第二章42話 暴雪萌え
青海夜海です。
熱中症に気を付けてください。
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼』
瞬間、二人を覆い尽くす氷棘が星の輝きのように宙に灯り、それらは一斉に射撃する。
「ノアルさん!」
ルヴィアがノアルの腕を引っ張り込み、二人を守護するように結界が張られた。それは数百の氷棘から身を守る献身を引き換えに凍てつき砕ける。氷棘が割れることでもたらした白霧がノアルたちの視界を奪い。
「もう惑わされません!」
ノアルを引き寄せたルヴィアが背後へと斬撃を繰り出す。斬撃と爪撃が白霧を切り払い衝突。甲高い銀音を響かせ散る火花は一瞬にして凍てつく。
「はっ! させるか!」
偽造体との交戦によって研ぎ澄まされた感覚がニクスレオパルドゥスを感じ取り、ルヴィアの腕を払って旗錫杖で迎撃する。
「はぁあああああああああ!」
ルヴィアの斬撃が偽造ニクスレオパルドゥスを斬殺し、宙がえりで背後のノアルを飛び越えそのまま横一閃にニクスレオパルドゥスへと斬撃を放った。強烈な一撃は容易く氷体を砕くも。
「これも偽物ですか!」
「すべて実態があるのが厄介だな」
そう二人は改めて周囲を見渡し、思わず苦笑する。
「考える時間すらくらないか。随分と眼の傷はお気に召したようで」
「召してないですよ! すっごく怒ってるじゃないですか⁉」
「冗談だよ」
「冗談になりませんから!」
そうルヴィアが思わず叫んだのもムリはない。
ノアルとルヴィアが見渡す限り、先の氷棘の如く、そこには五メルサイズほどのニクスレオパルドゥスが五十以上に及ぶ姿で獲物を見下ろしていた。
与えられる時間はなく、本体の遠吠え一つで氷体どもは一斉に襲い掛かってきた。己を凍て星から形成した牙のように。
仲間同士を配慮しない突貫はノアルに惑いを与え、ルヴィアに死の恐怖を抱かせ——二人の行動は完全に出遅れた。
よって、氷豹の裁きが降る。
「―――――――」
「聖女先輩マジ萌えですぅー!」
そんなどこか抜けた少女の声と共にノアルとルヴィアの周囲が一斉に爆ぜた。立ち上がる炎と爆破がニクスレオパルドゥスたちを蹂躙し、再び距離を生み出す。
「…………なにこれ⁉」
「ふふん! 先輩たちの危険に可憐に登場! アタシ自身が萌え萌えですね!」
うん、お前のお陰で燃え燃えだよ、というツッコミは呑み込み。きゃるるんと可愛らしく参上した救世主は薄茶色のハーフツインの髪を揺らし。
「あなたは……」
「アタシの事於いておいてさっさとあのトラをぶっ倒しましょう!」
「豹だけどな」
握りこぶしを作りふんぬと気合を入れる少女、シャフティー・ミレスターは「じゃあ行きますよ」と指をパチンと鳴らした。すると爆炎から無数の騎士や兵士たちが出現し城壁のようにニクスレオパルドゥスの眼光を阻む。
「え? え? どういうこと? 救援?」
「困惑する聖女先輩も萌えです!」
「バカなこと言ってないでちゃんとしろ」
「もーノアル先輩は萌えないですねー。アタシとしてはノアル先輩の萌え萌えポイントを見つけてみたいですぅー」
「くだらないこと言うな」
はーいーと身を引いたシャフティーは、改めてニクスレオパルドゥスに向き合う。その相貌には相も変わらぬ笑みがあり、しかし、彼女が数百の軍隊を率いる現状がニクスレオパルドゥスを戦慄させる。
余裕の笑み。否だ。勝気の笑みだ。
「さあトラさん。この萌え萌えなアタシに挑むというなら相手してあげます。その時は死ぬ覚悟をしてくださいね!」
「豹な」
「いえ、パンテオンですから」
ふざけた宣戦布告だ。しかし、ニクスレオパルドゥスはじりじりとこちらを観察するばかりで近寄ってこない。恐れている? いや……
「何が見えてるんだ?」
「ふふ、それはひ・み・つ・ですぅ!」
確信する。ニクスレオパルドゥスがノアルたちの時のように果敢に攻めてこないのには、シャフティーの意地の悪さ、いや性格の悪さが奴を留まらせているのだ。
奴と共通して見えているものは恐らく百の軍隊のみ。この炎は間違いなく本物であり、それ以外に変わった所は。
「何かにおいませんか? なんというか刺激するような香りが」
ルヴィアに指摘され鼻を嗅ぐノアルも気づく。刺激臭にしては少し甘ったるく、生物の息に似た香りだ。
「あーこれね。オイルバードの油に龍涎香を含ませた特性オイルですぅ」
「龍涎香?」
聞き馴染みのないノアルとルヴィアが首を傾げる。
「つまりお香です。パンテオンには嫌われる臭いみたいで、貴重なんですけどノアル先輩と聖女先輩を助けるために使いました」
「お前、萌えだな」
「そうですか? えへへ! ノアル先輩から萌えいただきました!」
きゃるるんと喜びシャフティーの傍で「萌えってなんですか?」と問うてくるルヴィアは無視しておく。
「あ、そうそう。媚薬成分はないんで安心してください」
「び、媚薬⁉」
「お前、燃えろ」
「聖女先輩! 顔を赤らめて初心に恥ずかしがるところ。すごく萌えです!」
「い、言わないでください!」
龍涎香は龍の涎が固まったものと称され、ファイシターと呼ばれる鯨型のパンテオンの腸内からとれる貴重な結石を錬金術で加工して錬金物に生成したものだ。その香りは龍の涎と似ており、パンテオンには効果覿面。
これにてシャフティーが繰り出した三つの策がニクスレオパルドゥスに的中する。
一つ目は炎。氷体のニクスレオパルドゥスは対となり弱点となる炎を嫌う。
二つ目は幻術。今、ノアルの眼にも映る幻の軍隊。それに加えてニクスレオパルドゥスにのみ見せられている幻想。
そして三つ目が龍涎香による嫌悪感と威圧感。
これら三つの策が見事にニクスレオパルドゥスを動揺させた。奴の瞳孔は既にノアルたちにあらず、どこか誰かも知らぬ何かを見つめてはその足を一歩また一歩と後退させていく。
「ふん、アタシの勝ち~~」
勝利宣言と共に、ニクスレオパルドゥスは氷霧に紛れその場から姿を消した。奴がこの場を去ったことを証明するように氷雪地帯は緩やかに溶け始め、元の平原へと姿を戻す。
「シャフティー助かった」
「いえいえ。こういうのはお互い様なんで」
「いえ。そうだとしてもあなたには助けられました。聖女を代表して感謝します。ありがとうございます」
律儀に頭を下げられさすがのシャフティーも「わ、わわわ! 頭上げてください~~っ」と声を上げた。
「聖女のキリっとした所も萌えですね!」
「ブレないなお前」
一通り挨拶を終え、シャフティーはまた指を鳴らす。すると百の軍隊はあっさりと消え去り、これにはさすがのルヴィアも眼をまん丸にもの凄く驚いていた。きっとその顔は一生忘れないだろう。
一端息をつき、シャフティーからもらった水で喉を潤い回復薬で体力を回復させる。
一息ついた所でノアルはシャフティーに向き合い、事の本題へと入った。
「それで、各都市はどうなってる?」
「予想している通りです。聖女は全員捕まって都市ヌファルに囚禁されました。他の都市も変わらない感じで、あ、でも都市ウルクだけは中から結界が張られているのでどうなっているのかさすがのアタシでもわかりません。ま、抗争が酷かったので酷い有様だとは思いますけどぉー」
「都市ウルクは武器の貯蔵があるし制作もできるからな。外部からの干渉を潰したのかもしれないな」
「はい。アタシの幻術も警戒されているみたいで、都市ヌファルに入り込むことはできなかったので、アタシからの情報は以上です」
得られた情報から得られるものは少ないが、現状を把握できるだけマシだ。
「ノアルさん」
「ん?」
ルヴィアに呼ばれ振り向く。彼女は少し言い難そうに何度か口を開いては閉じてを繰り返し。
「その…………聖女のみんなは無事、なんでしょうか?」
「…………」
当然だった。家族と言い張ったルヴィアが仲間の安否が気にならないわけがない。むしろルヴィアにとってこの事件の真相を究明することは、聖女の無実を晴らすことと同義であり、だからこそルヴィアはノアルと一緒に来ることを選んだ。
失念していたとは言え、気遣えなかった己の未熟さをノアルは呪う。
「マザラン将官の命令も捕まえるだったから大丈夫なはずです」
「そうですか……ありがとうございます」
「いえいえ」
口を噤み胸を押さえるルヴィアを見ていられず、ノアルは逃げるようにシャフティーに己が得ている情報や考察を語る。
「なるほどなるほど。もしそれが本当なら結構ヤバいですよ。萌えの欠片もありません」
「かもしれないな。それを確かめるために俺たちは都市ハッバーフにこれから向かう」
シャフティーは腕を組んでうーと唸った後、こくりと頭を落した。
「わかりました。さっきのトラはアタシたちがなんとかします。他の先輩方にも話しておきますので、ノアル先輩と聖女先輩はくれぐれも気を付けてください」
「わかってる、ありがとな」
「ありがとうございます」
「いえいえ。萌えるような展開を期待してますね!」
それだけ言い残してシャフティーはその場から消えた。
「え? あの子は?」
「あれも幻だ」
「え、うそ⁉ えぇえええええええええええ⁉」
シャフティーがいれば「萌えです!」と言いそうなルヴィアの驚愕を目じりに。
「行くぞ」
「ま、待ってください!」
二人は都市ハッバーフまで歩き出した。
ありがとうございました。
次は都市ウルクの話しです。
感想など、よろしければお願いします。
次に更新は火曜日を予定しています。
それでは。




