77話 勇者VS死神
「クロユリちゃん…魔道士じゃ無かったの…?ってかハンドガンとかエグいよ…」
「誰が魔道士なんて言ったよ?ただのオールラウンダーだけど?」
「あのレベルの魔法が本職じゃないとか…冗談は存在だけにしときなよ…」
今は遠距離での打ち合いとなっている。私は様子見でのノーマルバレット。雫はそれを回避しながら三発同時射撃を行い、適度なカウンター。
しばらくして分が悪いと踏んだのか、雫は双剣に切り替え、弾道を避けながら走って近づいてくる。
「コレならどうだッ!!光長剣!!」
雫の双剣から光の刃が伸び、射程を増やす。私も使える奴だ。両方の剣を交差させるように斬りかかってくる雫。
「一本の剣で防げる?」
少々ドヤ顔だった雫だが、私は生憎剣一本では無い。カースオブキングで受けるのはそんなに良くないと思ったので、コートからナイフを引き抜いてグレイスオブクイーンと二本でしっかり受け止める。投げナイフとは言え、普通のナイフとして使う事が出来ないわけが無い。
「何本あるの!?そのナイフ!!」
そんな雫は、私が返した「数百本」という言葉で絶句する。
私は、両手の武器を押し出すようにして、雫を弾くと、魔法剣を発動する。エドワードさんから教わった奴だ。と言っても、魔力を流せるように作られた武器の内部で魔法を発動するだけだが。
右手の剣にドラゴフレアを纏わせ、魔力を流せないナイフには「雷電纏」を使用する。
ちなみに今回はインベントリは封印の方向だ。と言うことで王と女王とナイフ6本が今回の私の武装だ。なのでナイフ数百本はハッタリである。
体勢の崩れた雫はライトニングアクセルの加速度の乗った斬撃をかろうじて食い止めたが、大きく後ろにはね飛ばされる。
「その程度?つまらんなぁ」
私は煽りながら爆炎弾幕を展開。更にノーマルバレット乱れ打ちと爆雷刃で追い打ちをかける。いつもの定番の遠距離攻撃だ。
だが、雫はアクロバティックに跳ね起きると、全力で走ってなんとか避けた。流石勇者ってだけあって、私と互角くらいのスピードだ。勿論ライトニングアクセル抜きで。それにしても、ツバキは1秒で倒せるとか言ってたけど、全然そんなこと無いじゃん。
「仕方ない…公衆の面前だけど…勇者の力、見せてあげるよ!!」
「お?どんな芸だ?楽しみ~」
精神攻撃は基本だぜ。だがその瞬間、私の意識が一瞬揺らいだ。そして、後ろに気配が。なるほど、一瞬だけ意識を濁らせるのか…。それが何だ?
後ろから襲ったのは首を狙った斬撃。それは私が一瞬でしゃがみ込んだことで空振りになる。
「甘いよ。勝負を急ぎすぎ。足とか狙うべきだったね。私の反射神経舐めてんの?」
そのままノータイムで後ろに蹴りを行う。足にヒットしたようで、感覚が伝わってくる。ならばそのまま軸足を変え、起き上がりながら雷電纏をのせた後ろ回し蹴りを。それは脇腹にヒットし、私の火力もあってか、雫を壁まで吹き飛ばす。いつものミニスカートじゃ無くて良かったぜ。
観客席は相変わらずうるさいが、回し蹴りが決まると、「お姉様ー!」だとか、「姉御ー!」だとかの歓声が増えた。クッソ…。変なのが増えていく…。
「痛って…ちょっと化け物過ぎないかな…意識の濁った状態でも冷静なカウンターとか…笑えない…」
壁際でよろよろと立ち上がる雫。
「面白い技だったけど…殺気のせいで完全に不意を突けてないし、狙いが甘い」
私は隙を与えずに「絶影」で瞬間移動する。今度は足元にスライディングだ。実は吹き飛ばした方向も計算してある。
不意に足払いをかけられ、跳ね上がる雫。滑り込む私の手元には、先程投げたときにはじき飛ばされたナイフが。私はそれを素早く拾うと、一本を雫のお腹にプレゼントだ。「ぐっ」とうめき声を上げる雫。血がしたたり落ちるが、気にせずに腕を軸とした起き上がり蹴りで再び吹っ飛ばす。
「やっぱり近接の方が性に合ってるかなぁ」
そう言いながら、落ちている二本のナイフとカースオブキングと一緒に持っていた一本をコートにしまう。武器の補充完了だ。多分、まだ仕留め切れてないだろう。
少しして、土煙の中から幽鬼のように立ち上がる雫。手には先ほど腹に突き刺したナイフと弓に戻した武器が。
「武器ゲットぉ…生憎、もの凄い耐性を持ってるせいでまだまだ倒れないよ…」
雫は手元の弓に多めの魔力を込めると、それを空に向けて打ち出した。打ち出された矢が見えなくなった頃、宙から光の矢が私を中心にして雨のように降り注いできた。更に雫からは3発同時の光の矢が連射される。
うーむ、面倒だな。とりあえずこの状態で意識を刈り取られると不味いので、先に動こう。
私は一本のナイフを地面に投げて突き刺し、帯電を一層強くさせて雫の方向に走り出す。「絶影」が使えたら良かったんだが、闘気覚醒のように、そこそこクールタイムがあるもんで、ポンポン使えないんだ。
「そうはさせない!!」
雫はそう言った瞬間、再び私の意識が揺らぐ。どう考えても勇者っぽく無い能力だな。だが、しっかり対策して走ったんだ。ライトニングアクセルは、速度を上げるのでは無く、特定行動の加速度を跳ね上げる物。よって、意識が揺らいでも、その瞬間に両足が地面に着いていなければ、等加速度直線運動みたいな感じで進めるのだ。そのことも考慮して、私はスキップのように走っておいたのだ。まぁ運だよりだったが。
意識を奪っていられるのはほんの一瞬だけ。更に前から攻撃に当たっていないことも考えると、意識を奪うときは光の矢は使えないんだろう。だから、さっきも斬撃だったんだろうな。
移動しながら意識を取り戻した私は、上からの矢を数本受けながら、そのままの勢いで聖斬を使って斬りかかる。だが、それはナイフによって阻まれた。ちくしょう…そのナイフ異常に頑丈なんだよ…
「これくらいなら受け止められるか…」
「私だって、やられっぱなしじゃないからね」
鍔迫り合いで負ける気も無いが、とりあえず足を振り上げてみる。だが、私の蹴り上げはなんとなく予想されていたようで、雫は剣を押した反動で後ろに飛び退いた。
逃がさない。私は次元斬を発動し、追い打ちをかけるが、走り出した雫には当たらなかった。ちょこまかと面倒くさいな…。このコロシアムは広いせいで、狐火じゃ地面全体は燃やせないし、遠距離手段も相手にあるから有効では無いな…
私はとりあえずさっき突き刺したナイフの辺りまで後退すると、斬撃波とノーマルバレットを撃ちながら、ナイフを踏みつけて地面に埋めておく。
「今度はこっちから行くよ!!」
そう言った雫は残像を残すような速度で動き出す。そのまま繰り出されたのは斬撃。あ、ヤバイ、しくじった。
私は斬撃を避けながら後ろへ飛び退いた。しかし、その瞬間、地面から巨大な炎の龍が吹き上がった。その龍は雫を包むが、私をも少し巻き込んだ。
実はさっき地面に投げたナイフにドラゴフレアをくっつけてあったのだ。この魔法は“変幻自在”の炎を操る魔法。私以外の者が近づいた時に発動するような地雷にしておいたのだが、雫の攻め込みが予想以上に早かったので巻き込まれてしまったのだ。
消せども消せども燃え上がる炎に包まれた雫と私の足。仕方ないからドラゴフレアを強制的に消す。少し私のズボンの裾が燃えてしまったが、雫の服は汚れで済んでいる。何だあの服チートかよ。
「このレベルの火に包まれて立ってるとか、いつの間に人間辞めてたの?」
「このレベルの炎を地雷にしてる人に言われたくないなぁ…」
ならば、少しびっくりして貰おうか。
私は自分の足元に一発の弾丸を放つ。目を閉じながら、だ。
直後、足元で炸裂したのは激しい閃光。今まで全く使ってこなかったシャインバレットだ。
その閃光は、雫から視界を奪い去る。もちろんコレで終わらせる気はさらさら無いので、とりあえず死影弾を装填しておく。
2秒もあれば流石に視界を取り戻せたのか、雫は再び残像を残しながら走り出す。鬱陶しいなぁ…ならば、こんなのはどうだろうか。
私が右手を振る。その瞬間、雫は転んだ。何をしたかと言えば、“重力操作”である。瞬間的にしか使えないが、一瞬だけ、雫の移動先の地面の重力を上げたのだ。
そこに容赦なく撃ち込まれる死の弾丸。転んだ雫は死影弾を避けられるはずも無く、狙い通り左肩に直撃した。
「くぅっ」と声を漏らす雫。叫んでいないところを見ると、相当果てしない耐久なんだろうなぁ…
「……まだ…私には…手がある…まだ…終わらない!!」
そう言いながら立ち上がる雫。左手はだらんと垂れ、ナイフを指された傷口からは血が垂れている。対する私はズボンの裾が少し傷ついているだけだ。
だが、雫の様子が変化する。金色のオーラがその体を包み込み、目も金色に輝き始める。あまりにも膨大な魔力に、髪はふわふわと宙を舞い、鳥肌が立つような覇気をその身に纏った。
「ここからが本番だよ!!」
そう叫んだ雫が弓を放つ。私はライトニングアクセルで避けようとするが、放たれたのは10本の光の矢。その一本一本が、私を追尾し、襲いかかる。
さっきまでと格が違う攻撃に驚いたが、所詮は追尾弾。切り返しを挟みながら動き続ければ当たることは無い。
「コレでどうだアァァ!!」
雫が双剣モードで斬りつけてくる。先程までとは、速度も威力も気迫も段違いなその攻撃を、私はナイフとグレイスオブクイーンでガードするが、受け止めたナイフにヒビが入る。パワーも異常な物で、押し込まれそうだ。
これは不味いと踏んだが、迫ってくる矢の関係上、横に逃げるしか無い。だが、私が刃を受け流そうとした瞬間に、ナイフが砕け散った。
矢が10本全て命中し、眩い爆発が起こる。さらに、その光に映える、赤い飛沫が舞った。左手に走る激痛。なんとか踏ん張ってバックステップで距離を取る。
「どう?これが勇者の真の力。まぁ反動はあるけどね。勝負はまだまだここからだよ!!」
再び激しい気迫を放つ雫。だが、私は口元をニヤリと緩め、言葉を紡ぐ。
「いいや?ここで終わりだ。私も、見せてあげるよ。死神の力をね」
そう言った私の影が揺らめく。揺れる私の影が2つに分かれ、邪悪な力を放ち出す。その影の片方はみるみる形を変えてゆく。
「さぁ、餌の時間だ」
影が変化し、邪悪な風格を持つ、魚の形になる。それは鮫に近い。だが鮫と呼ぶには歪んでいる。“禁忌:影鰐”影ある者を喰らう怪物だ。
その鮫は、雫の影に近づくと、気力だけで持ち直している左手の影へと食らいつく。
「がァァァッ!?」
悲鳴を上げる雫。それもそのはず。さっきまであった左手が消え去り、血が噴き出しているからだ。雫はなんとか影鰐から離れ、追撃を逃れる。
「雫は誇っても良いと思う。私を本気にさせた人、こっちでは雫が初めてだ」
「まだ…終わらない!!」
「終わりさ。既に、死神の鎌は振り上げられたのだから」
その瞬間、世界はゆっくりになる。“闘気覚醒”が発動されたのだ。それは、振り上げられた鎌が、振り下ろされることを意味した。
加えて発動されたのは“鬼撃”。ダメージと引き替えに、ステータスを跳ね上げ、攻撃が防がれても関係なくダメージを与えるものだ。
更に、炎剣が右手のグレイスオブクイーンを包み込み、その上からドラゴフレイムで覆われた。
最後の一撃は、至ってシンプルに。縦に振り上げられた真っ直ぐな斬撃が雫を切り裂いた。
世界が元に戻ると、雫の纏っていた金のオーラは、弾けるように四散する。そして、雫自身は真っ直ぐ後ろに倒れ込んだ。
「……また…負けちゃった…」
「ふふ。雫が私に勝とうなんざ、5年早いんだよ」
「……現実的な…数字が…辛いよ」
「でも、良い戦いだった。強くなったね、雫。」
その言葉に涙をこぼす雫。
「…なんか…褒められちゃった…もの凄く嬉しい…」
「またリベンジ待ってるから。いつでも良いよ」
「次は…絶対勝つ…」
そう言い残して消える雫。
『ななな!なんと!!!勝者はクロユリィィィ!!!勇者を破り、勝利を勝ち取ったァァァァ!!!』
『ウオォォォォォォォォォォ!!!!』『キャーーー!!』
会場は激しい歓声に包まれる。そして、圧倒的存在感の“クロユリ様親衛隊”。って、アレ!あの右側でうちわ振ってるの!!あれエドガーじゃん!!何してんの騎士団長!!
『それでは!!勝者のクロユリ選手にインタビューしてみましょう!!』
マイクを持ったおっさんが再び近づいてきて、「一言お願いします」と言う。
『ここは良い国ですね。人も魔物も関係なく、笑い合える環境。私は全世界がそんな風になれば良いなぁと思っています。こうして、争いをコロシアムの中だけに収め、胸くそ悪い殺し合いを試合に変える。それが私の夢です。あ、あと、勇者様は果てしなく強いですよ。彼女は優しいですし、困ったら頼ってあげて下さい。彼女は頼られるの大好きですから。では、一言じゃ無くなっちゃいましたが、これで終わります。ありがとうございました!!』
『ウオォォォォォォォォォォ!!!!』『格好いいぞォ!!』『踏んで下さーい!!』
会場は再び激しい歓声に包まれた。なんか色々聞こえるが気にしないでおこう。あぁ…お腹減ったな…
その後は、私が退場した後に、国王の閉会宣言で大会が締めくくられたようだ。
明日、表彰式があるらしく、参加しなきゃいけないみたい。なんだか偵察だけのはずが、えらく目立ってしまったな…
とりあえず二人と合流して、着替えよう。