おとめ座
♪キーンコーンカーンコーン
一時間目の授業が終わると、高橋哲也が僕の所にやって来た。ニコニコとしながら、手に持っていた本を僕に差し出す。
「部長、ありがとう。面白かったよ。一気に読んじゃった」
最近、僕のあだ名が部長になってしまったようだ。なんだか慣れない。僕は、高橋からその本を受け取る。僕が貸してあげた怪人二十面相の本だ。
「もう、読んだんだ。早いな」
高橋は、そのまま僕の横の空いている椅子に座ると、今度は、僕にスーパーカー消しゴムを差し出す。
「これは、本を貸してくれたお礼」
僕は高橋からスーパーカーの消しゴムを貰う。黄色いカウンタック。これは、かなりの人気車種だ。
「ありがとう。いいのこれ」
僕はその消しゴムをマジマジと見つめる。かなり嬉しい。
「いいよ、カウンタックはまだ持っているから」
「ちょっと使ってみたい。遊ぼうか」
僕はそう言うと、机の上に怪人二十面相の本と筆箱を置いて簡単なコース場を作る。僕は筆箱からは、黒いBOXYのボールペンを取りだす。
「BOXY、定番やな」
そう言って、高橋もBOXYのボールペンを取り出す。スタート地点にそれぞれ車を置いて、じゃんけんをする。僕の先行だ。僕は、黄色いカウンタックのお尻にボールペンを付けると、息を止めてノックした。
カチッ!
黄色いカウンタックは、滑るように真っすぐ走ると、コーナーの手前の丁度良いところに止まってくれた。
「良し」
僕は、小さくガッツポーズをする。高橋はそんな僕を見て、不敵に笑う。高橋の車種は、赤いロータス・ヨーロッパ。ボールペンをセットすると高橋はノックした。ロータス・ヨーロッパが走る、走る、走る。えっ、走りすぎじゃない。ロータス・ヨーロッパは勢いよく僕のカウンタックにぶつかると、弾き飛ばしてしまった。カウンタックは机の下に落ちてしまう。僕は、そのカウンタックを拾い上げると、また、スタート地点に置きなおす。僕は、高橋を見る。
「それ、改造BOXYか」
「そう、改造。バネが二本入っている」
高橋は得意そうに僕を見る。カウンタックを僕にくれたとはいえ、何か悔しい。そんなことを思っていると、僕たちの所に、小川がやって来た。
「スーパーカー消しゴムか」
小川は、そう言うと、更に何か言いたそうなそぶりを見せる。
「どうしたん、小川」
僕は、小川の目的が分からないので、素直に聞いてみる。
「古いな、今の流行りはこれやで」
そう言って小川は、握りこぶしを僕たちの前に差し出した。僕と高橋は、その手を見つめる。小川はニヤニヤとしながら、その握りこぶしを、パッと開く。すると中からキン肉マンの消しゴムが現れた。
「あっ、キン肉マン」
小川は、キン肉マンだけでなく、ポケットからラーメンマンとテリーマンの消しゴムも取り出して、僕の机の上に並べた。
「昨日、ガチャガチャで当ててん」
僕は得意げな小川を見る。何なんだか悔しい。僕は羨ましい気持ちを押さえて、ボールペンをカウンタックに添えると、そのキン肉マンに向かって、カウンタックをぶつけてやった。キン肉マンは、テリーマンを巻き込んで、机の上でひっくり返る。
「弱いな、キン肉マン」
僕がそう言うと、小川は、ムキになって、キン肉マンをカウンタックに被せるように置いて、カウントを取り始めた。
「ワン、ツー、スリー。カンカンカン。キン肉マンの勝利ー」
小川は、両手をあげて勝利に酔いしれる。そんな感じで、小川とじゃれ合っていると、高橋が思い出したように口を開いた。
「なあ、部長」
また、部長。なんだか慣れない。
「なに?」
「坂口に、その怪人二十面相を貸してやって欲しいねんけど」
「ああ、そうやな」
そう言えば、坂口も読みたいって言ってたな。高橋は立ち上がると教室の隅にいる坂口に呼びかける。
「坂口」
坂口直美は、僕たちの方に振り向くと、加藤裕子と一緒にやって来た。加藤は、僕の机の上を見ると、馬鹿にしたような顔をする。
「ホントに子供ね、まだこんな遊びをしているの」
僕は、きつい加藤の言葉に何も言えない。両手をあげて、勝利のダンスをしていた小川も、加藤の言葉に両手を下ろす。坂口は、そんな僕たちのやり取りを他所に、高橋に顔を向ける。
「何、高橋君」
「部長が、貸してくれるって」
僕は、思い出したように、机の上にある怪人二十面相の本を手に取ると、坂口に差し出した。
「はい、これ」
「ありがとう。読んでみる。推理系の本を読むのって初めてなの。ちょっと貴子さんに憧れていて」
「貴子お姉さんを知っているの」
僕は不思議に思い、坂口に問いかける。
「ううん、話したことはないよ。知っているのは部長や太田君から聞く貴子さんだけ。ただ、伊藤君のカメラ屋で私たちの絵と一緒に隣同士で展示しているでしょう。立ち寄ると、ついつい、貴子さんの絵を見てしまうの。素敵だなーって」
そんな坂口の言葉を捉えて小川が、突っこむ。
「あっ、坂口の百合発言」
坂口は、ムッとして小川を睨む。
「そんなんじゃないよ、憧れ」
小川は、更に坂口直美をからかう。
「女が好きっていうことは、坂口はホンマは男ちゃう」
横にいた加藤が、そんな小川を呆れたような顔で見る。
「馬鹿小川、直美はね、本当に可愛い女の子なの。おとめ座よ、お・と・め・座」
そう言って、加藤は坂口に抱きついて、小川を睨む。僕は、加藤の発言に、気になったことを口にする。
「おとめ座っていうことは、もうすぐ誕生日なん?」
僕がそう言うと、坂口が僕を見る。
「そうよ、今月の13日」
小川が、残念そうにつぶやく。
「15日やったら、敬老直美って言えたのにな」
加藤は小川を睨むと、その背中をグーでパンチした。
♪キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴った。授業が始まるので、みんなは自分の席に戻っていく。僕は皆を見送りながら、坂口さんの誕生日について考えていた。みんなで本読みクラブを立ち上げたわけだし、クラブとして坂口さんに本をプレゼントしたら、どうだろう。そんなことを考えていると、段々と楽しくなってきた。今度、坂口さんがいないときにでも、皆に問いかけてみよう。そう、思った。




