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叙勲

 貴子お姉さんから手紙をもらった次の日の朝、布団の中でまどろんでいると、コンコンという音がした。僕は寝ぼけていて、なんの音なのかよく理解ができない。三回目か四回目かよく分からないけれど、その音を聞いて弟が布団から抜け出した。


「なんか窓から音がする」


 その弟の声を聞いたとき、僕はその音が何かを理解して布団の中から飛び起きた。窓を開けようとする弟を制して、僕が窓を開ける。窓の向こうでは貴子お姉さんがこちらを見ていた。


「おはよう。ごめんね、こんなに早く」


 お姉さんは申し訳なさそうな面持ちをすると、小さな声でそう言った。僕はブルブルと頭を左右に振って「そんなことはない」という態度を見せる。


「昨日の晩から、ずっと気になっていて。私に出来ること、ないかなって」


 そう言って、お姉さんは手に持っていた手紙を僕の方に差し出す。僕は手を伸ばしてそれを受け取る。


「友達の皆さんと一緒に読んでほしいの。詳しいことは手紙の中に書いてあるから。じゃあ、また」


 そう言って、僕から視線を外すと、お姉さんは恥ずかしそうに下を向いて部屋の窓を閉めた。お姉さんを見送った後、僕は窓を閉めた。好奇心で「なに、なに」とまとわりつく弟を無視して、僕は、お姉さんからの手紙を広げて読み始めた。




♪キーンコーンカーンコーン


 二時間目の授業が終わり休憩時間になると、僕は早速、太田と小川を呼んだ。


「なんや、小林」


 太田が不思議そうに僕に言う。そりゃそうだ、今まで僕の方から太田や小川に声を掛けることなんてなかったしな。


「本の取り立てか。ほれ、怪人二十面相や。おもろかったで」


 そう言って太田は僕に怪人二十面相の本を差し出す。僕は太田から本を受け取ると、その表紙を大事そうに撫でる。


「もう、読んだんや。早かったな」


「俺、本を一冊読み切ったの初めてなんや。なんか、今でもフワフワしているような感じがするで」


「分かる、分かる。俺も同じやってん。はい、これ、今度は少年探偵団。俺、昨日に読み終わったから」


「えっ、ほんまか。早速、読むわ」


 太田は嬉しそうに受け取ると、もう、表紙を開いている。


「実はな、呼んだんは本のことやないねん。僕、貴子姉さんから手紙を預かってきているんや」


 貴子お姉さんの名前を出すと、小川が周りを伺い、声を落として言う。


「秘密基地じゃあかんのか」


「秘密基地に集合している時間がないんや」


 僕は、そう言って事が緊急事態ということを強調する。


「そうか、まぁ、見せてみ」


 太田は、僕に手を差し出して、貴子お姉さんからの手紙を催促する。僕はランドセルからその手紙を取り出した。




太田 秀樹様

小川 武様


 まだ、きちんとお会いしたことはありませんね。西村貴子といいます。お二人のことは小林君から聞いています。私の為に、赤い自転車を探してくれたり、今度は高槻南高校に潜入しようと計画している話を聞きました。私は申し訳ない気持ちでいっぱいです。私にも何か出来ることがないか色々と考えました。


 今日、私に会ってくれませんか。母親がいるので私の家に皆さんをお呼びできるかは分かりませんが、五時ごろに来ていただけたらと思っています。私の一方的なお願いばかりですみません。宜しくお願いします。


西村 貴子




「おおお、おーーーー!」


 太田が両手を突き上げて吠えた。そのまま、踊りだしそうな勢いだ。小川にしても満更でもないようで、手紙を持つと何度も読み返してにんまりとしている。太田は僕を見る。


「学校が終わったら、今日はお前の家に集合や。そうか、今日は貴子様に会えるんや」


 太田はそう言って、小川から貴子お姉さんの手紙をひったくると自分の席に戻っていく。自分の席に座ると、手紙を広げて一人悦に入っていた。僕と小川はそんな太田を見てクスクスと笑う。その場は解散となり、小川は自分の席に戻っていった。僕は太田から返された貴子お姉さんとの最初の繋がりである怪人二十面相の本を胸に抱いて、目を瞑った。




 学校が終わると、僕たちは一目散に家に帰った。僕は玄関に靴を脱ぎ捨てると、母親を探す。


「今日、友達が来るから」


「今日」


 驚いた顔をして、母親が僕に聞き返す。


「もう直ぐ来る」


「ヒロちゃんの部屋、散らかっているでしょ。今からでも片づけなさい」


「分かった」


「お母さんは、今から、お菓子を買ってくるから。ちゃんと片づけるのよ」


「分かった」


 母親は、エプロンを外すと慌てて、買い物に出かけていく。僕は、別にそんなことまでしなくてもいいのにと思ってしまう。弟と妹は五時間目で授業が終わっていたので、もう帰ってきていた。僕は、友達が来るからと、子供部屋から二人を追い出して、部屋の片づけを始めた。散らかっている玩具は押し入れに仕舞い込んで、プラスチックの刀だけ残しておいた。そうこうしていると、家の呼び鈴が鳴った。僕は、ドタドタと階段を下りていく。玄関を開けると、太田と小川が表で待っていた。


「二階に上がってくれ」


 僕がそう言うと、二人とも「お邪魔します」といって靴を脱ぎ、僕に付いてくる。


「おばちゃんは、おらんのか」


 階段を上りながら小川がそう尋ねてきたので、「お菓子を買いに行ってる」と僕が言うと、太田が「やった」と喜んだ。


「ここが小林の部屋か」


 太田が、僕に聞く。


「兄弟の部屋やけどな。弟と妹は、今は下にいてる」


 小川が部屋の時計を見て、呟く。


「五時まではまだ、一時間近くもあるな。なあ、太田」


「なんや」


「制服の件やけどな、今晩にでも取りに言ったら、手に入る」


「そうなんか。じゃ、貴子様に会った後で、一緒に行こうぜ」


「そうしよう。それと、治郎のこと聞いてみたけど、分からんって」


「まぁ、そうやな。名前だけじゃな」


 二人の話を聞きながら、僕は作戦の日程のことについて問いかける。


「高槻南高校に潜入するのはいつにする」


「そうやな、今日が八日の水曜日。通学してる日に狙うから、あと、木、金、土の三日間のうちのどれかやな」


 小川が冷静に決行日の選択肢を提案する。僕は治郎の動きについて思ったことを口にする。


「治郎がクラブ活動をしていた場合、授業が終わっても、なかなか帰らへんやんな。その場合、最後まで潜入すると何時ごろにまでなるんやろ」


「六時か六時半ころまでやと思うけど」と小川が答えてくれる。僕たちの話を聞いて、太田が口にする。


「その場合は、治郎の家の確定までして解散やな。家に帰るのはちょっと遅くなるけど、そこは覚悟してくれ」


 太田のその言葉に、帰る時間が遅くなることに、僕が臆病になっていると思われたみたいで少しむきになる。


「遅くなることは気にしてないで」


 僕がそう言った時、表で自転車が停まる音がした。母親が帰ってきたのだ。下でガサゴソとする音が繰り返されたかと思うと、母親が階段を上ってきた。


「いらっしゃい。ヒロちゃん。ご紹介して」


「えっと、こっちが太田で、こっちが小川」


「お邪魔してます」と二人が小さく会釈する。


「お菓子とジュースを用意したから、ゆっくりしていってね」


 そう言って、母親は下に下りて行った。小川が声を落として僕と太田に言う。


「ちょっと、声を小さくしようか」


 二人とも頷く。作戦会議が途切れたので、ひとまず、お菓子を食べることにする。お盆には赤いパッケージで有名なかっぱえびせんがお皿に盛られていた。小川は、真っ先にそのお菓子に手を伸ばすと、


「やめられない、とまらない」


と小川が言ったので、僕と太田が偶然にも口を揃えて


「かっぱえびせん」


と言った。あまりにもタイミングが良かったので、僕たちは腹がよじれる程に大笑いした。笑いすぎて涙目になりながら時計を見ると、時計の針は長針が五〇分を指していた。それを見て口を開いたのは、太田だった。


「もうそろそろ、ええんとちゃうか。この後、どうするんや」


 僕は「そうやな」というと、窓の下に置いていたプラスチックの剣を手に取った。


「なにするんや」


 小川が不思議そうに、僕に呟く。僕は窓を開けると、その剣で貴子お姉さんの窓を二回ノックした。すると、その窓がスーと開いて、貴子お姉さんが現れた。


「とっても賑やかね。笑い声がこっちにまで届いているよ」


 そう言って。にっこりと笑った。太田と小川は驚いて立ち上がると、ぎこちなくお辞儀をした。


「今日は、急に呼び出すようなことになって、本当にごめんね」


 そう言って、お姉さんはゆっくりとお辞儀をした。その姿があまりにも神々しくて、僕たちは、またお辞儀をした。


「小林君から、高槻高校に潜入する話は聞いているよ。とても感謝しています。でも、私の問題なのに、この私が何も出来ていないことに、とても心が苦しくて。今日は、私に出来ることがないか考えたうえで、君たちに来てもらったの」


 そう言うと、貴子お姉さんは用意していたのであろう、包装された二つの包みを手に持った。


「太田 秀樹君」


 急に名前を呼ばれて、太田は「は、はい」とどもりながら返事をした。


「私からの気持ちです。受け取ってください」


 そう言うと、貴子お姉さんは窓の向こうから、その包みを手を伸ばして差し出した。太田は慌てたように窓に近寄ると、僕を押しのけて、その包みを受け取った。


「ありがとうございます」


 それだけを言うと、太田はそれ以上言葉が出て来なくて、顔を真っ赤にしてうつむいた。お姉さんはにっこりと笑うと、次に小川の方に視線を向けた。小川は自分の名前を呼ばれることに身構える。


「小川 武君」


「はい」


「私からの気持ちです。受け取ってください」


 同じようにお姉さんは、包装された包みを小川に手渡す。


「ありがとうございます。大切にします」


 そう言うと小川は、ペコリとお辞儀をした。僕は横から見ていながら、女王様に叙勲される騎士の姿を想像した。建売住宅の二階で行われた子供たちのゴッコ遊びに近いような叙勲式だったが、僕たちの気持ちは中世の騎士に勝るとも劣らない清らかな思いで、貴子お姉さんを守ることを誓った。


 太田と小川が受け取った包みにはそれぞれ怪人二十面相シリーズの本が入っていた。太田には妖怪博士、小川には大金塊。叙勲式が終わると、二人は魂が抜けたようになって、それぞれの本を眺めていた。帰りがけに、計画の実行日が決まった。十日の金曜日。それは、僕が目撃した事件からちょうど一週間後のことだった。

 

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