87話 ツボミ復活
「ほら、一人で歩けるかい?肩でも貸そうか?」
ふらつく勇者に声をかける。だが、勇者は壁に手をついてしっかりと立ち上がった。
「体が動かないわけではありませんし、少しダメージが蓄積しているだけなので大丈夫ですよ」
火事の熱のせいか、勇者の顔が赤い。とりあえず私が先に行って退路の確保をするか…。
「勇者君、どうやって出るのが近いかな?器物損壊と不法侵入をツケにしてくれるならそこの書斎から出れるけど。」
「ええ、よく分らないですが、大丈夫ですよ。ですが書斎からは出れなかった気が…」
よっし。言質は取ったぞ。屋敷の修理代はツボミ持ちだ。あとはとんずらで良いんだが、とりあえず雫を回収しないといけないので、勇者君には一瞬待って貰う。
だが、呼びに行こうとした矢先、雫が階段を上ってきたので呼びに行く必要は無かったようだ。
「一階はあらかた気絶させたよ?まだ残党いるかも」
「もう良いと思うよ。ささっと撤退しよう。着いてきて貰えるかい?」
あっ、待てよ?勇者君は二階の窓から隣の民家の屋根までジャンプできるだろうか。私達はケイオスアクセルがあるけど…。
「ほら、勇者君、おんぶだよ。」
貴族勇者はいきなりのことに困惑していたが、雫に促されて恥ずかしがりながら私の背中に掴まる。
そのまま私達は突き破った書斎の窓から飛び出し、夜の闇に紛れながら屋敷を離れた。
「悪いねぇ。屋敷までは面倒見れないよ。あとは自分で頑張ってくれたまえ。」
「ええ。命があるだけで十分ですよ。本当にありがとうございます。どうやってお礼をすれば良いか…」
お礼、ねぇ。情報かねぇ。ならば家に連れて行っても良いかな…。ツボミヤバいけど…。まぁあの死神さんは死なないだろうし大丈夫かな。
てなわけで宿へ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー」
おっ、二人が帰ってきたかな?ずいぶん遅かったけど…。
「……おかえりぃ」
私の代わりにキリエが答えてくれる。
「あ、あの…。ここは?」
二人の後ろから現れたのは貴族勇者。ええ!?なんでここにいるの!?まさか拉致!?勇者を拉致ってヤバいんじゃねぇの!?私もしたけど。
「ツボミさん、この勇者君に窓とドア2つ分の修理費を払っておいて下さいますでしょうか。」
急にそんなことを言うツバキさん。私は財布を取り出しながら状況説明を求めた。
「で、いくら?」
「そんなことより、蕾ちゃん、立って大丈夫なの?」
そう。私は今立ってるどころか元気に料理の仕込み中である。
「私自身、良くわかんないから、キリエ頼むよ~」
「…ん。……なんかの手違いで…鬼殺が発動して…治った」
うむ。良く分らないが鬼殺が発動してしまい、ダメージの代償にステータスやその他が跳ね上がり、圧倒的な自己治癒力が病気すら治したようだ。私の体は端から端まで狂ったような性能だ。素晴らしいじゃ無いか。
「で、状況説明は?あと値段は?」
「勇者君の家が襲撃されててね?勇者君だけ確保したんだけど、おうちは無理だったのね?で、行くとこなさそうだったし、連れてきたんだよねぇ。ツボミにとっても好都合でしょ?」
ううむ。そういうことか…。ってかやっぱり襲撃されてたのか…。
「まぁ、好都合だろうね。そういう面ではツバキナイスと言っておくべきなのかな?」
そう言いながら私は勇者の背後に回って退路を断つ。
「さぁて、勇者殿?腰掛けてはいかがかな?」
私に促された勇者はすんなりと椅子に腰掛けた。決して威圧したわけでは無いし、脅したわけでも無い。
「私は助けて貰った対価に…何を要求されるんでしょうか…」
「別に何でも無いよ?ただ…情報を、ね?」
「情報…ですか?」
これ以上の事情説明となると、私は魔物であることを明かさなければいけないかもしれないなぁ…。だが、こいつがもし敵だった場合はどうすれば…。
「あの、間違いだったら申し訳ないのですが…。ツボミ様?でしたか?貴方から濃密な呪いの気配がするのですが…。良かったら浄化いたしましょうか?」
「ん?あぁ、わたし、呪いの恩恵頼って戦ってるから。ってか、なんで分ったの?浄化とかできんの?」
今まで私の呪いを見抜いた者は居なかったはずだ。それどころか、この勇者は浄化するとも言ってのけた。こいつ何者だ…?
「私、勇者や貴族である以前に“聖騎士”なのです。浄化はお手の物ですよ」
コイツ…今聖騎士とか言ったか?
「オイ。まさかお前、教会の回し者か?」
瞬時に室内の空気が凍り付く。一瞬でカースオブキングを引き抜いたツボミから放たれたのは濃密な殺気。敵意。害意。そんな近づくだけで命を失いそうなオーラを前に、ツバキはある事を理解した。
「ハハ…。そうか。僕たちが対魔教云々で怒ってるときに、ツボミは私達をなだめていた。だが、1番ブチ切れていたのはツボミだったんだねぇ…。」
こりゃ、空気だけで誰か死んじまいそうなもんだねぇ。まさかマジで撃ちはしないよねぇ?と頭の中で付け足すツバキ。キリエや雫も同じようなことを理解しただろう。
「い、いえいえ。聖騎士と言うのはただの光属性を操る騎士がこの辺りでそう呼ばれているだけですよ。どちらかと言えば私は教会の敵ですので…」
震える声をなんとか絞り出して答えるレイモンド。
「その言葉に嘘偽りは無い?命を賭けられる?」
「ええ。いくらでも賭けましょう。私は魔物と人間の調和を望んでおります。対魔教とは対立していますよ。先程の襲撃者は対魔教の者ですから」
ふむ、そこまで言うなら信じるとしようか。これで巧妙な回し者だったならそれは私のミスだ。
「まぁ、ちょっと先走っちゃったよ。ごめんね?で、話を戻すけど、この国の裏事情と君の取り組み、そして王はどう考えているか、だ」
カースオブキングが収められ、雫が静かに胸をなで下ろす。まぁ返答次第で命のやりとりになりそうな雰囲気だったし、仕方が無いだろう。
「私とて、事情も知らない方々に情報を漏らすほど、軽い口は持ち合わせておりません。そちらの状況説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
流石に常識人だな。まぁ仕方ないだろう。私が自分の事をバラす覚悟をしたときだった。
「勇者君、ちょっと一緒に外に出て貰えるかな?僕が説明するとしよう。実はこのメンバー内でも少々触れてはいけない話があってね。ほら、家のボスは怖いだろう?だから、ね?」
ツバキ……。ちゃんと雫にバレたくない私のことも考えてくれたのか…。たびたび垣間見えるツバキの聖人具合にころりと逝っちまいそうだぜ…。
そんな感じで部屋を出て行くツバキと顔を赤くした勇者を、私達は生暖かい目で見送った。
そのすぐ後で、何かに気づいたように雫が口を開く。
「蕾ちゃん?触れちゃいけない話題って何のこと?」
「色々あるじゃん?雫の勇者のこととか、私達のこととか」
「うーん、そうか…。そういえば蕾ちゃん達の事、私よく知らないんだよね…訳ありだったりする?」
その問いには無言で答える。
しばらくして勇者とツバキが戻ってきた。
「状況は分りました。私も協力させて頂きましょう」
ナイスツバキ!とサムズアップする。すると、任せてよ、とでも言わんばかりのウインクで帰って来た。
「まずは、私の目的から話さなければなりませんね」
勇者は先程までと違った表情を浮かべる。静かで冷たい氷のような表情だ。
それは私達の空気を再び冷ますのには十分だった。