88話 レイモンドの話
「私の両親は対魔教の者に殺されました」
「……続けて貰える?」
この勇者、善者の顔の裏にとんでもない闇を含んでいる気がしてきた…。
「私は昔、魔物と暮らしていました。養子、と言うか勝手に保護したと言うか、私が2歳の頃、両親が家の前に捨てられていた子供を家族として迎え入れたのです。元々魔物好きの両親でしたので、私達は兄弟のように育てられました」
「ふーん?その頃はこの国にも魔物とか居たんだ…」
「ええ。あの頃は今ほど住み辛くはありませんでしたから。その数年後から忌々しいあの2国がこの国へと介入を始めたのです」
魔物と暮らしていた…。両親は対魔教にやられた…。ハッ…。
「もしかして…その子を狙って対魔教の襲撃が?」
「その通りです。奴らはその子だけで無く、その子と暮らしていた私の家族を丸々敵と見なし、命を狙いました。9歳ほどの時のことです」
そう、か。で、コイツはなんとか抜け出した…と。そりゃ対魔教を憎んでもしょうが無いか…。
「私はこれから汚いことを言いますが、私の目的は復讐です。両親を殺した対魔教に復讐したい。そのためにはまず、この国から奴らを追い出します。その次は総本山を叩く。奴らに復讐するまで…私は止まれないのです」
「そんなことが出来ると?」
「やるんですよ。可能不可能ではありません。そのために……協力してはいけませんか?」
ハァ…私はどうしたら良いんだ…。こんなの一人でどうにか出来る話じゃ無いだろ…。
「皆どうする?」
「……私は…ツボミに…ついていくだけ」
即答したキリエ以外の二人はどう決断するか悩んでいる様子だ。
「僕は…協力しても良いよ?もとより僕は治すより壊す方が得意なんだ。調和を乱す物は…壊そうじゃ無いか。」
「私は……。私は……」
ツバキは魔物として、どうにも連中が許せないらしい。対して雫は抵抗があるようだ。対魔教といえど1人の人間である事には変わらないのだから。
「そりゃ…。私の目的は調和だ。邪魔する奴は消す。ただし…無血でいけるならそうしたい」
そう言う私に待ったをかけたのはツバキだった。
「君、そりゃ省きすぎだろう?君はどちらかを、あるいは両方を滅ぼす選択肢だってあるはずだろう?」
ツバキの言うとおりだった。そうだ。今まで忘れていたが、私に託された事は…。未来に起こる戦争を早急に終わらせること…。どちらが、いや両方を滅ぼしても良いのだ。
「でも、それじゃあ私の望みは叶わない。私は今。目的のためじゃなくて、望みのために行動してるんだ」
「そうだったね。僕が間違ってたよ。僕的には滅ぼしたって良いけど…ツボミに殺されたくは無いなぁ…。」
「2人とも…何の話をしてるの!?」
そうだったな。話がずれた。今は勇者に協力するかどうかのお話だったな。
そもそも今回の件が私にもたらす物は何だろうか。メリットとデメリットを考えてみようか。
まずデメリットは何だろうか。目立つことだろう。今は隠密性を重視される依頼中だ。個人的にも同じ状態である。だからここの勇者と結託していることで足が付くかもしれない。もっと言えば私の望み自体が潰えるかもしれない。
他にはあるだろうか。あるだろう。コイツと結託することは沢山の“人間”を殺すことになる。それはあまり気の進むことでは無い。
メリットは何だろうか。そう。特にないのだ。
国の情報や敵の情報は手に入らない。だがそんなのはコイツ以外からでもいくらでも聞ける。いざとなったら王かコイツを脅せば良い。
両親を対魔教に殺された、と言う話に同情してみようか?いや、無いな。無い。
私は聖人では無い。自分を犠牲にしてでも誰かを助けられるとか、冗談はやめて欲しい。そんな聖人、ここには1人しかいない。
「私は……困ってる人の力になりたい!」
ほら始まった。聖人君子様が降臨なされたよ。
「それが例え良くないことでも!それで沢山の人が助かるなら!」
無茶苦茶だな。沢山の人を殺して沢山の人を救うだと?馬鹿馬鹿しい。
だが今、雫と敵対するのだけは避けたいところだ。場合によってはフリードとの関係悪化にも繋がるかもしれない。
「なら。私の答えを出そうか」
「私は手伝いはしない。困っている人の力にもならない。私は私のために動く。ただ、最後は皆が笑える結末にする。それが私の答えだ」
まぁ具体性は無いんだけども。
「蕾ちゃん!でも…」
「雫がやりたいなら受ければ良い。個人的にね?でも今は何をすべきか考えて」
俯く雫。今やるべき事は偵察だ。それを忘れてはいけない。
「そう…ですか。では私は情報提供だけ行うとしましょう」
「え?断ったのに教えてくれるの?」
「ええ。断られても、私の命の恩人である事には変わりありませんから。それに、敵では無い事も確認できたので」
こいつも聖人だったか…。聖人二号と名付けよう。
「それで、レイモンド君はどんな情報をくれるんだい?」
色々考えていた私の言葉を引き継ぐようにツバキが続ける。ツバキに急に話しかけられてレイモンドは顔を赤くした。
「そう…ですねぇ…情報をバラすような方々では無いでしょうし、問われれば可能な限りは答えましょう」
そうかい。とツバキは言う。何でも聞いて良いなら何でも聞こうじゃ無いか。
今一番気になっていたことだ。
「何故。今回襲撃された。既に魔物からは離れたはずだ。ならば。何故対魔教は今日、勇者宅を襲撃した」
そう。理由が無いのだ。まさか数年前の生き残りを始末するだけなら、それこそ数年前に出来ることだ。なぜ今日だった?
「私が…最近、奴らの尻尾を掴んだから。でしょうね」
「それはこの国への干渉の元を探り当てたと言う事か?」
「ええ。正しくは偶然見つけただけですがね」
さてさて…厄介になってきたな…。素晴らしいじゃ無いか。
「詳しく頼むよ」
「ある日、私が王城に赴いたときでした。王の間の扉を開けようと、手をかけたとき、中から話し声が聞こえてきたのです。内容はこの国に対魔教の教会を築き、国民に布教しろと言う、半ば脅迫じみた物でした」
つまり宗教国家ラネシエルの使者、と言う訳か。
「その男はベルフ=モーガイ。この国ではかなりの力を持つモーガイ商会の創設者です。元々姑息な男だとは思っていましたが、裏で教会と繋がって居たとは…」
そういえば町をぶらついてたときに見たな。バカでっかい建物でモーガイ商会って看板出てたわ。
「でも、それじゃあ2つ問題が無い?1つは使者が1人じゃ無い可能性。もう一つはリスティの動きがまだ分ってないことだ」
「一つ目は多分奴のみでしょう。影からの乗っ取りのようですし、あまり派手には動けないはずです。それに、あれほどの大物ならば1人でもかなりの所まではいけそうですしね」
そこまで凄いのかベルフ=モーガイ…。
「二つ目についても、あの2国は強く結びついていますし、モーガイの周囲を探れば、いずれはつかめるでしょうね」
「ふうん。じゃあ、レイモンド君は、もし両国の使者を見つけたらどうする気?」
そういえば、この国の王はレイモンドの動きを把握しているんだろうか。というか、王自身はどんな体勢なんだろうか。
「私は、魔物達やフリード王国の方々に協力を要請し、奴らを国から追い出し、魔物との協力関係を築き上げます。この件は王から極秘で受けた任務でもあり、私の望みでもありますから」
「それじゃあ、2国と戦争にならない?」
「なるかもしれません。ですが、それさえ乗り越えれば。その先に理想郷はあるはずです」
コイツ…。頭の中お花畑かよ…。
「蕾ちゃん…やっぱり協力しない?」
コイツまでか…。
私はそっとキリエとツバキを見やる。
キリエは私を見つめている。その目は無言でツボミに従うと言っていた。
ツバキは、ふぅ、と軽く息をついた後、やれやれと言ったような手の動きをした。
そうだな…この件は押しつけがましすぎる。魔物のことを思いやるが故に、魔物の感情を考えていない。魔物達は皆、自由に生きることを望み、争いを嫌う。それはフリードでも、魔物達の町でも変わらなかった。
魔物の領土には、国も法も無い。それでも成り立っていて、平穏な日常が送られているのは、魔物が皆持つその性格故なのだろう。
そんな魔物達が、争いを超えてでも自分たちの領域を確保したい訳が無い。人間と生きたければフリードで良いし、魔物だけで良いなら領土がある。全く問題ないのだ。人間同士の争いについて、どうこうする気は無いだろう。
まぁそれは魔物としての建前だ。ツボミ・キノシタとしての意見を、これから話すとしよう。
「そんなことをしてみろ。私はなにが何でも邪魔してやる。そんな血に塗れた理想郷を、私はユートピアとは認めない。戦争がしたいなら、まずは私の息の根を止めて見ろ」
本音は無駄な厄介事を増やしたくないだけだが。
それを聞いたレイモンドは立ち上がる。
「確かに。貴方の言うことはまっとうなことです。私も一度、王と話をしてみることにしましょう。できればあなた方とは対立したくないですし」
うむ。それでいいのだよレイモンド君。
ってか、コイツの家、燃えたんじゃ無かったか?財産とかは大丈夫なのだろうか。ってか、今夜はどこでねるんだ…?