86話 襲撃
ハァ、ハァ、ヤバイ。苦しい…。寒気も熱も凄いし、嫌な汗も噴き出てるし、吐き気も酷いし、手足は痙攣してる。極めつけには意識が朦朧としてて、まぶたすら開かない。
周りからは私を呼んでるような声もするが、頭がぐわんぐわんしてて良く聞こえねぇ…。ただ、時々体が楽になる瞬間があって、一回毎にどんどん良くなってる気がする…。
まぁ、もう限界だし、軽く意識手放しましょうかねぇ……。
少しして再びもうろうとした意識状態に。さっきよりもはっきりしている気がする。手足も軽くなら動くようだ。
うーむ、目は開けられるだろうか…。…無理か。口も開かないし、喉から声も出ない…。
今私はどうなってるんだ?単純に考えて死にかけだけど……。まぁいっか。死んでないから儲けものだ。
おっと、今の一発は効いたぞ。なんとなく今のでだいぶ楽になった気がする。目も開けられそうだ。
私の視界に飛び込んだのは心配そうな面持ちで私を見つめるツバキと雫。そして半泣きで何らかの魔法を使うキリエ。発動する度に少しずつ楽になっているし、治癒魔法かな?さっきから私を楽にしてくれて居たのはキリエだったのか。
私が目を開けると、キリエは、魔法の発動を繰り返しながら抱きついてきた。
「……ツボミ!…心配した…死んじゃうんじゃ…無いかって…怖くて…」
泣き出すキリエ。私はなんとか手を動かして抱きしめる。
「蕾ちゃん…?生きてるの?」
「なんとか生きてると思うけど…私に何があったのか教えて欲しい」
そう答えると、雫も泣き出した。
「全く、君は心配かけるねぇ。僕は大丈夫だと思ってたけど、二人には謝った方が良いんじゃないかい?」
「え、なんかごめん」
「君、自分の手足を見れるかい?赤っぽい斑点が出来てるだろう?」
そう言われて私は自分の手足を見る。確かに大量の斑点が浮かび上がっており、気持ち悪い。
「それは“赫点病”って言って、この辺りに自生する、とある植物の枝に触れると発生する病気でね。本来は発症した瞬間に魔力が異常暴走して確実に死ぬんだけど…。君は生きてたみたいだね。」
「とある植物の枝?」
「そう。君たちが通ってきた森に沢山生えてたはずさ。背の高い木でね。不思議なことに、木のてっぺん付近にある枝で、しっかり幹にくっついている物でしか発症しないはずなんだけど…。まぁ、ともかく無事で良かったよ。」
てっぺん付近?もしかして飛んだからって事なのかな…?楽をしたせいでこうなったのか…。
「いやぁ、皆迷惑かけたね。ありがとう。これどのくらいで治るの?」
「僕は知らないなぁ。魔物でも人間でも、発症したら確実に死ぬからねぇ。治るどころか生きてる例もこれが始めてさ。」
そっかぁ…。多分状態異常扱いとして“マンティコアの加護”が軽減してくれてるんだろうけど…。危ないところだったな…。
それにしても偵察任務に来てるのに、個人の理由で足引っ張っちゃったなぁ…。もっといろんな事を調べないとな。私にはこの世界の知識がたりない。
だが、その考えは外から響いた爆音と喧噪にかき消されることになった。
「今の“どごぉぉん”って言うC4の爆音みたいなの何?」
「……ツボミ…動いちゃダメ」
窓に向かって立ち上がろうとした私はキリエに止められる。代わりに窓から外を見たツバキが状況を教えてくれた。
「空が真っ赤で黒い煙。どうやら火事みたいだねぇ。原因はさっきの爆発じゃ無いかな?」
火事?爆発が伴う火事なんて、ガスがあまり普及していないこの世界では考えにくい。ならば襲撃と考えるべきだろうか。流石にそれは都合良すぎか。でも、もしそうならこの国の裏事情について何かつかめるかもしれないぞ。
「ねぇ、あの火事の方角と全く同じ方向に勇者がいるって言ったら、ツボミはどうする?」
急にツバキが真面目な顔になる。ツバキは追跡魔法つけといたって言っていたはずだ。その勇者が同じ方角にいる?野次馬として集まったんだろうか…?
「何にせよ、ちょっと見に行くか」
「……ツボミは……だめ…」
クッソ…。こんな病気さえ無ければ…。
「ツバキ、ちょっと見に行って貰える?勇者と火事の概要を頼むよ」
「任せてよ。と言うか、ツボミは普段から僕をこき使って良いんだけどねぇ。」
「自分の事は自分でやるの。それよりも、もし、もしもだったら、勇者は頼むよ?」
「分ってる。と言うか、今回もその可能性が高い気がするんだよねぇ…。」
私達の言う“もしも”は、勇者邸が襲撃されていた場合だ。この勇者は、確か味方側のはず。ならばなんとかして生きていて貰わないとな。
「蕾ちゃん、私も行くよ。隠密担当がいたほうが良いでしょ?」
「そうだね…。頼むよ」
ヤバイ…。また意識がぐらぐらしてきた…。その前に…。
「ちょっと二人とも、こっち来てくれ」
私はそう言われて近づいてきた二人の腕を掴んで、ケイオスアクセルをかける。ライトニングアクセルとは違って、ケイオスアクセルは他の人にでも付与できるので、せめて少しでも協力しようという魂胆だ。
だが、二人にケイオスアクセルをかけた私の体が悲鳴を上げる。内部から焼き尽くされるような感覚。口からはうめき声が漏れる。
「……魔力暴走中に…魔力使っちゃ…ダメ」
そういう事か…。あぁ…これ気絶ルート直行ですわ。
「じゃぁ二人とも…。気をつけてくれ」
そう言って二人を送り出した後、私の意識は闇に飲まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほら、コッチだよ。遅いぞクソ雑魚勇者ぁ。」
「だって蕾ちゃんのこれ制御難しいんだもん!!」
もの凄いスピードで屋根の上を音も立てずに走るツバキ。その後をぎこちなく追うのはクソ雑魚勇者こと雫。
「おやおや、悪い予感は的中していたみたいだねぇ。あの燃えてるお屋敷の中に貴族勇者がいるよ。」
僕の見つめる先には炎を上げるお屋敷と、壁に空いた穴。そして沢山の野次馬がいた。
そして屋敷内部では何者かが争っているような気配がした。隣で息切れしている勇者雫は気づいてないみたいだ。多分僕の気配感知のおかげなんだろうなぁ。
「どうやって野次馬をかわそうかねぇ。内部では抗争勃発中みたいだよ?」
「なら私が姿を消してあの穴から入って敵を。ツバキは裏手の窓辺りから入って貴族勇者の確保で良いんじゃない?」
「いいね。それで行こうか」
お互いにうなずき合うと、雫は姿を消す。僕は周りに人が居ない方向へ走って入れそうな所を探そうか。
うむ。庭の木でちょうど影になってる場所に良い感じの窓があるな。あそこから入ろう。今はツボミにケイオスアクセル貰ってるし、飛ばなくても良さそうだね。
「窓ガラスの弁償はツボミに任せるとするか。」
そう呟くと同時に跳躍。影になっている窓を割って中に入る。さて、追跡だよりで貴族勇者君探さないとねぇ。音も立てちゃったし、気づかれるのは時間の問題だろうし、だいぶ火も回ってきてる。急がないと勇者君も死んじゃうかもしれないね。
この部屋は書斎かな?とりあえず廊下に出ないことには始まらないけど…。ドアの前に気配。
ツボミならこんな時どうするかねぇ。多分…。
「こうじゃ無いかなぁッ!」
繰り出された回し蹴りはドアをはじき飛ばし、ドアの前にいた男を吹き飛ばす。その音に気づいたように、気絶している男と同じような真っ黒な服を着た二人が走ってくる。
二人の男は僕を勇者君の仲間か、雇われたボディーガードとでも思ってるのだろうか。僕を見るなり剣を抜きはなって走る速度を速める。
「ちょっと大人しくしていて貰えるかい?」
まずは右側の男の剣を躱しながらお腹に一発鉄拳を。後ろからムキになった左の男が斬りつけてくるので、少し横にそれて剣を避け、足払い。倒れ込んできた首に手刀を。
さて、なかなか静かに無力化できたね。僕はやっぱり武器を使わない近接戦闘に向いてるなぁ。
勇者君は隣の部屋みたいだね。自室かな?ちょうど良いことに敵は居ないみたいだけど…。気絶してるんじゃ無いかな?動いてる気配を感じないね。死んではいないみたいだけど。
やっぱり部屋に鍵は掛かってるか。どうでも良いけど。
再び扉に回し蹴り。これもツボミにツケとこうか。
視界に入ったのは倒れ込んだ貴族勇者。怪我はしてないみたいだけど…。火の手は回ってきてるな…。いったん起こそうか。
「おーい。起きなよ。」
呼びかけながら体を揺する。勇者はふらふらしながら意識を取り戻し、その目を開けた。
「おっ。起きたね。生きてるかい?」
「私も…。もう…ダメですね…。幻覚が見える…。」
「幻覚でも良いさ。自分で立てるかい?」
手を貸すと、ゆっくりと立ち上がる勇者。
「すみません…。貴方は…何故此処に?」
「まぁ…。格好良く言えば君を助けに。正しく言えば不法侵入かなぁ。どっちが良い?」
「出来るだけ前者でお願いします…。ですが助けて頂く理由が見当たりません。一体何のために?」
「何でも良いけど…そうだなぁ…昼間のお礼とかにしとこうかねぇ。」
まぁほんとは家のボスからの頼みだけどね。
「さて、どうしようか?ここに留まってるわけにも行かないだろう?」
「ええ。とにかく、奴らを倒して外に出ましょう。一階も相当なことになっていそうですが」
「一階は大丈夫だと思うよ?心強い助っ人がいるからねぇ。」
今頃雫はどうしてるだろうか。それより、この勇者君どうしようか。
ツボミも大変なことになってるし、今日は厄日だねぇ…