72話 自分自身との戦い
25層。休憩スペース。
うーん、何も無いな。正しい意味で何も無い。大理石で出来た綺麗な部屋以外、そこには何も無かった。せめて水飲み場くらいあっても良いじゃ無いか…
とりあえず座って休憩。そして、ラスボスの情報を聞いておこう。
「26層、つまりこのカルグル大迷宮のボスは、“自分自身”です。次のフロアに入った瞬間に、我々は分断されて、1対1での戦いになるでしょう。敵の性質上、今の私は負けることは無いと思いますが、お二人も強い心で挑んでくださいね。敵は“自分自身”ですから」
ふーん。つまりダークリ○クみたいなもんか。自分相手なら、対応の仕方がいくらでもあるからな。
はい、休憩終わり。ラスボスに向かおうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私達が26層に入ると、全員の体を光が包む。
次の瞬間、私は丸い広場に居た。天井はもの凄く高く、ステンドグラスから光が差し込んでいる。地下だけどね。大聖堂?礼拝堂?と言った感じか。まぁ椅子も台も何も無いが。
一向に敵が来ないなぁと思っていると、再び私にまぶしい光が当たる。その光によって生まれた私の影が伸びてゆく。
その影は地面から起き上がり、人の形になる。そして、少しずつ色がついてゆき、完全に人になった。
黒い髪に赤い目。肌は私よりも少し黒く、着ている服も、ずいぶん黒みがかっている。だが、その姿は完全に私。色も一緒なら、どっちが本物か一見では分からないだろう。
『良くここまで来たね』と影が言う。こいつ…しゃべるぞ。
「そりゃどうも。全く苦戦はしなかったけどね。」
『どうやらそうみたいだね。でも私は貴方だ。少し格が違うんじゃ無いかな?』
全く、自分と話しているのはどうにも不思議な感覚だ。と言っても完全に私って訳じゃなさそうだが。
『そろそろ始めようか?長ったらしいのは嫌いでしょ?』
そう言う影の両手には黒いグレイスオブクイーンと白いカースオブキングが。
何処まで私を再現しているのか分からない以上、迂闊に戦うことは出来ない。まずは様子を見ながらだ。
「始め方は?私は何でも良いけど」
『じゃあ、お互いに5歩下がって、3秒数えたらスタートにしようか。カウントは任せるよ』
「いいね、格好いい。ソレで行こうか」
二人が5歩ずつ下がり、そこそこの距離が出来る。
「じゃぁ3,2,1,どん」
私の気の抜けた掛け声で、両者が同時に帯電する。ライトニングアクセルは使えるか。
先に動いたのは影。まっすぐ剣を振り上げ、突進してくる。空いた距離が詰まるのは一瞬。その直後、黒い剣と黒い剣が衝突する。
虚空より現れたブラックオブディスペアーに一瞬驚いた様子の影だったが、怯まずに白いカースオブキングを構える。
だが、それよりも速く動いていたグレイスオブクイーンによって射線をそらされ、全く違う方向へと放たれる。
私が素早く投げナイフを前方に投げながらバックステップすると、そのナイフを弾きながらあちらも距離を取る。
『この体は凄まじいね。今までここまでたどり着いた者達とは格が違いすぎる。流石はマンティコアって言ったところかな』
「ならマンティコアになったら?そっちの方がパワーがあると思うけど」
『まさか。マンティコアの姿は破壊力こそあれ、素早い相手だと太刀打ちが出来ないからね。貴方も分かってるから戻らないんでしょ?』
コイツ…何処まで私を把握しているんだろうか。
私は爆雷刃を放つと同時にシャドウバレットをリロードする。
影は前方に大きく跳躍して避けるが、そこに私のシャドウバレットが襲いかかる。
この影はやはり私の姿をしていても私では無いようだ。私ならばここは跳躍せずにダメージ覚悟で横に避けるだろう。
何故なら、空中に逃げると言うことは足場を失うと言うこと。それは、そのまま落下している間は攻撃が避け辛くなると言うことだ。
私の性能があればシャドウバレットならかろうじて防げるだろう。だが、その後に爆炎弾幕を足場無しで避けられるかと言えば無理だろう。
更に、そこにノーマルバレットと斬撃波が重なると、一体どうなるだろうか。
私が猛攻をしかけると、影は苦しそうな顔をする。そして加速。
『闘気覚醒!』
コイツはやはり私では無い。同じ秒数だけ使える闘気覚醒だ。先出しの方が不利に決まっている。少しでも引き延ばして、私が闘気覚醒を発動したら、私の勝ちは揺るがない。まんまと罠にかかってくれたな。
影はゆっくりになった時間で、着地し、攻撃のために動く。そこまでに約2秒。ノーマルバレットを放ち、私の周りを銃弾で取り囲む。
コイツは筋金入りの馬鹿だな。剣での攻撃ならその場で私は闘気覚醒を使わなければならなかった。だが、銃弾では私の時間がどんどん増えていくだけだ。
5秒が経とうとしたその時、死神は動き出す。
「…闘気覚醒。」
影に与えられた闘気覚醒の残り時間はもう無い。
「余命は5秒だ。」
周りを取り囲む銃弾から抜け出し、鬼撃の発動。
更に両手の剣で、同時に斜めに斬り上げ、そのままの勢いで切り下ろす。
残り2秒。グローリーライトを使う必要も無い。影が私と同じステータスなら、耐久は圧倒的に低い。
紅蓮弾の装填。銃口は心臓に突きつける。
リロード完了と共に、世界は通常の速度に戻る。
響き渡る銃声。吹き出したのは血しぶきでは無く、黒い魔力の靄。
大の字に倒れ込む影に向けて、私は口を開く。
「甘すぎる。正直相手にもならなかった。私はこんなに弱くは無いはずだけどね?」
『…ハハハ。完敗だ。まぁ、最初から勝てるわけが無かったんだけどね?』
まだ話せるのか…まぁ動けはしないようだが。と思いつつ、死影弾のリロード。
『構える必要も無いさ。どうせ私の負けだ。』
「どうして最初から勝てないと思ったの?私と同じステータスならいくらでもやりようはあったはずだけど」
『私は本来、正面から戦うわけじゃ無いんだよ。本当は精神攻撃で心を弱らせて攻撃するはずだったんだ。でもね、“ツボミ”の心にはつけ込む隙が無かった。いつだって前向きで、それでいて自分に死ぬほど厳しくて。だから私に、いいや、“自分”にかけた言葉は“罵倒”だったんだろう?』
「そうだね。同じ状況でもやり方次第でいくらでも変えられるから。それを良い方へ向けるには自分自身が常に良い方へと行かないといけないと思うの」
『そう。だから私がどれだけ精神攻撃をしても無駄なんだよ。だって、常に自分で自分を攻撃してるような物なんだから。でもそれで決して折れずに、乗り越えていくから凄いんだよ。“ツボミ”は本当の意味での“強者”なんだろうね。』
「そりゃどうも。自分に言われてもそんなに嬉しくないけどね」
この影は一体何者なんだろうか。口振りからしても、私では無いんだろうが。
『君は何のために戦ってるんだい?戦争を防ぐのも、頼まれたことであって、自分のためじゃないだろう?』
「自分のためだよ。私はその後にある、平和な日常が欲しいだけ。それより、二人称も口調も崩れてるけど?」
『そうだね。僕は君じゃ無い。君から読み取ったのは過去の言動と、能力だけさ。脳の中身を読み取ったわけじゃ無い。だから僕は君に負けたんだ。』
「何者なの?」
『僕はこの地に眠る、龍の亡霊さ。君たちは伝説の古代龍とか言ってたかな?』
おお、コイツがそうなのか。
「古の時代に君臨してたにしては、戦い方が甘々なんじゃ無い?」
『いやいや、慣れない体ってのもあるが、君が強すぎるんだ。宙に逃げた時点で死が確定しているなんて、まさに死神だね。』
「死神じゃ無いですぅ。ってか、私達雑談してるけど、この階はいつになったら終わりなの?」
『ああ、悪いね。君のお仲間二人が終わるまで待っていてくれるかい?』
そういえば二人はどうなっただろうか。
「今どんな感じ?」
『ノーコメントだね。後で聞くと良いんじゃ無いかな?聞けたらだけど。』
「流石に二人は負けないと思うよ?」
『さぁ、どうだろうね。』
『それよりも、君には覚悟があるのかい?』
「何の?」
『“殺す”覚悟さ。今後、君は人間の所へ行くんだろう?そこで君は少なからず“邪魔者”と出会うはずさ。魔物を嫌う者から命を狙われることもあるだろう。そんなときに、君は“殺す”事が出来るかい?これは人間だけに限った話じゃ無いけどね。』
「それについては私も前から悩んでた事だよ。ってか、精神攻撃でそこを指摘すれば良かったんじゃ無いの?」
『でも、答えは出てるみたいだしね。君は強いから、僕の言葉じゃその考えは覆らないだろうさ。』
見透かされてるか…
「あるよ。覚悟はある。でも、闇雲に邪魔者を殺すわけじゃ無い。“殺人刀と活人剣”ってあるでしょ?人を殺す時は相手が悪であって、更にその行為によって万人が救われなければならないって奴。私はそれを目指すよ。“殺さないで皆助ける”なんて甘えたことは言ってられないからね。真の害悪は死ななきゃ直らないから。汚れ仕事は私がやることにする」
『…最高に格好いいね。女だったら惚れてたかも。』
「男で惚れろよ…」
その後も私達は二人の戦闘が終わるまで雑談を続けていた。
心臓を打ち抜いたはずなんだけどな…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
少し時間は戻って。
「私は、ここまで来て負けるわけには行きませんから」
『そんなに娘が大切ですか?』
「言葉にする必要もありませんよ。どうやら貴方は私の姿をしているだけの、ただの別人のようですね」
鍔迫り合う、二人の骸骨の姿がそこにはあった。
片方はエドワードさん。氷炎剣を叩き込んでいる。もう片方は黒みがかった影。同じく、氷炎剣で、華麗に受け止めている。
『ですが、こうしている間にも、容態は悪化しているかもしれませんよ?そして、最後に立ち会えなかったことを、死後も恨まれるのです。』
「それが何です?第一、私はそれでも受け止められます。勿論最悪の場合ですがね。それに、娘は今も私を待ってくれていますから」
エドワードさんの攻撃は更に激しくなってゆく。
『何故そんなことが分かるんです?娘は今も苦しんでいるかもしれませんよ?』
エドワードさんは、その問いに答えるように、両手の剣を深く握りしめる。
そして、そのまま最大の攻撃を繰り出す。
「確かに、娘は今も苦しんでいるでしょう。ですが、必ず待っていてくれます。私には分かります――」
優雅に舞ったエドワードさんの剣は受け止めようとした剣を華麗にかわし、その攻撃を届ける。そのまま、生まれた隙をついて放たれた連撃は、勝負を決めるには十分だった。
「――家族ですから。」
『…私の…負けのようですね。』
崩れ落ちる影。勝者はエドワードさんだ。
『これを、持っていくと良いでしょう。』
そう言った影の手には、輝く小瓶が握られていた。
『エリクサーと言う薬です。どんな病気でも治すことが出来ます。娘が待っていますよ。』
「ありがとうございます。頂いていきますね」
エドワードさんは、ツボミたちの前では明るく振る舞っていたがずっと不安だったようだ。
それが、エリクサーを手に入れたことで少し和らいだようだった。
『まだ気を抜いてはいけませんよ。家に帰るまでが遠足と言う言葉があるでしょう?』
「そうでしたね。娘よ…待っていてくれ…」
そう言ってエドワードさんは受け取った小瓶を握りしめた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また少し時間を遡る。
そこに居たのは傷ついた白い少女と、それを見下げる黒い影の少女。
「……ッ」
『…また裏切られる。…もう私に居場所なんて無い。』
「…違う…違う!…ツボミは…私を…」
『…分かってるんでしょ?…ツボミも…私の事なんてどうでも良い。…私にあるのは…孤独と絶望だけ。』
「…違う!……違うの…」
『…そう信じたいだけなんでしょう?…本当は…私の味方なんて…“誰もいない”のに。』
「……ちが…う…」
影の攻撃を、キリエは防ぎきることが出来ない。
防御特化のキリエの前にいるのは、攻撃のあまり得意で無いキリエ自身なのに、だ。
繰り出される攻撃によって、キリエは身も心も傷ついていく。
『…私がされたことも…した事も…忘れてないんでしょ?』
「……ッ!」
影の放ったホーリーバーストが、キリエに直撃する。
吹き飛ばされたキリエは地面に倒れ伏した。
「…私は…私は…」
『…もう諦めたら良い。…もう何も信じなくて良い。』
「……」
「…違う」
ゆっくりと立ち上がるキリエ。
「…ツボミは…一緒にいてくれるって……もう一人にしないって…だから…」
『…それも嘘だったら?…ツボミも私をだました人と一緒だったら?』
「……それでも…私は…ツボミを信じる!」
キリエの左手にもう1本の白い剣が現れる。更にキリエを守るように、二つの白い大盾が出現する。
「…『神装』…解放…」
キリエの体から、真っ白な魔力が放たれ、青白いオーラがその身を包んだ。
『…そんなにツボミが大事?』
「…当たり前。…私は…ツボミの隣を歩きたい」
キリエの2本の剣が、影の前に張られた障壁にぶつかる。
それでも、流石キリエの障壁と言うべきか、『神装』の攻撃すら弾かれる。
『……無駄。…そんなに弱った体で何が出来るの?…私は沢山の人を殺した。…それは消えることは無い。』
「…私は…それも受け止める」
『…そんな私が…ツボミの隣を歩けるとでも思ってるの?』
「…ツボミは…私の“魔装”も退けた。…また私が暴走しても…ツボミが止めてくれる」
『…それは自分の理想じゃないの?…ツボミがそうしてくれるとは決まってないんじゃ無い?』
「…ツボミは…意地悪だし…怖いけど……それ以上に優しい」
『…そう何度も助けてくれると?』
「…だから…私は……乗り越えなきゃいけない。…強くならなきゃいけない。…いつかツボミのことを…助けてあげられるくらいに…強くなりたい」
「……だから…まずは貴方を…自分の弱さを乗り越える!」
ツボミの放った『聖斬』が、これまで傷一つ無かった障壁に小さなヒビを入れる。
『…そんなことが出来るとでも?』
「……“できる”んじゃ無い…私がやるの。…やらなきゃいけないの」
さらに一閃。障壁のヒビが大きくなってゆく。
「……私は!……ツボミと!……ずっと一緒にいたいから!」
体に纏うオーラが更に激しく、大きくなり、剣がキリエに答えるように光り輝く。
聖剣リゲインハートのスキルである『信念の刃』だ。持ち主の感情に呼応し、その力を無限大に引き延ばす、まさに聖剣にピッタリのスキルである。
キリエの振り下ろした2本の剣は、ヒビを広げ、ついに障壁を打ち破った。
『……そう。…大丈夫。貴方なら乗り越えられるよ。』
影がそう言うのと、キリエの刃が影を断ち切るのは、ほぼ同時だった。
「……ありがとう。…私…頑張る」
「……でも…ツボミには勝てないんだろうなぁ…」
キリエはそう呟くと、剣をしまい、その場に倒れ込む。
かなりのダメージを受けて、肉体的にも限界なのだろう。
「…ツボミ…私…勝ったよ」
そう言って、キリエはゆっくりと気を失った。
もしこの場にツボミがいたら…きっと三回くらい飛び跳ねながら萌え死んでいた事だろう。
なんか今回長いです。
凄く筆が進みました。