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怪人二十面相登場

月が出た出た 月が出た ヨイヨイ

三池炭鉱の 上に出た

あんまり煙突が 高いので

さぞやお月さん けむたかろ サノヨイヨイ



 待ち合わせの時間にはまだまだ早かったけれど、僕は貴子お姉さんを連れて川添まつりの会場に向かって歩いて行く。会場の方向からは、スピーカーから流れる雑音だらけの炭坑節の歌が聞こえてくる。お姉さんは、やっと家から出てきてくれたけど、お祭りの会場では学校のお友達も沢山いるはずだ。僕は、お姉さんをイジメようとする奴らから、お姉さんを守らなきゃいけない。そんなことを自分に言い聞かせる。


「ねえ、ヒロ君」


 真剣な顔でただ歩くだけの僕に、お姉さんが語りかける。僕は、ハッとして振り返る。黙っていてどうするんだ。せっかく、お姉さんと一緒にお祭りに出かけているのに。


「予告状のことなんだけれど」


 ああ、そうだ。お祭りもだけど、僕はお姉さんに予告状を渡したんだ。内容について、どういう事なのか気になっているに決まっている。


「差出人の怪人二十面相について、教えて欲しいのだけれど」


 なんて説明しようか。ジョージは、一口で言い表すのがとても難しい。


「ジョージっていうお兄さんなんだけど、初めて会った時はお爺さんだったんだ」


 貴子お姉さんの顔が少し歪む。


「ごめん。よく分からない。ヒロ君、もっと分かりやすく説明して欲しいのだけれど」


 そう言って、お姉さんは僕の顔を覗き込む。僕は顔を赤くしてしまう。大きく深呼吸をすると、僕は学校で肝試しをしたところから、順番に話を始めた。お姉さんは、僕の話で分からないところが出てくると、短く質問を挟みながら、眉間にシワを寄せ口をへの字に曲げながら、僕の話を聞き、そして考え込む。僕は、そんなお姉さんとのやり取りがとっても面白くて、身振り手振りで、ジョージの不思議さを話しまくった。話している途中で、伊藤のカメラ屋の前を通ったけど、まだ、ジョージや皆は来て居なかったので、そのままお祭りの会場まで歩いて行くことにした。



一山 二山 三山 越え ヨイヨイ

奥に咲いたる 八重つばき

なんぼ色よく 咲いたとて

サマちゃんが通わにゃ 無駄の花 サノヨイヨイ


 

 まだ明るいのに、お祭りの会場は沢山の人々でごった返していた。櫓の周りで着物を纏って踊り続ける人の波。焼きトウモロコシを食べながら楽しそうに歩くカップル達。狐のお面を被って走り回る男の子。赤い金魚が入ったビニール袋を嬉しそうに眺める女の子。炭坑節のメロディは、僕たちを夢の世界に連れて行こうと囃し立て、踊らされた僕たちは祭りの熱気に飲まれ、そして酔っていく。


 落ちていく夕日の赤、ぶら下がる提灯の赤、会場を囲む紅白の幕、祭りの熱気に全体が赤く染まっていく中で、振り向いた貴子お姉さんの浴衣は白地に青い朝顔が咲いていた。僕はそんな貴子お姉さんがとても眩しくて。野辺に咲く一輪の花のように、僕はうっとりと見つめる。


「ところでさ」


 貴子お姉さんは、僕に問いかける。


「具体的に、どうやって私を盗むと思う」


 お姉さんは、祭りの会場の中心にいるのに、全く染まらない。何ていうか、そんなお姉さんが、とても凄いと思う。どうやらお祭りよりも怪人二十面相との対決で頭がいっぱいのようだ。


「連れ去ったりはしないと思うけど、自信満々だったよ」


「もうすぐ、そこのカメラ屋にやって来るんだよね。どんな準備をしているのかしら」


「朝の話では、店前に椅子を二つ置くような事を言っていた」


「椅子」


 そうつぶやいて、お姉さんは、また考え込む。僕は思い出したことがあったのでお姉さんに伝える。


「ジョージは、お姉さんが笑えるように努力をするって言ってた」


「うーん、他には」


「生活する為に、このお祭りで商売もするって」


「商売?」


「うん」


「その二十面相は、お金がないないくせに商売をするって言ったのね。ということは、二十面相にしかできない何かしらの特技があるようね」


「特技?」


「そう。例えば本物の怪人二十面相はサーカスの団員だったていう設定で、変装はもちろんのこと体術も凄いの」


「ジョージはサーカスの団員には見えないなー。だって、ガリガリだもん」


「うーん。いま分かる手がかりは、やっぱりその椅子よね。他には何か荷物がなかったかしら」


 僕は思い出そうとするけれど、あの散らかった部屋の中で、僕にはどれがジョージの荷物だったのかは分からない。


「まさか、カメラ屋なだけに、写真を撮りましたなんて、オチじゃないでしょうね」


 そう言って、お姉さんは自分の思いつきを口に出すと笑いだしてしまった。お腹を抱えて 笑って、笑って、一頻り笑ったあと、涙目で僕に言った。


「もう降参。笑いすぎて、自分が今まで何に悩んでいたのか忘れてしまったわ。あー、可笑しい。もうそろそろ、時間よね。行こうか、二十面相のところに」


 お祭りの会場を後にして、僕と貴子お姉さんは伊藤のカメラ屋に向かうことにする。ダイエーの向かいにあるそのカメラ屋は、赤いレンガを使った洋風な造りになっていて、周りと比較するとかなり立派な店構えに見える。


 その店の前で沢山の人だかりが出来ていた。その人だかりの中心にジョージが垣間見える。周りには見物客に紛れて太田や小川、伊藤の顔も確認することが出来る。不思議なことに、そのジョージが何か動いたかと思うと、周りを囲む見物客が、一斉に笑い始めた。いったい、何をしているんだろう。


 近づいていくと、ジョージは僕と貴子お姉さんを見つけて立ち上がった。そして、周りを囲む人達に向けて大きく手を広げたかと思うと、演劇の俳優のように抑揚をつけて喋り始めた。


「さて、皆さん。いよいよ、今晩のヒロインが登場いたしました。悪い魔法使いのせいで笑うことを奪われたお姫様。正義の味方、この怪人二十面相が、」


「怪人二十面相は、正義の味方じゃないやい」


 見物客の一人である元気そうな男の子から、ジョージに、そんなツッコミが入る。


「そうでした、そうでした」


 ジョージは、男の子のツッコミに対して慌てることも無く、そう言うと、今度はニヤニヤと悪戯っぽい顔を貴子お姉さんに向ける。


「はじめまして、わたくし、怪人二十面相と申します」


 左手をお腹のところに添えると、ジョージは恭しくお辞儀をした。


「貴子様ですね。お待ちいたしておりました。それにしましても、まあ、お美しい。噂通りのお方だ。今夜の私の獲物としては、この上もなく最高のお方だ」


 そう言うと、右手を貴子お姉さんの方に差し出す。


「お姫様、さあ、そこの椅子にお座りなさい。貴女を盗んで差し上げましょう」


 そう言って、お姉さんを椅子の方に導く。対する、貴子お姉さんも、負けてはいなくて。


「楽しみにしていたわ、怪人二十面相さん。この時を」


 そう言うと、椅子に向かって、ゆっくりと歩みを進める。浴衣の合わせ目を手で整えると、用意された椅子にゆっくりと座り、ジョージを悪戯っぽく睨んだ。

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