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6.最強の男

「な、なんだよ!」


「お前のどこが『魔王』なんだ!」


「は……、離せ……」


「おい!」


 いきり立つアキラにカイは目を吊り上げた。


 驚いたマサルが厨房から駆けつけるが、カイはアキラを掴んだ手を離さず、軽くマサルを片手でひねり上げる。


「邪魔するな!」


「うわっ!」


「嘘だろ!」


 自分の倍はありそうなマサルを片手でぽい、と捨てるように振りほどくと、カイはさらにアキラに詰め寄った。


「お前が『魔王』だと……。この、自堕落で、ひ弱で、いかにも引きこもりな感じのこの男が『魔王』!」


「お……前……いったい……」


「認めんぞ! 断じて私は認めない!」


「だ……から……お前……な……にを……」


 ギリギリと胸元を締め上げてくるカイの力は、その見た目からは想像もつかないほどの強さだ。息が止まりそうになってアキラは目を白黒させた。


「お腹立ちの理由はよくわからないのですが、私の息子を放していただけませんか?」


 ふいに胸倉を掴む手の力が弱まる。


 アキラは慌ててカイの側から離れた。


「ごほっ……ごほ……ごほっ……」


「大丈夫!? アキラ!」


 駆け寄ってきたミラに背中を優しく撫でられ、アキラは涙目で頷いた。


 霞む視界の先には常連客に助け起こされてるマサルと、立ち尽くすカイ、その背後に立つフジの姿が見えた。


 フジの糸のように細い眼が、カイをしっかりと見据えている。


 その手に光るものに気が付き、アキラは目を見張った。


「親父……。それ!」


「あ、アキラ。大丈夫でしたか」


「そうじゃなくて、包丁! 包丁!」


 にこやかに片手を振ってくる父親が、あろうことか商売道具の包丁をカイの喉元に突きつけているのを見、アキラは慌てた。


「何やってるんだよ。そんなモン人につきつけたら危ないだろ!」


「あんた、馬鹿じゃないの! 父さんはあんたを助けるためにやってるんでしょうが!」


 ラミに怒鳴られ首をすくめるアキラ。


 同時になぜかカイの目も丸くなる。


「どうです。優しいでしょう、うちの末っ子さんは」


 カイに包丁をつきつけたまま、フジは穏やかな口調のままで言った。


「あなたの事情は知りません。確かにうちの子はいささか怠惰ですが、いきなり暴力を振るわれても当然な子というわけではないんですよ。どうでしょうここはひとつ落ち着いて、お互いに平和に話し合いをするというのは」


「……そうですね。失礼しました」


 元の落ち着いた口調で言うカイに、フジは包丁を引っ込める。


 その様子にアキラはほっと息を吐いた。


「てめぇ!」


 掴みかかろうとするマサルを片手で制すると、フジは食堂を見回した。


「すみませんね皆さん、お騒がせして」


「いやいや。それにしても珍しいな。酒が入る時間でもないのにここで乱闘騒ぎとは」


 朝から赤ら顔で焼き魚をほおばっていた老人が笑った。


 常連の近くに停泊している漁船の船長だ。彼に従っている若い漁師たちも声高に言う。


「しかもそれがアキラ坊のケンカとくれば、こりゃ朝から滅多にないものを見たもんだ。


 戦の高揚感にあおられでもしたか。アキラ坊もやっぱり男だねぇ」


「まったくだ!」


 下卑た笑い声にアキラは渋面になる。


 だから食堂には出てきたくなかったのだ。


「それに」


 笑い声にまぎれるように低い声で船長は続けた。


「フジさんのその身のこなし、久々に見たよ。昔を思い出すな」


「忘れててください」


 船長に笑うとフジは倒れた椅子を引き起こした。


「はい、アキラ。こっち来て座って。カイさんもそっちに座ってください。

 マサルとラミは仕事を続けて」


「はい」


「……おう」


「ねえ、あんた本当に大丈夫?」


「大丈夫だってば」


 口が悪い割には心配性の姉の手を払いのけると、アキラは椅子に腰掛けた。若干腰が引け気味ではあったが。


「アキラ、多分この人、もう暴れないから大丈夫だよ」


「ほんとうかよ……」


 フジに胡乱な視線を向けるアキラに、カイは小さく「すまん」と言った。


「ご主人、何か武道でもやられているのですか?」


「いえ。私はただの宿屋兼食堂の主人ですよ。それにしてもあなた、今ユキさんがパンの配達でいなくて良かったですね」


「奥方様ですか?」


「彼女がいたら、あなた、今頃三枚下ろしにされて膾にされてましたよ」


 にっこりと笑うと「じゃ、仲良く」と言ってフジは厨房に消えていった。


 マサルとラミもフジの物言わぬ迫力に渋々ながら仕事に戻った。


 まだ客の入りは多い。朝、ゆっくり油を売っている時間など一秒もないのだ。


 仕方なくカイに対峙すると、アキラは頬杖をついてそっぽを向いた。


「で、なんで俺が『魔王』だとお前にそんなに怒られなきゃならないわけ?」


 アキラの問いに実に嫌そうな表情を浮かべると、カイは姿勢を正して椅子に座りなおした。

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