14.葵の世界
連続投稿しています。次で最終話です。
アイが飛んだ先は、清潔で整った街だった。
「え?」
アオイから革命戦争中だと聞いていたので、アイはもっと崩れた街並みを想像していただけに、拍子抜けした。
案内板を参考に、街の中心部へと向かって歩き出す。
道には、ゴミひとつ落ちていないし汚れてもいない。できたばかりのテーマパークのようだ。
(それにしてもなんだろう? この妙な感じ……。そっか! 人がいないんだ。街の中心部じゃないにしても、この静けさはおかしいわ)
立派な建物や家々があるのに、誰一人歩いていないし、車やバイクといった乗り物も一台も走っていない。
大きな道路に突きあたる頃、妙な匂いがアイの鼻についた。
交差点の向こう、高い屋根、壁のないガソリンスタンドのような建物には、ガソリンの給油ホースのようなモノが並び、そばには中身が入っているらしい荒く編まれたような土色の『ずた袋』が積まれてあった。
どうやら『ずた袋』から匂いがするようだ。
アイが見ている前で、いきなり大きなエアカーがガソリンスタンドのような建物の前に横付けし、迷彩服を着た人がわらわらと現れ、『ずた袋』に群がった。
同時に大音響でサイレンが響く。
「警告! このエリアに入った者は、ただちに退去して下さい! 退去しない場合は、保証されません! 警告! この……」
(このエリアってどのエリア?)
アイがいる場所もこのエリアに入るのか、入らないにしても逃げようか迷ったが、結局アイは迷彩服のグループと『ずた袋』の中身が気になって、しばらく様子を見ることにした。
「警告は無視されたものとして、今から攻撃に入ります。速やかに、このエリア内から退去して下さい!」
うるさいくらいに鳴り響いていたサイレンがピタリと止み、不気味な静けさに戻った。
迷彩服の人たちは去る気配さえ見せず、『ずた袋』をエアカーに積み込んでいく。後1つで全部積み終わる、その時、
「うわあぁああ!」
突然叫び声が上がったかと思うと、迷彩服の1人が、いつの間にからみつかれたのか、ホースに持ち上げられていた。
当然、仲間が助けに行くだろうと思って見ていたら、『ずた袋』を積み込み終えると、エアカーは逃げるように走り去ってしまった。
ホースの口が大きく開いたかと思うと、凄まじい叫び声ごと迷彩服の人を飲み込み、しばらく後に『ずた袋』を出した。
アイのいる場所から見ても、『ずた袋』はぴくぴくと動いているのがわかる。
(って、ちょっと待って。これって、これって……!)
気がつくとアイは飛ぶ前の自分の部屋にいた。無意識のうちに戻ってきたようだ。
両目からはいつの間に出たのか、涙が流れていた。泣きたいわけじゃないのに、涙が止まらない。
(なに? あれはなんだったの? こわい!!!)
どうしようもない恐怖がアイの体を支配していく。震える体を手で押さえても止まらない。
アイはしばらく呆然としていた。
けたたましいベルの音にはっとして、習慣で目覚ましを止める。
(今、私、なにしてたんだっけ……?)
「え……っと、時間だから迎えに行かなきゃ」
アイはぼんやりしたまま、機械的にフミヒコのいる喫茶店へと飛んだ。
「アイ!」
フミヒコは小声で叫ぶとアイをひっぱり席に座らせた。
「まずいよ、直接こんなとこに飛んだら」
きょろきょろと店内を見まわして、ごまかすためにフミヒコも向かいの席に座る。
「酷い顔色だよ。なにかあったの?」
フミヒコが鞄からハンドタオルを取り出し、アイに差し出したものの受け取る気配もないので、ぐいぐいとアイの顔を拭く。
「ちょっと待ってて」
涙の後を落とした後、そのタオルをアイに握らせ、フミヒコは席を立つと、やがてカップを持って戻ってきた。
甘い匂いと一緒に立ち昇る湯気がアイの目の前で揺れる。
アイがそっとカップに触れると、熱が伝わってくる。
大きく息を吐いた後、アイは今見てきたアオイの世界でのことをフミヒコに話した。
「そこがアオイの世界なのか」
アイが落ち着いて話せるようになった頃には、早めに終わったシンヤも合流していた。
「あんなのとアオイはずっと戦っていたの?」
「まだアオイが迷彩服側って決まったわけじゃないだろ」
「ホース側だったら、私、とてもじゃないけど、協力なんてできない」
「それはアオイに聞くとしよう。ところで、オレの読み違いじゃなかったら、アオイに帰還命令が出てるみたいだ」
ホラ、と印刷した紙をシンヤはフミヒコとアイに見せた。
「ウィルスとして大量にばらまかれてたから、緊急なんじゃないかな。暗号の法則が前と同じで、はっきりとは解読できなかったんだけど」
「アオイに知らせましょう」
アイとフミヒコとシンヤが湖畔の家に着くと、
「やっと来たか」
「遅かったな」
アキラとアオイは、それぞれぐったりと三人を迎えた。
「『封印』どうなった?」
「かなり頑張ったつもりなんだけどね~」
「もう少しってところでな、どうも解けない」
「あ」
声を上げるシンヤの手には、濡れたゴーグルが握られている。
「もしかしなくても、二人はエアバイクの練習してたんじゃないか?」
「……」
「ばれたか」
「あ、バカ。今のはシンヤのカマかけだって」
「バカとはなんだバカとは! アキラこそ、今の私のフェイントが読めなかったのか?」
「読めるかよ、そんなもん」
「単細胞だからな」
「なにおう!」
「なんだ、やるのか?」
「おうよ!」
「こんな時になに言ってるのよ!」
つかみ合った2人にアイが割って入った瞬間、なにかが壊れる感じがした。
寒い北の地方、雪が積もった山々を見下ろしながら、アオイは呪文のように口ずさんでいた。
青い木の芽が芽吹くとき
風は渡れり 我らが頭上
流れをつかむは 戦士の証
いざゆかん 平和のために
いざゆかん 愛のために
「お姉ちゃん、私のために戦うの?」
窓辺に座るアオイに、小さな女の子が近づいてきた。
「そうだな、おまえのためでもあるが、この国を立て直すためだ。おまえは幼いからわからないかもしれないが、この国はおかしいんだよ」
「ふうん?」
「待っておいで、かわいい子。私がならした後、おまえが豊かにする。そのために戦うことを、私は誇りに思うよ」
「うん。待ってる。必ず帰ってきてね。約束」
「あぁ、約束だ」
硬く結ぶ小さな指。
「な……に、今の?」
「なんだ……?」
「オレにも見えたよ」
「僕も見えた」
四人がアオイに目を移すと、アオイは目を見開き、どこか遠くを見ていた。
「思い、出した……私は妹を探してたんだ」
「妹?」
「そうだ。突然アジトから消えた。妹の能力は特殊だから利用するために浚われたのかもしれない。私は妹を探すために、別の世界で私にそっくりな『アオイ』を探しだし、『7日間だけ私の身代わりをして欲しい』と頼んだ。うまく入れ替わったんだが、すぐにばれて私に追っ手がかかった。1度捕まった時に記憶を封印されて……」
「『指揮者』ってのは?」
「正しくは『指導者』だ。私の国では、多くの能力者が生まれる。彼らを『正しい道へと導く者』として、私は特別な力を持っている。だが今、私の国は前の『指導者』の力で、変に支配されたままなのだ」
「『ずた袋』にされるのね」
「見たのか、あれを……。強い能力者の規律を正すために、絶対的な力で支配することが前の『指導者』の方針だった。捕まるのは違反者だけだが、あんなことが許されていいはずがない! あの状態になった者を治すには、『癒しの手』の使い手でも難しい。本来なら、私も最前線であの機械たちと戦い、傷ついた仲間を癒なくてはならないのに」
「そうだ、帰還命令みたいなのがきてたんだけど」
シンヤはさっきの紙を渡した。アオイは目を通したまま固まった。
「最悪だ」
「なんて書いてあるんだ?」
「『アオイ』がさらわれたらしい」
一瞬、私たちも固まった。
「私のせいだ! 私が、我が妹のためとはいえ、地球人を巻き込んでしまったから」
「落ち着け!」
アキラはアオイの頬を軽く叩くと、ぐっと両肩をつかんだ。
「今更なことごちゃごちゃ言ってもしょうがないだろ? 取り返しに行こうぜ! それしかないだろ!」
「ああ……ああ、そうだ」
「よしっ。じゃ、ま、ひとまず今日は休もう。明日、みんなでアオイの世界に行く、それでいいな?」
誰にも異存はなかった。
「……イ、アイ!」
「?」
揺さぶられて目が覚めた。そこにはアオイとアキラ、フミヒコがいた。
同室のアオイはともかく、なんでアキラとフミヒコが?
「なに? ……どうしたの?」
「悪いんだけど、俺たちをアイの部屋に連れていってくれないか?」
「? ……いいわよ」
アイの部屋に着いてから、アイがあらためてみんなの顔を見ると、一人足りない。
「シンヤは?」
「シンヤはいいんだ」
「アイ、僕やアキラを、アオイの力で分離できるらしい」
「え、ホントに?」
「ああ。力をかなり使うが、ここでならできる」
確信に満ちた様子でアオイが目を細める。アイの選んだ場所はアオイにとっても力が使いやすい場所のようだ。
「アイの力も借りたいんだが」
「役にたてるのなら、いくらでも貸すわ」
「よし。じゃあ、始めよう」
アキラとフミヒコは、横になって力を抜いた。
「これでやっとこのカタチから解放される」
「地球人の『アオイ』を助けるためにいくのに、ヒトも一緒に向こうの世界に行ったら、『アキラ』や『フミヒコ』まで危険にさらすことになっちゃうからね。行く前に分離したかったんだよ」
違いない、とアオイも頷いた。
「……不思議な気分だ。『アキラ』になって過ごした時間は、長いながい時間の中でもほんの少しなのに、まるで『アキラ』だった自分こそが本物みたいだよ」
「わかるよ。僕も『フミヒコ』として過ごした時間が本物みたいに思える。これって、今までの自分がカラッポだったってことかな?」
「あなたたち『無形宇宙人』は本来、目的なく存在するものだから、ヒトの感情が理解できなかったのかもね。でも今は、わかるのね」
「おはよ、シンヤ」
「……はよ。なんだ、みんなえらく早起きだな」
まだ寝ぼけた顔のシンヤが、アイ、フミヒコ、アキラ、アオイの4人に囲まれて、目を丸くした。
「そりゃ~、今日が討ち入りって時は、ついつい早起きしちゃうもんだろ?」
アキラの軽口にフミヒコが乾いた笑いをもらす。
「さて、行こうか?」
「ちょっと待って。私はともかく、みんな1度は家に帰った方がいいんじゃない?」
「あ、そうだな。アサヒがうるさい」
「私も続けて2泊はキツイか」
「学校までは送るから、そこからはそれぞれ帰ってくれる?」
「じゃあ、集合場所と時間を決めとこう」
「……そうね」
「今が朝の6時すぎだから」
「9時でいいか?」
「3時間もいらないよ」
「女の子には色々時間がかかるものなの!」
「はいはい。じゃあ、9時に」
「カフェは開いてないから、食堂?」
「そうだな。建物の中じゃないと寒い」
「では、9時に食堂で」
五人は学校で別れた。




