1話 幾度目かの死の危険
俺は今、今生最大の危機に陥っている。
今までも、何度か『死ぬ』と思った事はあるが、ここまで八方塞がりなのは初めてだ。
隠さず言おう。今、俺は滝壺でぐるんぐるん回っている。必死に水を掻いてもぐるんぐるん。岩肌を掴もうとしてぐるんぐるん。
もはやどちらが上で、どちらが下か分からなくなってきた。
まぁ、仮に滝壺から出られたとしても、上では先住民の方々が笑顔で待ち構えている。
もう一度言おう。八方塞がりだ。
そろそろ限界かな。なんか気持ち良くなってきた。寝技かけられて、オチる感覚と似てるなぁ………………
━━━━━━━━━━━━
『目の光が足りん!そんなんでレンジャーになろうなんて、バカにしているのか!』
(なんで教官が…)
『申し訳ありません!』
(なんで俺が怒られてんだ?)
(あぁ、これが走馬灯ってヤツか)
『なぁ若内、辞めてどうすんだ?』
(先輩?)
『まだ決めていません。とりあえずお金はありますので、海外へ行こうと思います。』
(何年前だっけ…2…4…5?5年位かな。早いもんだな。)
『日本を出て何をするんだ?宛はあるのか?言葉は?』
『何をするかは、まだ決めかねています。宛はありません。言葉は…現地で覚えます。』
(先輩、心配性だな。もう会えないのかな。)
「よう。」
突然、声が聞こえた。
「先輩!?」
「おう?」
「じゃない…」
「おう。」
いつの間にか走馬灯は終わり、俺は、狭い狭い4畳半ほどの部屋に座っていた。
そして正面には、白いスーツをピッチリ着こなした、ちょい悪なイケメンオヤジがあぐらをかいていた。
「すいません、どちらさまでしょうか?」
「俺?神」
「すいません、どちらさまでしょうか?」
「だから、神」
「すいません、ヤとか、マの付く方にしか見えません。」
本物を見た事があるからわかる。この人はヤクザかマフィアだ。
「酷いヤツだな、お前は。」
「自分に正直、と言ってください。」
「やりにくいヤツだな。もっと慌てたり騒いだりしろよ。神ぞ?俺は神ぞ?」
「では、自称神様。」
「なんだ?」
呼び方は自称神で良いんだ…
「ここはどちらですか?」
「やっとか!やっとか!普通ならいの一番に聞くぞ。『ここはどこ?私は誰?』ってな。」
声色変えるな気持ち悪い。見た目マフィアが女声とか、映画だったら完璧なミスキャストだぞ。
「で、そのQに対するAは簡単だ。ここは俺の部屋だ。」
「お招き頂きありがとうございます。」
神って以外と質素な生活してんだな
「他に質問はないのか?まだあるだろ?重要なこと聞いてないだろ?あるだろ、なぁ?」
うん、『ここはどこ?私は誰?』って来たら、『なんでこんな所にいるの?』かな?
「なぜ私はここに居るのでしょうか?」
「それ!それだよ!鈍いなぁもう。しょうがない、話してやるから、心して聴けよ!」
神って単純だな
「いいか?お前を読んだ理由はただ1つ。」
「……」
自称神が真面目な顔をして語り始めた。思わず生唾を飲んでしまった。
「お前の夢を叶えて欲しい。だから呼んだ。」
「夢、ですか?」
俺の夢というと…
「お前に、俺の世界を平和にして欲しい。」「バカじゃないの?」
言ってしまった
「バカとはなんだ、バカとは!神ぞ?俺は神ぞ?」
「世界平和なんて無理ですよ。第一、私はさっき死んだんですよ、滝壺で。しっかりと走馬灯も見ましたし。」
「世界平和は無理じゃない。そしてお前も死んでない。」
「無理ですし、死んでます。」
「分からず屋だな。『はい!平和にしてみせます』って言えば良いのに。」
「だから、私は死んだんですよ?」
「死んでないって。俺が助けたんだからな。それに、今の発言、世界を平和にする気があると見た。」
「………」
「一から説明しようか。まずは、お前は生きてる。俺が助けた。そして、お前は『お前の』世界を平和にする事は出来ないが、『俺の』世界なら平和に出来る。」
また変な事言い始めたぞ
「つまり『お前』の世界から『俺の』世界に、お前自身がお引っ越しするって事。わかった?」
…ターニングポイント?人生の岐路?
「あ、ちなみにお引っ越しを断ったら、助けなかった事にして、お前死ぬから。」
「待てや。」
「待たない。決定事項。」
でもお引っ越しすれば生きていられるんだよな。
「自称神様。」
「なんだ?決心ついたか?そりゃそうだよな、死にたくないもんな。」
「もし、『自称神様の』世界を平和にする気が無いにも関わらず、お引っ越しした場合はどうなるのでしょうか?」
「お前がそれを望まない事を知っているから問題ない。」
なんぞ、それ。俺が仮に平和にする気があったとしても、平和に出来るとは限らないのに。
「もう質問は無いか?無いならお引っ越し始めるぞ。持ち物は、お前が『お前』の世界で死にそうになった時に持ってた物を返しておく。いいか?いくぞ?」
まてまてまて
「最後に!」
「なんだよ…。やる気削がれるなぁもう。」
「なぜ自称神様自ら平和に導かないんですか?神様なら出来るでしょう?」
『俺の』世界って言うくらいなんだからさ。
「お前のQに対するAは簡単だ。俺じゃ手に余る。まぁ、多少は手伝ってやるから心配すんな。行くぞー。えっさっさーい!」
「待…」