105話 蹂躙
その瞳は血を湛えたかのように赤く輝き、口元や腕などからは赤い魔力が溢れ出す。
空を暗雲が覆い尽くし、辺り一面を赤い魔力が覆い尽くした。
先程食い千切られた仲間を思い出し、逃げ出そうとする者も現れ始める。
「逃がすと思ってる?」
しかし、狂ったように走り出す者達は、先程の男のように体を影に食い千切られ、その命を儚く散らすのみだった。
そして、恐怖のあまり無謀に特攻してくる者は腕の一振りで消し飛んでゆく。
しばらく経った時。
「蕾ちゃん!落ち着いて!!」
雫の叫びでハッと我に返る。
目前には怯えきった襲撃者のリーダー二人。
辺り一面には体の一部が無い死体や、元から原型が無かったかのようにグチャグチャになった肉塊が多数転がり、それに等しい量の血肉が床を覆っていた。
部屋の隅には人質に取られていた人々や王や皇帝、そして二人の勇者がいた。
流石の光景に、嘔吐感がこみ上げてくるが、なんとか堪える。
「これ…私が…?」
実際は分かっている。激高し、我を忘れてやった事は分かって居る。それでも、聞かなければならないほど、私は動揺しているらしい。
それでも、私の体は震えたりはしてくれない。それどころか懐かしさを感じてしまう。きっとアイリスの力のせいなんだと思う。
「残ってるのは…。6人か…。随分派手にやった物だな」
皇帝が立ち上がりながらそう呟く。
そうだ、尋問。まだ終わってないじゃないか。
「……人質は…無事……?」
「う、うん。王女様やお姫様は無事だけど…。一人、逃走中の連中に突き飛ばされて怪我をした子が居るから、手当中」
答えたのは雫。その王女や姫は気絶しているようだ。いや、捕まっていたときから気絶していたかも知れない。
それにしても、独断で先走って、怪我人を出すとか…
「私って…ホントダメだな…」
今何をすべきか、よく分からなくなっている。
頭の中がぐるぐるして、何を考えているのかすらよく分からなくなってきた。
おかしいじゃ無いか。こういうときは罪悪感とか、そう言う物が湧いてくるはずだろ…?
なら、なんで私は今、「まだ足りない」と思ってしまうんだ?
何で目前の残党6人をこんなに殺したくてたまらないんだ? 何で私の心の怒りは消えない? そもそも私は何であんなに激高したんだ?
そんな思考が深くなると共に、どんどん私の意識に影が差していき、ついにはその場に倒れ込んでしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ツボミ、大丈夫かい?」
目を覚ました私の顔を覗き込んでいるのはツバキだった。
「…あれ、私は?」
「急に倒れた君を雫が運んできたんだよ。もう1日半位寝込んでたかなぁ。」
「…あの後どうなったのかって、分かる?」
「僕は知らないよ。でも、雫は君を置いた後、後始末があるからって、すぐに王城へ戻ったきり、帰って来てないんだ。」
私のせいか…。
きっと沢山の人に迷惑をかけたんだろうな…。
「……やっぱり…私は…ダメな奴だ…」
「…?何言ってるんだい? 僕はよく話を聞いてないけど、君は殺されかけたお姫様を助けたんだろう? しかも相手はテロリストだ。 お手柄じゃ無いか。」
違う…。違うんだ…。
何故だろうか…。今まで失っていた恐怖の断片のような物を感じる…。
そりゃ、あんなことをしたんだからな…。当然だろう。
……いや、違う。
これは自分自身への恐怖だ…。 自分の中の狂気に対する…恐怖だ…。
人を殺せば罪悪感や恐怖を覚えるのは当然のことだ。 しかし、私はそれを感じることを「何故」と感じてしまう。
今までそんな感情は感じなかった。そしてそれを感じることを不思議に思ってしまう。
……狂ってるじゃ無いか。
まるで自分の顔を自分で覗き込んだかのような、そんな感覚に陥っている。
しかし、急に肩を揺さぶられたことによって、再びハッと我に返る。
「ツボミ、しっかりするんだ。一体どうしたんだい?」
「私は…自分が何なのかが…分からない…。 私の何が正しいんだろう…。 今まで正しいと思っていたことや信じていたことが、全て狂ってるんだとしたら…。私は一体何なんだ? 私は何を信じたら良いんだ…?」
驚いたような顔をするツバキ。
「ツボミ、急にそんなこと…。本当にどうしたんだい…?」
「狂った計画を潰そうとしていたら、本当に狂っていたのは私だったってオチか…。ハハ…」
乾いた笑いが口から飛び出す。
しかし、私が続けようとした言葉は、隣のベッドから聞こえた言葉に阻まれた。
「………ツボミが…狂ってるなら…私達も…狂ってる…。………私達は…ツボミに…ついてくって…決めた…。………それは…ツボミを…信じてる…から…」
「そのとおりさ。僕達は君のことを信頼しているし、何より僕達もツボミのやることに賛成してるからついてきてるんだ。」
二人とも…。
「でも、それでも…。私という生物はどこかが狂ってるんだ…。結局たどり着く所も、信じた場所からかけ離れてしまうかも知れない…」
「………それが…何か悪いこと…?」
え?
「………未来なんて…分からない…。……狂ってても…狂って無くても…それは同じ…。………かけ離れてしまうなら…その場所で…最善を尽くせば……良い…」
「キミが信じなきゃいけないのはキミ自身だ。自分のことも信じられない奴が、何かを成し遂げられる訳無いだろう…?」
私の頬を、熱い雫が伝う。
いつの間にか、私の顔から、引きつったような笑いは消えていた。
「キミは自分が守りたい物を守ったんだろう?それの何が悪い。 守ると言うことは、誰かを傷つけ、誰かを助けると言うことだ。もの凄く正当化されたエゴみたいな物なんだよ。 その行為が発生するとき、必ず誰かが傷つく。そんなの、当たり前じゃ無いか。」
「でも、他にも守るべき物はあったはずだ…。やり方も、もっと沢山あったはずだ…。結局私は自分勝手なんだよ…」
それを聞いたツバキは、少し考えた後、真っ直ぐ私に向き直った。
「……ツボミ、これはアイリスが僕に言った言葉だ。これをキミに言おう。」
「…え?」
「守るべき物じゃ無い。守りたい物を守れ。」
その言葉には、息をのむような重さがのしかかっているようだった。
しかし、同時に、私に力を与えるような、そんな言葉だった。
不思議と、口から笑みがこぼれ出す。
「……そう…だね…。私はどうしてこんな大事な信念を忘れていたんだろう」
そうだ。そうだった。
私達がやろうとしていたことは元々正気じゃ無い。 そんなこと出来る奴は間違いなく、良い意味で狂ってる。
ならば。ならば開き直るべきじゃ無いか。
「私は最高に狂ってる。だから、身内贔屓もたっぷりするし、自分の大切な物に手を出す奴には死をもって償わせる。 それが間違っていると思うならかかってこい。正面からぶつかってきて、私が間違っていると証明して見せろ。 世界を敵に回すことだって構わない。上等だ。やってやろうじゃ無いか!」
「そうだよ。その意気だ。」
「…………ツボミ…格好いい…」
よし。自信はついた。
「ちょっと王城行ってくるよ」
「…これまた急だね。」
私がやったことだ。後始末はしなきゃいけない。
そして何か言われようものならば、こう返せば良いんだ。
「私は自分が間違っているとは思わない。私が間違っていると思うなら、正面からかかってこい」と。
まるで暴君だ。
開き直った狂人ほどタチの悪い物は無いだろう。
私は、自分のタチの悪さなんか十分承知済みだ。
だからこのまま突っ走るのみ。これまでも、これからも、ずっとそうだ。
次回更新は20日の20:00です。
前回色々言ってましたが、今回も短いです。
何というか、まぁ、なんとも言えないんですが…。
具体的に言えば風邪が治ると同時に、従姉に心霊スポット巡りに連れて行かれまして…。
自分自身、結構霊感が強いのと、従姉が自分以上にヤバいのもあって、なかなかスリリングな体験が出来ました。
くだらない話をすいません。時間取れなかっただけです。