102話 久しぶりの休日
翌日になり、宿へ雫がやって来た。
「蕾ちゃん、会談続けるって。明日らしいよ」
「マジかよ…。早いな…」
まぁ何はともあれ今日はフリーと言うことか。
そういえば何もない日って言うのはかなり久しぶりな気がするなぁ。
そもそも何かすることはあるだろうか。この世界で娯楽と言えばなんなのだろうか。
アニメとか見たいなぁ。可愛い女の子達がキャッキャウフフしているのをみて眼福キメたい…。
「あっそうだ」
思わず呟いてしまうほど唐突に頭の中に浮かんできたのは9人の少女。モーガイ邸から助け出した彼女らだった。
彼女らは今どうしているだろうか。冒険者になるとか言ってたけどちゃんとご飯食べられてるかなぁ…。いや、それ以前に怪我とかしてたら大変だ。
「今から私、モーラウッド行ってくるけど誰か一緒に行く?」
「おや、これまた唐突だねぇ。何か用でも出来たのかい?」
「いや、違うんだけど、ちょっと可愛い女の子達の様子を見に行こうかなって」
それを聞いた3人は顔を青ざめさせ、二歩くらい引いた。
「蕾ちゃん…。ついにやらかすんだね…。騎士呼んどかないと…」
違うわッ!と言いたかったが、あながち間違いでも無いので強く出られないのが悲しい。
でも違うんだよ。彼女たちに対してはその、母性というか…。その…ね?
いや多分年齢的にはそんなに違わない気もするんだけど…。でもホラ…やっぱり…あるじゃんそう言う奴…。
とりあえず説明して誤解を解いた。…多分。
「分かってくれたならその『マジ引くわー』みたいなのやめてくれません?」
「いやなんとなく分かったけど…。でも蕾ちゃんだとどうにも犯罪臭がして…」
私って皆の中ではどう見られてるんだろうか。今度小一時間話し合うことにしよう。
キリエが私の袖を引っ張り、目を見て頷く。 やっぱりキリエは分かってくれたか。流石キリエだな。
「……危なっかしいから……監視…する…」
oh…。もうやだ…。
「まぁとにかく行ってくるよ。ほら、キリエ、行くよ」
「……!?…ちょ…ま……」
唐突にマンティコアの戻った後、キリエをお口で咥える。 まぁちょっとした嫌がらせだ。
まるでジェット機でも飛び去ったかのような風圧を残し、その場を飛び出す。 やはりキリエの叫びは木霊した。よく通る、良い悲鳴だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……あ…うあ……う…」
正門前に降り立ったときには既に満身創痍のキリエ。気絶しなかった所を見ると、やはり成長しているのだろう。
「ほーら、行くよー。いったん家帰ろうか」
「………ツボミきらい…」
心にグサリと突き刺さる白夜並みに強力な何かに耐えながら家に向かって歩く。
そんなに長く居たわけじゃ無いが、やっぱりモーラウッドに来ると帰って来たなぁ、という気がしてしまう。
家に帰って来たが、長いこと開けていたというのになんだか綺麗な玄関だ。 庭もなかなか綺麗に手入れされており、絶対誰かが立ち寄ったんだろうなぁ、と思わせる。
ちょっとだけ、いやガチで怖いな。悪徳業者とかで掃除しといたから金よこせ、なんて言って来るんじゃ無いだろうか。どうしよう。
とりあえず家入るか。鍵は開けられてないみたいだし、中は大丈夫だろう。
「キリエ、ちょっと休んで来なよ。その間に聞き込みしてくるから」
「……いい…いっしょに…いく」
いつもなら超役立つキリエレーダーさんだが、キリエは彼女らを知らないので、『襲撃者』だとか『事件現場』とは違って『私の知り合い』だと、数を絞りきれないらしい。
「良いの?疲れてるでしょ?」
「……ツボミと…いきたい…」
ズギュウゥゥン! あぁ、今打ち抜かれたわ。私のハート打ち抜かれましたわ。
しかも言った後に上目遣いで「ダメ?」されてダブルインパクト! 私のライフは既にゼロだ!
「じゃあその辺ぶらぶらしながら探すか」
「……ん…」
心なしか機嫌の良いキリエさんは、いつものように短く呟いて私の後をついてくる。
キリエを休ませるために家に寄ったけど、その必要は無かったようだ。まぁ私のせいだが。
探すのはエドワードさんに聞きに行くのが一番早いんだけど…。仕事の邪魔しちゃ悪いよな…。
まぁ今日中に帰れば良いんだし、時間はいくらでもあるな。まだ朝だし。
そんな私の思考はキリエが私の袖をクイッと引っ張ったことで停止される。
「……ツボミ…ちょっと……がんばってみる…」
「ん?何を?」
「……すっごいがんばれば……さがせる…かも?」
そうか、すっごい頑張るのか。 それにしてもすっごい頑張れば知らない相手でも探せるとかヤバいな。
私の袖から手を放すと、その場で目を閉じ、「ふおぉ」とか言いながら集中し出すキリエ。凄く可愛い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぶはぁ~!仕事の後に飲むオレンジジュースは格別ね!」
「もう!はしたないにも程がありますよ!」
ドン、と音を立てて木製のコップを机に置き、口元を服の袖でぬぐう少女。ゴクゴクと飲み干していたオレンジジュースと同じような色の髪をした活発な少女だ。
そんな少女を注意するのはおしとやかそうな青髪の少女。オレンジ髪の少女に比べれば少々大人びている。
「ほら、何か言ってあげて下さいよ」
「…そうね」
青髪の少女が目を向けた先にはいつからそこに居たのだろうか、というほど存在感の薄い少女が居た。薄く緑がかった髪をしている。
そして緑髪にあしらわれた青髪は「ハァ」と大きめのため息をついた。
「全く、やっと軌道に乗り始めた頃だって言うのに…」
再び青髪の少女は大きなため息をついた。
そんな時だった。
「まぁまぁ。そんなにため息ばっかりついてると幸せが逃げるぞ~?」
青髪の少女の頭にぽんと手が乗せられる。
その手はそのまま少女の頭をくしゃくしゃとなで回す。
「……ツボミ…それは…変態って…いうの…」
すぐ側で再び別の声が。
少女達は聞き覚えのある声と名前を聞いて思わず座ったままその変態を見上げた。
「ツボミ様…?ですよね…?」
「誰に見えるんだ私は…」
青髪の少女はここがギルド内のレストランである事も忘れてガバッとその変態に抱きついた。
まぁレストランというかファミレスのような雰囲気だが。
「同席しても良い?」
「も、勿論です!エミリー、ちょっと詰めて?」
周りを見渡して恥ずかしそうに離れた青髪の少女に促されて、端によったのはオレンジ髪の活発少女。
ツボミが間に挟まるように2人が腰掛ける。
「なんかこれ、私が美少女を二人も侍らせてるみたいでちょっと気分が良いな…」
「な、何言ってんのよ!」
「……ちょーキモい」
活発少女エミリーは頬を染めながら否定するが、キリエは真顔のまま。そのことがツボミの心を激しく抉った。
もはや瀕死のツボミだったが、なんとか立て直し、平然を装った。
「そういえば私、皆の名前知らないんだよねぇ」
「そうでした!以前は名乗らずに申し訳ありません。私はイーリアと申します」
「…クララです」
「エ、エミリーよ!」
イーリアは頭を下げながら。クララは無表情で。そしてエミリーはまだ顔を赤くしたまま自己紹介をした。
ツボミが目線でキリエにも自己紹介を促す。
「……キリエ…」
「それだけかい…。キリエは…あれ?私とキリエって結局どういう関係なんだろうか」
「………眷属…だと……おも…う?」
実際キリエとは眷属っぽくもないし、仲間というよりは深い関係だし、親友と呼ぶにはなんだか違う気がする。
「……まぁいいや。他の皆はどうしたの?」
「私達、今は3人グループを3組で活動してるんです。他の6人は今頃依頼に行ってると思いますよ。私達も今帰ってきたところですから」
「へぇ、頑張ってるねぇ。ちゃんと生活できてる?」
「ええ。やっと順調な軌道に乗り始めてきました。どれもこれもツボミ様のおかげですよ」
ツボミは裏のない正面からの感謝にあまり慣れていないので、こう言った場面では照れてしまうようだ。
少々言葉につまってしまったツボミの代わりにキリエが自ら口を開く。あまりツボミたち以外とは話さないので地味にレアシーンだ。
「…ほんとに…奴隷…だったの…?」
「……ええ」
「……私より…ひどい…ツボミ…私からも…お礼……」
キリエも一度奴隷にされかけた経験がある以上、どうしても彼女らに親近感を抱いているらしい。
「ま、まぁその話は良いとして、住むところとかは大丈夫なの?」
「勿論よ!今は3人で1人用の部屋だけど、そのうち1人1部屋使えるくらい強くなってやるわ!」
イーリアの代わりにやっと立ち直ったエミリーが答える。
「そんなことより、その赤い目はどうしたのよ?前は黒かったと思うのだけど…」
「あぁ、まぁ色々あってヤバイ怪物と融合したんだよ。これはその怪物の名残」
さらっと化け物呼ばわりされているアイリスは今頃号泣している頃だろう。
ツボミたちは様子を見て飲み物を頼む。
「冒険者家業には慣れてきた?危ないこととかあるでしょ?」
「いえ、今は簡単な依頼ばかりなのでなかなか順調ですよ。危なくなるのはこれからでしょうね」
「私達3人はもうEに上がったのよ!凄いでしょ!」
ツボミは結構ズルして上がった感じなのでどのくらいが平均か分からないので反応に困ってしまう。
だが、エミリーから「褒めて褒めてー」と言ったオーラが放たれていたのでとりあえず褒めておいた。
「そういえば、ツボミ様はランクどのくらいなのですか?」
「……いや、ここじゃ話しづらいし、1回私の家来ない?そこでゆっくり話そうよ」
「………ツボミ…誘拐は…良くない……」
「違うわッ!!」
ツボミは心の中で、良かった、今度はちゃんと言えた、とひっそり安堵していた。
しかしそれを聞いた少女達は目を輝かせる。
「良いの!?わ-い!!」
エミリーちゃんは大はしゃぎである。
まぁそんな感じで運ばれてきた飲み物をぐいっと飲み干し、家へ向かうのであった。 ちなみに代金は奢ってあげて銅貨5枚。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家の前までやってきたので、気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば私の家、誰か入ってるみたいなんだけど、知らない?悪徳業者とかだったら怖いんだよねぇ…」
それを聞いた少女達は、同時にビクッとなり、顔を見合わせた後、一斉に頭を下げた。
「ごめんなさい!それ私達です!」
「?」
「いえ、あのときの金貨のお返しをしなければと思いまして…。こんな事でどうにかなるとは思っていませんが…。綺麗にしておこうと思いまして…交代で掃除を…」
えぇ…メッチャ良い子らじゃんか…。
ヤバイこの子達可愛いぞ。変態性と言うよりはやはり母性から来るけど、凄い可愛いぞ!!
「…わざわざ気を遣わせちゃったみたいでゴメンね?アレは本当に応援のつもりだし、気にしなくて良いんだよ?」
「そうはいかないわ!いつか絶対返すんだから、待っててよね!」
まぁ玄関で話し込んでいるのもアレなので家の中へ。
そして以前作って残っていたカナッペを出す。余り物ですまないが、品質は作りたてと変わらないし、まぁ良いじゃ無いか。インベントリ優秀って事だ。
「さっきの話なんだけど、私達はSSだよ。飛び級で上がったし、そんなに思い出は無いんだけどね」
私の放った直球な一言で、少女達が固まる。
「……やっぱりSSだったわね。あの身のこなし、常人じゃないとは思っていたわ」
「す、凄すぎてよく分からないわ…」
冷静なクララと、頭を押さえるエミリー。イーリアは口をぽかんと開けたままフリーズしている。
「いや、まぁなんか未開の砂漠を踏破したら上げて貰っただけだし、本当に努力なんてしてないから飾りみたいな物なんだよ?」
「み、未開の砂漠を踏破…ですか…?そういえばそんな噂を聞いた気がしましたが…。まさかツボミ様だったとは…」
そんな感じで話は膨らみ、未開の砂漠でのエピソードやキリエさんについてなどの話をした。
「私達、こんな凄い人に助けて貰ったのですね…」
「……むしろ光栄ね」
エミリーちゃんはフルーツのカナッペが気に入ったらしく、話をしている2人を横目にもごもごしている。
「皆は今どのくらい強いの?キリエに傷つけられるくらい?」
「絶対無理です」
「そういえば私、まともな魔法見たこと無いかも。ちょっと見てみたいなぁ」
「まともな魔法ってなんですか…。まぁそのくらいならいくらでもお見せしますけど…」
そんな感じで庭に出る。勿論受け止めるのはキリエさん。私とエミリーちゃんは傍観だ。
どうやらエミリーちゃんは物理型で、魔法は不得意らしい。
「行きますよ!大丈夫ですか?」
頷くキリエ。絶対障壁と聖者の法衣のダブルガードの前に死角はない。
「…炎よ、我が命に従いて、かの者を蹴散らせ!『ファイヤ』!!」
イーリアが構えた杖から魔方陣が発生し、詠唱によってそれが輝く。その瞬間、炎の弾が真っ直ぐに射出された。
あぁ、イタいなぁ。これは私がやったら洒落にならない奴だ。本当に詠唱がなくて良かった。今実感した。これは私が厨二病になるかどうかの大切なことだったんだ…。
ちなみに放たれた炎は聖者の法衣によってあっさり散らされる。
「……次は私が行きます」
「……風よ、吹き荒れろ。『ウインド』!」
短い詠唱と綺麗な魔方陣から放たれたのは風の刃。勿論聖者の法衣を散りはしたが、イーリアの物よりも幾分か使い勝手は良さそうだ。
「流石クララですね。私達の中で一番上手いだけありますね」
ほう、どうやらクララちゃんは魔法が一番上手いらしいぞ。
「ツボミ様の魔法も見せて頂けませんか?」
あぁ、そう来たか。でも私の魔法でこの庭でぶっ放せるような物無いぞ…。大半は消し飛ぶか燃え尽きる…。
「なら、ちょっと何やっても安全なところ行こうか」
そう言って私が発動したのは『疑似空間』。
アイリスと合体したことで「幻惑」の中に追加されていた。なかなか便利である。
フィールドは平原に設定した。
「これ、どうなってるんですか?」
「まぁ私の魔法の一つなんだけど、この中では壊しまくっても怪我しても、死んだって現実に影響はしない。まぁつまり絶対安全な練習場なんだよ」
「もう既にめまいがしてきました…」
見せると言っても、何をすれば良いだろうか。
「そうだ。キリエ、1対1で相手になってよ。実践形式の方が私的にわかりやすくて良いから」
「………鬼…」
そう言いながらも渋々相手になってくれるキリエ。
「………負けない…」
キリエはいきなり神装を発動し、聖剣を抜き放つ。
「え?ガチ?仕方ないなぁ。手加減は出来ないよ?」
「……上等…」
なんだか流れで私対キリエの試合が始まってしまった。
少女達はその様子をキラキラした目で見ている。
これは期待に応えるしか無さそうだ…。
いっちょやるか。
次の更新は木曜の20:00です。
具合悪いと思って熱計ったら38度8分ありました。
風邪引いたみたいです。皆さんも気をつけて下さい。