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T作戦

「小林、小林」


 僕は自分の名前を呼ばれながら、肩を揺すられたことで目が覚めた。自分が置かれている状況を一気に思い出して、僕はガバッと体を起こした。目の前には太田と小川がいる。


「どうやった」


 僕は潜入捜査がどうなったのか知りたくて質問した。


「なに、暢気に寝ているねん」


 ニヤニヤと太田が僕を見ている。


「捕まっていなくてホッとしたわ」


 小川が僕の肩をトントンとたたいて僕を労う。


「治郎のことは分かったよ。岩城治郎、高校一年生。テニス部」


 小川が状況を説明し始める。あの後、太田が正門に、僕が裏門に逃げ出したことで、高校の先生は追いかける相手を一つに絞れなくて地団駄を踏んだそうだ。小川は僕の声が届いていて、直ぐに赤いサイクリング自転車を特定することが出来た。太田も凄い形相で正門から出てきたから、そのまま一緒に治郎の追跡を始めることにした。治郎の自転車は、高校から南の方向に位置する柳川中学校方面に向かって走って行き、コンクリートでできた多くの団地が集まる富田団地の一棟に自転車を停めると家に帰ろうとした。その時、先生に体当たりをして頭に血が上ったままの太田は、ズカズカとその治郎に近づいていきストレートに尋ねたそうだ。


「いや、あれは尋ねていたんやない。完全にからんでいた。まるで、ヤンキーやったで」


 小川は、太田を持ち上げるような言い方をして話を盛り上げる。


「俺はな、チマチマしたんが嫌いなんや。男はストレートでないと」


 潜入捜査を提案した太田が、自分を全否定するように自慢げに語る。


「それで、どうなったん」


 僕はその後の展開が気になって、小川に催促をする。


「実際は小学生が高校生にからんでいるんやもんな。面白い構図やで」


 太田は、まだ自己陶酔をしている。そんな太田をほっといて小川が状況を丁寧に説明してくれる。太田の威圧に怯えた治郎は、自分の名前を名乗った。更に質問を畳みかけて「西村貴子」という名前に心当たりがないか聞いてみると、治郎は知っているという。中学校のテニス部の後輩だと答える。いよいよ、核心に迫ってきた。


「この間の金曜日、西村貴子を襲おうとしたやろ」


 太田が睨みを利かして詰め寄る。


「そんなんするわけないやん」


 岩城治郎は泣きそうな顔で言い、急に走り出して団地の階段を登って行った。呆気に取られて見ていると、治郎は三階にある自宅の中に閉じこもってしまった。


「名前と家は割り出したで」


 太田は自信たっぷりに、僕に言う。でも、問題はまだ解決していない。赤い自転車はいいとして、僕が見た犯人は岩城治郎ではなかった。真犯人は他にいる。僕の話を聞いて小川が状況を整理する。


「まず、今回の事件の最初の手がかりは、赤いサイクリング自転車やった。犯行の時、その自転車を誰が乗っていたか。どっちにしろ、岩城治郎の周辺に犯人がいることは間違いない。兄弟か友人か、今はまだ分からへんけど。それと、貴子さんと岩城治郎にテニス部という共通点が見つかった。これもなんかある」


「俺が、もう一回あいつの家に行って問いただしたろうか」


 太田が張り切ってボクシングの真似をして言う。そんな太田を見ながら小川が言う。


「それも悪くないけど、今日のところは、もう家から出てこないやろ。それよりも、今日のことを貴子さんに伝えて、岩城という名前に心当たりがないか聞いてみることが先決や」


 そう言って、小川は僕の顔を見る。


「分かった。お姉さんに伝える」


「じゃ、今日はこれで解散やな。しかし、今日は、ほんまに面白かったな。たまらんかったで」


 太田がはしゃいで、又ボクシングの真似をしている。「面白かった?」そう、今日はドキドキしたけど面白かった。本当に面白かったんだ。今更のように僕は今日の出来事を思い出して嚙みしめる。皆と別れて自転車に乗り家に帰ると、貴子お姉さんに伝えるために、僕は今日のことを手紙に書いた。




西村 貴子様


 高槻南高校の潜入捜査について報告します。高校には僕と太田で潜入しました。先生に見つかり大変だったけど、赤い自転車に乗った治郎が誰なのか分かりました。高校一年生で岩城治郎という男です。家は富田団地に住んでいます。テニス部です。だけど、治郎はお姉さんを触った男とは違う男でした。自転車は同じなのに犯人ではありません。 

 岩城治郎という名前に何か心当たりはありませんか。小川の推理では、お姉さんの周りに岩城治郎に関係する人間がいるはずだと言っています。以上報告です。


小林 博幸




 僕は夜九時になるのを見計らって、貴子お姉さんの窓を二回ノックした。貴子お姉さんは待っていたように窓を開けてくれた。僕がいつものように手紙を渡すと、いつもなら周りを気遣って窓を閉めるのに、今日に限っては小さな声で僕に問いかけてきた。


「今日は大変だったんでしょう。ありがとう」


「えっ、あっ、大変だった」


 僕はしどろもどろに答えるけれど、貴子お姉さんの言葉に嬉しくてニヤニヤとしてしまう。そして、思い出したように慌てて付け加える。


「手紙にも、書いてあるけど、、治郎の苗字は、岩城、、やった」


 お姉さんは、岩城という名前を聞くと、サッと顔色が変わった。そして、軽く握った右手を唇の下に持っていき考え込み始めた。暫くして、顔を上げると僕に言った。


「ヒロ君。明日の朝までに手紙を書くから、また、太田君と小川君と一緒にその手紙を読んでほしいの」


「わかった」


「お願いね。まだ、確証はないんだけど、大体飲み込めたわ。はっきりさせてやる」


 「はっきりさせてやる」そう言った貴子お姉さんは眉間にしわを寄せて鋭い目つきになった。その後に、口の端が少し上がりニヤッと微笑んだ。今まで見たことがない貴子お姉さんのその表情は、どこか妖艶で僕をドキリとさせた。


「今日は、お疲れ様。おやすみ。早く寝るのよ」


 そう言って、貴子お姉さんは窓を閉めた。次の日、お姉さんからいつもと同じように手紙を受け取ると、それを持って僕は学校に行った。




 授業が終わり休憩時間になると、呼びもしないのに太田と小川が僕のところにやって来た。


「ほい、これ。返しておくわ」


 太田はそう言って、僕に少年探偵団の本を僕に返してくれた。僕はその本を大切にカバンにしまうと、代わりに貴子お姉さんからの手紙を取り出した。


「貴子さんには、うまく伝えることができたんか」


 小川が僕に問いかける。


「うん。岩城って名前を聞いたら、お姉さん、何か分かったみたい」


「それで、これからはどうしたらええんや」


 太田が、せっかちに僕に聞く。


「それやねんけど、貴子お姉さんから、作戦を預かってきた」


 そう言って、僕は貴子お姉さんからの手紙を見せた。




少年探偵団の皆様へ


 高校潜入の大冒険、お疲れさまでした。私はその場にはいなかったので分かりませんが、さぞかし大活躍されたんだと思います。太田君、小川君、小林君、本当にありがとうございます。


 潜入の収穫として、自転車の持ち主が岩城治郎だと分かりました。岩城という苗字に覚えがあります。同じ学年の隣のクラスに岩城薫という男子がいます。たしか、岩城治郎先輩の弟だと思います。ただ、今回の事件は、もう少し根深そうです。確証がないので、今は言うのを控えます。私の方で少し当たります。


 それとお願いがあります。明日の日曜日に私はテニス大会に出ます。その時に、私と私の荷物をそれぞれ見張ってもらえないでしょうか。今日、学校で餌を撒いておきます。多分、テニス大会で何かしらの変化があると思いますが、空振りに終わるかもしれません。私も予測が出来ません。ただ、犯人が言い逃れ出来ないような証拠なり現場を押さえたいのです。


 テニス大会の場所は市立西大樋テニスコート。芝生小学校の東側に流れている芥川を越えた先にあります。大会の開始時間は九時からだけど、十二時前に来てもらえたらいいよ。皆の為にサンドウィッチを用意しておきます。私に会いに来て一緒に食べてください。これも作戦の一つになります。無理なお願いばかりでごめんね。更に詳しいことは、前日の夜に小林君に伝えておきます。


西村 貴子



 

「T作戦やな」


 太田がボソッと呟く。僕は「なんやそれ」と太田に問いかける。


「貴子作戦、テニス作戦、おお”た”作戦のことや」


「おおた作戦はともかく、なんか格好ええな、T作戦」


 僕は太田の作戦名の提案を面白がる。小川は僕らを他所に口をつぐんで何かを考えている。その小川が口を開いた。


「詳しくは書かれていないから僕の推測だけになるけど、僕たちは岩城という名前を見つけて、そこから岩城勲までたどり着いた。それなのに、貴子さんは犯人の勲ではなく、テニス大会で何かの決着をつけようとしている。しかも、僕たちには、貴子さん本人と貴子さんの荷物の警護を求めてきている。まだ、言えない事情があるんだと思うけど、何かしら襲われる可能性があるっていうことやんな、これ」


「襲われる、貴子様が」


 太田が驚いたように小川に詰め寄る。


「落ち着けよ。文面からそのように読めるからそう言ったんや」


「じゃ、当日はどんなふうに警護するんや」


 僕は具体的な当日の動きについて、みんなに話を振った。


「貴子様の警護は俺で決まりやろ。荷物の警護をお前と小川でやったらええ」


 太田は即答で警護の配置を決めてしまった。


「まぁ、そうやな」


 僕は太田の気迫に押されて、そう言うしかなかった。それでも、仮に貴子お姉さんが襲われそうになっても、太田ならやっつけてくれるやろう。しかし、荷物の警護にはどんな意味があるんだろう。また、何か盗まれるということなのか。餌を撒くって、どういうこと。謎に包まれたまま、僕たちは当日を迎えることになった。


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