歌詞ノート
案の定由奈は愚痴をぶつぶつと言って、三沢は机に突っ伏して寝てしまった。時刻は十一時半。あと少しで日付が変わる。平常心を保てているのは俺と大原だった。暫くすると、由奈もグラスを見ながら寝かけている。
「今日も結局三沢と由奈が死んだな」
「まぁ、大原は酒強いからな」
「お前も、最近は結構飲むようになったな」
「もう二十一ですから」
大原は煙草を銜えながらバッグからノートを取り出した。それは、俺たちがやっているバンドの作詞アイディアノートだった。
「この前お前が考えていた新曲に合いそうな歌詞を考えてきた。一回目を通して欲しい」
「分かった。見てみる」
暫く俺は黙ってノートを見つめた。初恋の女が相手の男に思いを綴ったような歌詞だった。毎回のことだが、大原の書く歌詞はどうも女々しい。大原の顔は一般的にいうイケメン系だが、彼女が一度も出来た事がない。もしかしたら、この女々しさが原因なのではとたまに助言したくなる。
「今回も女の子の気持ちを良く細かく書いてるなぁ。お前、彼女いないのになぁ」
「そのいじりはもう聞き飽きたぞ。お前だって、いねぇから人のことは言えないだろ」
「昔はいたかもしんねぇだろ?」
このバンドメンバーには俺が昔の記憶を失くしていることをカミングアウトしている。
「お前、記憶飛んでることを自分からネタにしてどうすんだよ。少しは思い出す努力しろ」
「もし、思い出して最悪な失恋の記憶とか出てきたら嫌じゃんか?」
「いやそういう問題じゃなくてよ」
「冗談だよ」
この、俺の暗い性格や、定期的に感じてしまう虚無感が無くなった記憶の中に答えはあると何となくはわかっている。だからその原因を突き止めたいという気持ちもある。けれども、どうにも恐怖感が先行してしまって、思い出そうという気持ちになれない。その気持ちは大学生になって一層強まった気がした。
「なぁ、大原。俺、これからもギター弾き続けるよ。少なくとも、昔の記憶が戻るまで」
「よろしく頼んだ。正直な話、お前のギターの音はその辺のバンドのギターとは比べ物にならない程上手い」