AI自動小説作成システムの悪用 ~AIに書かせた作品や作家は許せますか?
「うーん…… やっぱり、あまり上手くいかないなぁ」
そう言って、AI研究員の一人であるという菊池奈央が腕を組んで苦悩している。その時偶然彼女の自宅を訪ねていた彼女の知り合いの紐野繋は、そんな彼女に「どうしたの?」と質問をした。
「いや、AIにネット上の小説を読み込ませてさ、自動小説作成ツールを作ってみたのだけど、結果が芳しくなくてさ。
舞台設定がおかしかったり、話の辻褄が合っていなかったり、キャラクターの性格や設定に整合性がなかったりするんだよ」
それを聞くと、紐野は“まさか”と思ってこう尋ねる。
「どんなサイトの小説を読ませたの?」
彼女は一言、「なろう」と返す。
“……多分、それ、成功している”
と、彼は思ったが、口には出さなかった。小説投稿サイト“なろう”では、上位の作品でも、舞台設定がおかしかったり、話の辻褄が合っていなかったり、キャラクターの性格や設定に整合性がなかったりするのだ。酷くなると、文体がまるで箇条書きだったり、日本語が間違っていたりもする。
「でも、驚いたな。自宅の設備でAIを研究できるなんて」
そう彼が言うと、彼女は「いや、ネットで研究室のサーバーにアクセスしているだけだよ?」なんて返して来る。
「じゃ、僕の家からでもできるの?」とそれに紐野。
「できるけど?」と彼女。
それを聞くと彼はニヤリと笑った。
彼女達の研究しているAI自動小説作成システムは、今のところは一般公開する予定はないのだそうだ。データ元の小説投稿サイト“なろう”の運営に迷惑をかけてしまうかもしれないし、著作権侵害が問題になる可能性もあるから。
「ただ、これなら公開しても問題ないかな? とは思っているのだけどね。大した作品は作れそうにない」
菊池の言葉に紐野は嬉しそうな顔を見せる。
「なら、僕にもアカウントを作ってくれない? 家で色々と遊んでみたいんだ」
菊池は「構わないよ」とそれに返す。
「たくさんの人に使ってもらった方が、面白い事が分かるかもしれないしね」
そして、それからあっさりと彼女は紐野のアカウントを作成してくれたのだった。彼はそれに喜んだ。何と言うか、ドラ〇もんの秘密道具を手に入れて、悪巧みをしているの〇太のようなワクワクとした気持ち。
“これを使えば、簡単に小説が量産できるじゃんか!”
それから紐野は自宅で執筆作業を始めた。“執筆”と言っても、小説の設定をセットして小説自動作成のボタンを押すだけだ。今“なろう”で流行っている作品の条件を調べて、それにささやかなオリジナル要素を加えて、ボタンを押下。それだけで何万文字という作品が勝手に作り出されていく。
舞台設定がおかしかったり、話の辻褄が合っていなかったり、キャラクターの性格や設定に整合性がなかったりするが、読者達の同調圧力さえ利用できるのなら問題はない。
彼は分かっていたのだ。
なろうで成功するのには、情報伝達のカスケード現象、噂の伝播の正のフィードバック効果、つまりは“小説をバズらせる”事が何よりも重要だ、と。
流行りに注目した“数打てば、当たる”作戦と、積極的な宣伝工作がその為には何より重要だ。
そうして彼はなろうにAIの作品を投稿し始めた。同時に複数投稿して、ポイントが稼げた作品だけは続きを制作して後は削除。当たり前だけど、AIを使っている自分は執筆速度では絶対に負けない。同時にSNSを利用して宣伝をする。その内に、彼はその異様な執筆ペースが有名になり、注目をされるようになっていった。
『オリジナル要素はほぼゼロだが、執筆速度だけは化け物だ!』
目立てば目立つほど有利になるのが、なろうの…… いや、ネット世界の常識だ。だからこそ、炎上商法なんてものが成り立ってしまう。
(因みに、なろうでも炎上商法まがいで出版に成功した作品がある)
やがて、彼に“作品の出版化”の話がやって来た。上手くすれば数十万円以上の金が稼げる。それだけで生活はできないが、小遣いだと思えば充分だ。
彼は小躍りして喜んだ。
喜んだのだけど……
『この作家の小説は、うちの研究室のAIに書かせた疑いがある!』
ある日、菊池奈央の研究室がそのような発表をしたのだった。AIに書かせた内容とパターンが酷似しており、執筆速度も人間離れしている。それを鑑みるのなら、研究室のAIを使ったとしか考えられない。
それから直ぐに、利用ログから紐野のIDが割り出されてしまった。
当然、紐野は叩かれまくった。「AIの利用は盗作じゃない、何が悪いんだ?」と彼は開き直ったが、「自分の作品とは言えない」と言うのが、どうやら世間一般の見解らしかった。どうにも彼の分が悪い。
――そして、遂には直前まで進んでいた出版の話もなくなってしまったのだった。
いくら目立った方が有利と言っても、“目立つ”の方向性がちょっと違う。これを利用するのだったら、失敗ドキュメンタリーを書くくらいしか手はなさそうだった。
「まさか、君があんな事をやるなんてね」
ほとぼりが冷めた辺りで、菊池奈央から呼び出されて、紐野繋はそう叱られてしまった。幸い、本名は公開していなかったので、日常生活に支障が出るような事にはなっていなかった。
彼女は何か作業を行っていた。
「何をやっているの?」と紐野が尋ねると、彼女は「ちょっとAIの機能の拡張をしているのさ」と答える。
「なろうの運営から苦情が来てね。対応しなくちゃならなくなったんだ……」
紐野の件で有名になったAI自動小説作成システムは、ユーザーからの要望により一般に公開されていた。当然ながら、多くの人間が利用するようになった。懸念されていた著作権侵害は元より多くの作家が似たような作品を書いているので問題にならなかったのだが、そこで全く別の問題が生じてしまったのだった。
AIに書かせた作品があまりに多くなってしまったが為に、人間が考えたオリジナリティのある作品がそれまで以上に埋もれてしまうようになったのだ。
“なろう”で読めるのは、AIに書かせた似たような作品ばかり……
『これでは読者が減ってしまうし、新しい作品だって出て来ない! このままでは、サイトが衰退してしまう!』
そして、なろう運営はそう悲鳴を上げ、研究所に文句を言って来たのだ。
「問題は分かったけど、どう解決するつもり?」
作業を続ける菊池に紐野はそう尋ねた。
「ああ、それは簡単だよ。AIの自動小説作成ってのは、パターンマッチングを利用しているんだ。多くの小説を読ませて、パターンを記憶させている」
つまり、“テンプレ”を記憶させているという事だろう、と彼は解釈する。
「パターンマッチングが可能なら、その逆だって可能なんだ。つまり、パターンから外れた作品の抽出だってできる。
なら、AIにオリジナリティ指数を計算させて、その作品の評価に加えてやれば良い。そうすれば、人間が書いたオリジナリティのある作品を読者は選べるようになる。なろう運営だって納得するだろう」
「なるほど」とそれに紐野。
が、少し考えると彼はこう言った。
「……でも、それ、別の連中から苦情が来るようになると思うよ?」
やがて、AIのオリジナリティ判定機能がリリースされた。菊池の予想通り、オリジナリティのある作品を読者は読めるようになったのだけど、紐野の予言通り、新たな苦情も発生してしまったのだった。
「どうしてくれるんだ?! オリジナリティ判定機能の所為で、俺らの作品が読まれなくなったじゃないか!」
……それは、もちろん、人気作品のコピーに頼って書いてばかりいたなろう作家達だった。
なんだかな、と菊池奈央は思った。
AIのべりすと という自動小説作成サイトが実際にあります。
まだまだ能力は不充分だと思いますが、質にこだわらないのであれば使えそうです。
なろう作家の中には「つまらない作品を書いている。量を書く戦略」と自らが言っている人もいるので、きっと既に使っている人もいるのでしょうね。
本当に、なろうがオリジナリティ指数みたいなのを出してくれるようなになったら面白いのに……