案内人と彷徨人①
しばらく世界とかの説明ターンです。
最初は天国かと思った。
自分が天国に行けるような人生をこれまで送ってきたかという話はおいておくとして、だ。
気が付けば、見知らぬ場所にいた。
どこだここ。
全く記憶にない場所だ。どこかの浜辺みたいな感じはするが、海だと思われる場所には水ではなく濃い霧のようなものが広がっている。それを雲海のように感じて(直接見たことないのであくまで俺がそう感じただけだが)、出たのが先ほどの思考というわけだ。
雲の上だから天国というのは思考が単純すぎる気がしなくもないが。
もっとも、目が覚める前の最後にある記憶が車のヘッドライトだ。天国とかどうかはともかく、死後の世界というのはあるかもしれない。
まぁ、天国と思ったのはもう一つ理由がある。
「お体、大丈夫でしょうか?」
目の前に天使がいるのだ。
最初、間違いなくいなかったはずだった彼女は、気が付けば目の前にたっていた。いつ現れたのか全く認識できなかった。気が付いたばかりで頭がぼやけているのかもしれないが……
クセ毛など一つもない、真っすぐに腰まで伸びた艶やかな銀色の髪。見たことのない宝石のような美しい赤い瞳。まるで美を題材につくられた彫像のような整った目鼻立ち。白いゆったりとしたドレスのような伸びる白く細い手足。
そしてその体は、地面からほんの少しだけ浮いている。
これが天使ではなくてなんだというのか。あ、でも翼と輪っかないな。じゃぁ違うか。
「……あの?」
「あ、はい。大丈夫です」
思考が自己完結してたら心配そうな声でもう一度声をかけられたので、今度は返事を返す。
「良かったです。たまに大けがされた人もいらっしゃいますが、その場合私にはどうにもならないので……」
ほっと女性は胸をなでおろす。
看護婦さんか何か?
いや、こんな看護婦さんいてたまるか。意図的に事故って入院する奴出てくるぞ。あと入院してる爺さんがお迎えが来たと勘違いしそう。
「軽く痛むところもないですか? 少しくらいならなんとかできますが」
「はぁ。えーと……」
軽く体を動かしてみるが、特に気鳴るところもない。
あと今更気づいたが、格好はスーツ姿だった。帰宅途中だったからそのままか。鞄は見当たらないがスマホや財布はポケットの中に入っている感触がある。
周囲を見渡したが、カバンらしきものはどこにも見当たらない」
「体は大丈夫ですが……持っていた筈のカバンが……」
「残念ですがおそらくそれは"こちら側に来ていない"のでしょう。大抵の場合はその時身に着けていたものだけが一緒に"こちら側に来る"ようなので。」
「……こちら側?」
女性の言葉にひっかかりを感じ問いかけると、彼女は微笑みを浮かべ
「いろいろとご説明させていただきます。少し長くなると思いますのであちらへ」
指し示された方向を見るとそこには葉の生い茂った一本の何かの木(見覚えがないものだった
)とその木陰に設置されたテーブルと机。そしてそのテーブルの上にはティーセットらしきものがあった。
「座ってお話をしましょう」
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異世界転生、というジャンルがある。
現実世界で死にかけたりなんやかんやしたりで、異なる世界に吹っ飛ばされたり転生するような物語の総称だ。系統としては強力な力を得て無双したり、逆に元々もっていた知識や技術をいかしてスローライフをするなどという話もある。物語としては昨今流行りのジャンルだ。
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「まずはじめに。ここがどこかを語りましょうか」
テーブルについた俺の前にやや赤みがかった飲み物を注いでくれたカップをそっと差し出してから、彼女は対面の椅子にゆっくりと腰を下ろして語り始めた。
「ここはセラトス。あなたの過ごしていた場所がどこかは私には知りえませんが、少なくともそことは別の世界です」
「異世界転生ネタだったか……」
いやこの場合死んでないんだから異世界転移か? 外見もそのままっぽいし。
「……落ち着かれていますね?」
「いや、まぁ最近よく聞く話なんで……」
勿論現実の話ではなく物語としての話だが。
というか驚いてはいるんだが、事前に周囲の光景とか現実ばなれした彼女の姿が先にあったので、今更「ええ、ここは異世界だったの!?」と驚くタイミングは逃した気がする。
まぁ疑う気持ちとかわりといろいろな感情もあるっちゃあるんだが、感情が爆発する感じもなくどちらかというと燻っているるような感覚がある。
「あなたの世界では、このような事が頻繁に起きているのですか? 少なくともこちらの世界にはそんなに大勢は流れ着いていないようですが」
「……大勢?」
「はい。確か前の方がいらしたのは1500日くらい前だったと思います」
なんか重要な情報が……
「過去にこの……セラトスだっけ? に俺以外に流れ着いた……流れ着いた?」
「はい。ええと……」
「あ、俺の方は物語の話です。そういう物語俺の世界では最近はやってるんで」
「なるほど。異世界から流れ着いた誰かが、物語でも書いて出版したんでしょうか?それをきっかけに流行したとか」
「どうだろうな?」
そこまで詳しくないから一気にヒットした理由はわからんけども、少なくと実体験じゃないだろうとは思う。絶対とはいわないが。
「お話はわかりました。
そういうことですと、これからするお話はあなたにとっては当たり前のことかもしれませんが」
そんなことはないと思う。
「あなたがどうなったのか、ここがどこなのか、これからどうなるのか……すべてお話しします」