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いのち

 焼き肉を食べた後の帰り道、伊藤がお祭りでジョージが描いた二枚の絵について、父親が喜んでいる話をした。ジョージが描いた貴子お姉さんの絵と、加藤と坂口が見つめ合い手を握りあった百合の絵は、親父さんのお願いで、今もカメラ屋の店頭に飾ってある。なんでも、あの絵を鑑賞するお客さんが今も切れないのだという。通行人が店の前で立ち止まっては、親父さんに、その二枚の絵のことについて話しかけるのだそうだ。親父さんは、そのことに託けて商売の話も出来る。その関係にご満悦なのだ。


 面白いのが、そのことが原因で親父さんとおばさんが、今ケンカ中なんだそうだ。そんなお客さんの一人に大層美しいお姉さんがいたそうで、その二枚の絵をじっくりと見た後で、親父さんに描いた人について尋ねてきた。親父さんは、ジョージのことを何も知らないので、「二十面相だよ」と言って、その時の様子を面白可笑しく話をしてあげたそうだ。そしたら、そのお姉さんは、「その人に会ってみたい」と言うのだ。親父さんは安請け合いして、「合わせてやる」と言ったもんだから、息子の伊藤君にジョージのことについて、やたらと質問をする。親父さんの、そんな行為の理由を知ったおばさんは、「いい歳をして」とカンカンにに怒って親父さんを責める。そんな家庭の様子を、ため息交じりに、伊藤は僕たちに話してくれた。


 僕は笑いながらその話を聞いて、今更ながらに、ジョージが残していった影響の大きさに思いを馳せた。僕たちはもちろんのこと、貴子お姉さんも、加藤や坂口も、祭りに参加してジョージに関わった人は、みんなジョージに踊らされている。また、今回のように祭りに参加していなくても、ジョージの描いた絵を見ただけで彼は興味を持たれてしまうのだ。


 昨日の一件だってそうだ、ジョージが貴子お姉さんに迫っていく様子は、正直、怖かった。でも、僕は、そんなジョージを嫌いになることが出来ない。ジョージは、貴子お姉さんに、あんなにも酷いことを言ったのに、そんなジョージを認めている僕がいる。僕こそが、一番影響を受けているようだ。


 ジョージが、今度、貴子お姉さんを描く日は明日だ。このことは、ジョージから皆には伝えないで欲しいとお願いをされている。ジョージは、本当は貴子お姉さんと二人きりで絵画の作成に専念したかったみたいだが、貴子お姉さんは僕の参加を希望している。僕こそ、お姉さんがジョージと二人っきりだなんて、許さない。お姉さんを守れるのは、僕しかいないのだから。僕はジョージへの思いと、貴子お姉さんへの思いに、振り回されながら、次の日を迎えた。




「今日も出かけるの。夏休みの宿題はしたの」


 もうすぐ、夕方の四時になるので、表に出ようとすると、母親が僕を見て注意する。「こっちは、それどころではないのに」僕は心の中で反論をする。今は、貴子お姉さんの傍に、僕がいなくちゃいけないんだ。


 玄関のドアを開けると、乾いた熱風が僕の顔を撫でた。今日も暑い日だ。僕は表に出て、お姉さんを待つことにする。


「昨日の焼き肉は、みんな集まったの?」


 秘密基地に向かう道すがら、貴子お姉さんが、僕に質問をしてきた。


「うん。太田と小川と伊藤。いつもの、本読みクラブのみんなが集まったよ。あの裏庭で食べたんだけど、すっごく美味しくて」


「そうなんだ」


 お姉さんは、ニッコリと笑って相槌を打つ。


「ジョージは、私が来なかったこと、何か言ってなかった」


 僕は、ジョージのお姉さんに対する言葉を思い出す。


「今日は、ゆっくり休んだ方がいいだろうって」


「そう」


 貴子お姉さんはジョージとの関係に悩んでいる。自分の肖像画を描いてもらうことを承諾したものの、深入りしてしまいそうな自分に、自信が持てないのだ。お姉さんは、秘密基地までの道のりを、珍しく僕の手を繋いで歩いた。子供の僕でも分かる、お姉さんの細くて小さな手は、暗闇の中で必死に命綱を握るように、ギュッと握っていた。


 秘密基地に到着すると、ジョージは絵を描く準備をしていた。前回までは、クロッキー帳に鉛筆で描くだけだったのに、今日は見たこともない道具もある。


「やあ、よく来てくれたね」


 ジョージは貴子お姉さんを見ると、手を振って喜んでいる。


「貴子さんは、麦わら帽子がよく似合うね」


「ありがとう」


 そう言って、貴子お姉さんは帽子の鍔をもって、少しはにかむ。 


「ねえ、ジョージ。これはなに」


 角材を組み合わせたものが雑草の上に転がっていたので、僕は質問をした。


「これは、イーゼルって言ってね、この白いキャンバスを立てかける為の道具なんだよ」


 そう言うと、そのイーゼルをお姉さんが座る椅子の方向に向かって立てて、その上にキャンバスを載せた。貴子お姉さんも、興味津々でのぞき込む。


「今日は、このキャンバスに私を描くの」


「そうさ、この白いキャンパスにね、僕が命を吹き込んでいくんだよ」


「いのち」


「そう、命。僕が描きたいと思っているものさ」


 ジョージは、そういうと空を見上げた。そして、貴子お姉さんを見る。


「昔、ダビンチという人がいてね、有名なところではモナ・リザっていう作品を残している」


「モナ・リザ。それ、知ってる」


 楽しそうに貴子お姉さんが相槌を打つ。ジョージは元気そうなお姉さんを見てほほ笑む。


「有名だね。そのダビンチって人は後世に残る名画を残しているのに、厳密には画家とも言い切れない人でね、天文、建築、音楽、物理、様々な学問に精通していて、いろんな発明もしているんだ。それに、医学にも精通していてね」


 ジョージはそこまで言うと、悪戯っぽく貴子お姉さんを見る。


「人間のね、解剖もしていたんだよ」


 お姉さんが、顔を歪める。


「ごめんごめん、怖がらせてしまったね。僕の悪い癖だ」


 ジョージは、申し訳なさそうな顔で謝る。


「何が言いたいかっていうと、ダビンチが人体解剖をしていたのは、人間の体の構造を調べる為だったんだ。どのような筋肉の動きで笑顔が生まれるのか、そのことを調べるためだけに、医学にも精通していく。それって、凄くないかい」


 ジョージは、目をキラキラと輝かせながら、ダビンチの話をする。


「僕はね、人間が持つ心の動き、それに伴って生まれる人間の表情にすごく関心があるんだ。この間、美人画専門の絵師でございます。なんて言ってみたけれど、厳密にはね、」


 そこで口を止めて、ジョージは真剣な顔を見せる。


「人間の中に渦巻く見えない感情の激流から、美しいものを掬い取ってみたいんだ。その美しいものとは、命って置き換えてもいいと思う。その為だけに、この間は、君を傷つけるようなことを繰り返してしまった。ごめん」


 ジョージが、貴子お姉さんの目を見つめて、そう言う。お姉さんはコクリと頷く。


「さあ、始めようか」


 ジョージはお姉さんを椅子の方に導いて座らせると、絵筆で絵の具を溶き始める。


「ねえ、聞いてもいいかしら」


 貴子お姉さんは、ジョージに話しかける。


「いいよ」


「いつも、私のことばっかり覗かれていて、少し不公平だと思うの。ジョージのことも、私に教えて欲しい」


 ジョージは手を止めて、貴子お姉さんの方を見る。


「どんなことが知りたい」


 ジョージは、ニコニコと返事をする。お姉さんは質問の内容を何にしようかと考えて、空を見上げる。


「どうして、こんな廃墟で生活をしているの。この間、絵を描いて百万円も、貰ったって言っていたけれど」


「さてと、何から話をしようか」


 ジョージは、絵の具を溶く作業を止めて、目を瞑った。

この物語を読んでいただきありがとうございます。1月14日の更新では、27話は「明美」という題名で投稿いたしました。ところが、その日のうちに、削除してしまいました。読んでしまった方には、この場でお詫びを申し上げます。申し訳ありませんでした。


毎日の投稿を意識していますが、それでも、なるべく、一回書いたものを時間をおいて読み直し、推敲を行う。そのようにしてきました。昨日は、ノリにノッテ書いてしまい、即、投稿してしまいました。後から、読んでみると、あまりにも端折った内容になっており、慌てて、一旦の削除を行いました。今後は、もう少し、気を付けていきます。


今後も、よろしくお願いいたします。


だるっぱ

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