クラブ活動
貴子お姉さんと話が出来た次の日の朝、学校に行く用意が出来た僕は、玄関で靴を履くときに太田との約束を思い出した。履いた靴をまた脱いで、二階の子供部屋に戻る。自分の机の引き出しを開けて、中から赤い財布を取り出した。マジックテープをバリバリバリと引きはがして、中から百円玉を一枚取り出す。小川の誕生日プレゼントの資金だ。でも、太田は高橋哲也からプレゼントの件を断られてしまった。いったいどうするつもりなんだろう。少年探偵団シリーズの本は、一冊六百円もする。高橋に断られたままなら、あと百円たりない。僕は部長だし、もう百円追加すべきなんだろうか。それとも、やっぱり太田に任せたままでいいのだろうか。どうも判断が付かない。僕は念のために、財布からもう一枚百円玉を取り出して、二枚の硬貨をポケットに入れて、学校に向かった。
五年三組の教室に入ると、太田と小川はまだ来ていなかった。自分の机にランドセルを置いて、中から夜更かしをして読んだ灰色の巨人を取り出す。教室を見渡すと、持ち主の伊藤 学を見つけた。僕は本を持って伊藤に会いに行く。
「おはよう。はい、これ」
僕は伊藤に本を差し出す。伊藤は嬉しそうに本を受け取る。
「とっても面白かったよ。面白過ぎて、一晩中読み続けていたら朝になっちゃった」
伊藤は、僕の感想に微笑む。
「面白かったよね。この本をプレゼントしてくれて、とても良かった」
伊藤はとても素直で良い奴だ。僕もなんだかとても嬉しくなる。伊藤は、本を持って教室を見回した後、僕を見た。
「あそこに、坂口さんがいるから、次は坂口さんに読んでもらおうか」
「いいね。そうしようか」
僕が、そう返事をしたら伊藤は僕に灰色の巨人の本を差し出す。
「部長、坂口さんに渡してよ」
「えっ、伊藤から直接渡した方がいいと思うけど。すぐ、そこだし」
伊藤は少し顔を赤くする。
「いあや、ちょっと恥ずかしいし」
「えー、同じ本読みクラブなのに」
そこまで言って、僕は伊藤がクラスの女子と話している姿を見たことが無いことを思い出す。伊藤が無口なのは、極度の恥ずかしがりも原因なんだなと思う。僕は、そんな伊藤を応援したくて、口を開く。
「じゃ、坂口さんの所に、一緒に行こうよ。でも、渡すのは伊藤じゃないと駄目だよ」
僕はそう言って、伊藤が差し出した本を押し返して、伊藤を立たせる。そして、僕は伊藤の背中を押して、坂口さんの席に向かって歩き始めた。
「部長、そんなに押さなくても、ちゃんと歩くって」
伊藤の背中を押しながら、僕は伊藤が動揺している様子を感じた。いつも後ろから付いてくるばっかりだった伊藤が、自分の意思で坂口さんの席に向かうことは、かなり大きな出来事なのだろう。僕は、心の中で「伊藤、がんばれ」と呟いた。坂口直美の席に到着すると、加藤裕子がいつものように傍にいる。
「おはよう。どうしたの、部長と伊藤」
加藤が不思議そうな顔をして、僕たちを迎える。
「おはよう」
僕は、二人に声をかけると、伊藤の背中をポンと押した。
「おは、よう」
伊藤は動揺しながら、僕と同じように口を開くと、手に持っていた本を坂口さんに向かって差し出す。
「本を、プ、プレゼントしてくれて、あり、ありがとう。読んで、みて」
緊張しながら、しどろもどろになりながらも、何とか思いを伝えた。坂口は、優しい顔で、伊藤の差し出した灰色の巨人を受け取る。
「ありがとう。次に、私が読んでも良いの?」
伊藤は、コクリと頷く。良くやった。僕は、伊藤を讃える意味で肩を二回叩いた。僕も口を開く。
「僕は、もう読んだよ。あんまり面白かったから、一晩中読み続けて寝不足になっちゃった」
坂口は、そんな僕たちを見てクスクスと笑う。
「楽しみ」
そう言って、坂口はその本を大事そうに机の上に置いて、表紙を開く。そんな僕たちの様子を見ながら、今度は加藤が口を開いた。
「太田から聞いてる?」
「ああ、小川の誕生日の件かな」
「そう。今回は部長が仕切らないの?」
「うん、太田が、俺にやらせてくれって言うから。それに、僕と太田の間も色々とあったから、今回は太田の好きなようにしたら良いのかなって思って」
「そう、まー、私は良いんだけど。それより、、、」
そう言って、加藤がそっぽを向いて、僕に語りかける。
「私も、クラブの一員だし、読んでみようかな、その、怪人、二十面相ってやつ」
僕も坂口も伊藤も、加藤裕子の顔を見る。
「馬鹿ねー。みんなして私を見ないでよ。恥ずかしいから」
そう言って、少し顔を赤らめる。
「なんか、読んでないと、私だけ会話に入れないじゃない。ちょっと、そんなん嫌だし、まー、面白いみたいだし」
僕は、そんな加藤の言葉が凄く嬉しかった。
「じゃ、明日、学校に持ってくるから、楽しみに待っててよ」
「あ、ありがとう」
加藤は、僕を見ずに腕を組んだまま、僕にお礼を言う。そんな加藤の仕草を可愛いなと思いながら、坂口を見ると、坂口も同じことを感じていたのか、僕に目配せをして笑った。加藤は、そんな僕と坂口のやり取りを見て、
「もー、馬鹿」
と言って、坂口の肩をポカポカと叩いた。
♪キーンコーンカーンコーン
予冷が鳴った。一時間目の授業が始まる。教室を見回すと、太田と小川は、遅刻ギリギリで教室に入ってきた。僕は、ポケットの百円玉を触って、渡すのは後でもいいなと思った。次の休憩時間に、高橋を除いたクラブの皆が太田に百円を渡した。僕は、気になるので太田に質問をした。
「プレゼントは、何にするの?」
太田は、まだ決めていないという。百円が足りてないことを尋ねると、「なんとかなるやろ」と至極楽観的だった。僕は、不安を感じつつも、それ以上、太田に質問をすることをやめた。綱渡りのような感じだが、何とかクラブとして維持が出来ていることだけが、僕の救いだった。昨日の、貴子お姉さんの言葉が浮かぶ。
「ヒロ君は、本読みクラブで、何をしたいの?」
こんな風に、皆と楽しく過ごせることが、僕の一番の望みだ。それ以上に、何を求めたらいいのか、僕には分からなった。




