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 睦月が眠りについた後、俺は近所の居酒屋に来ていた。今日がバーンズとの約束の期日。俺が『変異』を受け入れるか返却するかを回答する日だ。


 狭苦しいカウンター席に座り、生ビールを頼む。店内を見渡したが、まだバーンズの姿は見当たらない。俺は生ビールと枝豆を頼み、彼を待つことにした。

 それから30分後。2杯目のハイボールを注文した時、バーンズが現れた。


「やあ、お待たせ」


 バーンズの表情は明るかった。『変異』を手放したこの一か月間、自分の求めていた生活を送ることが出来たのだろう。


「生を1つ頂こうかな」


 席に着く前に注文を済ますと、その流れで俺の横の席についた。


「素晴らしい活躍だね、ホープーンくん」


「バーンズさんに比べたらまだまだですよ」


 社交辞令と謙遜。社会の縮図がここにあった。生ビールとハイボールが届き、俺たちは乾杯をした。


「それでどうするつもりだい?」


 バーンズはいきなり本題に入った。世間話の1つでもすると思っていたため面食らったが、酔っぱらう前に話しておいた方が良いだろう。


「その件ですが、お返しします」


 次に面食らったのはバーンズだった。数日前までヒーロー活動していたじゃないか、と言いたげに目を丸くしている。連日ニュースで取り上げられていたため、断るとは思っていなかったのだろう。上機嫌に居酒屋に入店した様子からもそれが伺える。


「理由を聞こう」


 納得が出来ないようでバーンズは食い下がった。


「俺はずっとヒーローになりたかった。そこに嘘偽りはありません。『変異』を受け取ってからは夢のような時間でした。子供の頃から想い続けた願いが叶ったんです。こんな幸せなことはない」


「ならなぜ?」


「俺がヒーローになりたかったのは誰かを幸せにしたかったから。俺が幸せにしたいのは他でもない娘の睦月です。あれだけヒーローになりたかったけれど、もう俺は一番幸せにしたい人のヒーローだった。この一か月間の生活がずっと続けば、俺は睦月を不幸にしてしまう。彼女との時間が作れなくなってしまう」


「そうは言うがね。別に今の会社を辞めてヒーローに専念すればいいんじゃないか?」


「難しいです。どこかに困っている人がいて、それを救う力が俺にあれば必ず使ってしまう。例えこの時間は仕事をしないと決めたとしても、それを破ってしまうのは目に見えている」


「そういう人がヒーローに向いている」


「俺はこの一か月間でヒーロー活動の危険さを身をもって知りました。俺が死ねば睦月は1人になる。俺は適任者じゃない」


 肩が触れ合うほどの距離で両者の鋭い視線が交差する。バーンズが引く気がないことは伝わったが、俺だって引く気はない。


「はあ」


 バーンズは出たため息をビールで流し込んだ。


「丁度良い器が見つかったと思ったんだけどなあ。残念だ」


 バーンズは俺の主張を受け入れたようだったが、これから先に待つ未来のことを考えてか、表情が急激に曇った。


「手出して。君が渡すって念じれば『変異』が移るから」


 バーンズは口角を下げ、唇を尖らせながら手を差し出した。顔を背けたその姿は駄々が通らなかった子供のようだった。俺は彼の手を握り、念じた。


 『変異』がなくなった実感はなかったため、確認のためにハイボールの入ったジョッキを強く握ったがビクともしない。ヒーロー『ホープーン』は店じまいとなった。

 俺は残ったハイボールを飲み干し、席を立った。与えられた恩を返すにしては余りにも少なすぎるが、この一か月間の礼として彼の会計も一緒に支払った。


「最後に確認するが、本当にいいのかい?」


 店を出ようとした俺を引き留め、バーンズは名残惜しそうに聞いた。


「ああ。夢を見せてくれてありがとう」


 なんと言われようとも俺の答えは変わらない。


「最後に1つ聞かしてくれ、君のヒーローネームの由来は何だったんだい?」


 人に話すほどの由来ではないが、苗字の望月をもじった名前であると説明した。


「ただ、今はもうヒーローネームを変えた」


「今のヒーローネームは?」


「『パパ』だ」


 今のヒーローネームは『パパ』。娘だけのヒーローだ。


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