秘密基地
僕たちは三人は自転車に乗て秘密基地に向かうことになった。秘密基地までは、一旦僕たちが通っている小学校まで戻らなければいけない。小学校の前にはつぶれた大きな工場が建っていて、周りは有刺鉄線が張り巡らされていて、立ち入り禁止になっている。火事でもあったみたいで、工場の二階の床は抜けているし、窓ガラスは割れている。とても薄気味悪い工場だ。
その工場の隣にコンクリートでできた四階建ての社宅がある。同じように周りは有刺鉄線で囲われていて、中には入れないようになっていた。社宅は玄関や窓が開けたままになっているところもあり、生活をしていた様子が、何故かそのまま残っている。辺りには、ゴミや下着が散乱していて、奥には人形が転がっていたりしている。焼けた工場よりもさらに気味が悪くて、幽霊が出るという噂もあったりする。だから、小学校に通っている子供は、誰も近づこうとはしない。
僕たちは、その社宅を囲んでいる有刺鉄線が破れたところから中に入っていく。社宅には目もくれないで、その裏側に回っていくと、高いブロック塀に囲まれた社宅の裏庭に行くことができるのだ。そこには、一台の朽ちたバスが停まっている。所々が錆びていて、形はよく見かける市営バスとはちょっと違う。自転車を停めて、僕たちはそんなバスの中に入っていく。
「発売されたばっかりのジャンプを持ってきたで」
小川の奴が、カバンからジャンプを取り出した。月曜日に発売されるジャンプを、土曜日にこっそり売ってくれる駄菓子屋があるそうで、小川はそこから買ってくるのだ。
「見せろ、見せろ。前回、キン肉マンが筋肉バスターを決めたんや」
そう言って、太田は小川からそのジャンプを取り上げると、キン肉マンのページを開いて読み始める。小川はもう読んでいるのだろう。ニコニコとしながら、そんな太田のことを見ている。僕もバスに積み上げられている古いジャンプを手に取ってみる。この春にアニメが始まった、ペンギン村のアラレちゃんが、うんこを棒に突き刺して走っていた。
「なあ、小林」
キン肉マンを読み終えた太田が僕に呼びかける。
「なに」
「貴子様とは、仲がええんか」
なんとなく、太田に貴子姉さんのことを振られたくなかったが、仕方なしに話を合わせる。
「いや、昨日、初めてちゃんと話をした」
「でも、楽しそうに話してたやないか」
「ん、まー」
どのように話そうか。あまり事件の話はしたくない。
「怪人二十面相の本を読んだら、貴子様は喜んでくれるんか」
太田は更に僕に質問をする。僕は、少し返答に困ったけれど、少し説明することにした。
「実はな、昨日、貴子お姉さん、、、男に襲われそうになったんや」
「なに!」
寝そべっていた太田は飛び起きた。小川も僕の話が気になるようで、こっちを振り向いた。
「どういうことやねん」
「二階から見てたんやけど、男が貴子お姉さんを襲おうとして、逃げてしもうたんや」
太田と小川は、話の続きを聞きたくて、僕をじっと見ている。男が胸を触ったことは隠しておいた。
「男は赤いサイクリング自転車に乗ってたんやけど、お姉さんがその男のことを許せないから、僕に協力してくれってお願いされたんや」
「お前に、何が出来るねん」
太田は僕を馬鹿にしたように言う。僕は、少しむきになる。
「いや、だから、僕は男の顔を見てるんや。お姉さんは不意を突かれたから、男の顔は見てない。お姉さんは男に復讐したいんや。それで、怪人二十面相の本を貸してくれて、これを読んだら協力したくなるよって、言うたんや」
太田は、腕組をして少し考える。
「その本は探偵小説って言ってたな。おれ、その本を読んで勉強するわ。小川、お前も読むんやぞ」
「えっ、俺。俺は読んだことあるで。面白いのは知ってる。あのシリーズやったら、他のも読んでるし」
「なんや、俺だけかいな、知らんのは。とにかく、これは事件や。俺たちで貴子様を守るんや」
僕と貴子お姉さんの秘密やったのに、なんで太田が仕切ってるんやと思ったが、こんな時に頼りになるのも太田だ。五年生なのに学校では一番大きい。中学生に間違われても不思議ではない体格をしている。
「なぁ、小林。その男の手がかりってあるんか」
「男の顔を説明するのは難しいけど、赤いサイクリング自転車に乗ってたんや。今はそれくらいしか分からへん」
「赤いサイクリング、、、か、年はどれくらいや」
「中学生か、高校生か分からん。大人ではない」
「ふーん、まずは、その自転車を探してみるか。そいつを見つけたら俺がぶちのめす」
太田は右手の拳を左手に当てて、闘志をみなぎらせる。
「今から手分けして、その自転車を探すぞ」
「えっ、今から」
驚いたように小川が叫ぶ。僕もビックリする。
「そうや、最初に見つけたやつが、貴子様に報告する権利がある。どや」
「分かった」
僕は直ぐに返事をした。太田には負けていられない。そこに小川が意見を述べる。
「でも、闇雲に探しても効率が悪い。ここは作戦をたてた方がいいで。大体、赤いサイクリング自転車っていっても一台ってわけじゃないし」
「そうやな」
太田が同意する。僕も思いついたことを述べてみる。
「今から一時間、地域を三つに分けて探す。見つかっても見つからなくても、時間になったら秘密基地に戻って来て結果を報告しあうっていうのはどうやろう」
僕の意見を聞くと、太田がまとめはじめた。
「それでいこう。分かりやすく、校区で分けるで。ここ芝生小学校は小林、寿栄小学校は小川、遠い柳川小学校は俺が行く。ほな行くで」
その日は、努力の甲斐なく、有力な手掛かりは見つからなかった。皆と別れるとき、太田は「怪人二十面相を読んで勉強するわ」と言って、僕に手を振った。小川も「また、今度な」と言って帰っていった。今まで、僕のことをからかうし嫌な奴だと思っていたけれど、あいつ等と別れるのが、少し寂しかった。