので大半が駆けつけて祭りに参加します。祭りは昇月まで続きます。

次の更新は日曜日に予定しています。

それでは。


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