92話 再び魔物領へ
今回、多少グロテスクな表現があります。
美しい満月の夜だった。
月の光も届かない地下牢の中、鋭く冷たく、そして何よりも静かに研ぎ澄まされた殺意がそこにはあった。
静かに、静かに佇む白銀。虚空を真っ直ぐに見つめ続け、その瞳は冷たい刃を宿しているかのようだった。
それは少女だったか、獣だったか、はたまた別の生き物か、生き物ですら無いのか。そんなことさえどうでも良くなるような絶普遍の「死」を纏っているようにも見えた。
周りには寄り添うような魔物の少女達。皆それぞれ思うことがあるのか、様々な表情を浮かべている。だが、全員に共通して「感謝」と「恐怖」を含んでいるのだけは分かった。
辺りには切断され、湾曲し、引き千切られ、吹き飛ばされ、原形をとどめずに散乱する鉄格子だった物。
魔物達が待つのは館の主の帰り。求めるのは血と自由だ。
どれだけの時が経っただろうか。遂に運命の時は訪れる。
館の主はニタニタと気色の悪い笑みを浮かべ、階段を降りてくる。そこで目にしたのは原形をとどめていない檻。1カ所に固まる魔物達。その中心に立つ、白銀だった。
館の主は怒りを顕わに、また怯えながら、何者か、と問う。
答えは、無い。いや、行動が答えだったのだ。
宙を舞う主人の巨体。主人を襲うのは激しい腹痛と嘔吐感。そして壁に打ち付けられた激痛だ。そして視界の端に捕らえたのは左手を前に突き出す白銀。腹を殴られたのか。いや、ただの拳で壁まで吹き飛ぶ物か。
主人の考えを待つ時間も無く、白銀は動き出す。一瞬のうちに眼前に迫る影。体をひねり、大きく引かれた右手。
白銀の答えはたった一つだった。回答と言うには些か問いとの食い違いが大きすぎる。
主人は誰に言われるでも無く、その食い違う回答を理解した。つまり、目前の怪物はこう言いたかったのだろう。
「死ね」
怪物が発したのか、はたまた幻聴か、そんなことを理解する事は不可能だった。
飛び散る鮮血、肉片。ずるずるとずり落ちる人間だったモノ。
頭部があったと思われる場所から引き抜かれた拳は壁から真っ赤な礫を落とし、こびりついた血や脳髄を払い落とす。
少女達の中には嘔吐する者も出た。頭部が弾けたときの音、肉の飛び散る音が離れず、耳を塞ぎ続ける者も居た。
しばらくして、青髪の魔物が進み出てくる。
「本当に…ありがとうございました。本来…手を汚さなければならなかったのは私達ですので…。今回のことは一生忘れません。何かお礼をさせて下さい」
他の少女達も彼女に習い、口々に礼を口にする。殺人を犯した者を前にして否定的な目線を向ける者は誰1人としていなかった。
「なら、今後一切掴まらずに、自由に生きて欲しい。たびたび合いに行くさ。だから、フリードへ向かうなり、魔物の町に帰るなりして欲しい。あと、手を洗いたい」
少女達の中には泣き出す者もいた。青髪の少女は、目尻に涙を浮かべながらも私を洗面所へと案内してくれた。
その後、少女達は魔物の町に帰ることを選択した。だが、帰り方を問うと沈黙する。
「なら、私が送っていこうか?マンティコアの姿なら多分なんとか全員運べそうだし。まぁモーラウッドまでだけど」
遠慮する一同だったが、再び帰り方を問うと、言葉に甘える、と言いだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「凄い!私達、空を飛んでる!」
一番活発だった少女が声を上げる。口元からね。
流石に乗り切れなかったので、ガクガクしながら角にしがみついてる子や、尻尾の蛇に巻き付かれてる子、翼にしがみついてる子や咥えられてる子が居る。
咥えられてるのは一番活発な子、蛇に巻き付かれてるのは青髪の子だ。
「ほーら、もうすぐ着くぞー」
人間領から魔物領までひとっ飛びした空の旅は終わり、モーラウッドの近隣の森に到着。
そういえば、この子達通行料持ってないんじゃ…。
仕方ない、我が家に泊めてやろう。
「ほら、私の家まで行くよ」
「そんな、ここまでして貰ったのに、悪いですよ」
青髪の少女はそう言うが、流石に女の子達を町中に放り出す訳にもいくまい。
まずは門番君に挨拶だ。
「どうも門番さん。この子達、私に免じて通して貰えないかな?」
門番は前回の時と同じ人だったので、頼んでみる。すると、門番は厳い顔をして口を開く。やっぱだめかな?
「握手して貰っても良いですか…?」
どうやらSSランクの私に憧れているようだ。てな訳で握手して通して貰った。
「ほら、もうすぐだよ」
深夜をゾロゾロと歩く集団。小さな凱旋のようでもあった。
しばらくして家が見えてくる。我ながら良い物件を手に入れたもんだ。
「ほら、上がって?」
遠慮する少女達を半ば無理矢理家に上げ、くつろいで貰う。
そういえばこの人数、ベッドがどう考えても足りないなぁ…。あの後買ったツバキの分もあって三つか…。少女達は全部で9人。3人1つ?2人までならなんとかなるが、3人だとスペース足りないだろうなぁ…。
「仕方ない。この中から6人がベッドで寝られます。残りは私とカーペットで寝るぞー。さぁ、決めてくれたまえ」
まあなんとなくそんな気はしてたけど、全員カーペットで寝ることになった。狭い…。
でもこう少女達に囲まれてると……ハッ、いかんいかん。
みんな気が抜けたのか、疲れていたのか、安心したのか、もう横になった瞬間に爆睡。私だけ寝れねぇ…。
キリエ達は今頃どうしてるかなぁ…。この子達、明日からどうしようか…。
まぁ明日でいいや。お休みなさーい
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「起きて下さい、朝ですよ」
そんな声で目を覚ます。目を開けると、視界に飛び込んだのは青髪の少女。
あぁ…。美少女に起こして貰えるなんて…
他の皆もしっかり起きていて、私が最後だったらしい。
「おはよう。寝心地悪くなかった?」
「牢屋とは比べものにならないほど良かったです。それで…私達、今後について色々話し合いまして」
この子達しっかりしてるなぁ…。奴隷から解放された翌日だぞコレ。
「私達、ギルドに登録して自分たちで稼いでいくことにしました」
「たくましいねぇ…。大丈夫?」
「ええ、私達、そこそこ魔法の腕には自信があるんです。Dランク程度までならなんとか上がれると思います」
本当はまだ心の傷も癒えてないだろうに…。応援したくなっちゃうじゃ無いか…。
「武器や防具はどうするの?普通の服だって、今のままって訳にはいかないんでしょ?」
「まずはモンスターを狩って売って登録して、その後は幾つか依頼を受けて、軌道に乗ってきたら買いそろえようと思っています」
そのままずっと今のぼろい服でいるつもりか?精神上も衛生上も良くないだろう。
「服は私がプレゼントするよ。知り合いに服屋さんが居るんだ。ついでに私も顔だそうと思ってたし」
目を輝かせる一同。1人2着くらい買ってやるか。
「ほら、じゃあ早速行こうか」
「セリアさん居ますかー」
そう言いながらドアを開ける。同時に巻き起こったのは神速。
「ああん!ツボミちゃんいらっしゃい!今日はどんなご用事?」
私に抱きつき、顔をすりすりしながらうっとりした表情を浮かべる変態。この人、コレさえ無ければ絶世の美女なんだけどなぁ…。
「今日は服の新調と、この子達に服を買ってあげようと思いまして」
私が後ろで複雑な表情を浮かべる少女達を手で示すと、セリアさんは再び恍惚の表情を浮かべた。
「ツボミちゃんは来る度に違う女の子を連れてくるわね…。罪な女…」
「今回はワケありです。服装からしてなんとなくわかるでしょう?」
「そうね。手首足首の痣。何があったか深くは聞かないけど、あまり気分の良い物では無いわね」
少女達には痣が残っており、起こっていた事件の深刻性が見て取れるようだった。
「1人2着くらいお願いします。私のはまた図面を…ね?」
「分ったわ。今回はお金のお支払いで良いかしら?」
「ええ。そういえばお金払うの初めてですね」
そんなこんなで金貨5枚のお支払い。メッチャ安くしてくれたみたいだ。
「それで、センス爆発のツボミちゃん、今回は何を?」
「ええ。一度着てみたかった服があるんですよ。似合わないと思いますけど、やはりロマンというか…ね?」
ぐへへ、と不敵に笑いながら奥へ消えていく私達を、青髪の少女を始めとした魔物達は残念そうに見送った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふおぉぉぉ!なんか…!なんか…!こう…!くるモノがあるね!!
私が身につけているのは黒薔薇をふんだんにあしらい、黒と赤で固められたロングのワンピース。
まぁ簡単に言ってしまえばゴスロリである。
いやぁ、似合わないと思って居たけど、そうでも無いな。白銀の髪が良いアクセントになっている気がする。
しかも私の髪配合で加護バッチシだし、性能面でも十分だ。
これは気分が向いたら着てみるとしよう。ちなみにお値段はマンティコアの毛です。
この後はいかがしましょう。とりあえずこの子達を送り出すか…。
「じゃあ皆、後は自分たちで頑張れる?」
「ハイ!今までありがとうございました。このご恩は一生忘れません。多分この町にいると思いますので、暇が出来たら遊びに来て下さいね」
「うん。そうさせて貰うよ。あと、コレ」
私は口々にお礼を言う少女達に袋を1つづつ渡し、後で開けてねと付け加えておいた。
ちなみにその中には金貨が5枚ずつ入っている。少ない手向けみたいなもんだ。この子達が自分で頑張るというなら、私はそれを応援しよう。
私は少女達に別れを告げると、私はインベントリから1つの石を取り出す。
アルじぃから貰った転移石だ。今後のことをセリアさんに相談したら、「アルフに聞くと良いわ。あいつ、時間をかければ軽い未来が見えるのよ」と言われた。
アルじぃ凄いね。てな訳で会いに行こう。ずいぶん久しぶりな気がするね。