6話 パック、奔走。
「陛下はどちらにおられる。」
「パック隊長?先程お帰りになられたのでは?」
俺は、ついさっき訪れた玉座の間の扉の前まで来ている。ミズホの事を陛下にご相談しなければ。
ミズホには適性が無かった。俺としては適性が無くても別にいい。まだ会って半日ほどだが、ミズホが気に入った。
会っていきなり『黙れ』と言われ、俺の事をオッサンと呼び、魔法兵士隊総隊長と知っても、俺との距離を変えない。
良く言えば、裏表がない。悪く言えば、無遠慮。
ここまで遠慮、というよりも心理的な壁を作らない奴は、サラ以来か。
とにかく俺は、ミズホが気に入った。他の奴には任せられない。だが、『魔法兵士隊総隊長』という役職がそうはさせてくれない。1つ例外を作ってしまえば、前例が出来てしまう。前例があれば、それを引き合いに出してくる輩も出てくるだろう。
それだけは避けなければ、これまで続いた魔法兵士隊の秩序が崩壊してしまう。
「ミズホ=ワカウチの事で陛下にご相談がある。陛下は中に居られるのか?」
『おう。居るぞ。入れ入れ。』
中から陛下が声を掛けてくださった。なら話は早い。
「失礼します。」
「ミズホの事だな?」
「はい。明日に先駆け、適性を見てみた所、ミズホ=ワカウチの適性は水と地。火と風は欠片も見受けられませんでした。」
「そう都合良く事が運ぶわけないか。どうしようか?」
「どうしようか、と申されましても…。私には判断しかねます。」
「パック隊長はどうしたいんだ?」
「…私個人としては受け入れたいと。ですが、隊長としては、受け入れる訳には行きません。」
「どうしようか?」
「私には分かりません。ただ、前例を作ることだけは避けたいのです。」
「うーん、難しいな。」
陛下が特別に入隊を許可したとしても、ミズホの風当たりは恐らく強くなる。無用な争いの火種になるかも知れない。
「前例、作っちゃおうか。」
「ですから…」
それはダメだ。
「ミズホ以外に到底越える事の出来ない試験を設ければどうだ?『適性が無いものはこの試験を通過すれば入隊可』って感じで。」
「……具体的には?」
「そうだなぁ…。ミズホは魔法使えないし、かといって筆記試験だと反感買いそうだな。」
紙一枚で入って来た奴なんて、実力主義の俺の隊では認められないだろうし。
「魔法使わない隊って有ったっけ?」
「王城警備隊です。」
近接戦の達人達の集まりだ。城内で魔法なんて使ったら被害が尋常じゃない。その為、近接戦に特化した部隊。
「もしや、ミズホを王城警備隊に?」
「いや、魔法兵士隊と言っても基本は兵だろ?魔法が基本の魔法士隊とは違って近接戦闘も視野に入ってるはずだ。」
「仰る通りです。」
「近接戦の能力が魔法兵士隊の水準を大きく越えていたら、ちょっと位魔法が出来なくても良いだろ?」
「ええ。まぁ。…ですが。」
「緩すぎるって言うんだろ?魔法兵士隊の水準を越える位なら結構いるかも知れないしな。」
「はい。」
魔法兵士隊の近接戦の能力は低いとも言えないが、決して高いとも言えない。
「………そうだなぁ。王城警備隊の隊長と決闘なんてどうだ?」
「無謀過ぎます。」
アイツは馬鹿げている。素手で城壁さえ崩せる男だ。ミズホが死ぬ。
「かといって班長クラスだとちょっと緩いよなぁ。副隊長か分隊長位が妥当か。」
「副隊長、分隊長になりますと私でも勝てるか分かりませんよ。ミズホならなおさらです。」
隊長よりはマシだと思うが。
「あれ?ミズホから聞いてない?」
「何をですか?」
「アイツ、達人級だぞ。」
「口の悪さですか?確かに悪いとは思いますが、達人級では無いと。達人級なのはサラの方だと思います。」
「違う、違う。聞いてないなら良いや。」
どういう事だ?
「そう言うことだから、王城警備隊の副隊長に『明日、隊長宿舎の訓練棟の王城警備隊訓練室に来い』って連絡しておいて。俺は内務が溜まっているんだ。」
そう言って陛下は奥に引っ込んでしまった。
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「明日ですか!?また急ですね。」
宿舎に戻り、副隊長達が住む3階に来ている。全部で5隊×2名分の10部屋あるが、広さは俺が住む4階と変わらない。隊長は5人だから、4階の部屋の広さは、単純に3階の2倍だ。
「悪いとは思っているんだ。だが魔法兵士隊の為だ。手伝ってくれないか?」
「断る理由なんてありませんよ。ただ余りにも急で、驚いただけです。」
「悪いな。あと、武器は訓練室にある物なら何を使っても構わないからな。」
「はい。わかりました。では明日。よろしくお願いします。」
ミズホにどう説明しようか…