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潜入捜査

 七月十日の金曜日。学校が終わると僕たちは直接秘密基地に直行した。自転車は予め昨日から運び込んである。今日行う潜入捜査の計画についても、昨日のうちに打ち合わせを済ませていた。太田は高校生に変装をして自転車に乗って校内に潜入する。小川は正門付近に自転車に乗って待機。僕も同じく自転車に乗って裏門に待機。治郎を見つけたら尾行を開始して、あいつの自宅と苗字を確認する。ここまでが、今日の計画の大まかな流れになっていた。ところが、秘密基地を出る直前になって、太田が僕たちに計画の変更を提案してきた。


「なあ、小林。高校への潜入やねんけどな、俺に付いてきてくれへんか」


「えっ、どういうこと」


 僕は、なぜ太田がそんなことを言い出し始めたのか分からない。大体において、この計画を立案したのは太田本人だ。万が一、太田が治郎を取り逃がしたとしても、僕と小川で何とかカバーして成功率をあげていくと話し合ったはずだ。


「じゃ、裏門の配置はどうするの?」


「え、だから、自転車置き場は正門の方にあるし、裏門まで自転車で走らんやろ」


 太田は少し難しそうな顔をしてそう言う。僕は頭の中で高槻南高校の配置図を思い浮かべる。


「んー、その可能性は高いけど絶対じゃないで。それに、僕は制服がないし、制服があっても太田のように高校生には見えへんから、潜入は難しいと思うけど」


「そこは、高校生の俺が付き添っているっていう設定でいったらええねん。それにな、治郎の顔を知っているのは小林だけや」


 そこまで熱弁すると、太田は僕から視線を外して荒々しく鼻息を漏らした。そんな太田の姿を見て、僕は理解した。太田は、今回の潜入に対して恐怖を感じ始めている。いつも強気で、周りをグイグイと巻き込んでいく太田が、今、僕に、弱さを見せている。僕はそんな太田に対して強い親近感を感じた。


「分かった。その設定で行こうか。僕は、高校生の太田に連れられて高校に入ってきた小学生。顔はちゃうけど兄弟っていうことにしよう」


「そうやろう、それでいこう。じゃ、行くで」


 元気を取り戻した太田は、僕たちよりも先に秘密基地のバスから出ていった。制服を着た太田はどこから見ても高校生に見えて、背筋を伸ばして自信たっぷりな方がやっぱり太田らしい。僕は小川の方を振り向くと、小川は声を抑えて笑っていた。今までは、太田の腰巾着くらいにしか見ていなかったけれど、やっぱり小川は太田の友達なんだなと素直に理解した。僕も、小川に含み笑いを見せるとバスから飛び出た。


 秘密基地の外にある有刺鉄線の裂け目を出ると、僕たちは三人そろって高槻南高校の正門に向かった。住宅地に囲まれた高槻南高校は高いコンクリートの塀に周りを囲まれていて、中の様子は外からは見えなくなっている。それでも、まだ授業が完全には終わってはいないようで校内はとても静かだった。正門は鉄で出来た青い柵のような門があるのだが、レールに乗ったその門は大きく開け放たれており、入るだけなら直ぐにでも入れそうだ。しかし、その門に近づくと、僕の心臓はドキドキと大きく鼓動をはじめた。隣の太田を見ると太田も緊張しているようで、じっとその門を凝視している。そんな太田の背中を小川が励ますつもりでポンと叩いた。


「ウォッ!」


 太田は、大きな叫び声をあげて、のけ反った。


「脅かすなよ、小川」


 そう言って、太田は小川の頭をチョップで叩く。ちょっと力が強かったみたいだ。


「痛いよ、太田」


 小川は頭を押さえて、太田を睨みつける。実は、僕も太田の叫び声で、心臓が口から飛び出るほどに驚いていた。目を丸くして、太田と小川に非難の目を向ける。正門の前でそんなやり取りをしていると高校のチャイムの音が鳴った。


♪キーンコーンカーンコーン


 高校の授業が終わった。暫くすると一人ふたりと正門を抜けて帰宅していく生徒が現れはじめる。緊張している僕と太田はお互いの顔を見て、頷きあった。強張っている体を無理やり動かして、自転車を押して高槻南高校に入っていく。僕は、自分が先頭になって歩いていることに気が付き、太田の方を振り返った。太田はそわそわとしていて僕も周りも全然見えていない様子だった。


「太田」


 僕が声を掛けると、太田はビクッと体を震わせる。


「左にいくで」


 自転車置き場が左の奥の方に見えたのだ。すれ違う生徒の中には僕を見て不思議そうな顔をする人もいたが、それも初めだけで、直ぐに僕なんかに関心がなくなり正門に向けて歩みを進めていく。なんだか潜入する前の方が緊張していたような気がする。入ってしまうと僕は返って堂々と振舞えるようになってきた。太田もやっと緊張が解けてきたようで、先程のそわそわした雰囲気がなくなってきた。僕たちは自転車置き場に到着した。


 鉄で出来たトタン屋根が設置された自転車置き場には、多くの自転車と帰宅する生徒であふれていた。僕と太田は空いたスペースに自転車を停めると、赤いサイクリング自転車を探した。できれば手分けして探したいところだが、他の生徒に咎められると困るので、僕は太田に連れられている風を装って自転車置き場を見回した。そもそも赤い色の自転車というのは台数が少なくて、僕は端の方にそれらしいサイクリング自転車が停められているのを、直ぐに見つけることが出来た。僕は太田の制服の袖を引っ張って、それらしき自転車を見つけたことを合図する。自転車に近づいて名前シールを見てみる。消えかけた治郎という名前を確認することができた。僕と太田は互いの目を見つめて、頷きあう。目的の自転車だ


 僕たちは一旦その自転車から離れて、僕たちの自転車を停めたところまで戻る。そこから、治郎の自転車が見えて腰を下ろせる場所をキョロキョロと探してみると、校舎の端っこに腰を下ろすのに丁度いい段差を見つけたので、二人してそこに座る。


「見つけたな」


 太田が小さな声で僕に囁く。


「ああ」


 僕はそう応えると、ナップザックから怪人二十面相を取り出して、本を読むふりをする。本を手に取った瞬間に貴子お姉さんのことを思い出した。今回の潜入捜査の重要性を僕は再確認する。太田もカバンの中から本を取り出した。妖怪博士だ。


「少年探偵団は」


 僕は、てっきり少年探偵団を取り出すと思っていたので、不思議に思い、そう問いかけた。


「もう読んだよ。今度返す」


 太田はさも当たり前のように、そう応えた。驚愕の新事実だ。もう読んだなんて。僕は怪人二十面相と少年探偵団しか読んでいないのに、太田は僕よりも後から読み始めて、もう三冊目を読み始めている。よく考えれば当たり前のことなんだが、僕は、ショックすぎて危うく任務のことを忘れそうになった。


「読んだら、俺にも貸してな」


「いいよ」


 僕は貴子お姉さんへの思いの強さが、怪人二十面相シリーズを読んだ量に比例するような気がして心が乱れた。太田が僕よりも強く貴子お姉さんのことを想っている。心の中の悔しい気持ちをなるべく太田に知られないように冷静さを演じながら、僕は怪人二十面相越しに治郎の自転車を観察した。


 自転車の主は意外にも早く現れた。今日はクラブ活動がないのだろうか。それでも学校カバンと一緒にテニスのラケットを肩に掛けている。太田が、僕の腕を掴んで立ち上がらせて、僕たちが停めた自転車に向かって歩き始める。ところが、僕の足は前に進まない。自転車の主を凝視したまま、何度も何度も目を擦って確認をする。


「早く行くぞ、何してるねん」


「ちがう」


「何が違うねん」


「治郎じゃない」


「治郎じゃないって、本人が現れたやないか」


「そうやけど、犯人じゃない。顔が違う」


「えっ」


 太田も驚いて立ち止まった。自転車の主は赤いサイクリング自転車に乗って自転車置き場を出ようとしている。


「どうするねん、小林」


「えっ、えっ」


 頭の中がまとまらない。僕にもどういうことなのか分からない。赤いサイクリング自転車を見つけたのに、その自転車の主は僕の知っている犯人じゃない。


「ええ、もう、とにかく追いかけるぞ」


 痺れを切らした太田は自転車に乗って追いかけようとする。僕も今のところ、そうするしかないことを感じて自転車に乗った。その時、僕たちを呼び止める声がした。


「君、自転車にステッカーが貼っていないよ」


 赤い自転車と、僕たちの間に、学校の先生が立ちふさがった。四十歳くらいのチェックのブレザーを着たその先生は、太田と僕を交合に睨みつけた。


「自転車通学を許可されたステッカーが貼っていない自転車で登校することは校則違反だ。それに、君は小学生じゃないのか。なぜ、こんなところにいるの」


 先生の向こうに赤い自転車が走っていくのが見える。どうすればいい、どうすればいい。


「君、名前と学年とクラスを言いなさい」


 僕は、先生が何を言っているのか分からない。そもそも聞いていない。それよりも、自転車が正門を抜けてしまう。


「おがわーーー!赤い自転車を頼むーーー!」


 僕はありったけの大声で学校の外にいる小川に呼びかける。周りにいた生徒たちが、びっくりして僕たちの方に顔を向けた。その時、太田が自転車から下りて、先生に体当たりをした。先生は尻もちをついてひっくり返る。


「小林、逃げるぞ」


 そう言うと太田は自転車に乗って正門に向かって走り出した。


「こらー、暴力はいかんぞ」


 僕の前で先生が立ち上がろうとする。出遅れた僕は自転車の向きを変えると裏門に向かって自転車をこぎ始めた。必死で自転車をこいだ。闇雲に自転車をこぎ続けて気が付いたら秘密基地の周辺まで来ていた。どのように走ってきたのか、全く憶えていない。まだ、心臓がドキドキしている。太田や小川はどうしているだろう。赤い自転車の尾行に成功しているのだろうか。僕は秘密基地にたどり着くと、停めようとした自転車のスタンドが外れてしまい、こけてしまったのもそのままに、バスに乗り込んだ。適当な座席シートを見つけると、そこに倒れるようにして寝ころんだ。バスの天井が見える。先程の騒動からは逃げ出せれたみたいだけれど、僕の胸は激しく上下して動悸が治まらない。ゼーゼーという自分の呼吸を聞きながら、今日の潜入捜査について思い出していると、いつの間にやら寝てしまった。

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