78話 拉致
今の状況を説明しておこう。まず状況から。今はツボミと、残り二人が合流し、更衣室に戻って着替えようとしている場面である。
1番右には、ツボミのフードを自分の「次元収納」にしまい込むキリエが居る。そして真ん中はフードを取り返そうともがいているツボミである。1番左はそんなツボミを羽交い締めにして押さえるツバキ。
ツボミの服は、黒のロングコートから、いつもの死神スタイルに戻っているが、顔にはお面を付けたままだ。
「クッソ!!放せツバキィ!!」
「どんなパワーだッ…!絶対女の子じゃ無い…!龍族の頂点に君臨するこの僕の羽交い締めを…素のパワーだけで解こうとするなんてッ…!!絶対女の子じゃ無いッ!!僕は認めないィッ!!」
「……ツボミは…ファンに…挨拶すべき」
つまり要約すると、二人は例の“クロユリ様親衛隊”にツボミを引き合わせようとしているらしい。
そしてツボミは「踏んでくれぇ」だとか、「お姉様ぁ」だとか言う連中に絶対に会いたく無いわけで。
まぁ。そんなこんなで取っ組み合いになっているのである。そんなとき、更衣室の扉は唐突に開いた。
「居た!!蕾ちゃん!!探したよ!!!」
ツボミは心底“今1番来て欲しくない奴が来た”と思ったのであった。
「……雑魚勇者?」
「あぁ、一般人に負けたクソ雑魚勇者さん、ツボミに何か用?」
「放せぇぇぇ!!」
雫は小さく「辛辣ゥ…」とこぼして涙目になるのであった。
「え、えっと、皆は何をしているの…かな?」
「この悪魔を親衛隊の皆様に会わせようと思ってね。なかなか面白そうじゃないかい?ほら。クソ雑魚勇者も手伝ってよ。」
「……愉悦」
雫はなんだこいつら…と心の底から思ったが、特に意味は無くキリエとツバキに加勢した。特に意味は無い。結界内とはいえ左手を食いちぎられたお返しとかでは無い。
三人がかりで取り押さえられ、やっと大人しくなるツボミ。
「仕方ない。覚悟は良いなクソども」
大人しくなったわけでは無かった。多少の犠牲を出してでも逃れると言う覚悟が出来ただけだった。冷たい声に鳥肌を立てる三人。
「ま、まぁ落ち着こうよ。ほら、会ってくれたらスキルを派生させる方法とか教えちゃうよ?」
「え、マジ?でも胡散臭いなぁ」
「僕が何年生きてるt…いや、死んでるか。何年この世界に居ると思ってんだい?ってか、こんな事で殺意が消え飛ぶのか…筋金入りの力の探求者だね。」
まぁ、スキル増えるんなら一時くらい我慢するか。
「ただし、二人もフード取って護衛してね。ちょっとあの連中はヤバそうだ」
「……仕方…ない」
「不本意だけど、流石の僕も君一人にするつもりは無いよ。」
そんなやりとりに「私は放置なんだ…」と切なそうな雫。さんざん罵倒されたあげく、ガン無視決め込まれたら泣きたくもなるだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まぁそんなこんなで、スキル派生の方法を対価に、二人の愉悦につきあうことになったのだった。
とりあえず再び死神モードからクロユリモードに戻ってコロシアムを出た。勿論後ろにはフードを取った天使とメガネっ娘。少しして追いかけるようにとぼとぼ歩いてくる勇者。
私達が外に出て少ししたとき、正面辺りから「ドドドドドド」と、地鳴りが聞こえてくる。目を凝らすと、黒いはっぴの集団であることが分った。
「ヒィッ!アレ、ヤバいよ!!」
後ずさりした私は、満面の笑みの二人にがっしり肩を掴まれる。逃げ場は無いのか。仕方ない。覚悟を決めよう。
「うおおおお!!生クロユリ様だ!!すげぇ!!」
「お姉様!!美しいですわ!!」
「ヤベぇ!!クロユリ様マジ尊い!!俺氏昇天寸前なんですけど!!」
「お願いします!!踏んで下さい!!」
「クロユリ様!!一生ついて行きます!!」
「クロユリ様ハァハァ」
「踏んで下さい!何でもしますから!!」
「カッケェ…!俺、クロユリ様みたいな強い漢になりたいです!!」
「姉御って呼ばせて下さい!!」
「踏んで!!踏んでよ!!」
一瞬のうちに周囲を取り囲まれ、軽くめまいがしたのは私だけでは無いだろう。だが、耳元でツバキが「ほら、挨拶だよ」って言ってくるので勇気を出すとするか。あ、後でツバキは処刑。
「ど、どうも~、クロユリです」
軽く震え声だったが、大きな歓声が上がったのを見ると、これでも嬉しいんだろう。あと、どうしても言いたいことが強くなったので自主的にも話す。
「おい、私は漢じゃねぇ。これでも女だ。あと、踏んで下さい野郎はどいつだァ!!さっきから同じ声だぞ!!絶対個人だろ!!」
私のドスのきいた叫びに、数名がヤバイ顔晒しながら倒れ込む。
「お姉様の叱咤…刺激的…」
「ああ、もっとなじってぇ…」
「踏んで下さい!!」
こいつら…私に鳥肌を立たせるなんて…。ってか、踏んで下さい野郎どいつだマジで。
「あ、私そろそろ行くんで、解散にしませんかね…」
そう言っても、“クロユリ様親衛隊”は解散する気配が無いどころか、更に活気を増した。後ろではキリエとツバキが必死に笑いを堪えていた。畜生。
「オラァ!!鬱陶しいんじゃァ!!散れ!!」
なんか本心が出てしまった。すると、“クロユリ様親衛隊”は、皆「あぁ、やっぱりクロユリ様は素晴らしいな」なんて言いながら解散していった。数名を残して。
「お姉様!!触れさせて下さいませ!!」
「姉御!!俺、でっかい漢になりてぇんだ!!」
「踏んで下さい!お願いします!」
近寄ってくるどこかのお姫様のような女と、いつの間にか姉御呼びのエドガー。そしてやっと正体を現したと思ったら土下座していた変態女。
「踏んで下さい野郎はてめぇかァ!あ、近寄らないで下さい。騎士団長は仕事しろ」
冷静に一人ずつあしらっていく。至って冷静だ。お嬢様は百面相しながら、「お姉様…そんな…でも…これもイイ!!」とか言ってる。エドガーは粘っていたが、背後から雫が手刀を決め、引きずって行った。ナイス雫。
さて、踏んで下さい野郎だ。こいつはなんかそのまま踏むのも、吹き飛ばすのもなんかしゃくだったので、シカトを決め込んでおいた。
「ほら、二人とも、満足か?帰るぞ」
「いやぁ。良い物見れたよ。それにしても君のファンはどことなくサイコだねぇ…」
「……満足」
「オイ、約束忘れんなよ?」
「分ってるよ。でも今からじゃ遅いし、明日の表彰式の後にしようか。」
「オッケー。じゃあそれで」
私達は再び更衣室に戻って、今度こそいつも通りの服に着替えると、隠蔽フードを着て、昨日も泊まった宿に帰ることにした。ちなみに、安い宿の三人部屋を取った。3泊で金貨1枚だった。まぁ、マジで寝泊まりしか無いところだし。
あ、そういえば完全に雫のこと忘れてたな。なんか私に用があるっぽかったし、私も用があるし。畜生、今から探してくるか。ご飯作りたかったんだけどなぁ…仕方ない。
「二人とも、なんとなくくつろいどいて。私は雫にちょっと用があるから」
「はーい。寝とくね。」
「……うい」
二人とも既におねむのようだ。外に出ると、既に日も落ち、星がちらほら出ていた。そういえばこっちの世界で真面目に星を見たのは初めてな気がする。だが、やはり見知った星座が見当たらずに、少し物寂しくなった。
さて、雫の探索するか。どうせまだその辺に居るだろう。私は、実は「隠密」スキルがあるから、フードは要らない。ただ、隠密は精度が高すぎて仲間ですら私を見失ってしまうので、一人行動の時だけしかつかえないが。
夜の町は、魔物の町とは違って人気が多く、明かりもついていて、まさに都会だな、といった感じだ。まぁ、魔物の町が賑わっていない、と言うわけでは無いんだ。あくまで比較の話だよ?
真面目な話になるが、こう見ると耳の生えた人も、耳が尖った人も、幸せそうに暮らしている。ここは、小さく縮めた理想郷なのでは無いだろうか。と、本心から思える空間だった。
そういえば解説していなかったが、魔人と人間、もっと大きく言って魔物と人間の違いについて話しておこう。
最も大きな違い。それは外見では無く体の内部構造にある。魔物は皆、体内に“魔石”という器官を持つ。これは、体内で魔力を生成し蓄積する器官なのだが人間にはそれが無い。
この世界は大気中に濃密な魔力がある。人間も魔物もそれを使って魔法やスキルを発動するのだが、魔物は大気中の魔力に加えて体内の魔力を使用できる以上、理論の上では単体戦力は魔物の方が高い。まぁあくまで理論の上だが。
だが、人間はそれを補って余りあるほど、数が多い。言い方が悪いが駒の数が違うのだ。魔物側の領土とは違い、人間側は平野すら無いほど町がびっしりだ。もし戦争になったとして、魔物が人間を1人10人ずつ殺したとしてもまだ人間側が有利である程度には人口が多いのだ。
それに、例外はある。たとえば雫。勇者という特別な環境を考えなければ、奴が大気中から魔力を得る速度、つまり魔力の回復速度は異常だ。これは雫に限った事では無い。ただの人間の中にもそう言った輩は居る。逆に言えば魔物の中には自分の生成する魔力のみで消費を上回ることができ、さらに大気中の分も含めてもの凄い力を扱える者も居る。ツボミ軍団3人が良い例だろう。
まぁ、人間と魔物、それ以外にはほとんど構造の違いは無い。外見だけだ。それなのにこう、山2つと平原1つを隔てて隔離されてしまうのはどうも納得がいかない。その点、この国は良いところだ。
話がそれたな。雫探しだ。とりあえずエドガーを連れて行った方角に向かってみよう。どうやら王城の騎士の詰め所のようだ。軽く王城に忍び込むが、まあ良いだろう。見つかったら滅ぼすだけだ。
って思ったけど…門が閉まってるよ…。門番は夜なのに4人着いていて、城壁にも等間隔で並んでいる。仕事熱心なこって。仕方ない。ちょっと手荒だが、壁ぶち抜こう。
私が城壁を抜くのに使う物、それは拳だ。私のぶっ壊れステータスのおかげで魔力を込めながら本気パンチすれば、たいていの物は瓦礫に帰る。今回は軽く行こう。それ。
ズガァァァァァン!!!
あ、やべ、やり過ぎた。兵士達が駆けつけてくる。とりあえず中に入ろう。すると、中から騎士がわらわらと出てくる。おお、仕事熱心。ちょっと通りますよっと。
「侵入者だ!!何者かが侵入した!!探し出して排除しろ!!」そう叫ぶのはエドガー。
この叫びなら雫も起きるだろう。場内探し回るより、通路の影に待ち伏せしてた方が良いな。
少し経った頃、お目当てが来た。早かったな。幸い、雫の周りには誰も居ない。さっさと拉致ろう。
そうして私は雷電纏を腕に。まぁ簡単なスタンガン(電圧ヤバイver)だよね。近づいてきた雫に腹パン。雫はほんの少し意識を保ったようだが、雷電纏の効果ですぐに気絶した。
そして雫には私の隠蔽マントをかぶせておく。あとはスニーキングして外に出るだけなんだけど…。地上は兵士でいっぱいだ。隠蔽とは言ってもこれは見つかるな。てことで王城の最上階まで駆け上がった。騎士達も場内に侵入したと考え、すぐに引き返してくるだろうし、早急にやろう。
まぁ別段作戦があるわけじゃ無い。ただライトニングアクセルで加速して飛び降りるだけだ。はい、フライアウェーイ。おお、風が気持ちいいなぁ。城壁も余裕で越えたぜ。着地は重力操作で一瞬だけゆっくりにして安全に。
でもこのまま何処へ行こうかなぁ…王城の奥は森だし…そこを抜けたところまで行くか。
よしよし。上手く抜けきって平原に出た。寝っ転がったら気持ちよさそうだなぁ…。
あ…やべ…ここ数日よく寝てなかったせいで…眠気が…
夜の静かな平原には、拉致されて気絶している勇者と、眠りこける拉致の犯人がいた。