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天の艦隊 ~人類絶滅指令~  作者: はかはか
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ふたつの希望 その10

 ユナは、とある辺境惑星で生を受けた。

 ≪ネオ≫の首星≪ニューフロリダ≫の近くにあるその惑星は、ユナが六歳の時、≪ネオ≫が派遣したAI艦隊の攻撃を受けた。

 ≪ネオ≫と人類が開戦してから、しばらくの事だった。

 遥か空の彼方から襲い来るビーム攻撃に正気を失った人々の混乱振りは今もユナの脳裏に深く刻まれている。

 宇宙港エアポートに殺到した人々が、限りある脱出船に我先に乗り込まんと鬼気迫る形相で争っていた。

 熱気と怒号がユナに迫り、絶望の人波が視界を覆っていた。老人や女子供といった弱者は競争に負け、深い嘆きの声が周囲に蔓延していた。

 ユナの両親は、せめて我が子だけでも助けようと、港の職員に有りったけの紙幣と宝石を握らせてようやくひとり分のスペースを確保したのだった。

 数十万数百万の人々を置き去りにした脱出船が、避難民を満載して暗い宇宙に飛び出した時、地上はAI艦隊による砲撃を浴びて、業火に包まれていた。

 さらに、惑星を飛び立った脱出船にもAI艦隊の魔の手が忍び寄っていた。

 激しい搭乗争いを乗り越えた人々を乗せた二十隻余りの無防備の脱出船は、AI艦隊の格好の標的となり、次々と撃ち落とされて行った。無事に危機を逃れたのは、ユナが乗っていた船を含めて数隻に過ぎなかった。

 この時の恐怖と悲しみは、ユナの心に深い傷と幾つかの教訓を残した。

 自分は、両親とその他大勢の人々の死と引き換えに生き延びたのだという事実。人は、結局己の身が一番大切なのだという事実。正しい使い方をしなければ、宇宙艦隊など持っていても意味が無いという事実。

 特に、散々聞かされていた”希望の救出艦隊”が全く姿を現さなかった事に幼いユナは衝撃を受けていた。

 大人達は、「必ず連邦軍は助けに来るんだよ」と事有る毎に口にしていた。呪文のように繰り返した末に、ほとんどの人がそれを信じた。必ず連邦軍は助けてくれるから、宇宙に脱出する事は考えられない、仲間を裏切る行為で許せないという雰囲気に縛られてしまっていた。

 ユナも、信じ切っていた。いつ、空に浮かぶ雲の間から銀色に輝く美しい船体が降りて来るのだろうと待ち焦がれていた。

 それなのに、一隻も来てくれなかった。連邦軍は、何百隻とふねを持っている筈なのに。

 自分達を守ってくれないのなら、持っていても何の意味も無いではないか。

 頼る者のいないユナは、脱出船の船倉の奥に押し込まれて、誰にも振り返られる事無く、じっと耐えていた。

 甲高いエンジン音が睡眠を遮り、乳飲み子が泣き叫んでいる。

 人間は、根拠は無いが自らに都合の良い話を信じようとする性向がある。そして、それを信じる者程、強引に同調者を増やす傾向がある。

 連邦軍の助けが来るかどうか分からないと正論を言う者もいたのは確かだ。しかし、それらの声は押さえ付けられていった。

 人間は、理性で無く感情に身を任せると、ほぼ誤った道を進みがちだ。今度もそのてつを踏んでしまった。

 ユナは、幼いながら人間の本当の姿を見たような気がした。当然の疑問を異端と断罪する愚かで浅はかな集団。そのせいで、どれだけの人が命を失ってしまったか。

 これ以上誰かを同じ思いにさせてはならない。

 思い込み、思い違い、勘違い、希望的観測等々、僅かでも心に隙が生まれたら、そこを突いて正常な反応を乱されてしまう。

 周囲がどのような状況になろうとも、己の心だけは平静を保たなければならない。

 ユナは、その事を心に刻み込み、人生を歩んで来た。

 辛うじて連邦軍に救われた避難民達は、それぞれの国籍別に収容されて行った。

 ジャパニーズの血を引くユナは、ジャパン政府の管轄になり、戦線から離れた≪アカツキ≫に回された。

 ≪ネオ≫との戦いが始まると、各地から送られる多数の避難民で、連邦の施設は飽和状態になり、各国政府が自国籍の避難民を受け入れる方針に切り替わった為である。

 ≪アカツキ≫の難民センターで自分と同じく家族を失った子供達とすさんだ生活を送る間にも、ユナは後に残して来た人々の無念を胸に勉学に励んだ。

 生き残った自分が出来る事は何か。例え貧しくとも勉強は出来る。知識は、自分を裏切らない。

 難民センターは、まさに無法状態だった。

 世界の健康な優良男子は、ことごとく戦地に送られている。残されたのは女子供と中年以上の男性ばかり。そのボリューム層で経済、文化、教育を今まで通り維持しなければならないのだ。目の届かない所でひずみが出て来るのは当たり前だった。

 力の弱い者は、飢えて痩せこけていた。目端の利かない者は、大人の視野に入らなかった。執着の無い者は、確実に死に足を踏み入れていた。

 線が細く、弱々しく、人付き合いを知らず、大人を信用しなかったユナが生き延びる事が出来たのは、そのずば抜けた知性のお陰だった。

 学問は、ユナにとって将来への野望だけでなく、悲惨な生活を唯一忘れさせてくれるものだった。

与えられる情報を貪欲に取り込めば取り込む程、ユナの前に新しい世界が姿を見せ続けた。その世界は現実世界の地獄を忘れさせてくれた。この現実世界から背を向け、新しい世界にのめり込む為にユナはあらゆる分野の学問を片っ端から漁り始めた。

 いつしか、ユナの知識は、職員を含めたセンターの人間を凌ぐようになっていた。

 結果、ユナの人生が変わった。

 まず、大人達の対応が変わった。センターから優秀な子供を社会に送り出せば、自治政府の覚えが目出度くなる。その頭脳が認められると、奨学金により、レベルの高い学校に通う事が出来る。センターは、ユナを優遇するようになり、ユナの身辺は大きく変化した。

 ユナの意見に大人が耳を傾けるようになった。すると、周囲の子供達の見る目が変わった。ユナへのいじめが止まり、逆に媚びるような態度を取って来た。

 常にトップの成績で義務教育を終えたユナは、迷う事無く次の進学先を士官学校に選んだ。

 生きる為の選択だった。

 士官学校は学費が掛からず、反対に給料を貰える為、貧しい若者の進学先としても選ばれている。おまけに全寮制というのが魅力だった。

 ユナは、やっと難民センターから離れて生活する事が出来たのだ。ユナは、自分がようやく普通の世界に戻れた事を実感した。

 優秀な成績で士官学校に入学したユナは、さらに執念に近い精神の元、開学以来とまで言われた成績を残し、ジャパンが生んだ天才とまで称される事になる。

 士官学校を卒業後、ユナは当然の如く連邦軍参謀本部に採用された。各任務先で頭角を現した後にようやくの栄転先が参謀本部というのが基本である。異例中の異例の人事だった。

 軍のエリートコースに乗ると、余程の事が無い限り将来は約束されている。しかも、ユナ持ち前の優れた能力を考えれば、どうなっても安泰な人生の筈だった。

 だが、ユナは入隊後すぐに、自分は普通の世界に落ち着いていられない人間だと悟る。

 参謀本部で、連邦軍と≪ネオ≫の戦闘内容を調査研究していく内に、ユナは今の作戦計画では連邦軍は勝てないと結論付けるに至ってしまった。

 ≪ネオ≫は、人間の手で作り上げた機械である。人間の事は隅から隅まで理解している。そんな相手と同じ土俵で戦っても、ミスをする可能性が限りなく低い≪ネオ≫に勝てる筈が無い。

 ユナは、連邦軍が勝てるとしたら、今まで誰も考えなかった作戦を実行するしかないと、作戦計画の大幅な変更を提案した。今までの連邦軍の思考とは異なる発想ならば、≪ネオ≫の裏を突ける、と。

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