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本読みクラブ  ー怪人二十面相が好きだった僕らの時代ー  作者: だるっぱ
ファイル3ー本荘先生
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ララバイ

 僕たちは林間学校での興奮がまだ冷めていないのに、学校では秋の運動会に向けて、先生たちは忙しそうに動き始めた。週が変わり十五日の火曜日は、給食を食べた後、午後から五年生全員が校庭に集められた。朝礼台の前に、クラスごとに整列が完了すると、矢沢先生が朝礼台に上ってきた。台の上にあるマイクを手に持つと、僕たちに向かってしゃべり始めた。


「四組担任の矢沢です。今度、十月の四日に運動会があります。五年生は、競技種目として騎馬戦を行います。騎馬戦は、四人一組で馬を作り、相手の帽子を取る競技です。帽子を取られたら、その馬は負けになります。馬の組み合わせについてはホームルームで、担任の先生のもと決めてください。運動会の前に、一度、全体で予行練習を行う予定にしています。今日は行いません。次に、団体表現について、本荘先生より話があります」


 矢沢先生が朝礼台から下りると、入れ替わりに本荘先生が上ってきた。


「三組担任の本荘です。私からは団体表現について、説明をいたします。団体表現は、五年生全員で音楽に合わせて、踊っていただきます。今日は、基本的な流れを皆さんに知ってもらいます。細かい振り付けについては、各クラスの体育の授業で行います。運動会までに、しっかりと覚えてくださいね。使用する音楽は、皆さんがよく知っている音楽です。いま流行りのイモ金トリオのハイスクール・ララバイの曲に合わせて踊ってもらいます」


 曲名が発表されると、五年生の皆がどよめきはじめた。僕の前では小川が太田に話しかけている。


「良い子、悪い子、普通の子やん」


 太田が、小川に振り向く。


「知ってるか。この曲、俺たちが林間学校に行っている日、ザ・ベストテンでとうとう一位なってんで。兄貴が言ってた」


「えっ、聖子ちゃんは?」


「二位」


「そうかー、見たかったなー」


 本荘先生が、騒ぎ出した生徒に向かって、注意をする。


「静かにしてください!まだ、先生は話しています。話はやめてください」


 本荘先生は、生徒を見回すと一呼吸おいて、話を再開した。


「今日は、今から団体表現の練習をします。練習が出来るように間隔を広げますので、先生の指示に従ってください。では、前列、両手間隔に、開け」


 前列の生徒が、両手を横に伸ばして、横に横に広がっていく。十分に間隔が広がったことを確認した本荘先生は、マイクに口を近づける。


「前列に合わせて、全たーい、開け」


 今度は、前列に合わせて、全員が距離を取って広がっていく。それに合わせるように、担任の先生も自分の受け持ちクラスに合わせて広がっていく。


「全員、三角座りで座ってください」


 広がった僕たちは、その場所で膝を抱えて座った。


「では、先生方が今回の踊りの前半部分について、見本を見せますので、注目してください。」


 各クラスの担任が、前列に並ぶ。スピーカーから、テクノ調のテンポの良い音楽が流れはじめる。歌詞は、学園内のとびっきりの美少女に恋をする少年の心のうちを歌いあげたものだが、コミカルでとっても面白い。矢沢先生がその曲に合わせて、必死に踊っている様子も、かなりコミカルだ。本荘先生も同じように朝礼台の上で両手を振り回して踊っている。そんな中、太田が後ろを向いて、また小川に話しかける。


「兄貴から聞いてんけど、この曲を作ったんYMOやねんで」


「うそー、ホンマか?」


 物知りな小川がビックリしている。


「いや、まー、YMOの細野晴臣って人やねんけど。似たようなもんやろ。兄貴が音楽が好きやから、色々と教えてくれるねん」


「でも、なんかそう聞いたら、テクノポリスに似ているような気がするな」


 二人の会話を聞きながら、僕は、YMOのテクノポリスを思い出す。コンピューターの音に囲まれて「ト、キ、オ」と呟かれるのが印象的で、近未来的な金属に囲まれた東京の街並みがイメージできる音楽だ。似てるかどうかは分からないが、コンピューターの音が作り出す、テンポの良い感じは、YMOぽいな、と思った。そんなことを考えていると、テンポよく流されていたハイスクール・ララバイの音楽が急に止められた。先生はそれに合わせて、踊りをやめた。前半が終わったのだ。すると、隣のクラスの矢沢先生が、声を上げて太田と小川を睨んだ。


「こらー、そこ」


 矢沢先生は、二人に向かって肩を怒らしながら歩き出した。太田と小川はそんな先生の顔を驚きながら見つめている。


「立て、お前たち」


 太田と小川は、皆が見つめる中、校庭の真ん中で立たされた。


「先生たちが踊っているときに、何を、ペチャクチャと喋っているんや」


 そう言って、矢沢先生は、二人の頭をポンポンと叩いた。それは、それほど強く叩いたようには見えなかったが、太田は矢沢先生を見て、


「痛いな」


と、口答えをして先生を睨んだ。その瞬間、皆が見守る中、矢沢先生は、咄嗟に、右手を振り上げると、太田の頬をめがけて平手打ちをした。


 パン。


 太田は、声こそあげなかったものの矢沢先生を睨みながら、拳を握りしめて、ジワジワと涙を浮かべはじめた。その様子を朝礼台の上から見ていた本荘先生は、ジッとしていることが出来なくて、台から下りると、すばやく駆け寄ってきた。


「矢沢先生、すみません」


 駆け寄ってきた本荘先生は、太田と矢沢先生の間に入ると、矢沢先生に頭を下げて謝った。咄嗟に手が出てしまった矢沢先生は、引くに引けない状態に追い込まれ、太田を睨んだまま立ち尽くしていたが、これ幸いに本荘先生に視線を向けた。そして、自分の行為を正当化するように、


「生徒をしっかりと指導してください。頼みますよ」


と言って、元いた自分の立ち位置に戻っていった。太田はそんな矢沢先生を睨みつけたまま、目で追った。本荘先生は、そんな太田の肩に手をかけて、自分に向かせる。


「太田君、まだ、練習できそう」


 太田は、気持ちの切り替えが上手くできていないようだったが、自分に優しい言葉を投げかける本荘先生に顔を向けると、


「出来る」


と言って、口を尖がらせた。そして、右手の袖で涙を拭った。本荘先生は、そんな太田を見てニッコリと笑うと、その頭を優しく撫でた。


「太田君は、強いね」


 太田は、本荘先生のその言葉に、尖らせた口を、パカッと開いた。本荘先生は、練習を指揮しないといけないので、足早に朝礼台に戻っていく。太田はその姿を、ジッと見送っていた。その後、特にトラブルもなく、練習は続けられた。ただ、スピーカーから流れるハイスクール・ララバイの音楽が、はじめは僕たちのテンションを上げたのに、練習が終わるころには、ちょっと耳障りに聞こえた。

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