飯盒すいさん
「いいですか、くれぐれも事故がないように気を付けてください。包丁を使う方は、手を切らないように。火を使う方は、火傷をしないように。各班、皆で協力して、飯盒すいさんに取り掛かってください。よろしいですか」
本荘先生が、バーベキューサイトの広場に集められた生徒たちに、調理に向けての注意事項を話している。今日は、移動ばっかりだったので、やっと、待ちに待った飯盒すいさんが始まる。楽しみだ。
朝九時に学校に集合した僕たちは、バスを利用して高槻市にある摂津峡にやって来た。景勝地だそうで、山の谷間に大きな岩がゴロゴロとしていて、なかなか眺めの良い渓谷だった。その上にある桜広場で、お弁当を食べた僕たちは、その後、山の上にあるキャンプ場まで歩いた。いや、ほとんど登った。いつまで続くのか分からない階段を、延々と登っていくのだ。林間学校って、楽しいイベントじゃなかったのか。誰もが、口々に「しんどい、しんどい」と文句を言いながら登ってい行った先に、やっと、目的のキャンプ場が現れた。
五年生全員がキャンプ場に到着すると、森の中の広場に集められた。三組の担任教師である本荘先生が、僕たちを並べて点呼を取り始める。一組から五組まですべての点呼が終了すると、教頭の後藤先生が挨拶を始めた。晴天に恵まれたとか、君たちの成長とか、単語の端々は聞こえてくるが、僕の頭には教頭先生の話が入ってこない。階段を上り続けて息が上がっていることと、これからのキャンプの期待で胸がいっぱいで「早く挨拶を終わらしてよ」というのが正直な気持ちだった。その時に、ウグイスが鳴く声が聞こえた。
ホーホケキョ。
その軽やかなその鳴き声が、森の中に消えていく。僕は、周りを見回してみた。四十年五十年と時間をかけて育ってきた大きな緑色の木々が、僕たちを覆うようにして林立している。僕は、林間学校に来たんだなという実感が込み上げてきた。
全体集会が終わると、今度は自分たちの荷物をテントまで運ぶことになる。山の上にあるこのキャンプ場は、森の中の木々に隠れるようにして、テントが、ポツンポツンと点在していた。それぞれのテントには踏みしめられた山道が繋がっており、その山道を歩くだけでも、僕たちの冒険心は刺激される。林間学校に関する冊子を開いて、僕は自分のテントの番号を確認する。十九番と書いてある。
「十六番、十七番、十八番」
一つ一つ、テントを確認しながら山道を登っていくと、背の高い木々に隠れるようにして張られている十九番のテントを見つけた。かなり大きなテントで、中で立ってみても天井に頭が当たらない。このテントには僕たち三班の男子と四班の男子が一緒に入る。
三班男子
太田 秀樹
小林 博幸
二宮 誠
四班男子
小川 武
武田 慎吾
橋口 稔
「はー、疲れた」
テントに入るなり小川がゴロンと寝ころんだ。
「邪魔、邪魔」
次に入ってきた二宮が、そんな小川の足を蹴飛ばして隅っこに自分の荷物を置く。続くように、班の皆がテントに入ろうとしたが、こんなに大きなテントでも六人も入ると一杯だった。
「六人で寝たら、ギュウーギュウーやな」
太田が、最後に入ってきて、そう言った。僕は、この後の動きが気になったので、皆に向かって口を開く。
「次は、飯盒すいさんやんな」
二宮が返答してくれる。
「そうやで、荷物を置いたら、バーベキューサイトに集合や」
荷物を置いてテントを出ると、僕たちは六人ひとまとまりになって、山道をゾロゾロと歩き、バーベキューサイトに向かった。サイトでは、もう生徒が集まり始めていた。飯盒すいさんは男女合同で班ごとに行われる。僕は、もう一度僕の班を確認する。
三班
太田 秀樹
小林 博幸
二宮 誠
加藤 裕子
坂口 直美
米倉 由美
調理するメニューはカレーだが、それぞれ分担して調理を行わなければいけない。火を起こす事と飯盒でご飯を炊くのは、太田、二宮、僕の男子が責任を持って担当する。カレーの具材を切ったり調理するのは、加藤、坂口、米倉の女子が責任を持って担当する。ホームルームで、僕たちが話し合って決めたことだ。
「三組の皆さんは、こちらに集合してください」
本荘先生が、三組の生徒に呼びかける。向こうでは、四組の生徒を矢沢先生が集めていた。バーべキューサイトは三か所に分かれていて、このサイトでは、三組と四組が一緒になって使用する。僕たちは、本荘先生の周りに集まる。早く始めたくて、落ち着かない。そんな僕たちに、本荘先生が注意事項を述べ始める。
「各班、皆で協力して、飯盒すいさんに取り掛かってください。よろしいですか」
「はい」
僕たちは、元気よく返事をする。いよいよ、飯盒すいさんが始まった。
「薪を燃やそうぜ」
窯場に移動すると、太田が割り当てられた窯の前に立ち、針金でまとめられている薪の固まりを解いた。太田が「俺にやらせてくれ」というので、僕と二宮は太田の様子を見る。太田は、教えられた通りに、窯の中で薪をくべていく。僕は、太田が右手を差し出すと、その手に薪を渡したりする。一番下に新聞紙を丸めたものを入れて、その上に薪を重ねる。太田は、マッチ箱からマッチ棒を一本抜きとると、箱の横の茶色いところに擦り付ける。マッチ棒の先に火が点った。太田は、慎重にその火を、丸めた新聞紙に移す。新聞紙は勢いよく燃え始めた。
「おお、火が着いたな」
ちょっと、感動。新聞紙がメラメラと燃えだして細い炎の柱が立ち上がった。僕と太田と二宮は、ワクワクしながら、その火を見つめていたが、勢いがあったのは初めだけで、暫くすると新聞紙が燃え尽きてしまった。
「火、消えたんかな」
僕は、呟いた。どう見ても、薪が燃えているようには見えない。
「なんでや」
太田は、火が消えたことに納得がいかない。二宮がそんな太田を見て言う。
「交代、今度は俺がやってみる」
二宮は、先生から予備の新聞紙を貰ってくると、同じように薪をくべていく。
「たぶんな、初めからデカい薪を入れたんが失敗やねん」
太田の失敗から、その原因を考えた二宮は、同じように薪をくべているようにみえるが、薪の太さを選別していた。暫くすると、煙が立ち始め、薪が燃えだした。
「おー」
薪が燃えたので、次は、飯盒の準備だが、太田は少し機嫌が悪い。そんな、太田を見て、子供じゃないんだからと、子供の僕が思う。僕たちは、今度は水場に向かう。
水場では、女子グループが楽しそうに、ジャガイモやニンジンの皮を剥いていた。その隣で、僕たちは飯盒の用意を始める。
「うまく火は着いたの」
米倉由美が、僕たちに問いかける。
「ああ、何とか。すぐには燃えなかったけど」
僕がそう返事をすると、今度は小さな声で囁く。
「どうしたの太田君、ムスッとしているけれど」
僕も小さな声で言う。
「火を付けたんが自分じゃないから、機嫌が悪い」
すると、太田が飯盒の米を研ぎながら、
「部長」
と、険しい一声を僕に浴びせる。僕は、背筋が伸びる。
「ところでさ、最近、小林君って、部長って呼ばれているね」
米倉が不思議そうに、僕に質問をする。今度は、僕の横で二宮が、そのことについて口を挟む。
「あれやろ、小林達、本読みクラブを作ったんや。小林は、その部長やねんな」
「そうやねん。本当は、部長って呼ばれると、恥ずかしいねんけどな」
僕は、眉をひそめて米倉に恥ずかしそうな顔を見せる。そんな僕に、二宮は更に言葉を続ける。
「本を読むのは好きにしたらええけど、学校のクラブでもないのに、クラブって名乗るのは、何か変とちゃうか」
「えっ、そうかな」
二宮の意見に、僕はそんな考え方もするんだと、素直に驚いた。
「まあ、いいんじゃない。悪さをするわけでもないんだし」
米倉が優しくフォローをしてくれた。その時、横で、太田が大きな声を上げた。
「なんや、コラ」
僕たちはビックリして、声の方を振り向くと、太田と四組の木村忠道が睨み合っていた。研いだお米を入れた飯盒を窯場に持っていこうと太田が振り向いたとき、木村とぶつかってしまったようだ。三組に太田秀樹がいるように、四組には木村忠道がいる。二人ともガキ大将だ。どちらも譲れないプライドがある。睨み合ったまま二人は動かない。僕たちは固唾を飲んで、二人を見守る。その時、一触即発の危機を止めたのは、四組の担任教師である矢沢先生だ。
「はい、はい、二人とも離れて。こんなところで喧嘩なんかしたら、楽しい林間学校が台無しじゃないか」
矢沢先生は三十代の男性教師だ。いつ見ても元気一杯な先生なんだが、それがちょっと熱すぎるきらいがある。でも、面倒見がよいので生徒からの人気は上々だ。そんな矢沢先生の仲裁に、太田と木村は、渋々その場は矛を収める。分かれて自分たちの作業に戻ることになった。僕は、そんな太田の所に駆け寄ると、肩を抱いて太田を窯場の方に連れて行った。
「木村の奴」
窯の前で火の面倒を見ながら、太田はブツブツと悔しさを吐き出している。その横で、僕は、窯の網の上に飯盒を載せて火にかける。暫くすると、カレーの準備が出来た鍋を持って女子グループがやって来た。僕はその鍋を受け取ると、飯盒の隣にその鍋も載せる。窯の周りに班の皆が集まり、とても賑やかになった。
「カレーの仕込みは、うまく行ったんか」
火を見つめている太田が、米倉に向かって呟いた。
「食べた後で、もう一度、同じことを言って見なさいよ」
米倉は腕を組んで悪戯っぽく、太田に言う。米倉は、太田に対しては、いつも強気だ。太田は、そんな米倉の顔を見て、フッと笑う。
「腹が減ったら、なんでも旨いしな」
米倉が、その一言に「この太田」と言って、頭を叩く。太田は、ニヤニヤとしてされるままになっていた。傍で、その様子を見ていた僕は、米倉と太田は、仲が良いんだと、再発見した。そんな僕に、加藤裕子が呟く。
「ご近所だからね、二人」
僕たちは、いま出来る段取りが終わったので、窯の火を見つめる。窯の中では、炎がメラメラと燃えている。幾本もの火の柱が、薪から伸びては消えて、揺らめいている。それは、まるで妖精のダンスのようで、炎の舞を煽るように、パチパチと薪がはぜる音がリズムを刻んでいく。僕たちは、口数が少なくなってきた。見つめていると、心の中が段々と落ち着いていくのだ。横を見ると、太田も目を細くして、炎を見つめていた。
暫くすると、飯盒の蓋から白い泡が噴き出し始めた。ご飯が炊けてきた合図だ。カレーの鍋もグツグツと沸き始めた。僕たちは、途端に忙しくなる。カレー皿を用意して、人数分のスプーンを用意して、食べる準備を進めていく。飯盒から、炊けたご飯をカレー皿によそう。お米の焦げた匂いが、プーンと立ち上る。その上から、出来たばかりの熱々のカレーをかける。カレーの匂いで、口の中は唾液で一杯だ。盛り付けられたカレー皿を持って、僕たちは、用意されたテーブルの上に、そのカレーを並べて、そのテーブルを皆で囲む。米倉が三班の指揮をとる。
「手を合わしましょう」
僕たちは手を合わせる。
「いただきます」
僕はスプーンで、カレーを掬う。口を開けて、食べる。美味しい。とっても美味しい。このカレー、僕たちが作ったんだ。何だか、不思議な気持ちで、お皿に盛られたカレーを見つめる。そんな、僕たちの班に、本荘先生がやって来た。
「美味しそうなカレーが出来ましたね」
僕たちは、本荘先生の方を見る。
「メッチャ美味いで、このカレー」
太田が、先生に報告する。
「美味しくできたのか、心配そうにしていたんは、誰なん」
そんな太田に、米倉は嫌みったらしくツッコミを入れる。僕たちは、二人のやり取りにクスクスと笑う。そんな、僕たちの様子を微笑ましく見ていた先生が、僕たちにお願いをする。
「先生のカレーが、ないんだけど、三班のカレーをいただこうかな」
その言葉を聞いた太田が、立ち上がる。
「俺、先生の分、取ってくるわ」
太田の素早い反応に、また僕たちはクスクスと笑う。太田が席を離れたのを見て、先生が米倉に尋ねる。
「太田君、四組の木村君とひと悶着があったって聞いていたけれど、元気そうね」
「ええ、もう大丈夫ですよ。あいつ、馬鹿ですから」
本荘先生は、米倉の言葉に、安心したように笑顔を見せる。今度は、僕たちに視線を向ける。
「みんなは、林間学校、楽しんでくれているかな」
先生は、僕たち一人一人の様子をじっくりと見ている。皆の飯盒すいさんでの感想を聞きながら、丁寧に受け答えをして、三組の生徒が楽しんで帰れるように一生懸命に接している。そんな、姿に、僕たちは何とも言えない安心感を感じる。太田が、先生の分のカレー皿を持って帰ってきた。
「はい、先生の分」
先生のカレーは、かなり大盛だった。太田なりの思いの表われなんだろうが、ちょっと多くないかな。そんな、僕の気持ちを他所に、先生は嬉しそうに太田から、カレー皿を受け取る。
「美味しそうなカレーね」
そう言って、スプーンで掬うと、口に運んだ。
「美味しいーーー!」
先生にしては珍しく、感嘆の声を上げる。二口目を掬い、口に運ぶ。
「本当に、美味しいカレーね。実はね、先生、朝から何も食べてないの。今日の林間学校の引率で、ちょっと緊張していて」
珍しく先生が、弱気な一面を僕たちに見せる。なんだか、その一言に、僕は、もっと先生を好きになった。先生は、大盛りのカレーを食べきると、太田の方を向いた。
「太田君」
太田は、先生に声を掛けられたので、姿勢を正す。
「四組の矢沢先生から聞いています。駄目よ、喧嘩は」
太田は、玩具の兵隊のように、右手を頭の横にかざすと、
「了解であります」
と、言って、ニヤッと笑った。
登場人物
後藤 孝臣 小学校教頭、真面目、ちょっと嫌味なところがある
五年三組
本荘 久美子 三組の担任教師、熱心で真っすぐで、皆から人気がある
小林 博幸 主人公、語り部、怪人二十面相の本が大好き、ちょっと人見知り
太田 秀樹 大柄な小学生、喧嘩に強い、いつも威張っているが、ヘタレな一面も
小川 武 面白いこと大好き、冷静な状況判断が出来る、太田と仲が良い
伊藤 学 大人しい、太田に逆らうことができない、工作が大好き
二宮 誠 学級委員長、正義感が強く、生真面目、ただ大雑把なところがある
高橋 哲也 勉強ができる、坂口が縁で本読みクラブに入る
加藤 裕子 クラスのヒロイン的存在、人懐っこくて、明るい
坂口 直美 しっかり者だが社交的ではない、かなり天然で、斜め上の発言が面白い
米倉 由美 学級委員長、几帳面、優等生
五年四組
矢沢 茂 四組の担任教師、元気一杯で熱い、面倒見がよい
木村 忠道 四組のガキ大将、太田とはそりが合わない




