眠らせ姫
病室を回り、患者にキスをするのがその女の仕事だった。
まずは扉をノックする。入室すると、患者は虚ろな目を女へ向け、たいていは微笑を浮かべる。思わず口の周りの筋肉が弛緩するほど、女は美しかった。白衣を着た女は、患者の反応など気にせず、黒髪をなびかせながら近づき、口づけをする。
「う」
キスと共に注入された薬の効果で、患者のまぶたが閉じてゆく。呼吸も落ち着いていき、やがて、眠ってしまう。
女には「眠らせ姫」という愛称があった。今の時代、患者の多くは眠らせ姫のお世話になる。といっても、眠らせ姫は看護師ではない。医者でもない。人間ですらない。
けれど彼女は、人間のために、人間にキスをして回る。授かった使命を果たすべく、眠らせ姫は、不眠不休で働いた。
そして、そのときが来た。
人類の最後の一人と口づけを交わした。
最後の一人が眠ったことを確認した眠らせ姫は、自身のシステムをシャットダウンし、やっと眠りにつくことができた。
誰も、二度と、起きなかった。