79話 雫
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
予約投稿を1日間違えていました。本当に申し訳ありません。
「ちょっと!起きてよ蕾ちゃん!!」
そんな声で目を覚ます。まず目に入ったのは私の顔を覗き込む勇者。
「ああ、おはよう雫」
「いやいや。まだ夜中だよ!!ってか、ここは何処!?侵入者は!?」
とりあえず拉致したのを伝える。
「いや、もう突っ込まないよ…。でも…拉致?何で?」
「いや、話したそうにしてたのそっちじゃん。“蕾ちゃん!!探したよ!!”とか言ってたじゃんか」
「……そうだけどさ」
なかなか話を始めない雫。なので私から切り出す。
「雫こそ、なんでここに居るわけ?私は一回死んだけど」
「なんか…まだ現実味が無くてね…」
雫は自分に起こったエピソードをぽつぽつ話し出す。だが、忘れていた。雫は壊滅的に説明が下手なのだ。
かわりに私が纏めると、こんな感じだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は自分の部屋でPCの前に座っていた。と言うのもずっと育ててくれた父親が死去してから、あまり物事にやる気が起きない。鬱だろうか。
そんな私の毎日の楽しみは最大の親友である蕾ちゃんとゲームをすること。とりあえず今の目標は蕾ちゃんに認めて貰うことだ。どんなことでも目標を作って、それを達成しないとこのままどんどん廃人になってしまう気がして嫌だったのだ。
父の仕事の都合で各地を転々としてきた私にはあまり長いつきあいをしている人というのが居なかった。そんな私が唯一心を許せるのは、たった1人の家族である父の他に1人、蕾ちゃんだけだった。
だが、家族が全て居なくなってしまった以上、蕾ちゃんしか居なくなってしまった。親戚が毎月生活費を振り込んでくれているのであまり不便はしなかった。あまり顔も知らない親戚だが。
当の蕾ちゃん本人と言えば、ゲーム内で悪魔のようなプレイスタイルで敵を蹂躙し続けるようなランカーで、トップギルドにも何度も勧誘されていたが、それを断り続けてずっと私と組んでくれていた。
勿論私も邪魔しないように強くなった。トップギルドから勧誘を貰う位には。だが、蕾ちゃんから比べれば雲泥の差がはっきりとしていた。だからこそ、私は蕾ちゃんに強くなったね、と認めて欲しかったのだ。蕾ちゃんは自分より格上か同格にしか“強い”という言葉を使わない。だからこそ、私はそれを求めたのだ。
しかし。蕾ちゃんとの初対面からずっと。加えて言えば今でも感じていることがあったのだ。それは“諦め”のような感情。何かを愁いているような、そんな感じだった。当時虐めにあっていた蕾ちゃんだが、それよりもずっと前から、幼い頃から心の奥底に隠し続けてきたような、そんな感じだった。
それが少し恐ろしく感じるときもあったが、私には本心からの笑顔で接してくれたり、他の人とも本心からつきあっているのを見ると、そんな底知れない恐怖も吹き飛んでいた。いまは蕾ちゃんに認めて貰うだけだ。と、そう思うことが出来た。
不安なことと言えば、ここ一週間程度蕾ちゃんと連絡がつかないこと。私の目標であり、全てであるような人物と連絡がつかないのは非常に恐ろしかった。きっとリアルが忙しいんだろう。そんな風に現実逃避していた。
そんな風に同じような日々を繰り返し続けたある日、急に激しい苦痛が私を襲った。そして意識が曖昧になる。苦しい。苦しい。苦しい。汗が滝のようにあふれ出る。目が飛び出すのでは無いかと言う激しい痛み。そして脱力感。体中を走り回る苦しみに、私は無意識に胸の辺りを握りしめていた。
目を覚ます。辺りは星が瞬く宇宙のような幻想的な空間。目の前には白い羽を持つ少女。きっと夢だと思った。古典的に頬をつねろうとする。だが、どんなに頑張っても頬をつねることは出来なかった。
自分の体が、そこには存在しなかったのだ。悪い夢なんだと思った。早く冷めて欲しいと思った。だが、それは現実だった。
目の前の人物から聞くところには、どうやら死んだ人間を別世界に送り届けているらしい。私は死んだのだ。死因は過度のストレスや生活習慣の悪化による急性の心不全。
死という物は一瞬だな、とその時は思った。死は、目標も、命も、大切な物も、一瞬で奪っていくんだな、と思うと悲しくなってしまい、泣く体も無いのに嗚咽を漏らしていた。
天使と名乗ったその人物は、私の話を親身に聞いてくれ、まるで自分の事のように悲しんでくれた。そして、あなたには行くべき世界がある、と言った。
それがこの世界だった。私はこのフリードの国に勇者として転生したのだった。後から聞いた話だと魔物と人間が結託して、国を守護するための術式を行っている最中に私が真ん中に現れたんだとか。それで他国が掲げた勇者という言葉を借りて、私に勇者になってくれるよう頼み込んだんだとか。
その時の私は強力な力を持っていることなんか知らなかったので、当然断ったが、彼らは私の力を見抜いていたようで、私の方が根負けし、勇者となったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そんなことがあったんだ…」
「うん…。私、馬鹿だよね…立ち直るためのきっかけを他人に求めるなんて…。弱すぎるし、格好悪すぎるよね…」
「そんなことは無いさ。他人にすがろうが、自分から真っ直ぐ立とうと努力するのは最高に格好いいじゃん?」
返事の代わりに雫は泣き出す。そんな雫を私は抱きしめながら思うのであった。
あの天使、女神と違って良い奴じゃ無いか。きっと“行くべき世界がある”ってのは、私にもう一回会って、目標を達成してこいって事なんだろうな。
「なら、雫は目標達成できたわけだね。私は雫のこと、本当に強くなったと思うし」
答えは更に大きなうれし泣きで帰って来た。夜の平原には、涼しくて気持ちいい風が吹き抜けた。
「ほら、横になってみない?星が綺麗だよ?」
そんな私の言葉に頷くと、私の隣に寝転ぶ雫。
私達の視界には満天の星空が映り込んでいた。地球ではもう極所でしか見れないであろう、落ちてくるかのような迫力の星空。視界の端から端まで入ってくる星の輝きは、寝そべる私達を癒やし、静かな眠りに誘うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤバイ。朝だ。夜の内に戻るつもりで居たんだが、このままでは拉致したのがバレてしまう。しかも雫の話も聞けなかったし。
とりあえず雫を起こした。雫も私の“拉致した”という言葉を思い出して焦り出す。
「そこに居るのは誰だ!!」
私がどうしようかとあたふたしていると、野太い男の声が響いた。格好からするに騎士だろう。焦る私に『ここは任せて』とジェスチャーで伝えると雫が近づいていって話し始めた。
「私です。あそこの方はクロユリ様です。昨夜の侵入者を追っていた段階で協力して貰ったのですが、この辺りで見失ってしまいまして。犯人は現場に戻ると言いますし、この辺りで張り込んでいたんですよ」
よくもあんなに嘘を並べられるもんだ。私なら最初はああだが、少し時間がかかれば面倒になって肉体言語だろうな。
雫の言葉を聞いた騎士は敬礼しだす。
「そうでしたか!!失礼いたしました!!そして、お疲れ様でありました!!ここからは私が変わりましょう。王城への報告をお願いしてもよろしいでしょうか!!」
目上に「お疲れ様」って大丈夫だったっけか?まぁ今はどうでもいいや。とりあえず仮面付けて、と。雫の開けてくれた道だし、とんずらかまそう。
私は雫にバイバイと小声で伝えると、隠密を発動して、宿に帰っていった。
この後は表彰式で、その後はツバキとの訓練だ。なんとか実践形式に持ち込んで今までの恨みを晴らしてやる。覚悟しておけ…
その頃、宿のツバキが得体の知れない寒気によって目を覚ましたのは言うまでも無いだろう。