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小林少年

「もう、ご飯は終わり?」


 晩ご飯の時、母親が不思議そうに問いかけるので僕は、「うーん」と生返事をした。今は僕に話しかけないで欲しいのに。今、小林少年が怪人二十面相のせいで地下室に閉じ込められてしまったんだ。それどころじゃないんだよ。ほっといて。僕は、落とし穴から落ちた小林少年が打ち付けた身体を痛そうにしているところで、なんだか僕も身体が痛くなったような気がして、体をモゾモゾと動かした。


「どうしたの、その本。なんだか夢中みたいだけど」


「貴子お姉さんからもらったの」


「貴子お姉さんって、誰のこと」


「隣の西村のお姉さん。話しかけないでよ、いいところなんだから」


「はい、はい」


 僕は家族とご飯を食べる居間から逃げ出すと、二階の子供部屋に上がっていった。その日の晩は、夢中になって怪人二十面相の本を読み続けた。本を読むことが、こんなにも面白いなんて、僕は全く知らなかった。




 次の日、眠い目を擦って何とか小学校に行ったが一時間目の国語はどうしても眠たくなってしまい、こっくりこっくりと居眠りをしてしまった。女の本荘先生は、そんな僕に近づいてきた。


「こ・ば・や・し君」


 僕は、体を揺すられ起こされた。クラスの皆はそんな僕を見て、クスクスと笑っている。寝ぼけていた僕は先生を見て「先生」と言うつもりだったのに、


「お母さん」


と、言ってしまった。クラスは大爆笑に包まれてしまい、僕は顔を赤くして俯いてしまった。


「お母さ〜ん」


 小川の奴が僕の真似をしてふざけている。クラスの皆はそんな小川を見て、また笑っている。太田の腰巾着のくせに、ほんとに調子がいいやつだ。クラスが静まらないので、本荘先生は「みんな静かに〜」と叫んでいる。朝から最悪だ。


 一時間目の授業が終わると、僕はカバンの中から怪人二十面相を取り出した。貴子お姉さんからもらった本。僕が活躍するお話。パラパラっとめくってみて、面白かった箇所をもう一度読んでみる。昨晩感じていた興奮がまたぶり返してきた。


「おい、お母さん、何、読んでんねん」


 嫌な奴がやって来た、太田だ。後には小川もついてきている。僕を見て「お母さ〜ん」と、またふざけている。


「怪人二十面相を読んでるんや」


「何やそれ」


「探偵小説やねん」


「おもろいんか」


 そう言って、太田は僕から怪人二十面相を取り上げる。


「なになに、その頃、東京中の町という町、家という家では、二人以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人二十面相のうわさを」


 太田はそこまで朗読すると、本を閉じてその本の背で僕の頭をコツンと叩いた。


「アッ、イテッ!」


「何が二十面相のうわさや、このクラスは小林のお母さんのうわさで持ちきりやないか。お前の方がよっぽど面白いわ」


♪キーンコーンカーンコーン


 チャイムがなったので、太田は僕にからむのをやめた。僕はホッとして、怪人二十面相の本を膝の上に置いて授業を受けた。それ以降、学校が終わるまで僕は本を触りながら怪人二十面相のことばかりを考えていて、授業中はずっと上の空だった。


 放課後になり、僕はランドセルを背負って学校の門を飛び出した。ところが、前の方に太田と小川が連だって歩いているのが見えたので歩みを止めた。又からまれるかもしれない。ゆっくりと歩いていると、ふざけて歩いている小川が僕のことを見つけた。


「おーい、小林、秘密基地に行こうぜ」


 秘密基地なのに、そんなに大声で言ったら秘密にならないじゃないかと、僕は心の中で小川に突っ込みを入れながら、仕方なく彼らに合流する。秘密基地はここからでは反対方向なので、また戻らないといけない。


「今から行くの」


 僕は少し面倒草がって質問をする。


「いや、帰ってからや。お前んちに迎えに行くわ」


 太田が答える。僕は、なんとなく気分が乗らないけれど承諾した。太田に言われると断わることができない。僕は、とぼとぼと家に帰り、子供部屋で怪人二十面相を読んで待つことにした。暫くすると、家の呼び鈴が鳴った。僕は、靴を履いて玄関を出た。表には自転車に乗った太田と小川が、僕が出てくるのを待っていた。


「やあ」


 僕は、そう言って右手を上げる。自転車を取り出そうとすると、そこにセーラー服を着た貴子お姉さんが学校から帰ってきた。お姉さんは僕を見ると、


「ひろ君、じゃなかった、小林少年」


と言って、挨拶をしてくれた。しかも、小林少年だなんて。本の中の主人公になった気分だ。僕は、貴子お姉さんの方に一歩踏み出すと、満面の笑顔で言った。


「貴子姉さん、僕、怪人二十面相、全部読んだよ」


 僕は、太田や小川がいることも忘れて、お姉さんだけを見て報告した。


「昨日の間に、もう読んだの。凄いね」


 そう言って、お姉さんは僕に微笑んでくれる。


「じゃね」


 小さく僕に手を振って家の中に入っていった。そんな貴子姉さんを、ニコニコとしながら見送っていた僕の背中を、太田が拳でドンと突いてきた。


「なんだよ」


「おい、小林。紹介しろ。貴子さんて言うのか」


「紹介って、向こうは中学生だよ」


「見りゃ分かるよ。怪人二十面相って、あの本か」


「ああ、そうだよ」


 僕がそう返事をすると、太田は僕に向かって右手を差し出した。僕はどういう意味なのか、よく分からない。


「なに?」


「貸せよ、その怪人二十面相。俺も読むから」


「太田が」


「俺も貴子様に報告するんだよ。読んだって」


「なんだよ、貴子様って」


「なんだっていいんだよ、俺にとっては貴子様なの。いいからもってこい」


 僕は仕方なく、怪人二十面相を太田に貸すことになった。

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