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作戦会議

♪キーンコーンカーンコーン


 一時間目の授業が終わると、ランドセルから少年探偵団を取り出す。昨日の晩も読んでいたけど、遅くまで読んでいたらお母さんがやってきて子供部屋の電気を消されてしまった。僕は本の続きが気になって仕方がない。


「小林」


 そう言って、太田は僕の隣にやってきた。手には怪人二十面相を持っている。


「面白いな怪人二十面相」


 そう言うなり僕の机の上にどっかりと座りこみ、手に持っていた怪人二十面相の本を開いて読み始めた。僕は、出来たらその大きなお尻をどけて欲しいのにと思いつつ、僕も少年探偵団を開いて読み始める。そんな感じで、午前中の休憩時間は僕も太田も本を読んで過ごした。普段はうるさい太田のそんな行動に、クラスの皆は不思議そうな顔をして見ていた。


 学校が終わり下校が始まると、太田と小川が僕のところにやって来た。


「小林、秘密基地に集合な」


 太田は言葉は少ないが、いつになく真剣な顔で僕に呼びかける。分かっている、貴子を守るための作戦会議やな。僕は心の中でそう呟く。太田の真剣な態度に僕は感化される。


「分かった。僕も伝えたいことがあるねん。詳しいことは行ってからな」


 太田と通じ合えているような高揚感が僕を包む。僕の言葉を聞くと、太田は振り向かずに右手を僕に振って、歩いていく。 


「じゃ、後でな」


 小川も僕にそう言うと、太田と同じように格好をつけて僕に手を振り、太田の後を付いて歩いていく。「お前はええねん」と少し思ったが、心強いのは確かだ。僕は貴子お姉さんの事を周りの連中に悟られないように平常を装って、学校の門を出る。僕達の戦いはもう始まっている。僕は武者震いを感じて家に帰った。


 家に帰ると僕は引き出しを開けて、お父さんが使っていない腕時計を取り出した。手首に着けてみたがブカブカで使えない。でも、それを学校の家庭科で作ったナップザックに入れた。高槻市の地図も入れた。縄梯子はないけれど、麻ひもがあったのでそれも入れた。鉛筆とノートも入れた。でも、万能ナイフはないし、望遠鏡もないし、ピストルもない。小林少年が携帯していた七つ道具には遠く及ばないけれど、僕は道具が入ったそのナップザックを持って秘密基地に向かうことにした。


 誰も住んでいない社宅に到着すると、僕は有刺鉄線をすり抜けて裏庭にある秘密基地のバスに向かう。自転車のスタンドを立てていると、


「うんちゃ」


と、バスの中から小川が僕に呼びかけた。なぜ、アラレちゃんの真似。僕が怪訝な顔をすると、小川は不機嫌な顔をして僕に言った。


「ノリが悪いねん、小林」


 僕はそんな小川に「アホ」といって、ナップザックを手にもってバスの中に入る。太田はまだ来ていなかった。


「何を持って来たんや」


 小川が不思議そうな顔で僕に問いかけるので、僕は手に持っているナップザックの中身をバスの座席に広げる。勘の良い小川は、出てきた道具の数々を見て、直ぐに察する。


「あれか、七つ道具」


「そう、七つ道具のつもり。七つもないけど地図と時計くらいは必要かなと思って」


「なるほどな」


 そんなことを話していると太田もやって来た。太田は僕の顔を見ると直球で僕に問いただす。


「小林、伝えたいことって、新しい情報やろ。聞かせてくれ」


 太田は、そう言いながらバスの一番奥の座席にどっかりと座る。僕は、昨日の追跡劇を身振り手振りで太田と小川に説明する。自転車に乗って追跡したこと、ダイエーの中に入って探し回ったこと、そして逃げられてしまったこと。でも、治郎という名前と高槻南高校の生徒である情報を手に入れたこと。僕の話を聞いて、太田も小川もかなり興奮した面持ちになる。


「かなりやばい奴やな」


 僕の話を聞き終えると、太田が腕組をしてそうこぼす。


「先月、殺人事件があったやろ」


 太田が深刻そうにそう言うと、小川がその話を受けて答える。


「あれか、みどりちゃん殺人事件のことか。女の子が刺されたやつやんな」


「それもあったな、俺は東京の通り魔殺人事件のつもりやってんけど、なんや殺人事件ばっかりやな。物騒な世の中やで」


 僕はその二つの事件がテレビの中で紹介されていたことを思い出した。どちらも先月の六月に発生した事件で、包丁か何かで人を刺し殺したことも共通する事件だ。通り魔の方は四人の人が死んだ上に、犯人は人質を取って立てこもったので、ニュースの扱いは凄かった。


「貴子お姉さんも、そんな危険があるんかな」


 僕は心配になって、そう呟いた。


「大人しそうな奴ほど、何をするか分からん。俺たちの捜索はかなり危険なものになるかもしれんな」


 太田は真剣な顔をしてそう呟く。三人の間に暫しの沈黙が訪れる。沈黙を破ったのは小川だった。


「その治郎ってやつ、高槻南高校の生徒ってところまでは分かったんやろ。そいつの苗字と、どこに住んでるのかくらいは調べたいな」


「どうやって調べるんや」


 太田は、小川にそう問いかける。


「学校が終わった後、高槻南高校の前で待ち伏せする」


「待ち伏せっていっても、高槻南高校は正門と裏門と二か所の出入り口があるねんで」


 僕は思いついた待ち伏せの問題点を、皆に指摘する。高槻南高校は僕たちが通う芝生小学校と隣同士にある。高校の裏門は南に位置していて小学校の北側にある裏門と繋がっている。正門は北側にあり表通りと繋がっている。


「潜入するか」


 太田が面白そうに、そう言った。僕と小川は驚いて太田の顔を見る。そんな僕らを見ながら太田は更に続ける。


「怪人二十面相を読んでいてな、なんかな、俺、変装をしてみたくなってん。なあ、高槻南高校の制服って手に入らんかな」


 太田の提案に小川が応える。


「手に入るかもしれんで。従兄弟のお兄ちゃんが今年卒業したんや。多分残っているんとちゃうかな」


「そんなん、もらえるんか」


 僕は話の展開の速さに驚いて、小川に聞く。


「言うてみな分からへんけど、お兄ちゃんやったらアカンとは言わんと思うけどな。学年はちゃうけど、ついでに治郎って知っているか聞いておくわ」


「じゃ、小川、制服の件はお願いしとくで」


 太田は小川に、満足そうな笑顔を向ける。


「潜入してからのことやけどな、俺は自転車置き場でその赤いサイクリング自転車を見つけた後、治郎がやって来るのを待ってようと思うねん。待っている間は、花壇でも座って怪人二十面相の本でも読んでおくわ。それやったら自然やろ」


 僕は太田の大胆な作戦に驚くしかなかった。さすが太田だ。ただ、問題点がある。正門と裏門が二つある問題は何も解決していない。僕はその問題点を指摘してみる。


「アホやな小林。俺も自転車で行くんや。同じ自転車置き場に置いといて待つんや。小林と小川は自転車に乗って正門と裏門に分かれて待機してたらええねん。赤い自転車と一緒に俺が出てきたら、一緒に付いてきてくれ。はずれの門に待機した方は、連絡のしようがないから、また明日やな」


 その後も僕たちは秘密基地で色々と駄弁っては笑いあい日が暮れていった。僕は楽しくて楽しくて、いつまでもいつまでも、こんな日が続くといいなと思った。

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