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告白

 七月十二日の日曜日。僕はテレビアニメのドラえもんが十時で終わると、自分のナップザックとリボンでラッピングされた包みを持って立ち上がった。そんな僕を見て母親が不思議そうに問いかける。


「ヒロ君、その包み、何を持っているの」


「あー、これ。預かっているの、僕のとは違うで」


「そうなの、、、今から出かけるの?」


「うん、遊びに行ってくる。小川んとこに行ってくる。昼ご飯はいらん」


「小川君のところで、およばれするんなら、じゃ、これを持っていきなさい」


 母親は、また、ドーナッツの包みを僕に持たせる。ドーナッツばっかりいらんのに。そう思いつつも、突き返すわけにもいかず、一緒に持っていくことにする。なんだか荷物が増えた。玄関を出ると、ラッピングされた包みは自転車のカゴに入れて、ドーナッツを入れたナップザックは背中に背負って、僕は自転車を漕ぎ始める。向かう先は秘密基地。十時半に皆と集合する約束になっている。


 いつものごとく有刺鉄線の裂け目を抜けて秘密基地のバスに着くと、太田と小川の自転車はすでに停められていた。


「うんちゃ」


 相も変わらずアラレちゃんの挨拶をしてくる小川に、僕も合わせる。


「うんちゃ」


 小川って奴は、頭は良いと思うけど、こんなところで損をしているなと、僕は思ったりする。でも、小川とのこんなやりとりも、まー、悪くない。


「なんや、その包みは」


 太田が、僕が持つラッピングされた包みを不思議そうに見る。


「これは、T作戦の小道具や。太田が使うんやで」


 そう言って、その包みを太田に渡す。太田は渡された包みを不思議そうにジロジロと見る。


「じゃ、貴子さんからのT作戦を聞かせてもらおうか」


 小川が興味津々な顔を僕に向けて、僕に催促をする。


「まず、貴子お姉さんから手紙を預かってきたから読んでみて」




少年探偵団の皆様へ


 私の無理なお願いを聞いてくれてありがとうございます。君たちに守られて私は本当に嬉しく思っています。今日は説明もなく無理なお願いをされて、不安に思っていると思います。ただ、私の思い違いということもあるので、全てが終わったらきちんと説明をします。


 今日の作戦のポイントは、犯行を起こしたその現場を押さえたいと思っています。たぶん、犯人は私が活躍すればするほど妨害をしてくると思います。ただ、犯人が反発を高めるスイッチが何なのかが私には分かりません。それで、そのスイッチをいくつか用意する作戦を行います。


一、友達が来て一緒にランチ作戦

 今日は私と一緒にランチを楽しんでください。ちょっと恥ずかしいのだけれど、私を応援しに来たということで、楽しくサンドウィッチを食べていってください。


二、太田君が私にプレゼント作戦

 私へのプレゼントを私が用意しました。中にはぬいぐるみが入っています。太田君は小学生に見えないし、とってもハンサムだから、とても目立ちます。その包みを、私に渡してください。さりげなく、格好よく、お願いしますね。


三、テニス大会で優勝作戦

 私は今日のテニス大会で優勝に向けて全力で戦います。こう見えて私は結構強いのよ。たぶん、テニスでの私の活躍こそが、犯人を動かすと思うのだけれど、そのせいで私は周りが全く見えなくなります。私の優勝に向けての妨害がきっと起こると考えているの。私の周りで何かおかしなことが起こらないか君たちに見張っていて欲しいの。


 こうしてみると、犯人の感情をワザと煽るような汚い計画なのは承知しています。でも、私はすでに幾つかの被害を受けているのに、その犯人を責める証拠が何もありません。

 最後に、もし、テニス大会に岩城薫が現れても、声を掛けずに泳がしてください。


西村 貴子




 小川は手紙を読んだ後、うーんと唸ってしまった。太田は、貴子お姉さんからハンサムと書かれた部分に非常な感心を示している。分かる、分かる。羨ましい奴だ。小川の奴が口を開いた。


「貴子さんの計画通りに動くけれど、これは諸刃の剣やな」


「なんや諸刃の剣て」太田が、小川に質問をする。


「つまりな、犯人はあぶりだせるかもしれんけど、その副作用も大きいっていうことや。こんなに派手にしたら、犯人だけでなくて、いらん敵も作りかねない。貴子さんもそのことは承知しているんやろうけど。貴子さんの何がそこまでさせるんかな」


 僕は少し悩んで、口を開いた。


「貴子お姉さんに言うなって言われているんやけど、この前、学校で体操服を盗まれたって言ってた。他にも、悪戯電話とか色々と困っていることがあったそうや」


「えっ、そうなんや」


 そう言って、小川は驚いた顔をする。


「分かった。貴子さんは、これまでも戦ってきてたんや。これは今日だけの話やないな」


 小川はそう言うと立ち上がった。太田も立ち上がる。


「行こうか、貴子様を守りに」


 そう言うと、太田はプレゼントの包みを抱えて、先にバスから出ていく。僕たちは自転車に乗ると、秘密基地から十分ほどの距離にある西大樋テニスコートに向かった。




 晴れ渡る空の下、テニスコートには多くの選手が詰めかけていた。五面もあるテニスコートを囲むようにして公園が広がっており、学校ごとに生徒が集まった集団が、あちこちに分布していた。見渡すと、テニス部の顧問が生徒を集めて士気を高めている姿や、今出場している選手を応援する観衆でごった返していて、公園は一種のお祭り状態になっていた。僕ら三人は、まず柳川中学校の生徒が集まっている場所を探した。見つけるのは簡単だった。シャツに柳川とプリントされた生徒が集まっている一群があったからだ。しかし、その中に、貴子お姉さんの姿は見当たらない。今度はテニスコートを見に行くことにした。コートの周りにはフェンスがあり、どの面にも応援する人たちが張り付いている。中の様子を見るには隙間を見つけて張り付かなければならないので大変だったが、コートの一つに今まさに戦っている貴子お姉さんの姿を見つけることができた。


 テニスのルールは良く分からないが、お姉さんのショットは確実に相手を攻めているように見えた。相手の選手がボールを高く上げると、ラケットを垂直に振り下ろしてサーブを行う。鋭い弾道はお姉さんに向かって空気を切り裂いて襲いかかる。お姉さんは相手のサーブに対して、素早く反応をしてダッシュをする。ボールの着地地点を見て、体全体でラケットを振り抜く。ひしゃげたボールは弾丸となって相手のコートへと返っていく。相手はボールに向かって走っていくが、あと一歩ラケットがボールに届かない。審判が大きな声で何かを叫んだ。お姉さんは、左手を握ると小さくガッツポーズをする。僕たち三人は、そんな貴子お姉さんの姿をみて歓声を上げる。


「強いやないか」


 太田が目を輝かせて貴子お姉さんを褒める。


「ほんまやなー。なんか、貴子さん、怖いくらいに真剣やな」


 小川の言うとおりだ。コートの中のお姉さんは、怖いくらいに闘志を漲らせている。まるで近づくものを一瞬で切り伏せる剣士のようにコートの中で孤独に戦っていた。貴子お姉さんは、今、何と戦っているのだろう。コートの中でも、コートの外でも、敵と対峙して戦い続けるお姉さんの姿は、僕にとって、とても崇高なものに見えた。


 試合が終わった。どうやら貴子お姉さんが勝ったようだ。もう、十二時になる。これから昼食になるだろう。今度は僕たちが貴子お姉さんの戦いをバックアップしないといけない。貴子お姉さんはコートを離れるとフェンスに囲まれた出入口に向かって歩き始めた。そんなお姉さんの周りに、柳川中学校の仲間たちが集まり勝利を讃えている。顧問の先生らしき人もやって来て貴子お姉さんに何か話しかけている。僕は、そうした姿を遠巻きにみながら、話しかけるタイミングを見失った。


「おい、どうする。こんな状況で貴子さんと食事なんかできるんか」


 小川の言うことはもっともだ。太田にいたっては、高槻南高校に潜入した時よりも緊張しているような様子だ。


「太田、プレゼントがしわくちゃになる」


「おう、おう」


 太田は我に返ると、しわが寄ったプレゼントの包装紙を不器用に伸ばし始める。


「とにかく、あそこまで行こう」


 僕は先頭になって、柳川中学校のテニス部が集まる一角に歩みを進める。緊張するが、なるようになれだ。後ろから太田と小川も付いてきた。


「あっ、ヒロ君。こっち、こっち」


 貴子お姉さんが僕を見つけて、手招きをしてくれた。


「先生、近所の友達が応援に来てくれたので、この子たちと一緒に食事を取りますね」


 先生と呼ばれた人はニコニコと頷いている。


「太田君、小川君も、早くこっちに来て」


 貴子お姉さんは本当に嬉しそうにして、僕たちを呼び寄せる。僕は、太田の背中を叩いて「出番やぞ」と声を掛ける。太田は「おう」と言って、お姉さんの前に立つと一歩前に出た。


「貴子さん。僕からのプレゼントを受け取ってください」


 太田は、柳川中学校の生徒たちが見守る中、何の前振りもなく、裏返った声で大きく叫ぶと、大きくお辞儀をするようにして、プレゼントの包みを貴子お姉さんに差し出した。これでは、まるで、告白だ。さりげない要素なんかどこにもないじゃないか。全身が凍り付くようなシーンに、僕は倒れそうになる。


「太田君、ありがとう」


 貴子お姉さんは、そんな僕の心配を他所に、太田からのプレゼントを嬉しそうに受け取る。


「開けてもいいかしら」


 ラッピングされた包みを開けると、中から熊のぬいぐるみが出てきた。


「嬉しい、熊ちゃん」


 そう言って、貴子お姉さんは熊のぬいぐるみを抱きしめる。


「まじかーーー!」


 僕は心の中で叫ぶ。お姉さんの流れるような一連の演技に、僕は、もう、何が何だか分からない。そんな二人の様子を遠巻きに見ていた貴子お姉さんの友達らしき女の子たちが、お姉さんの周りにワラワラと集まってきた。


「貴子、誰、その可愛い子」


「もしかして、彼氏なん」


「やるな太田君」


「キャー、私もプレゼントされたい」


 太田はというと、貴子お姉さんの友達たちにからかわれて目を白黒させている。これは、成功なのか。というか、太田は貴子お姉さんの彼氏に確定なのか。僕は目を丸くして小川を見た。小川も僕と同じように目を丸くしている。


「みんなでご飯を食べようよ」


 太田を取り巻く一人のお姉さんが、そう言った。周りのお姉さんたちも「賛成」と言って、自分たちのお弁当をそれぞれ取りに行く。貴子お姉さんが広げるサンドウィッチ弁当の周りに、僕と太田と小川が座り。僕たちを囲むようにして、お姉さんたちが座っていった。黄色い声が飛び交う中、貴子お姉さんは「そんなことないよー」と笑ってばかり。太田は、でかいくせに小学生だとバレたもんだから、更にお姉さん達の餌食になっていた。僕と小川は蚊帳の外だったが、「それで良かった」としみじみと思った。

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