10.指揮者と葵
「さ~あ、くわしく説明してもらいましょうか?」
朝からフミヒコ、アキラ、シンヤを捕まえて、アイはカフェに来ていた。
「もちろんそのつもりだよ」
「まぁ座って」
「アイはいつもこれだな?」
いつも飲むカフェオレを用意されて、アイの気持ちは少し収まった。
(う~ん。フミヒコが入って偶数になったと思ってたのに、まだ疎外感があるのよね。そうだ。今度のメンバーは地球人でも宇宙人でも、女の子タイプにすればいいんじゃない?)
「さっそくだけど、アイはこれ見てどう思う?」
「?」
アキラが差し出したのは、ごちゃごちゃと走り書きがたくさんしてある紙だった。
「ガードされてて、あんまり深く読みきれなかったんだけど……読めた分だけ書き出してみたんだ」
・・・勢力が増してきている
指揮者の存在が・・・
我々の勝利のために・・・
後はとりとめもなく単語が並んでいる。
「こっちが機械のデータ……これも完全には解読できなかった」
シンヤも書き留めた紙を差し出す。
・・恒久同盟において、有害人物・・・
・・続く・・はもうすぐ終わりを・・・
・・・指揮者の存在が・・・・・
探さなくては・・・
こっちも後は埒もない内容だった。
「初め『指揮者』がなんだかわからなかったんだけど、アキラの内容と合わせて考えると、おそらく同じ人物を指していると思う」
「この内容なら、人物の映像も読めたんじゃないの?」
「読めたんだけど……」
アキラは気まずそうにシンヤを見た。
「オレにも伝わらない画力じゃな」
「見たことあるような気がしたんだ。それも割と身近に」
「まさか私たちの誰かじゃないわよね?」
「それだとすぐわかるよ」
「あっ!」
シンヤがいきなり声を上げた。
「どうしたんだよ?」
「アキラさ、読むことができるんだから、伝えることもできるんじゃないか?」
さっそくアキラはシンヤに伝えてみることにした。
「どう?」
「さっぱり」
人間だから無理なのかもということで、次はアイに送る。
「ごめんなさい。わからないわ~」
「頼むぜフミヒコ」
「ああ」
緊張した面もちでフミヒコがアキラと手を重ねる。
アキラが目を閉じ、真剣な表情で見えた映像を送っている。
と、ぴくりとフミヒコが反応した。
「あ……見える!」
「ほんと?」
「うん。あ、僕もこの人、見たことあるような気がする」
「フミヒコも?」
やれやれ良かったとアキラは手を離した。
「ということは有名人かしら?」
「ううん。僕そっちはさっぱりだし」
「フミヒコは伝えられないのか? オレとアイもその人物を見ないと話にならない」
「うーん。描いてみるよ」
フミヒコは筆記用具をベージュの鞄から取り出すと、思い返しながら描いていった。
「お、おおお。似てるよフミヒコ。才能あるなぁ」
アキラがそう言うからには、きっと似ているのだろう。
紙には、ショートカットのきりりとした女性が浮かび上がってきている。
「あ……もしかして」
シンヤが横から絵に書き加えていく。
「もっと髪がこう長くて、眼鏡かけたら……」
シンヤの書き込みで、私にも見覚えのある人物になった。
「女流棋士!」
「そうだ。どこかで見たと思ったら、学校案内に載ってたんだ」
「これって、どういうことかな?」
フミヒコの言葉に、私たちははっとした。
なんで女流棋士ともあろう人(?)が、そんな事件に関係あるんだろう?
「考えててもしょうがない。会いに行こうよ!」
「単位落とさないようにね、アキラ」
今すぐ走り出そうとしたアキラに、シンヤがしれっと言った。
結局、みんなの授業の都合や女流棋士の都合もあって、会えるのは夕方、部活が始まる直前の短い時間となった。
「アオイ! アーオーイ! ファンの子が来たわよ!」
先輩らしい女の子が呼んでしばらくすると、なんだか寝起きでぼんやりとしているような、背の高い女性が現れた。
髪はボブに切りそろえられ、よく見る写真よりもフレームが目立つ眼鏡をかけていた。
女流棋士界期待の星は四人をしばらく見つめた後、おだやかな声で言った。
「……なにか?」
ぼんやりした様子に拍子抜けして、すぐに言葉が出ない。
「あ、あの……」
「がんばってください」
「応援してます」
「……ます」
彼女は四人の言葉が終わってもしばらくなにか待つかのように立っていたが、やがてゆっくりと戻っていった。
「あなたたち、アオイのファンだったの?」
後ろから声をかけられ、振り返ると、さっきの先輩より経験値が高そうな先輩がいた。
「はい」
「学校案内を拝見して」
ああ、と先輩は頷いた。
「あの頃はまだ普通だったからねぇ」
「と、言うと?」
「交通事故にあって以来、ちょっと変なのよ。ぼんやりしてるって言うか。記憶喪失みたいでね。将棋のルールも忘れてたのよ? まぁ、身体が覚えていたのか、すぐ復帰できたけどね。家族や友達、部員の顔も名前も忘れてるから、なんだか悲しくって・・」
「へぇ」
「そんなことが」
「昔からのアオイのファンは半減しちゃった」
わかるような気がした。
学校案内の写真ではビシっと袴を着こなし、背筋もピンと伸びた凛とした日本女性だったけど、今のアオイはまるで違う。
「あ、時間だわ。見学するなら静かにね」
戻る先輩を横目に、四人は、どうする? と視線を交わす。
「せっかくだから見学しようか?」
シンヤの囁きにみんな頷いた。
「……」
静かな空気の中、駒が置かれていく。それは気持ちのいい音をたてて、時間を切り裂くようだ。
アオイの迷いのない手に惹かれ、顔を見ると、さっきと表情が全然違う。鋭いまなざしは少しも揺らぐことがない。結ばれた唇はかすかに微笑んでさえいるようだ。
四人は同じようにギャップに驚いているようだった。
フミヒコの目配せにアキラが頷いて、出よう、と促した。
「で、フミヒコ。なにかわかったんだろ?」
カフェに落ち着くと、さっそくアキラは尋ねた。
「彼女、宇宙人だよ」
「4人目か」
「びっくりね」
こんなに早く4人目が学内で見つかるなんて嬉しい誤算だ。
「なにか気になることでも?」
シンヤがフミヒコの歯切れの悪さに問いかける。
「僕は入学してすぐに上の学年を先に調べたんだ」
アオイは私たちより1つ上の学年だ。
「その時、もちろん彼女も調べたんだけど、彼女は普通の地球人だった」
「さっき言ってたじゃないか。交通事故にあったって」
「アキラと同じようなもんだろ?」
「アキラとは違う感じがする」
「それってどういうこと?」
「アイと同じ。人型宇宙人だと思う」
「え?」
「人間の彼女はどうしたんだろう?」
「……そうだな」
「そうね」
「え? なに? どういうこと?」
1人だけ納得できないでいるシンヤに、アキラが説明する。
「シンヤ、俺たちが知ってるだけでも宇宙人は2種類ある。1つは俺やフミヒコみたいに自由にカタチを変えられる、名付けて『無形宇宙人』」
「もう1つは私みたいに、カタチを変えられない『有形宇宙人』」
「どう違うんだ?」
どう言えばいいのか、とアキラは考えながら口にした。
「……俺は『アキラ』に寄生しているようなモノなんだ。『アキラ』というカタチに入り込んでいる。存在も『アキラ』として存在している」
「私はこのカタチが私。実はなにも存在を証明するものがないの」
「え? アイは大学に通ってるのに?」
「座敷童みたいなものよ。本当はアイなんて人間はいないから、住民票のような存在証明はないの。大学も『通ってる』だけで、お金は払ってないのよ」
「でも、アオイは地球人として存在してるだろ?」
「そう。だから何かの拍子に入れ替わったとしか思えない」
「しかもそのことを地球人はわかってない」
「それは……ヤバい話なんじゃ……」
「本気でヤバい感じだよ」




