桃太郎尋問
「――で、やっちゃったわけだ?」
「いえ……あの時は頭に血がのぼって、何がなんやらわからなくなってしまいまして……えと、よく覚えていません。気が付いたら……」
「あのね、桃田太郎くん。君ね、いくら相手が悪人だといってもね、過剰防衛どころか、一方的に押し入って虐殺しちゃったとなると、ちょっとねぇ。いくら若いからってわからない歳でもなかろう――――はあ、この歳になってこんな事件を扱うことになるとは、つくづく刑事とは因果だよ」
「し、しかし僕は正義のために、鬼たちに虐げられている市井の人々のために――」
「それは君の側の論理だよ。いいかい? どんな大義を掲げようと、一方的な暴力というのは社会じゃ断罪されるんだよ。テロリストに釈明の余地なんてないんだよ」
「て、テロ、りすと……この僕が……?」
「それに、鬼じゃなくて、鬼島さんだ。これは私が言うことではないけどね、あまりに自分側の言い分ばかりを主張しすぎると、裁きの場での心証を悪くするからね、慎んだ方がいい。自らの認めるべき過失は素直に認めた方がいい、状況証拠は揃ってるんだから、尚更ね」
*
「あああ、あの子は普段は大人しくて、虫も殺さないような優しい子なんじゃ、虐殺なんて何かの間違いじゃあ! お願いじゃ、あの子を助けてやってくでぇ、五平先生!」
「昔から隣に住んでるんですから知っていますよ。しかし、現に 彼の血に染まった装具に、使用したとみられる凶器、持ち帰った財宝、現場に残された死体の山、証拠隠滅のための放火。どこからどう切り込まれても凶悪犯罪ですよ。惨敗ですよ、弁護の余地がありませんよ」
「しかし、あの子は困っているワシらを見るに見かねて、鬼と決着をつけに行くと言って……」
「――ええ、以前から鬼島さんとのトラブルは絶えなかった、とお聞きしています。長年滞った確執に終止符を打つべく、話し合いに出向いた、と。桃田さん側には大義があった、と主張なさるわけですね?」
「話し合いに応じようとせず、相手方が先に暴力をふるった可能性もあるんじゃないかと……」
「まあ、正当防衛であった、としましょう。しかし過剰防衛と言われても仕方がない状況です。被害者らの普段からの暴虐性を補強材料として、情状酌量を訴えるとしてもねぇ……」
「五平は弁護士先生なんじゃろ? 昔からのよしみもあるじゃろに、そこをなんとか、是非に!」
「そこをなんとかと申されましてもねぇ、なんとかなりますか? コレ」
*
「で、君たちは桃田に誘われて、一緒に鬼島さん宅を襲撃した、ということなんだけど、それには間違いはないかな?」
「ボクは襲撃するゆうのは聞いてなかったわ」
「オレは面白いことがあると思ってついていっただけだて」
「アタシは腕つかまれて、無理やり連れて行かれたけん」
「しかし実際に、君たちも襲撃には加わっているよね? 君たちの歯型や、爪の跡が遺体の傷からいくつも検出されている」
「まあ、あの時は従わなきゃいけないって感じやったんや。もともとボクは従順な性格だし、上には逆らうなって教えられてきたから」
「ああ、オレはさ、桃田さんが、大丈夫だからって言うから、それに従っただけでよ。いやさ、オレ的にはなんとなくヤベーんじゃねぇかな、って思ってたんよ?」
「アタシはおとなしく言う事聞いてれば金銀財宝ががっぽりやって言われたっちゃ。だって、そんなん言われたら誰でも目がくらむけん、仕方ないけんね」
「つまり、悪事に手を貸しているという認識はあったと? そういうことだね」
「っいやいやいや、ボクはあくまで彼の命令に従ったまでで、その行為に及んだのは……お、脅されてたから……ですよ! 家族がどうなっても知らないぞって」
「ちょーまって、オレは桃田さんに言われたけど、こっそり加減して手ぇぬいとったんだわ。けんどそれに気づいた桃田さんは、オレの手をとって無理やりやらしたんだで!」
「アタシは桃田さんが暴れてる隙に、宝物庫にいけゆわれて真っ暗な中進んどっただけっちゃ、そんとき誰かを引っ掻いてしもたかも判らんけど、不可抗力やけん」
「ふむ……なるほど。君たちに殺意はなかった、と?」
「不本意であり不可抗力でした。あの時は、ただ自分の家族に危険が及ぶことを恐れていました」
「オレの手の中で冷たくなってゆく鬼島さんたちを思い出すと……う、ううう……なんてことを……」
「もしアタシの不注意で傷つけてしまったんやとしたら、えらい申し訳無いことをしました。それが元で命を落とされたとなれば、慙愧の念に耐えません」
*
「君には両親はいない、と? あの老夫婦が君のご両親では……いや、いくらなんでもそれはないか……」
「はい、僕は川から流れてきた桃から生まれたんです。世に平和をもたらすために神に選ばれし者として生まれたのだと、皆が僕をたたえています」
「君、ふざけてはいけないよ。ここは法廷でないからといって何を言っても許されるわけではない。特に私を怒らせるようなことをすべきではない。この意味がわかるかね?」
「ふざけてなんていません! 僕はお婆ちゃんからそう聞いたんです」
「別に君の出自を吊し上げて、どうこうしようという訳でもない。まあ今はそれでもいいとしよう――でだ、君のお仲間なんだがね。無論彼らも無実という訳にはいかないが、君の掲げる大義に賛同したというよりも、半ば脅されていた、あるいは上手く言いくるめたといった供述がなされている。君には犯罪教唆の疑いもかけられる」
「彼らは団子を……」
「え?」
「彼らは団子を食べたんです……僕はお婆ちゃんの作ってくれた団子を、鬼……島さんへの手土産にするつもりで持っていったんです。ですが道中で彼らに襲われて、団子を渡さざるを得なくなりました」
「ほう?」
「これでは鬼と交渉ができなくなると、僕は恐れました。あの団子は交渉の切り札だったんですよ、それを彼らが無理やり僕から奪い取ったんです!」
「うむ……それはともかくだ、何度もいうようだが、鬼ではなく、“鬼島さん”と、ちゃんと言いなさい。君は被疑者としてここに居るという事を忘れてないかね?」
「ぼ、僕は天意に背くようなことは何一つ……」
「……やったんだろ? もう楽になれ桃田太郎! 男の子がみぐるしいぞ」
「いえ、僕はれっきとした正義の行使を――」
「っだああっ!? やっただろうが! 善良な罪なき鬼島さん一家を一族郎党、女子供一人として残さず惨殺したあげく、財産のことごとくを奪い、それでは飽き足らず現場および家屋に放火! これが天意に背かずして何が背くというのだ、あァ? それとも何か? おまえが崇める神は、殺人強盗放火強姦オールオッケーエニタイムハッピーカムカムのヒャッハーな神なのか?」
「ぼっ、僕はっ――――!」
*
「桃田さん、実際のところ旗色は悪いですよ。無実どころか、共犯者の証言からどんどん不利な方向へ持っていかれてますよ。世論の目も厳しいですし、マスコミもそろそろ桃田さん宅を張りこみだしているようです。僕もこのまま彼の弁護を請け負うというのにも限界があります。弁護士としての初仕事で大コケしたら、僕の弁護士生命終わりですし」
「しぇ、しぇんしぇい! あんたはわしらを見捨てるというのかぁあ! だばー! 先生が子供の時にオネショして、おふくろさんにバレそうになった時、わしが身代わりになったじゃろう!」
「あれはあれで問題になったんですよ! なんで隣のおじさんが息子の部屋の布団で寝ていて寝小便したんだと! 覚えてませんか?」
「ばかもの、覚えておるわ! わしは住居不法侵入および児童性的搾取の罪で逮捕されたじゃろうが。わしはそこまでしてお前さんの名誉を守ったのじゃ。挙句、釈放されてからは小さな男の子がわしに近づいてはならぬと、こぞって近所の母親はわしから距離を置き、すっかり危険人物認定じゃ! それもこれもお前さんのせいじゃ……」
「そのわけのわからないおせっかい焼いたうえで、自爆して、それを僕のせいにされても困りますよっ!」
「――――ふん……まあ、まあよいわ。昔の事じゃ。ぶり返すものではない」
「どっちがですか! もぉおおお、やっぱ、なんか、引き受けるんじゃなかったぁああっ! めんっどくせぇええ!」
*
「なるほど、君たちはその桃田の団子を口にしたのだね?」
「ボクは腹が減ってたから、思わず飛びついてしまったんや」
「ケッ、イヌっコロはぼっさいのぉ。オレは違うがや。人からタダで物貰うわけにはいかんて、労働の対価として貰うて、ちゃんというたがねぇ」
「はン、サルは金に目がくらんだんか? アタシはダイエットにええんやゆうから、ほなちょっとだけやゆうて食べてもーたけん。女の美を追求する純真な心を利用されたっちゃ」
「なんでゃあもぉ! オレは世の中の経済活動を支えとるんや、お前らみとぉ本能むき出しとは違うがね!」
「サル! ゆわせておいたら、何勝手なこと言うとる。いくら温厚なボクでも怒るぞ!」
「――まあ、三人とも落ち着きなさい。で、食べてどうなったのかな?」
「こう、ビンビンになってや、いてもたってもいられんくなって……いや、たってしもたんやけどな……ともかく幸せぇな気分になってなぁ……いや、面目ない」
「はぁ、あれを食べたらなんか、自分が強くなった感じがしての、まっとようけ欲しくなってのぉ、団子欲しさに桃田さんから、離れられんようになったがや」
「ほや、団子食べたら不思議なことに、桃田さんがええ人に思えたけんね。こん人の言う事なら何でもきいてあげよ思たっちゃ」
「ほう……団子を食べたら?」
*
「桃田太郎くん。君の取り巻き達が吐いたぞ。君が持っている団子、たしか君の祖母が持たせたと言っていたな」
「……はい」
「彼らが団子を食ったのをいいことに、それをネタに強請ったのだろう。鬼島を殺せと、な」
「そんなことは一言も言っていません! ……くそ、所詮は畜生どもだな」
「何か言ったか?」
「いえ……そもそも僕は話し合いに行っただけです。上流に住む鬼島さんが、川に汚物を流してきたり、山の柴を全部独り占めしてしまったり、それをやめてほしいと訴えに行ったまでです。お婆ちゃんやお爺ちゃんが困っていたから」
「しかし、その訴えは退けられ、激高した君は鬼島さん一家を殺害した」
「ちがいます!」
「――――君も、食べたのか?」
「は? なんですか?」
「団子だよ。団子を食べたのか?」
「ええ、栄養があって、力がつくと言われまして…………ん、え? これ、なんですか――うっわぁあああああ!」
「君が殺害したと疑いがかけられている、鬼島さんの被害現場の写真だよ。今の君にはこれが鬼に見えるかい?」
*
「うむ、ウチの家内の作る団子は最高でな、我が家の自慢なんじゃよ」
「ほほう、さぞ美味しいのでしょうね。うまい菓子は、茶の味をも引き立てるといいますね」
「いえ、そちらの最高ではなくてじゃ――これはここだけの話ぞ?」
「ご安心ください、私共には守秘義務がありますゆえ……ええ、誰にも話しませんとも」
「実はかの団子を食べるとな――――」
「―――――ほう、一つ食べれば至福の喜びを得て、心に寛容、身体に絶倫をもたらし、二つ食べれば極楽浄土に触れ、全能感に満たされると? ほうほう?」
「先生はご存知ありませんか? 人は心により身体を支配下においているのじゃが、同時にそれは枷でもある。普段の人間は常に完全な力、本来の力を出し切れていないんじゃ。しかし――もしもじゃ、もしも心のおもむくまま身体を使い切れたならばどうじゃろうか、本当の自分というものを見せつけてやりたい、と考えたことはありますまいか?」
「ええ、大事な時にメンタル的な問題が原因で、しばしばパートナーをがっかりさせてしまう事が私にもあります。まあ、因果な商売ですから気にしないようにしてはいるんですが、なかなか……夫婦生活は難しいものです」
「かの団子はな、人の能力を最大限引き出す事ができる、秘薬じゃ。わしは毎日食べておる。ここだけの話、わしは齢九十になるところじゃが、あっちの方はまだまだ現役じゃ。お蔭で若くてべっぴんな嫁さんをもらうことも出来てのぉ」
「え……若くてべっぴん……それは、どこの誰のことを――――」
「なんじゃ? わしの家内に決まっておるだろうが」
「あ、お婆ちゃんですか、はは……そうですね、そうですね。じゃあ、もしかして彼はお孫さんではなく、息子さん? とか……」
「これ、声が大きい、しぃーっ。世の中には世間体というものがあるじゃろ。ましてこんな小さな村じゃ。だからな、皆には、あいつは桃から生まれたということにしておる」
「そ、そういうことでしたか……申し訳ありません……。桃田お爺ちゃんが世間体を気にしているとはまさかでして…………あの、お父様。その、ご相談なのですが、そのお団子をですね、一つ二つ僕に分けては――――」
*
「桃田太郎、釈放だ」
「へ?」
「詳しい事情はまだ話せん。知ればショックだろうが耐えろ。そして乗り越えろ。君はまだ若い。今からでもやり直しはきく」
「しかし、僕は人を殺してしまいました……」
「今回の件で君は、さながら嵐に翻弄された哀れな子羊とも言うべきか。世の中には抗うことが出来ない不幸というものもあるのだよ。これも何かの縁だ、私で良ければなんでも相談にのるよ――気をしっかり持って生きなさい」
「は、はい……」
「おっと、忘れていた。腹が減ってないか? カツ丼でも食うか?」
「いえ……肉は、いまはちょっと……特にホクホクに焼けてるのは……ええ、ちょっと」
*
「ヒッ、桃田さん、お爺ちゃん! あああああ、あの団子、なんですか! 極楽どころか地獄が見えましたよっ。お爺ちゃんが『お前のとこの鬼嫁をヒィヒィいわしたれ』って言うから、事のはじめに口にしたら、うちの妻が鬼に見えたんですよ! たしかにギンギンに男の自信は取り戻しましたが、とんでもない幻覚症状を起こす麻薬じゃないで……すか? あれ? 桃田さん? どこ、おじいちゃーん?」
「や、弁護士の先生ですか。あなたもかの団子を口にしたのですな?」
「あ、や、ええ……まあ……あの、刑事さんですか?」
「申し訳ないが、あなたも参考人としてきていただきたい」
「な、なんですか……お爺ちゃんがまた何かやったんですか?」
「妻の方、お婆ちゃんの方ですよ。桃田くんの事件の件でね――こりゃ一介の寂れた地方公務員には荷が重い案件ですな。定年前にして頭が痛いですわ」
*
「なんじゃ! あたしが一体何をしたというのじゃ! わたしは川で洗濯をしていただけじゃ、ええい、離せ!」
「あなたは桃田さんとの間に子ができないことを悩んでいたそうですね」
「なんじゃ、そんなこと、何の関係がある」
「こちらも不用意に捜査を続けてきたわけではありませんよ。しらばっくれても事態は好転しませんよ。近年、川の上流に住む鬼島さん一家と、トラブルがあったようにお聞きしておりますが、彼らと話し合いをするように、お孫さんを遣わせたそうですね?」
「ふん」
「まあ、いいでしょう。過去にあなたは、上流に住む鬼島さんが、誤って流してしまった赤ん坊を川で拾った。それをあなたは自分の子だと、天から授かったこだと吹聴した。あなたの旦那さんもそう証言されています。ところがそれを聞きつけた鬼島さんが、それはうちの子ではないかと乗り込んできた」
「想像ならばいくらでも言えるわな」
「想像ではありませんよ。あなたの旦那さんの度重なる奇行は村でも有名だったらしいじゃないですか。あなたと一緒になるまでは真面目で寡黙な男だったのに。伴侶のいないあなたは、桃田さんを何らかの手段で翻弄し、夫婦の契りを交わし、桃田太郎くん――すなわち鬼島太郎君を我が子としてせしめようと画策した」
「いくら子がほしいといっても、自身の伴侶を欺いてまで欲しいかのぉ?」
「しかし、鬼島さん夫妻はDNA鑑定も辞さない手前で迫ってきた。殺すしかない、あなたはそう考えた。表向き太郎君を返すふりをしながら、彼に直接手を下させた。『鬼があたし達家族を不幸にし、引き裂こうとしている。困っていおるのじゃ、行っておまえの正義の心に従い行動しておくれ』と。幸いというか、彼は十二になったばかりの未成年だ。死罪は免れる」
「ほっほっほ、いくら学がないとはいえ十二にもなる男の子が、それで親の言うことをホイホイと聞いて、人殺しをしに行ったりするものか。刑事さん、それは推理ではなく想像というものじゃファンタジーじゃ、サイコパスじゃ」
「いえいえ、時に想像力は推理に役立つものですよ。いやあ、忘れておりましたよ。先輩が残してくれた古い文献を見つけましてね。この地方の風土記です。古くよりこの土地には人を惑わす気靡という植物を煎じて作る『気を靡かせる』、まさに麻薬が伝承されておりました。この麻薬の精製技法はとっくの昔に失伝されたかに思われており、誰もキビがどこにあり、どんな植物なのか知らなかった。だが、あなたの旦那さんが柴刈りの最中に偶然それを見つけて持ち帰った」
「だとしても、あたしがその麻薬を知っている理由にはならんじゃろ」
「最初は精力強壮剤だと信じて、想いを寄せていた旦那さんに飲ませたのではないですか? あれには過剰な興奮作用があります。飲み続ければ慢性的な幻覚症状を起こします。あなたの旦那さんのようにね」
「…………」
「あなたはそれを利用した。気靡団子を食べた者は、それを与えた者の言うことを疑いもなく信じるようになる。あなたのようなお婆ちゃんですら、絶世の美女に映るほどにね」
「…………ふふふ」
「桃田さん?」
「ほほ、ほほほほ、あーっはっは! ああああっはっは! 気靡団子? そんなものは知らん、何がなんやら…………はて、あたしにはさっぱりわかりませんなぁ?」