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似顔絵

 ジョージと貴子お姉さんの緊迫したやり取りを、緊張した面持ちで見ていると、小川の奴が僕を肘で突いた。僕が振り向くと、小川は目の前の少年が持っている一枚の絵を指さした。


「あれ、ジョージが描いたんだぜ」


 僕は、子供が持っている絵を凝視した。鉛筆でラフに書かれた絵だが目の前の少年とそっくりだ。そっくりだが、その絵の中の少年はひょっとこのように可笑しな顔をしている。よく見ると、周りを取り囲んでいる何人かの見物客の中にも、同じような似顔絵を持っている人がいる。そのどれもが、泣きわめいていたり、怒っていたりと、極端に表情を強調した似顔絵になっていた。この見物客たちは、この面白い似顔絵を見せられて笑っていたんだ。ということは、ジョージが盗むと言ったのは、似顔絵を描くことだったんだ。貴子お姉さんの推理は、大きくは外れてはいなかった。


 椅子に座って直ぐに、貴子お姉さんもそのことに気が付いたようで、見物客が持つ似顔絵を何枚か見定めると、視線をジョージに戻した。


「私を盗むっていうのは、私の似顔絵を描くっていうこと?」


 貴子お姉さんは、少し含みを持たせた笑みを向けると、ストレートパンチのようにジョージに質問をした。その言葉に、ジョージは両手で頭を抱え込むと、ワザとらしくよろめく仕草を見せる。やっとこさ踏ん張ると、悲壮な顔をして、貴子お姉さんの方を向いた。


「ああ、何ということだ、お姫様は、悪い魔法使いの力は信じるのに、泥棒の力は信じようとしなかった。君が信じるなら僕は、空を飛ぶ事だって、湖の水を飲みほす事だってできるというのに」


 ジョージは、頭を抱えていた手を、花が開くように広げると、さも苦しそうにセリフを吐き、広げた両手を今度は、誰かを抱きしめるように胸の前に合わせて、うつ向いてしまう。


 見ていた見物客の一人が、「ルパン三世だ」と言って、ジョージを指さした。今までジョージの狂言を見てきた見物客たちは、そんなジョージのおふざけは織り込み済みのようで、クスクスと笑っている。貴子お姉さんは、そうした場の空気に溶け込むことが出来ずに、流れに逆らおうと必死の抵抗を見せる。


「こんな茶番で、私を盗んだっていうのなら、全然納得が出来ないわよ」


 ジョージは、そんな貴子お姉さんを真っすぐに見ると、今度は背筋を伸ばし、ゆっくりと首を振る。


「この間、山口組の三代目組長の田岡が亡くなられました」


 見物客はもちろんのこと、貴子お姉さんも僕も、様子の変わったジョージの口から意外な名前が出てきたので、固唾を飲んで見守る。最近、テレビのスイッチを入れると、その話題で持ちきりだったので、知らない人はいない。


「彼の死因は何ですか。心不全ですか。それは本当なんですか」


 ジョージは、周りを見回してそう言う。そんなジョージの質問に誰も答えれることができない。見物客はそんなジョージの狂言にだんだんと飲まれていく。


「彼の周りには多くの女性がおりましたが、その中でも取り分け大事にしている一人の女性がおりました。今はその人の名を、貴子、と呼んでおきましょう」


 貴子お姉さんは、自分の名前が使われたので、ビックリしている。


「美しい女性でした。それはもう言葉では言い表せないほどの、美しい女性でした。田岡は、私に依頼をしました。僕に、貴子の、絵を、描いてくれと。その為に、即金でポンと、、、百万円を寄こしました」


 ここまで喋って、ジョージは周りの反応を確かめるように、ぐるりと見回す。


「私、怪人二十面相は、美人画専門の絵師でございます。美しい女性を描くことに、生きがいを感じておりますが、一つ、困った力がございまして」


 僕たちは、ジョージの次の言葉を待った。


「私が、私の命を削って絵を描き上げると、モデルのその方は、もう、私の虜になってしまうのです。田岡組長は、ひょっとすると、私に盗まれたその貴子に」


 凍り付いた僕たちの視線を確認したジョージは、ここぞとばかりに、ポーズを決めて言葉を放った。


「狙った獲物は逃さない」


 僕たちは、大爆笑をした。また、ルパン三世だ。そんな、僕たちの様子を尻目に、ジョージは貴子の前にパイプ椅子を移動させると、どっかりと座り込み、クロッキー帳を開いた。貴子お姉さんの椅子の方が高いので、ジョージは少し見上げるような視線で貴子お姉さんを見て、鉛筆を走らせる。鉛筆を走らせながら、ジョージは貴子お姉さんに語りかける。


「ごめんね、こんな茶番劇に付き合わせてしまって。僕はね、描きたい意欲が高まれば高まるほど、どうしてもふざけたくなってしまうんだ。こんな、テンションで絵を描けるのは、久しぶりさ」


 貴子お姉さんは、急に素面に戻って絵を描き始めるジョージを見て、ニッコリと笑った。


「私、何か、ポーズでも取る必要があるのかしら」


「いや、いい。かしこまらずに、ゆっくり座っていて。そうだな、僕の話し相手になってくれたらいい。僕は、写真のように精密に絵を描くのは趣味じゃないんだ。変化を続ける、君という人間が見てみたい。先程の茶番もね、君の心の鎧を解くために、必死だったんだよ。じつは」


 そう言うと、ジョージは貴子お姉さんに片目をつぶって見せた。そんな、ジョージを見て、お姉さんはクスクスと笑う。


「面白い人。似顔絵よりも、おしゃべりの方が上手なんじゃないの」


「言うねー、お姫様。さっきも言っただろう。僕が命を削ると、君は僕の虜になるんだよ」


「どうかしら」


 そう言って、お姉さんは、またクスクスと笑う。


 僕は、ジョージがどんな貴子を描いているのかが気になって、後ろに回り込んで覗き込む。クロッキー帳に描かれた貴子お姉さんはモナリザのように不思議な笑顔で椅子に座っていた。そんな絵を、十分程で描き上げてしまった。そして、その絵をクロッキー帳から切り離すと、貴子お姉さんの前で片膝をつき、恭しくその絵をお姉さんに差し出した。


「今はこれが精一杯」


 僕たちは、また大爆笑をした。またルパン三世の映画のセリフだ。貴子お姉さんは、自分が描かれた絵を受け取ると、時間を掛けてマジマジと見つめた。そして、顔を上げると、ジョージを見た。


「ありがとう。何だろう、とっても嬉しい」


 そう言って、ジョージを見つめる貴子お姉さんを見て、僕は胸が痛くなってきた。貴子お姉さんをジョージに取られたような気がして、何だか落ち着かない。ジョージは、貴子お姉さんを見つめたまま、更に話しかける。


「僕の為に、今度、少し時間をくれないか。百万円以上の君の絵を描いてみたい」


 お姉さんは、コクリと頷いた。

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