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カオルキン

 貴子お姉さんが用意してくれたサンドウィッチを味わって食べていると、小川の奴が僕を肘で突いてきた。


「食べるのに夢中になっているところ悪いけど、忘れるなよ」


 僕はフンフンと小川に頷きながら、一瞬、何の為にここにいるのかを忘れていたことに気がついた。僕は大きく深呼吸をして冷静になる。改めて、今の状況を整理してみた。現在、貴子お姉さんを中心として丸いサークル状に僕たちは座っている。僕たちの周りには貴子お姉さんと同じテニス部のお姉さんたちが集まっている。貴子お姉さんを入れて全部で七人。多分、ほぼ全員の女子選手が集まっているのではないだろうか。男子テニス部のお兄さんたちは、少し離れたところで僕たちをチロチロと見ながら食事をしている。


 今日の主役は、間違いなく太田だ。その太田に最もからんでいるお姉さんは、皆から真由美と呼ばれている。貴子お姉さんが一番奇麗だけど、この真由美というお姉さんも奇麗なうえにかなり面白い。真由美お姉さんは、口調がちょっときついところもあるけれど、何か口を開くたびに面白いことを言うので、僕たちはお腹を抱えて笑うのだ。


 その真由美お姉さんと息の合った掛け合いを見せるのが、陽子お姉さん。立場でいうとボケ役になる。ボーイッシュな雰囲気のお姉さんで、テニスも強いみたいだ。現在、柳川中学の女子選手の中で、このテニス大会に勝ち残っているのは、貴子お姉さんと陽子お姉さんの二人だけだそうだ。


 キョロキョロと周りを観察していると、持ってきたナップサックが視界に入った。僕は母親からドーナッツを渡されていたことを思い出した。


「あのー、良かったら、ドーナッツを食べませんか」


 僕はそう言って、お姉さんたちにドーナッツの包みを広げて一人ずつ配って歩いた。みんな嬉しそうに受け取ってくれて「ありがとう」とお礼を言ってくれる。ところが、陽子お姉さんは僕からドーナッツを受け取ると、少し反応が違った。


「あっ、このドーナッツ、ダイエーで買ったんやろ。先週、岩城先輩が差し入れで持ってきたドーナッツと一緒のやつや」


 すると真由美先輩がそのドーナッツを手にもってスーッと立ち上がった。何故か、宝塚のようにポーズまで決めている。


「貴子、おー、貴子よ。この世に咲いた一輪の花。どうか、僕のこのドーナッツを受け取ってくれたまえ」


 稽古でもしてきたのか、同じように陽子お姉さんが立ち上がった。


「岩城様、この私の為にドーナッツを頂けるなんて」


「貴子よ、さ、その左手を差し出しておくれ」


 陽子お姉さんは命じられるままに左手を差し出す。


「私の永遠の愛を受け取ってほしい」


 そう言って真由美お姉さんは陽子お姉さんの薬指にドーナッツをはめようとする、が、はめない。はめようとする、が、はめない。


「やっぱり、太田君にあげる」


 そう言ってそのドーナツを、太田の口元にまで持っていく。


「お口、アーン」


 先程までお姉さんたちにチヤホヤされていた太田は、突然自分に振られてビックリしていたが、流れで口をアーンと開けてしまった。周りで見ていたクラブのお姉さんたちは、そんな様子を見てゲラゲラと笑っている。貴子お姉さんを除いて。


「あっ、馬鹿」


 ここまで見せられて、やっと気が付いた。僕たちは真由美お姉さんたちにからかわれている。いや、真にからかわれているのは貴子お姉さんだ。陽子お姉さんの口から岩城先輩の名前が出たが、先週、貴子お姉さんにドーナッツをあげたのは岩城治郎だったのだ。真由美お姉さんは、岩城治郎と貴子お姉さん、太田と貴子お姉さんの関係をドーナッツ一つでパロディにして、馬鹿にしていたのだ。そのことが分からずドーナッツをもぐもぐ食べている太田が哀れだ。貴子お姉さんを見た。この場の中心に座っているのに、下を向いて表情が見えない。


「みんな、休憩は終わり。西村と田中は準備をしろよ」


 顧問の先生の声で、貴子お姉さんと陽子お姉さんが立ち上がった。僕は先ほどまでの重い空気から解放されて、ホッとする。心配になり貴子お姉さんをみた。僕の横で、目を瞑り大きく深呼吸をする。目を開けると、僕を見ずにコートの方を見て、僕に語りかけた。


「後はお願い。私は私の戦いをしてくるわ」


 お姉さんは準備を済ませるとコートへと向かっていった。僕は太田の背中を小突く。


「なんや」


 太田は、何も分かっていない。僕は説明するのが面倒くさくなり、「警護」と、ひとこと言った。太田は思い出したようにコートに向かっていった。僕は、小川と相談をして貴子お姉さんの荷物が見える位置に陣取って、貴子お姉さんが戦っている様子を観戦した。試合には二人の選手が出場しているのでクラブの皆はフェンスに張り付いて観戦している。今のところは、荷物に異常は見られない。


「嫌な空気やったな」


 小川が僕に語りかける。


「ああ、ほんまに。あれってイジメやんな」


「イジメやな。オブラートに包んでいるけど、あれはイジメや」


「なあ、俺達って、荷物を見張るだけでええんかな」


 僕は、何か他に出来ることがないのか気になり小川に問いかける。


「んー、そうは言うてもな。貴子さんは、あいつ等が何かしでかした時の現場を押さえたいわけやんな」


「そうやな、そう書いてあった」


「じゃ、隠れるか俺ら」


「隠れたら、どうなるんや」


「隙を見せて、悪さが出来るチャンスを与える」


 僕と小川は貴子お姉さんの荷物が見えて隠れることが出来る場所を探した。僕は近くのツツジの茂みの中の隙間に隠れた。ちょっと視界が遮られるが、外からは絶対見つからない絶好の場所だった。一時間近く隠れていただろうか、真由美と陽子が帰ってきた。


「陽子、元気出しなよ」


 真由美が陽子を励ましている。どうやら陽子は試合に負けたようだ。他の皆が帰ってきていないということは、貴子お姉さんは勝ち残っているのだろう。


「ドーナッツ余っているけど、食べる」


 真由美は僕が持ってきたドーナッツを陽子に渡す。でも、陽子はそのドーナッツを手に取ると草の茂みに捨てた。


「ドーナッツは嫌いなの。先週の岩城先輩のドーナッツって、あれカオルキンが買ってきたんだよ。それを思い出すだけで、もう食べれない」


「なんで岩城先輩の弟がカオルキンなんだろうね。気色悪い」


 僕は二人の話を聞きながら、カオルキンが岩城薫だと理解した。


「ねえ、陽子、あそこに貴子様のぬいぐるみが見えているよ」


 陽子はぬいぐるみに視線を向ける。今度は真由美の方に顔を向けると、お互いに目で頷きあう。真由美は荷物の方にツカツカと歩いていくと、貴子お姉さんの荷物を背にして仁王立ちになり周りを監視する。陽子は誰も見ていないことを確認すると、手際よくそのぬいぐるみを掴み歩き始めた。歩いていく先には公園が管理する蓋つきのごみ箱がある。


「あっ!」


 驚いた僕は、茂みから抜け出して追いかけようとする。その時、僕の視界の前を一人の人間が通り過ぎた。なんとその人間は、岩城薫だった。あの自転車男だ。


 薫は陽子に追いつくと、そのぬいぐるみを取り上げた。驚いたのは陽子で、目を大きく開き薫を見た。


「なにするねん、カオルキン」


 そのぬいぐるみを取り返そうとした陽子を、薫は無言でグーで顔面を殴った。陽子はその場で倒れこみ、鼻から血が出てきた。薫は振り向くと、逃げようとする真由美の腕を掴み、引き倒した。倒れこんだ真由美に薫は馬乗りになると、真由美の顔面をグーで殴る。真由美の唇が切れて血が流れた。無言のまま再び殴る。今度は鼻から血が流れ始めた。


「やめて、や」


 真由美は声を上げて、薫のその行為を止めさせようとしたが、また殴られた。やっと周りの生徒が事態の異様さに気づき、薫を取り押さえた。「先生ー」と呼びに行く生徒もいる。取り押さえられた薫は抵抗することも無く、糸の切れた人形のようになって、その場にうずくまった。先生がやって来て、薫に尋問をする。


「貴子の人形を盗んだ、貴子の人形を盗んだ」


 薫は壊れた人形のように、同じことを繰り返すだけだった。僕と小川はその一連の出来事を、何も出来ずに見ているだけだった。貴子お姉さんは、その日テニス大会で優勝した。


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