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思考せぬ人々

深夜のN分小説執筆 2018年 07月 28日分

使用お題:「停留所」「ペトリコール」「花に嵐」

 空港から出ると、私はシャトルバスの乗り場を探した。街の西に向かう乗り場。その横に街の中央に向かう乗り場があった。どちらの乗り場にも、ボンネット・バスがエンジンをかけたまま停まっていた。こんなバスがまだ現役だとは思いもよらなかった。

 中央に向かう乗り場の係員から切符を買い、バスに乗ると、コールタールの匂いが鼻を刺した。ボンネット・バス、木の床、コールタールの匂い、そして薄いシート。この空間は、ほぼ完璧であるように思えた。いかにもというものではなく、そのままでほぼ完璧であるように思えた。

 私はシートに座ると、多少かさばるカバンからノートを取り出してページを繰った。面接での発表内容は、悪くないと思えた。多少、突飛であると思われるかもしれなかったが、それはおそらくいい方に転がる要因になるだろう。

 数年、ある大学に努めていた。そこではこれという業績は出せていなかった。

「中央行き、出発します」

 運転手のアナウンスが聞こえた。

 そして気づいた。なにかが欠けていると思ってはいたのだが、それがなんなのかがわかった。このバスには車掌がいない。いるはずもなく、いる必要もなかったが。

 この数年間研究していたのは、あるいは本や論文を読み漁っていたのは、つまりはこういうことについてだった。体験によって世界は脳の中にどのようにモデル化されるのか。その体験には、読む、見る、聞くといったものも含まれていた。

 最初のモデルとしては悪くはないだろうと思えるものの構想がまとまったすぐ後だった。大学の事務局から連絡があった。うちの大学では、研究は最小限に抑えて欲しいというものだった。それではコミュニティー・カレッジ――まぁ、一部のではあるが――にも劣ると私は言ったのだが、答えは、もう決まったことだからというものだった。それも仕方がないことかもしれなかった。教育省からの天下り教授が数人おり、コネを使い好き勝手にしていたのだから。さらには、天下り教授がいることで、多少なりとも教育省から予算面で優遇されてもいたのだから。

 研究のいろはも知らない天下り教授にできることと言えば、教育省とのパイプ役はもちろんだが、官僚の頃にはできなかった、企業や団体との癒着だった。

 その影響というわけでもないのだろうが、何人もの事務局職員が何人もの教授、准教授、助教に、あなたのやっている研究は私にもできるのですからというようなことを言っていたそうだ。なにを言っているんだとは思ったことだろう。だが、ではやってみてくださいと言ったのは一人だけだったようだ。結果は聞くまでもなかった。小学生の読書感想文がなんとか比べる対象にできるだろうというレポートが返って来たそうだ。そのレポートが真っ赤になるほどに丁寧に赤入れをして戻したらしい。結果は? 職務の妨害をしたとのことで訓告処分だった。

 結局はそれが、私がここにいる理由だった。すこしはマシなところに移るための面接だった。この数年の業績の少なさから考えると、面接に漕ぎ着けたのは幸運だろう。その幸運になにか理由があるとすれば、それはこのノートだろう。なにについてどのように研究を進めるかの概要を送っていたのが理由だろう。

 正直、これからという時にこのような決断をしなければならなかったことは残念でもあった。だが、周囲から見れば一休みしていた時期であったとしても、そういうわけでもなかったことは示せたのだろう。

「中央、中央」

 運転手がアナウンスした。

 私はノートをカバンに収め、バスの前方の降り口へと向かった。切符を運転手に渡し、そしてバスから降りた。

 地面にはポツポツと黒い丸があった。雨の匂いがしていた。悪い気分ではなかった。雨が上がる頃には、仮のではあっても内定があるだろう。



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