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本読みクラブ  ー怪人二十面相が好きだった僕らの時代ー  作者: だるっぱ
ファイル3ー本荘先生
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騎馬戦

「ヒロ、こっちこっち」


 でっぷりと太っている僕の父親が、立ち上がって僕に手招きをしている。運動場の観覧席に指定されている場所は、辺り一面レジャーシートを敷いた様々な家族で埋め尽くされていて、僕を手招きする父親の所にたどり着くのが大変だ。これから昼食なので、それぞれのシートの上では、各家庭の特色あるお弁当が広げられている。その他所の家庭のレジャーシートを踏まないように、爪先を立てて、僕は自分の家族の所に歩いていかなければならない。妹と弟は、先に到着していてお茶を飲んでいた。僕たち三人兄弟の観戦のために、父親と母親とお婆ちゃんが運動会に来ていて、僕の家のレジャーシートの上にも、お正月のようにお重箱に詰められたお弁当が広げられている。重箱の中には、唐揚げや卵焼き、きんぴらゴボウにサラダ、僕の嫌いな蕗の煮たやつまで、ぎっしりと詰められていた。父親は、その唐揚げを食べながら、右手にはしっかりとビールの缶が握られている。


「踊り、良かった、良かった。ヒロが一番上手に踊れていた」


 父親は、上機嫌で僕のことを褒める。朝の九時から始まった芝生小学校の運動会は、順調に朝のプログラムが消化されていて、五年生の僕は団体表現で、ハイスクール・ララバイの音楽にあわせて、みんなと踊った。フワフワのボンボンを手に持って、グルグルと回したり、高く掲げたりして踊ったのだが、父親はそんな僕を見つけると、「ヒロ、がんばれ。ヒロ、がんばれ」と立ち上がって叫んでいた。嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。百メートル走は、可もなく不可もなく、五人中三位の成績で走ることができた。残りの種目は、あと騎馬戦を残すのみで、昼からの応援合戦が終わった後に行われる。


「後は、騎馬戦だけやな」


 学校から配られた、運動会のプログラムを見て父親が僕に話しかける。


「うん、最後の競技」


「ヒロは、上か下か」


「上」


「上か、帽子の取り合いをするんやな。気迫で押していくんや。負けるなよ」


 競技者の僕よりも、父親の方が興奮している。もう、酔っ払ってるんじゃないの、と心の中で呟きつつ、僕は、太田と小川が話し合っていた騎馬戦の作戦の話を、父親に披露する。父親は、面白がって僕の話を聞いている。


「そうか、策士がいるんやな。ヒロ、お父さんが応援するからな」


 父親の応援は目立って恥ずかしいからやめて欲しい、と思ったけれど、楽しそうな父親の顔を見て、言うのをやめた。そんな父親を見て、母親もニコニコと笑っている。お弁当を食べてお腹がいっぱいになると、僕は立ち上がった。


「みんなの所に、もどる」


「そう、行ってらっしゃい。騎馬戦は危ないから、気を付けてね」


 母親は、そう言って、僕を見送ってくれた。家族の観覧席から離れると、運動場をぐるりと半周して、僕は、五年三組の椅子が並べられている所に戻る。半分以上の席は空いていて、多くの生徒がまだ昼食から帰ってきていなかったが、太田はもう戻って来ていた。


「部長、早いな、ご飯はしっかり食うたんか」


「食べたで。太田こそ早いやん」


「ああ、騎馬戦のことを考えたら、落ち着かなくて。絶対勝とうな」


「ああ、勝つ」


 僕は太田を見て返事をした。なんか、太田の真剣さに触れて、僕も武者震いがしてきた。三組の生徒が一人また一人と戻ってきた。みんな口々に最後の騎馬戦のことを話している。興奮は伝染していくみたいで、三組の熱量が上昇しているのを感じた。校舎の方を見ると、三階から吊り下げられている運動会の各組の点数表が、先生により変更の作業が始まっていた。僕たちの学校は、各学年が五組づつあるので、クラス対抗になっている。一組から順番に点数が発表される。最新の点数表が吊り下げられると、一組の方から大きなどよめきが起きる。二組も同じように、関心を持って見つめている。僕たちの三組の点数が吊り下げられた。現在、一位だ。


「ヤッター!」


 僕たちは空気が震えるほどに歓声をあげて喜んだ。しかし、四組の点数が発表されると、今度は四組が一位になった。隣の四組が大歓声で手を上げて喜んでいる。そんな四組を横目に見ながら、僕たち三組は、


「アー」


と、今度はテンションの低い声を漏らした。五組までの発表が終わり、三組は現時点で二位が確定した。そんな中、太田が立ち上がり僕たちに檄を入れる。


「まだまだや、俺たちの騎馬戦で、三組は優勝するんや」


「そうだ!」


 クラスの男子の一人が、太田の叫びに呼応して拳を振り上げると、「そうや」と皆が口々に叫び始めた。太田は凄い奴だ。太田の叫びで、クラスの皆はまた団結の気持ちが強くなってきている。一時になると昼食時間が終わり応援合戦が始まった。六年生の代表が運動場に立ち、一年生から六年生まで全員が一緒になって応援を行う。一組から順番に行い、三組の出番になった。


「フレー、フレー、さ・ん・く・み」


「フレ、フレ、三組。フレ、フレ、三組」


 僕は声の限りに大声をあげて、自分の中の闘争心を駆り立てていく。絶対に勝つ。勝つんだ。応援合戦が終わると、先生の指示で、僕たちは入場門に移動することになった。椅子から立ち上がり歩き出すと、小川が僕の肩に手をかける。


「いよいよやな」


「ああ、絶対に負けられへん」


 歩きながら見上げると、雲一つない綺麗な青空だった。昨日より気温が下がったとはいえ、まだまだ暑い。下を向くと、運動場はカラカラに乾いていて、僕の運動靴は砂で白くなっていた。入場門に向かって、一歩一歩足を運ぶ。太田は、この騎馬戦に向けて、矢沢先生に復讐や、と叫んでいた。本荘先生を一番にさせるんや、と叫んでいた。僕にとって、直接には矢沢先生に恨みはないのだけれど、矢沢先生を中心とする四組は、やっつけなければならない敵のような気がしてきた。


「次のプログラムは、五年生による騎馬戦です。生徒の入場が始まります。盛大な拍手でもって迎えてください」


 観覧席から、本部席から、全校生徒から、うねりのような拍手が鳴り響く。僕たちは戦場に赴く兵士のように、真剣な面持ちで入場して、グランドを囲むようにして整列する。


「騎馬を組んでください」


 スピーカーから、先生の指示が出る。僕たちは四人一組で騎馬を組み始める。


「作戦どおり行くからな!」


 太田が、三組の皆に声をかける。そうしておいて、太田は僕たちの騎馬にだけ別指令をする。


「俺たちは、隣の四組を出来るだけ潰す。部長、相手を殴ってでもいいから、帽子を取りにいけよ」


 太田は僕に、かなり物騒な指示をする。興奮している僕は、太田の支持に、素直に、


「分かった」


と、返事をする。馬の先頭に立つ太田の肩を掴むと、僕たちは先生のスタートの合図を待つ。緊張した時間だった。口の中が乾いてくる。


「パン」


 スターターピストルの、乾いた音が運動場を貫いた。


「まずは、あの馬や」


 太田が叫ぶと、太田を先頭にした僕達の騎馬が、猛然と四組のその馬に襲いかかる。太田は、最初の馬を見つけると、自分の体ごとぶつかって行く。その衝撃で、僕の体が前後にブレたが、僕は必死になって相手の帽子を取りにいこうと手を伸ばす。相手も僕の帽子を取ろうと手を伸ばした。しかし、その手は僕の腕を掴んだまま、ズルズルと落ちていった。その馬は、僕に帽子を取られる前に、大田によって先に崩されてしまったのだ。四組の太田と、正面からぶつかった男の子は、泣きそうな顔をして、足を押さえているのが見えた。


「つぎは、アイツや」


 太田は狂ったように、声を張り上げる。そんな太田を、四組の木村忠道が見つける。太田とは因縁の仲だ。


「太田を潰せ」 


 木村は、四組に切り込んできた太田を見逃さなかった。木村は、太田が狙った馬と並ぶようにして、僕たちに向かってきた。太田は、全然逃げない。


「部長、気張れよ」


 太田は、声を張り上げて、僕に檄を送る。二対一、劣勢だ。先に目標とした馬に接触すると、太田は同じように体をぶつける。しかし、今度は相手の馬は倒れない。相手の騎手の手が僕の帽子を取ろうとする。僕はその手を叩き、帽子を取らせない。両手で互いの動きをけん制し合う中、遅れて木村の馬が到着する。木村も、その体を太田にぶつけてきた。太田は、ぶつかってきた木村の顔にワザと頭突きをかます。木村は、堪らず体をのけ反らせる。三頭の馬がもみくちゃになる中、僕は隙を見つけて、相手の帽子を一つ掴み取ることが出来た。ピンチを乗り越え、木村の馬と一対一の勝負に持ち込めた時、更なる伏兵が僕の背後から迫ってきた。僕は、両手で帽子を押さえ取られないように防御をする。すると、木村の馬に乗っていた騎手が僕の腕を掴み、引っ張った。バランスを崩した僕は、馬から滑り落ち、そのまま、肩を下にして落馬する。


「イタ!」


 地面に落ちた僕の左前腕を、今度は、木村の足が踏みつける。


「グニュリ」


 僕の左腕から激痛が走る。僕は右手で左手の手首の上あたりを掴んで、体を丸くする。太田が叫ぶ。


「大丈夫か!」


 僕は返事が出来ない。皆の足が僕の周りでバタバタと交差するせいで、砂埃が舞い、目や口に砂が入る。太田は、そんな僕を見て、怒りが沸騰したのか、木村を睨みつけると、右手を振りかぶった。木村はまだ、騎馬を組んでいたので、手出しができない。太田の拳が、木村の顔にめり込む。木村は騎馬を組んでいた両手を放し、堪らず自分の顔を両手で覆う。小川がそんな太田を背後から押さえつけて、暴走を止める。高橋は、体を丸めている僕の体を引っ張り出して現場から遠ざける。一連の出来事が、瞬く間に起こり、観戦していた先生方が驚いて一斉に立ち上がる。最初に走り出したのは、矢沢先生だった。


「コラッ、何しているんや」


 血相を変えて駆け寄ってきた先生は、太田と木村にもう喧嘩をする意思がないことを確認すると、蹲っている僕の左腕を観察する。


「折れているかもしれん。小林、歩けるか」


 僕は、砂のせいで目を開けることが出来ない。固く目を瞑って涙を流していると、矢沢先生は僕を抱き上げて、本部テントに歩き始める。先生に抱えられながら、スターターピストルの乾いた音が聞こえた。騎馬戦は終了したみたいだ。僕たちの三組は、勝てたんだろうか。結果を知らされることなく、戦線を離脱した僕は、程なくして救急車に乗せられて、病院に行くことになった。母親も救急車に乗り込んできた。とても心配そうにしている。左腕はジンジンと痛みを感じているが、それよりも、興奮に包まれていた運動会から一人離れなければいけないことに、後ろ髪を引かれた。みんなはどうしているだろう。優勝は出来たのだろうか。そんなことが気になりながら、僕は救急車の中で揺られ続けた。

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