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変化

 僕が椅子に座ると、クラスはシーンと静まり返った。もう、誰も手を挙げる人はいなかった。「解散」という言葉は、僕の心をひどく傷つけたけれど、同時に、肩の荷が下りた気楽さもあった。何か大切なものが、手の平からスルスルと零れ落ちていった気もしたけれど、僕は、自分が決めた決定に至極納得していた。本荘先生が椅子から立ち上がって、教壇の前に立った。


「先生は、本読みクラブの存在を初めて知りました。本を読むことはとても良いことです。ですが、金銭のやり取りはいけません。気持ちは分かりますが、小学生の皆さんは、これを機会に、お金の取り扱いについては、十分に気を付けてください。まず、貸してはいけません。あげてもいけません。今は、自分の為だけに使ってください。そのお金は、あなた達が仕事をして手に入れたお金ではないでしょう。お父さんお母さんが、苦労して作ってきたお金です。そのようなお金の重さを理解してください」


 本荘先生は、クラスの生徒の様子を見回す。先生を見ている生徒、見ていない生徒、色々といるが一様に先生の話は聞いていた。


「お金は怖いのよ。世の中の多くの問題の根っ子には、お金が絡んでいます。今回のことは、良い勉強になったと思います。くれぐれも気を付けてください」



♪キーンコーンカーンコーン


「時間がきましたね。では、米倉さん、お願いします」


 米倉は立ち上がる。


「起立」


 ガタガタと椅子を引く音をさせて、クラスの立ち上がるが、太田は座ったままだ。


「礼」


 教室の皆が、先生に向かってお辞儀をする。


「さようなら」


 学校が終わった。僕は緩慢な動きで、ランドセルを机の上に置くと、机の中の勉強道具を詰め始める。その時、怪人二十面相の本をランドセルの中に入れていたのに気が付いた。首を伸ばして教室を見回す。加藤裕子は、まだ椅子に座ったままだった。よく見ると、クラスの皆が帰る用意の為に忙しく動いている中で、本読みクラブのメンバーだった加藤と坂口と太田と小川は、椅子に座ったまま動けずにいた。僕は、怪人二十面相の本を持って、加藤の席に歩いて行く。


「あのー、約束の本」


 僕が、怪人二十面相の本を加藤裕子に差し出すと、加藤は椅子に座ったまま、僕を見上げた。その目は怒っていた。


「どういうつもり」


「いや、この本を、貸すって約束していたから」


 加藤は、深く、ため息をつく。


「部長って、デリカシーがないっていうか、空気が読めていないっていうか、馬鹿ね」


「えっ、馬鹿」


「良く分かったわ。米倉が太田のことを馬鹿って言うけど、部長は、その太田よりもさらに馬鹿よ」


 僕は、加藤の怒りがどこから来ているのかが、よく分かっていない。


「もう、何も話したくない。わたし、その本、読まないから」


 そう言うと、その場に僕が存在していないかのように、何も話さなくなった。カバンを持ち上げると、坂口に声をかけて一緒に帰っていった。僕は仕方なく、自分の席に戻りランドセルに本を戻す。教室の大半の生徒は、もう帰ってしまったが、太田と小川はまだ教室に残っていた。僕は、何か声をかけてやりたくて、太田の席に向かう。


「あの、今日は色々と大変だったね」


 おずおずと声をかけてみたが、太田は何も答えない。太田は、スクッと立ち上がると、小川の方に振り向く。


「小川、帰ろうか」


 太田は、僕を無視して、小川の席の方に歩き出す。僕は、その様子を、ただ、黙って見ていた。教室の皆が全員帰ってしまっても、僕はそのまま立ち尽くしていた。今日を境に、何かが大きく変化したのを、僕は感じた。見えない壁のようなものが僕の前に立ちふさがっていて、僕の声が皆に届かない。いや、届かないんじゃなくて、皆の声が、僕に聞こえない。皆が何を考えているのかが、僕には分からなかった。

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