水槽の中の脳
#深夜のN分小説執筆 2018年 5月 19日分
お題:「水槽」「劇薬」「樹海」
講義の後半に、教授は箱にかけられていた布を取った。その箱の中では、メスが切り開いていた。切り開かれたその隙間には針が差し込まれ、両側を次々と接続していた。
メスはさらに切り開き、針からでる樹脂はさらに動きを早めた。
かなりの個数に切り分けられると、各々の部位は引き離され、それに応じて針はすばやく動き、樹脂の糸を再接続していった。
「見て分かるように、」教授は背後のスクリーンを指差した。「各々の部位、そして全体としての機能は維持されている」
部位の活動のスパイクがスクリーンに現れていた。
「概念、ミーム、それらをなんと呼ぶにせよ、それは君たちが思っているようなものではない」
もう一本の――ただし先が二股の――針が降りてきた。
「いいかね? ここを刺激してみよう」
背後のスクリーンにはいくつものスパイクと、微弱な反応が現れた。
「さまざまな部位が、今の刺激に反応している。つまり、概念であれミームであれ、個々のそれらは単独で存在するものではない。全体として、それはミメクトームと呼ばれるが、として存在する」
二股の針は、また別の場所を刺激し、スクリーンにはまた異なるスパイクと微弱な反応が現れていた。
「大きく反応する部位もあれば、下生えや苔のように微弱な反応をする部位もある。だが、微弱な反応を取り除けば、その概念あるいはミームは失われる。少なくとも、もとのものではなくなる」
二股の針は、また別の場所を刺激していた。
「とは言っても、そう怖がる必要はない。毎日数百、数千という神経細胞が君たちの脳からも失われている。だが、そうとは感じていないだろう。一定の限度までは、処理の効率化の役割を担ってもいるからだ」
教授は教室を見渡した。
「さて、彼には元に戻ってもらおう」
切り開かれた部位の間隔が狭まり、最初の針がまた忙しく動き始めた。
「ところで、気にしている人もいるだろうから付け足しておこう。彼は今、眠っている。人間には使えない薬によってね。眠っているというよりもまどろんでいると言う方が正確だろう。それともう一つ。彼、いやこれはただの脳にすぎない。シミュレーションによる刺激を与えているが、人工的に作られた教材にすぎない。それらの点については安心してくれていい」
水槽の中では、脳の各部位の間はまだ閉じられていなかった。