予告状
僕達は、それぞれが一旦家に帰ることにした。みんなでお爺さんのために食料を持ち寄ることになったのだ。僕は家に帰ると、母親におにぎりを作ってとお願いをした。疑問に思う母親に、「みんなで一緒に公園で食べることになったから」と説明した。母親は「はい、分かりましたよ」と了承してくれて、直ぐに僕のために二つのおにぎりを握ってくれた。僕は「それでは少ない」と文句を言う。「いつも、そんなに食べないでしょう」と不思議がる母親に、「今日はお腹が空いているの」とゴネておにぎりを四つ用意してもらった。
家を出ると今度はダイエーに向かった。僕の財布にはもう200円しかない。けれど、あのお爺さんの為にチキンラーメンを買っていこうと思ったのだ。しかし、変なお爺さんだ。死にかけていたくせに、チキンラーメンが食べたいだなんて。売り場の棚に着くと、チキンラーメンは沢山置いていた。一袋三十円。良かった。僕にも買える。僕は、一袋だけを持ってレジに並び買い物を終えた。ダイエーを出ると、僕は自転車に乗り、お爺さんのところに向かって走り出す。
社宅には、先に太田の自転車が停まっていた。僕も自転車を横に並べて停めると、部屋の中に入っていく。中では、お爺さんが部屋の真ん中で胡坐をかいて、太田からもらったあんパンを食べていた。食べながら、太田と楽しそうに話をしている。
「なあ、小林、このお爺さん凄いで、日本中の色んな所に旅をしているねんで」
凄いと言われたお爺さんは、ニコニコと笑いながら、口を開いた。
「お爺さんは酷いな。僕はまだ二十八歳だよ。こんな身なりをしているけれど、まだ、若いつもりなんだけどな」
僕たちは二十八歳と聞いて、まじまじとお爺さん、いや、そのお兄さんの顔を見た。長く伸びた髪の毛、胸にかかるあごひげ。死にかけていたし、てっきりお爺さんだと思っていた。お兄さんは顔にかかっている髪の毛を、両手でかき上げてオールバックにすると中から端正な顔が現れた。髭のせいで少し老けて見えるけれど、確かにお爺さんではなかった。
「僕は、寺沢譲治。今日は助けてくれてありがとう」
そう言って、右手を差し出した。僕は慌てて右手を出すと、そのお兄さんと握手をした。
「僕は、小林博幸。寺沢さん」
「ジョージで、いいよ。命の恩人さん」
明るくてとっても優しそうな人だ。僕は思い出したように、母親が握ってくれたおにぎりとチキンラーメンをジョージに差し出す。
「わー、ありがとう。チキンラーメン、わざわざ買ってきてくれたんだ。大好物なんだよ。今は、もうお腹がいっぱいになったから、今晩にでも食べさせてもらうよ」
ジョージとそんなやり取りをしていると、小川と伊藤も到着した。二人ともジョージと挨拶をすると、それぞれ持ってきた食料をジョージに差し出す。伊藤もチキンラーメンを持ってきていて、一緒に水が入った水筒まで用意していた。
「気が利くな、伊藤君。ここは、生活するための物が大体そろっているんだけれど、水が出なくて困っていたんだよ」
伊藤は照れて頭をかいている。
「ジョージさんは暫くは、ここに住むんですか」
小川が興味津々で質問をする。
「んー、まだ決めていないんだけれど、行くところもないし、暫くはいると思うよ」
「どうやって生活するんですか」
「食料は君たちがいっぱい持ってきてくれたから、ちょっとずつ大切に食べさせてもらうよ。水も向かいに学校があるから、忍び込んでちょっと拝借しようかな」
ジョージの思いがけない一言に僕たちは盛り上がる。
「俺たち、その小学校に通ってるんや。この建物の裏にあるバスは俺たちの秘密基地なんやで」
太田が無邪気にジョージに絡んでいく。
「はっはっは、面白いね。今度、その秘密基地にお邪魔させてもらおうかな。ところで、伊藤君だっけ。そのカバンから見えている本は、ひょっとして怪人二十面相かい」
「はっ、はい」
伊藤はカバンの中から怪人二十面相を取り出す。
「小林に返そうと思って、持ってきて」
「ちょっといいかな」
そう言うと、ジョージは伊藤からその本を受け取りページを捲る。
「懐かしいなー。僕も子供の頃に、よく読んだよ」
僕は、そんなジョージの言葉が嬉しくて、僕たちのつながりが、その怪人二十面相の本が切っ掛けであることを話し出す。みんなと本読みクラブを設立した話はもちろんのこと、今まで誰にも話をすることが出来ずにため込んでいた貴子お姉さんのことも、なぜだか全部、そのジョージに話してしまった。
「そんなことがあったんだ」
優しい顔でそう言うと、ジョージは腕を組んで考え込み始めた。僕たちは、そんなジョージの姿を見ながら、どんな話をするつもりなんだろうと口を開くのを待った。
「ねえ、祭りのシーズンだけど、近くでお祭りはないかな」
ジョージの言葉に、僕たちは明日から近所で川添まつりがあることを教える。
「それは、都合がいいな。よし、命の恩人の君たちに、僕がひと肌脱ぐとしよう」
そう言って、僕たち四人の顔をぐるりと一人づつ見ていく。僕はたまらずジョージに言った。
「ひと肌って、何をするんですか」
ジョージは僕を見ると、ニヤリと笑った。
「その貴子お姉さんだけど、僕が盗んでもいいかな」
ジョージの言葉に僕たちは、一斉に不安な顔を見せる。ジョージが何を言っているのかが分からない。
「さしあたって、盗むとなると、やっぱり予告状は必要だね」
そう言って立ち上がるとジョージは、まるで自分の家でもあるように、タンスの引き出しから便箋とサインペンを取り出した。僕たちの前で便箋を広げると、サインペンでサラサラと予告状を書きだした。
西村 貴子殿
面識もないのに、突然の申し入れをおゆるしください。ひょんなことから、小林少年と知り合いになった小生は、貴女のことに非常に関心を持ちました。要件を簡単に申しますと、貴女をちょうだいする決心をしたのです。来る八月二十五日の土曜日の夜、川添まつりに参上いたします。私の挑戦を受けてみますか。盗まれない自信がおありなら、どうぞ私の前に立ってみなさい。貴女はきっとあっと驚くことでしょう。
怪人二十面相
僕は、いや、太田も小川も伊藤も、ジョージの書いた予告状を見て、驚くしかなかった。ジョージは一体何をする気なんだ。
「ジョージ、何をするの」
僕は、全く分からないので素直に質問をした。ジョージは悪戯っぽく僕の顔を見ると、こう言った。
「それは言えないな。僕は今から怪人二十面相だもの。少年探偵団は僕のライバルなんだから、謎を解いてもらわないと」
僕たちは、目の前のジョージが本当に怪人二十面相に見えてきた。誰なんだ、この人は。こんな大人に、僕は今まで出会ったことがない。僕が不安そうな顔をすると、ジョージは少し悪戯が過ぎたと思ったのか、優しい顔に戻って、僕に言った。
「心配しなくていいよ。貴子お姉さんが笑えるように、僕は最大限努力をするつもりだ。その為に、少し、小林君にお願いしたいことがあるんだが」
僕は、頭をコクリコクリと頷いた。
「まず、貴子お姉さんにこの予告状を直接渡す必要がある。ポストに入れるだけではだめだよ。それと、この予告状を渡すときに、お祭りに必ず来てほしいという、小林君の強い一念が勝負を分ける」
ジョージはそう言って、真剣な顔を僕に見せる。
「勝負は一瞬だからね。気後れしては駄目だよ。一念岩をも通す、と言ってね、真剣な君の思いが貴子お姉さんを動かすんだ。それさえできれば、僕の作戦は既に成功したも当然になるからね。後は、この僕にまかしたまえ。そうだ、今から、皆で、その貴子お姉さんのところに行っておいでよ。小林君一人では少し心配だから、太田君と小川君も傍についていてあげるといい。伊藤君は、貴子お姉さんと面識がないようだから、今日は同行しない方がいいな」
僕たちは頷くより仕方がなかった。というよりも、目の前の怪人二十面相に心酔し始めていた。




