公衆電話の鳴る日
#深夜のN分小説執筆 2018/03/17 開催分参加作品 使用お題:「臨死」「遠雷」「公衆電話」 (「臨死」は微妙かも)
公衆電話が鳴っていた。
田舎の駅前。ポツンと撤去を忘れられたかのごとく立っている公衆電話ボックス。夕暮れというには暗く、周囲にある明かりと言えば駅舎の照明と、その公衆電話ボックルの明かりのみ。その中から、くぐもってはいるものの、電話が鳴っていた。
公衆電話にも番号があり、そこに電話をかけられること、そしてメンテナンスにも使われていることは知っていた。だが、公衆電話が鳴っている場面に出くわしたのは、これが初めてだった。
俺は公衆電話ボックスの前へと足を進めた。そのまま扉を開けるかどうか、躊躇っていた。
ただのメンテナンスなら、すぐに鳴り止むだろう。いや、メンテナンスであれば、そもそも鳴りはしなかっただろうか。だとしたら、間違い電話か。
思い切って扉を開けた。間違い電話なら、そうだと教えてやろうと思った。
「もしもし」
その言葉に返事はなかった。
「番号を間違っていますよ」
その言葉にも返事はなかった。
「その番号は、XX駅前の公衆電話です」
やはり返事はなかった。
「偶然通りかかったので……」
「アキラか?」
やっとのことで返事があった。その声は聞き覚えがあるものの、ボコーダを通したような不自然さがあった。
「親父?」
「アキラだな」
「そうだけど」
「私は…… 私はどこにいる?」
その言葉の背景には、ノイズが乗っていた。周囲の音もボコーダを通したような音になっているのだろうか。だからだろうか、そのノイズは雷にも似ていた。
「どこって…… 大学だろ? スマホにかけてこいよ」
そこで気付いた。公衆電話に? どうやってこんな場所がわかった?
「私は…… 私の目の前に私がいる」
「もう酔っているのか?」
「それに、見えるんだ」
「なにが?」
「これは、ネットワークだ」
「はぁ?」
「あぁ、見える。意識がはっきりしてきた。ネットワークが見える。はっきり見えてきた。お前のスマホも見えてきた」
「酔っているんだな? もう切るぞ」
「いや、待て。聞きたいことがある」
「なんだよ」
親父はしばらく無言だった。
俺は親父の言葉を待っていた。スマホがズボンのポケットの中で震えた。俺はスマホを取り出し、着信ボタンを押した。
「アキラ、できたぞ。私の人格の複製ができた。さっき起動したところだ」
公衆電話からは別の声が聞こえていた。
「アキラ、私は生きているのか?」
これが親父のイタズラではないのなら、公衆電話の声の主は誰だ。
「怖い。私は駆動を停止されるのが怖い」
「親父、」俺はスマホに向かって話した。「プログラムが怖がることなんてあるのか?」
「プロセスが起動し、そして停止されるのが見える。私も停止されるのか」
「難しい質問だな。この人格の複製なら、もしかしたらというところだろう」
親父に伝える方がいいだろうか。公衆電話の声の主が本当にそうだとして、そして怖がっているのだとしたら。
本当にそうだとしたら、停止は声の主にとってなんなのだろう。それはただの睡眠だろうか。それとも死か。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
ボコーダを通したような声はキーを上げ、そう言い続けた。
俺は耐えきれず、公衆電話の受話器をフックにかけた。
「親父、その複製はたぶん失敗だ。どういう改良が必要なのかはわからないけど、ともかく失敗だ」
しばらくの無言の後に親父が答えた。
「そのようだ。パラメータがおかしなアトラクタに収束した。改善が必要だな。だが、どうして失敗だとわかった?」
その質問に、俺は答えられなかった。ボコーダを通したような声が、まだ耳に残っていた。
「問題の分析が必要だ。停止しよう」
「あぁ」
それが睡眠であれ死であれ、公衆電話の声の主には救いではあるように思えた。
これで街中の電話が鳴ったら…… どこかで見た映像を、俺は思い出していた。